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ゆるキャラは異星人  作者: 石江京子


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第35話 本物だよね *

 へお電の電車祭りは、徐々に準備が進んでいるようだ。


 秋も深まり、寒く感じる日も増えている。

 雑木林のカエデやモミジの葉が緑から変化し始めていた。遠くに見える山々は、まるで鑑賞されることを知っているかのように、赤やオレンジや黄色に美しく染まり、一番の見ごろの季節を迎えている。

 

 次の日曜日は晴れた。

 柚香も康介も、へおちゃんと一緒に園内を回って忙しくしていた。


「職員さん」


 ふと後ろから声をかけられ、柚香はすぐにその声の主が分かった。


「こんにちは、テツタ」

「こんにちは。今日も来ていたんだね」


 柚香と康介は、愛想よくしようと努力する。


「へおおっ」


 へおちゃんもテツタを覚えているらしく、潤んだ瞳で見つめて近寄っていく。

 テツタは、へおちゃんと握手もせずに口を開いた。


「温かくていいよね、へおちゃんって」


 確かに最近、康介は夜眠るとき「へおちゃんがありがたい」って言うくらいになっている。


 正直、昼間に柚香もそのもふもふに包まれて一緒に昼寝をしたい誘惑に駆られている。編み物の進み具合いにゆとりがなくて、やむなく断念しているところだが。

 テツタが言うと、余計ふわふわの毛並みのへおちゃんが本物だと思われていそうだ。ぎくぎくとしてしまう。


「一緒に写真は?」


 康介が問いかけるが、テツタは首を横に振り、唐突に尋ねる。


「ねぇ、へおちゃんは本物だよね」

「えっ」

「着ぐるみじゃないよね」


 柚香は慌てて辺りを見回す。隣で康介も同じような確認をしている。

 今は近くに人はいない。


「ね、テツタ。どうしてそう思ったの?」


 さすがに今日こそは、訊いておかなくては。


「だって、へおちゃん、着ぐるみなのにアイス食べてたでしょ。俺、ちゃんと見たよ」

「……」


 やはりばれているようだ。


「あのさ、池に落ちたときも、うちの犬と同じようにぶるぶるって震えて水を払っていたよね。着ぐるみじゃできないと思うけど」

「……」


 やはりばれているようだ。


「転んだときに血が出ていたよね。本当に泣いていたし」

「……」


 やはりばれているようだ。


「焼きそばパンが好きだって話しているのも聞いたよ。豆腐も食べるって」

「……」


 ばればれではないか。



  挿絵(By みてみん)



 柚香は康介と顔を見合わせた。


 もはやこれまでか。


「よく見てるのね、テツタ」


 柚香は思わず吐息を漏らした。これだけちゃんと観察していた子がいるなんて、思いもしなかった。

 しかも、サンタクロースとかもう信じられる年ごろではない。適当なことを喋って、騙すことはできない。


「ね、友達と一緒にへおちゃんを調べていたの?」

「ううん、俺一人でやったよ」


 テツタの言い方は、どこか誇らしげだ。


「そうなんだ、それじゃあ」


 柚香は声を潜める。


「誰にも言わないって約束してくれたら、へおちゃんの本当のことを教えてあげる」

「えっ、本当のこと?」


 テツタは目を丸くして驚いている。ごまかされると思っていたのかもしれない。


 テツタの様子を窺い、柚香は康介と目配せをしてから尋ねた。


「約束できるなら、お城の給湯室に来てくれる?」


 テツタは無言のまま、小さく頷いた。


 風が冷たくて、ちょうど人出も少ない。一度へお城に戻っても大丈夫そうだ。

 柚香と康介は、へおちゃんとテツタを連れて給湯室へ向かった。


 ついに、こんな日が来てしまった。



 給湯室の扉の前には『へお城プロジェクト推進室 関係者以外立入禁止』と貼り紙がしてある。三人にとってはいつもの場所だが、テツタには全く未知の世界に違いない。

 テツタに緊張している様子が見られる。


 一方で柚香も康介も、別の意味で緊張している。

 果たして、テツタにへおちゃんの話をしていいものだろうか。もしも騒がれたり、他の人に話すと言い出したりしたらどうするのか。


 もはや賭けでしかない。


 康介が扉を開けて、三人を促す。


「へおへお」


 いつもと違うと思いつつ、へおちゃんは落ち着いて室内に入る。

 次にテツタがきょろきょろしながら入る。柚香は冷静そうな表情を取り繕って次に入る。康介が入って、扉を閉める。


「テツタ、何度もへお城に来てくれたんだよな。へおちゃん、何回くらい見たことがある?」


 康介がまずそう質問した。


「うーん、七回か八回くらいかな」

「いつも一人で来てたの?」


 柚香も問いかける。


「一回だけじいちゃんに連れて行ってもらった。でも、前から行き方は知っていたし、何度もへお城に来たことがあるから、一人で行けるんだ」

「そう、それでへおちゃんが本物じゃないかと思ったのね」


 柚香が話すと、テツタは考え込んだ顔をした。


「まあ、そんなところかな」


 少し間があって、そう答えた。


「テツタの推理は当たっているよ。へおちゃんは本物なの。アイスも食べているし、転んで泣いているし、わたしたちが話しているのも本当のことだよ」


 柚香はとうとう告げた。


「……」


 テツタはやはり驚いたのか、無言だった。


「誰にもこの話をしないでくれるかな?」


 康介がテツタの顔を覗き込む。

 テツタは、こわばった表情をしている。やはり本物だと知ってしまうとショックなのかもしれない。


「へおちゃんは、宇宙人なの」


 柚香はつけ加えた。

 その途端、テツタはぷっと吹き出した。


「本物のわけないじゃん。俺、騙されないよ」

「え……」


 柚香も康介も、テツタの突然の言葉に呆然とする。


 テツタは給湯室の扉まで速足で戻っていくと、言い放つ。


「着ぐるみに決まってんじゃん、ばーか!」

 

 扉を開けて、テツタはあっかんべーをする。


 それから勢いよく走り出し、お城から出て行ってしまった。

 二人はあっという間にテツタの姿を見失った。


「何だったの……」


 柚香はショックでそのまま立ちすくむ。


「あのガキ……」


 康介は右手の拳を握りしめたものの、やはりその場から動けない。


「へおお?」


 へおちゃんは何が起こったのか理解できていないようだった。


 何にしてもへおちゃんが本物で宇宙人だということを、テツタは信じなかったわけで。


「一応、ばれなかったってことだよね。あれだけ証拠を掴んでいるし、本物だよねって言うからもうだめかと思ったのに。よかったあ」


 柚香は緊迫した状況から解放されてほっとした。

 そのとき、康介が何か思いついた様子で言い出した。


「俺、どこかでテツタを見たことがあるような気がする……」


「ここにはよく来ているって言ってたよね」

「全く別の場所で見かけたような気がするんだ。どこだったかな」


 康介は、結局思い出せなかったようだ。

 引っかかりはあるものの、危機は去ったのだった。




 いよいよ今週末がへお電の電車祭りとなった。

 夕方はご飯を食べながら、康介から進捗状況を聞く。


「康介、忙しそうだよね」


 柚香が気遣うと、康介は答えた。


「うん、役場って忙しいときとそうでないときの差が大きいんだよ。柚香は保険会社だったっけ?」


 いきなり前の仕事のことを尋ねられて、どきりとした。

 随分長いこと、忘れていたような気がする。


「そうだね。わたしの仕事だと、年度末の決算の時期がものすごく忙しかったなあ。残業してもしても終わらなくて」

「そうなんだ。役場は変な仕事が突然入るけど、ものすごく残業することはないからきっと楽なんだろうな」


「変な仕事って?」

「ハクビシンを追い払うとか」

「はくびじん?」


 色白美人の女の人を思い浮かべてから、絶対に違うでしょ、と柚香は妄想を振り払う。


「ハクビシン。タヌキとかに似ているかな。人里まで降りてきたら、住みつかないように対策を立てないといけなくて。『サル注意』って看板に猪がぶつかってきて、看板に『イノシシも注意』って書き足しに行ったこともあるな。この前は裏山の熊が下まで降りてきて、騒ぎになっているし」

「ふーん。そうなんだ」


 田舎町ならではの仕事もいろいろあるものだ。


「どんな仕事でも大変なことはあるよね」

「柚香、大変だった? あっ、訊いちゃいけなかった?」


 その言葉で、柚香は急に以前仕事をしていたときのことを思い出した。


 都心までの長くて混みあった通勤電車、職場のぴりぴりとした雰囲気、同僚たちの冷たそうな目、見ぬふりをする上司、電話の鳴る音、怒った客の声、たまっていく仕事、多忙すぎてあるようでない昼休み、疲労を抱えて夜遅く帰る毎日。


 それでも、胃が重くなったり、体のどこかがこわばるような緊張は、今はどこにも感じない。


「訊いても大丈夫だよ」


 柚香は懐かしいものを思い返すように小さく笑った。笑うことができた。

 少し前なら全く話せないことだったはずなのに、不思議なほど心の負荷もない。


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