第21話 満月の夜
三連休は三日目が雨だったものの、他の二日はへお城も賑わった。
康介は、休日は売店の手伝いを頼まれることが多かったが、柚香たちと一緒の時間もあった。
連休の翌日は、へお城の休館日になり、やっとゆっくりできた。
柚香は何とかお弁当を続けられている。
へおちゃんのその日のお世話を終えて柚香が帰宅するころ、ちょうど母は夕食を作っている時間帯だ。父の帰宅に合わせて、柚香の家は少し遅めに夕食をとっている。
給湯室で食べてきているものの、そのおかずの一部はこの自宅の夕食から提供を受けている。そのため、柚香は少しずつ家の夕食の手伝いもするようになった。
今朝は鮭を焼いて、弁当に持ってきた。
へおちゃんは、その紅色が不思議だったようだが、柚香が骨を取ったりしているうちに興味深そうな顔をした。ご飯と一緒に食べたら、なかなかおいしかったようだ。
鶉の卵をゆでて丸ごと入れてきたのだが、へおちゃんはスプーンですくおうとして転がしてしまった。その様子がおかしかった。
めげないへおちゃんは、柚香が目を離したすきに、ご飯の真んなかに入っていた丸いものをスプーンですくって口へ持っていく。いつもは柚香が取り分けてしまうものだ。
「それ、だめっ」
気づいた柚香が叫んだが、もう遅い。
「へおおおおおおっ」
梅干しのしょっぱさには、さすがのへおちゃんもびっくりだった。
夕ご飯を食べ終えて、柚香が帰る支度をしていると、康介がカーテンを閉めようとしてこちらを振り向いた。
「満月だよ」
そういえば、今日はそうだったなと柚香は気づく。
「へおっ」
へおちゃんの返事に、柚香は一緒に窓辺に寄った。
少しずつ日が短くなっている。このごろは、柚香が帰る時刻になると辺りはもう薄暗い。もっとも以前とは違い、三人でお弁当を食べてゆっくり話をしてから、帰宅するようになっている。
雲がうまく途切れ、大きな丸い月が遠くの山々の上に浮かんでいた。
「へおおっ」
「いい満月だね」
へおちゃんの言葉に柚香も答える。
「何だか、柚香もへおちゃんの言うことが分かるみたいだな」
「そう? 何となく通じているような気がするかも」
柚香は口元をほころばせて、へおちゃんを見つめた。うるうるとした瞳をへおちゃんも向ける。
「へおお、へおお」
「柚香はよく分かってくれるって」
「本当? 直感なんだけど、へおちゃんといる時間が長くて、慣れてきたんじゃないかな」
柚香が思ったように言うと、康介は少し考えながら話した。
「俺は、テレパシーで聞いてしまったりしているから、その感覚は薄いのかな。でも、へおちゃんのテレパシーってすぐ近くにいないと通じないんだよ。へおちゃんとしても、そんなにすぐにできることじゃないみたいだし。そういう意味では、何となく通じているところ、俺もありそうだな」
「そうなんだ」
「もう、ひと月になるんだな。ちょうど前の満月の日にへおちゃんと会ったんだもんな」
「へおっ」
へおちゃんが声を上げて、小さな尻尾をぱたぱたと振ってみせた。兎のように丸くて短いが、上下左右によく動かす。
「あの時はびっくりしたけど、お友だちと呼んでくれたから怖くはなかったな」
康介は話しながら、へおちゃんの頭を撫でる。へおちゃんは目を細めて、両耳をぴくぴくと動かした。
「いいお友だちか。そりゃ、お互い様だぜ」
康介はへおちゃんに話しかける。それから、「え」と小さな声を上げた。
「どうかしたの?」
柚香が問いかける。
「悪い人もいるって。あ、これは地球の話じゃなくて、へおちゃんの星の話らしい」
「へおちゃんのような種族でも、争いがあるって話だったね」
柚香は、以前康介に聞いたことを思い出した。
このひと月ほどの間に、康介は少しずつへおちゃんやへおちゃんの両親の事情を聞き出すことができていた。
「満月というと、やっぱり思い出すんだよな?」
康介はへおちゃんに話しかけた。
「へおお、へおおっ」
へおちゃんにしては、明るくない声だった。
九月十四日の満月の夜、へおちゃんは地球に逃げてきた。
へおちゃんたちの種族は、言葉によるコミュニケーション以外に、相手に映像をテレパシーで送るコミュニケーションができるという。
ところが、へおちゃんは近くにいる相手一人に、言葉によるテレパシーを送ることができる。地球に来るにあたり日本語を少し覚えたため、康介とそれでコミュニケーションができる。それは、誰とでもできるものではなく、康介は偶然合う人間だったということらしい。
実は、テレパシーを言語で送れるのは、へおちゃんの種族でもまれな能力なのだ。それで、へおちゃんや同じ能力のある子を研究対象に考えているグループがあるという。
そのなかには、へおちゃんを無理やり拉致しようとする者もあった。へおちゃんは両親と一緒にその追っ手から逃れていたが、星々へ旅行に出ているのを見つかり、追跡されてしまったという。
へおちゃんたちの種族にとっては、宇宙旅行は日常的らしい。
いくつかの銀河系のなかから観光できる星を見つけていて、旅行しているとか。
やはり地球の人類とは、文明の差がありすぎるようだ。
ところが、へおちゃんの追っ手たちは、満月を恐れている。満月の光に当たらないようにしなければならないという宗教か何かがあるようだ。
変わった戒律や思い込みなどは、高度な文明を持った世界でもあり得ることらしい。
へおちゃんの星にも月が一つある。
同じような月がある地球に逃れて隠れることにしたのは、そうした事情による。
へおちゃんの両親は、太陽系付近で追っ手に見つかってしまった。
普段なら追っ手の宇宙船を振り切れる速度を出せる宇宙船なのだが、もとになるエネルギーがたまたま減少しており、スピードが出せず、追いつかれそうになってしまった。
そこで、地球が満月である日を利用して、脱出用カプセルにへおちゃんを乗せて、地球に投下したのだという。
へおちゃんが乗ってきたカプセルだが、周りの風景に合わせて見えなくする技術を発動できる。それで、康介が発見したあとは誰にも見つけられなかったようだ。
ついでに、そのままで自然に分解される素材でできているとのこと。しかも、しばらくすれば水に溶けるとか。まるで薬やサプリメントのような妙な一致だが、分かりやすい話ではある。
へおちゃんの両親は、別の星で過ごしてエネルギー源を補給しているとのこと。どうやら、追っ手はへおちゃんが地球に逃れたのは分からなかったようで、両親は何とかへおちゃんを隠し切れているらしい。
そして、また追っ手の来ない満月の夜に迎えに行くと言っているのだ。
「それじゃ、何で今日じゃないの? 今日だってちゃんと満月だよ」
「うーん、それがはっきりしないんだけど、せっかく来たのに一か月くらいじゃ滞在が短いからってことらしいよ」
「ええっ」
「どうもへおちゃんたちの種族は、地球人の二倍くらい寿命が長いらしいし、旅行って半年くらいするのが普通みたいだし。何だかのんびりしていていいよね」
「何か羨ましくなるねぇ」
そんな事情で、へおちゃんは三回目の満月の十二月十二日に帰る予定になっている。





