第4話 町長の提案
「えっ、宇宙人と康介、人に見られていたの?」
柚香は思わず問いかける。
「そうなんだけどさ、誰も宇宙人だと思わなくて、面倒なことになっちゃったんだよ。当の町長が今、被害者になっているからあまり責める気にもならないんだけど」
何だか更にややこしい話になっている。
路面電車は、ガタゴトガタガタと音を響かせ、小さく大きく揺れながら走り続けていた。運転手が指さし確認する声が聞こえる。
扇風機が信用ならず、窓を開けている。踏切のカンカンカンと鳴る音が響いては遠ざかり、温かい風が吹きつけてくる。
柚香は顔にかかる髪を手で押さえて、康介に尋ねる。
「町長、お城にいるって、何してるの?」
「宇宙人の世話だよ。地球に落ちてきてから、俺がとりあえず世話している。いない間は、町長がやるしかなくって」
「町長が宇宙人の世話を……」
どうやら、宇宙人の世話というのは、本当らしい。
柚香はやっと、信じてみる気になった。
***
今朝、宇宙人を部屋に置いたまま、康介は普段どおり町役場に自転車で出勤した。
いつもと同じ時間に着いたが、普段より人が多いような気がする。広報課の知り合いがいたので、他の課と合同で何かしているといったところか。
始業前から町長に何か頼まれた気の毒な人たちがいたのだろうか。とりあえず、来ていた人たちに挨拶をする。
そこへ、観光課の小田桐課長がまっすぐ康介のところへやってきた。
「羽鳥君、でかした!」
観光課長は、妙ににこやかな表情で、いつもと違って声が大きかった。
「君のデザインは、素晴らしいと思う。もう採用したからね。今朝から早速使わせてもらっているよ。さっき広報課と打ち合わせをしたんだが、向こうも頑張ってくれるそうだ」
「デザインって……何ですか」
いきなり全然見えてこない話に、康介は面食らう。それなのに、課長はにこにことしながら、康介の肩をポンポンと叩いてくる。
「そうとぼけなくていいよ。昨日の夜、着ぐるみを作ってくれたんだろう。ほら、これ見てご覧なさいよ」
小田桐課長は、ポケットからスマホを取り出す。すぐに一つの画像が出てきた。
康介とあの宇宙人の子が森林公園を歩いている。
あれを目撃されていたのか。
康介はどきりとした。
宇宙人だと知られたら、大問題になるだろう。あの子はどこかへ連れて行かれて、下手をすれば実験台とかにされてしまうかもしれない。
あのものすごく潤いのある瞳が自分を慕っているのは、何となく感じるところだったので、何としてでもそれだけは避けたい。
どうやら、公園で会った高校生の女の子たちが写真を撮って、投稿していたらしい。
ただ、記事をよく確認すると、宇宙人と思われた様子は微塵もなかった。
顔を近づけて、康介は画像の下にある言葉を読んだ。
『へお町のゆるキャラかな? へおへおって鳴いていたよ。かわいいね!』
『その子は、へお町のご当地キャラクターの「へおちゃん」です。観光名所のへお城に住んでいます。みんなでぜひへお城へ遊びに来てくださいね。 へお町役場より』
「何ですか、これ……」
康介は訳が分からず呟く。課長は満面の笑みを浮かべていた。
「君が作った着ぐるみを偶然撮影して、投稿してくれた人がいたんだよ。観光課としてもぜひこれで決定したいので、フォローしておいた。名前は『へおちゃん』にしておいたよ。本当にいいキャラクターじゃないか」
「えっ、これは」
康介が言いかけると、観光課の他の人たちも集まってきた。
「羽鳥君、すごいね。こんないいキャラクターを作れるなんて。これできっと話題になるよ」
「広報課も気に入ったみたいでね。すぐにこのキャラクターを町のPRに取り入れてくれるそうだよ」
「ですが、これって、うちゅ……」
康介は慌てて自分の口を塞ぐ。
宇宙人の子どもなんです、とはどうしても言えない。この様子だと、まず信じてはもらえまい。
「町長もご機嫌だよ。よかった、よかった」
小田桐課長の言葉には、実感がこもっていた。
そうか、町長だ。
康介は閃いた。
町長に決定権があるはずだ。それなら、本当のことを亀野町長にだけ話せばいいのではないか。それで町長がこの企画をやめてくれれば万事解決だ。
康介は、仕事の合間に町長室に立ち寄った。
役場の奥にあるこの一室に、康介はほとんど来たことがない。緊張してノックをし、女性の声で返事があったので、そっと重い扉を開けた。
町長は不在だったが、秘書の鶴田さんが机の上でパソコンを開いていた。
鶴田さんは三十代後半くらいで、いつも濃紺のスーツをぴしっと着こなしている。銀縁の眼鏡が冷ややかで、とっつきにくい印象を与える女性だ。
鶴田さんは康介の姿を目にとめると、無表情で会釈した。康介も会釈を返す。
非常に話しかけづらいが、あの宇宙人のうるうるした瞳やもふもふした様子が脳裏をよぎると、勇気を出すしかない。
康介は思い切って鶴田さんに話しかけた。
「あの、亀野町長にお話ししたいことがあるんです。町長のお時間のご都合をお尋ねしたいのですが」
「おや、羽鳥君じゃないか」
急に後ろから声をかけられて、康介は傍目にも分かるほどびくりとした。
ちょうど亀野町長が戻ってきたところだったのだ。町長は太った体をゆすりながら、こちらへやってきた。
「町長、大変お忙しいところすみません。観光課の、あのキャラクターのことで折り入ってお話ししたいことがあるのですが」
康介はおそるおそる声をかけた。
「おお、いいよ。何でも話してくれたまえ」
町長が胸を張る。残念ながら、町長の体型では、ぽこんと出たお腹のほうが目立ってしまうが。
「町長、お言葉ですが、このあとすぐ会議が」
鶴田さんが話しかけるが、町長は気にすることなく頼み込んだ。
「せっかくだから、羽鳥君と話してからにする。きみ、すまんが先に会議室に入って、僕が行くまで話を聞いておいてもらえないか」
「かしこまりました」
鶴田さんはいとも簡単に了解して、資料をまとめ始める。
「えっ、いいんですか?」
康介が尋ねたが、町長は「構わんよ」と一言。鶴田さんもこういうことに慣れているようで、すぐに準備を終えて、扉の向こうに消えた。
内密に町長と面談ができることになったが、どこからどう話せばいいのか全く思いつかない。
「あの、実は宇宙人なんです」
康介は、いきなりこう切り出してしまった。
「は?」
「あのゆるキャラは、森林公園に落ちてきた宇宙人の子どもなんです。僕が作った着ぐるみではありません」
「何だね、一体」
町長も当然混乱する。康介は丁寧に一から話をした。
どうにか半信半疑くらいに町長が理解すると、康介は交渉した。
「そういうわけで、町のゆるキャラではありません。宇宙人の子は、どうやらまた迎えの船が来るらしいんです。観光課や広報課でご当地キャラクターに採用しようとしていますが、本物の生き物なので止めていただけないでしょうか」
ここぞとばかりに、康介は言い切った。
初めて町長と直接話をすることになり、ひどく緊張したものの、何とかなったようだ。
だが、町長は一瞬間をおいてから、のんびりと口を開いた。
「町の予算から、きちんと出演料を払うとかそういう話は通じないかね?」
「は?」
今度は康介が理解不能に陥る。
「そのまま町のゆるキャラとして採用するわけにはいかないかね。もちろん、ちゃんと本物の着ぐるみを作るように手配して、出来次第宇宙へ帰ってくれて構わないから」
「何ですか、それは」
異星から来たというのに、まるで臨時職員扱いだ。
「へお城のゆるキャラとして宇宙人に働いてもらいたいんだ」
町長は繰り返した。
「あんなよさそうなキャラクター、お金払ってもなかなかデザインしてもらえないだろう」
確かにその通りかもしれないが。
町長は、声を低めてさらに続ける。
「羽鳥君、このことは僕も他の人には黙っているから。何とかその宇宙人をゆるキャラの着ぐるみとして、観光にしばらく出してもらえないだろうか。この亀野徹兵の、心からの頼みだ」
町長のあり得ない提案に、康介は開いた口が塞がらないのだった。