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ゆるキャラは異星人  作者: 石江京子


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第32話 へお電のイベント

 隣から紙をびりびりと破く音が聞こえた。


「へおっへおっ」

「うわ、へおちゃんが紙を食べてるっ」

「きゃあ、へおちゃん、それ焼きそばパンじゃないってば」


 へおちゃんは弁当箱や黄色いお皿に慣れて、このところ食べ物以外を食べることはなくなっていた。

 けれども、初めてのパンの包みにはうっかりしてしまったようだ。


 柚香は慌ててへおちゃんからパンを取り上げて、包み紙を外す。


「食べてないよね?」


 へおちゃんの口に紙が入ってないか確認しつつ、柚香は尋ねる。


「へおおっ」

「食べてないって」


 康介の通訳で、やっと安堵する。



 落ち着いたところで、康介が話し出した。


「そうだ、明日へお電のイベントの話が役場に来るらしいよ」

「へお電? そういえば、電車祭りだったっけ。へおちゃんもイベントに出ることになっていたよね」


 これは、だいぶ前から決まっていたことだ。

 十一月二十三日、日曜日。へお電が開業以来初めてのイベントを行うという。


 鉄道会社のなかには毎年のように、鉄道ファン向けに「電車祭り」「鉄道フェスティバル」などと称して、各種のイベントを開催しているところもある。

 車両基地にその鉄道会社のたくさんの車両が集まり、工場内を見学できたり、鉄道の仕組みをいろいろ体験できたり、鉄道関連グッズを販売したりと、様々な催しがある。最新の車両を初公開することも多い。


 へお電気鉄道株式会社は『へお電 電車祭り』として、初めてイベントを行うことになった。その日に初めて、へおちゃんのイラストがラッピングされた車両がお披露目されるという。

 康介の聞いたところでは、へおちゃんとへお電とへお城が描かれたステッカーが来場者全員にプレゼントされる予定だとか。


「結構お金がかかっているらしくて、町役場でもへお電でも大変みたいだよ」

「そうなんだ。うまくいくといいね」

「へおちゃんにとっても、最後のイベントだと思う」


 康介に言われて、柚香は黙って頷いた。



 これまで三人は、へお城での催しの他、いくつかのイベントを乗り越えてきた。


 へおちゃんはへお城に住むゆるキャラとして普段はお城にいるが、更に『へお町ご当地キャラクター』としても活動することになっている。

 へおちゃんの着ぐるみは、商店街でのイベントや農産物特売場のキャンペーンなどに呼ばれたりしている。そのたびにへおちゃんを連れて、柚香と康介も出張していた。


 へお城以外でも三人は実績を積んできた。幼稚園に出向いてへおちゃんが転んだりとか、トラブルやアクシデントがないわけではないが。


 最近では、へお茶の特別販売コーナーにいたあとに「着ぐるみってお茶が飲めるんだね」と係の人に感心されて、初めてへおちゃんの試飲が発覚したことがあった。

 もちろん、へおちゃん厳重注意である。


 少しずつ寒い季節に移るなかで、最大にして最後のイベントがおそらく『へお電 電車祭り』になるだろう。


 十二月の初めには、へおちゃんの本物の着ぐるみが完成する予定だという。柚香からすれば、随分制作に時間がかかるなあという気がする。町役場では、へおちゃんそっくりに作るのが大変だとか言っているらしい。


 そして、十二月十二日の満月の日に、へおちゃんの両親が宇宙船で迎えに来ることになっている。


 へおちゃんは、みんなに会うのも電車を見に行くのも楽しみな様子だった。そのことが柚香にはとてもありがたく思える。

 地球での過ごし方がこんなアルバイトになってしまったけれど、いい思い出になってくれたら、これ以上嬉しいことはない。


「電車祭り、明日には話が来る。頑張ろうな」

「うん、頑張ろうね」

「へおへおっ」


 康介の言葉に、柚香もへおちゃんも元気に返事をした。




 数日後、康介はへお電の電車祭りの実施要項を持ってきた。


 会場はへお電の車庫や工場がある『へお電車庫前』の電停のすぐそばだ。お城から路面電車で十五分程度かかる。当日はへおちゃんも一緒に電車に乗る機会があるという。


「へおちゃん、路面電車に乗れるよ」

「へおへお、へおへお」


 路面電車の写真をじっくりと見入ったあと、へおちゃんは小さな手をぱちぱち叩いて喜んだ。

 だんだんと地球人のジェスチャーが身についてきたようだ。そういえば、このごろは観光客とピースをして写真に写ったりしている。


 しかしながら、へおちゃんがあまりに地球人らしい仕草をすると、実は着ぐるみなんじゃないかと疑いたくなるから不思議なものだ。


 もともとへおちゃんが来る前からへお町にゆるキャラを作り、へお電でも宣伝するという計画はあった。康介はキャラクターデザイン担当の一員なので、へお電の社長さんや運転士さんにも挨拶をしている。


「それで、前にへお電に乗ったとき、運転士さんが声をかけてきたのね」


 柚香は、初めてへおちゃんに会うためにへお城に行ったときのことを思い出した。康介とへお電に乗った際、運転士さんが康介のことを知っているようだったのだ。


 あれから二か月近く。へお電の電車祭りも実現の運びとなっている。


 しかし、康介は大いに心配している。


「何しろ、ライバルは『こあらん』だって言うんだよ」

「えっ、『こあらん』?」


 柚香もよく知っている、西京(さいきょう)うめトラムのキャラクターだ。


「そう、前に町長がライバルは『きこわん』だって話していたよね。同じように町長がへお電の社長さんに言ったらしいよ。ライバルは『こあらん』だろうって。『きこわん』と同じか、それ以上に恥ずかしいんだけど」

「さすが町長。……引いちゃうね」


 西京うめトラムは、都心を走っている路面電車だ。


 そのキャラクターである『こあらん』は、コアラにパンタグラフのついたかわいいゆるキャラである。グッズもいろいろ出ていて、大人気だ。また、西京うめトラムは都心の足として大いに利用されており、休日にはスタンプラリーや各種イベントなども盛んだ。


 へお電がそこをライバルとするなんて、もはや恥ずかしさを通り越している。

 代替バスの計画なんてどうでもいいから、線路を直ちにすべて撤去してほしいくらいである。

 けれども、財政難……。


「このイベントくらいは成功してほしいよね」

「うん、そうだね」


 だけどやっぱり心配かも、と二人とも思っていた。



 数年前、ある人気タレントが鉄道ファンであることを明かして、各地の鉄道路線をテレビで紹介していたことがあった。へお電もその鉄道ブームにあやかって、客足が伸びたのだ。


 へお電にやってきた鉄道オタク、もとい鉄道ファンたちは「今どき、こんなレトロな車両が現役で走っているなんて」と大いに驚き、写真を撮りに何度も足を運んだり、ネットで撮影した写真や動画を紹介してくれたりして話題となった。

 しかしながら、へお電はどこかの古い車両を引き取って走らせているだけの貧乏鉄道だ。いつしか時代から取り残され、ブームも去ってしまう。


 他の路面電車とそれが走る街は、様々な工夫を凝らしている。


 例えば白島県白島市(しろしまけんしろしまし)を走る白島電鉄は、路面電車王国といわれるほど台数を誇っているが、車両を他社から買い取ったり他国から輸入したりと古いものも重宝しつつも、新型車両を次々と設計、導入している。

 こあらんのキャラクターのいる西京うめトラムも、新型車両は充実していてなかなか魅力的だ。


 また、最近の路面電車はLRT(次世代型路面電車システム)と称して、快適な乗り心地、省エネ、乗り降りしやすい車両と電停といった、利便性や環境問題に対する様々な取り組みも行っている。


 それに比べて、へお電気鉄道株式会社は廃線するかしないか揉めながら、前世代の路面電車のままで進歩することがない。


 しかし、今回へお町とへおちゃんの協力のもと、さすがに新型車両とはいかないものの車両をきれいに整えてラッピングをしたり、電車祭りを行うという大改革が行われるのだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 東〇さくらトラ〇のとあ〇ん!! ひこにゃ〇もそうでしたが、絶妙な着せ替え具合にぷぷっとわらってしまいました!
[一言] 亀野町長様! このまま無策に甘んじた場合、次回町長選は苦戦必至ですぞ! あの手この手で国からの補助金を引き出して、へお電改革に乗り出すのです。 車両を新型に変える必要はありません。 動力部と…
[一言] わしゃあ電車事情に詳しくはないけど……電車での町おこしも大変そうだと思いました。 コラボをする時に、私の知識や語彙力でへお町を表現しきれるか心配になってきたぜ( ̄▽ ̄;)
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