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ゆるキャラは異星人  作者: 石江京子


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第20話 へおちゃん、池に落ちる

 十月になると、過ごしやすい日が続くようになった。ところが、日曜日に限って、急に三十度近い暑さが戻ってきた。


 柚香は照りつける日差しを見上げる。


「何なの、今頃こんなに暑くなるなんて」

「本当だよな、涼しいのに慣れてきたせいか、余計に暑さが身に染みるよ」


 康介も汗を拭って、やや疲れた表情をみせた。


 柚香はへおちゃんと手をつなぐときに、熱を感じた。へおちゃんはもふもふしていて、体がとても温かい。

 へおちゃん自身は、暑い日も涼しい日も全く変わらない様子だが。


 多くの人は、クーラーの効いている、へお城のなかに入っていく。

 子ども連れは、どうやら東口近くにある池の辺りを訪れるようだ。


 水辺には涼しい風が吹いている。

 特にきれいな池ではないが、広々としていて、子どもたちにはいい遊び場だった。


 木々の葉を水面に浮かべたり、小枝で水を掻き回したりしている子、暑い日とあって浅瀬に足を浸している子もいる。

 少し深いところでは、子どもたちがコイやアメンボを眺めたりしている。カルガモやカイツブリの姿も見かける。

 時折、灰色の羽の大きな鳥がやってくることもある。浅いところで白く長い首を伸ばして何かつついたりしている。アオサギのようだ。

 

 柚香は、へおちゃんを連れながらも、康介と一緒に親子の様子を眺める。池の周りで危険なことがないかどうかを確認した。


「へおちゃんだ」


 子どもたちが、すぐにへおちゃんに興味を持った。へおちゃんもだいぶ慣れたもので「へおへお」と話しながら、握手をする。


 柚香は、親御さんたちに「写真撮りますよ」と呼びかけた。

 康介はその場にいた子どもたちの相手をしてくれる。柚香はゆとりを持って、撮影場所を見回す。

 池の奥の方まで続く木の板が渡してあるところが撮影にちょうどよい。池もきれいに撮れそうだし、へお城が上部にうまく写りそうだ。


 一人の女の人から柚香はスマホを預かった。

 三組の親子が一緒に来ていて、一組ずつで撮ろうと話し合っていた。それが、全員で撮るという話になり、更に揉め出した。


「やっぱりあとにしようかな」


 二人の小学生くらいの女の子が写真に入るかどうかで迷っている。そばにいた母親らしい女の人が尋ねる。


「二人だけで撮るの? いいじゃない、一緒に入れば」


 どっちでもいいから、できれば早くしてほしいんだけどな。近くに来た他の親子にも声をかけたいし。

 内心そう思いつつ、柚香は笑顔で「どうしますか」と促すしかない。


「じゃあ、これでお願いします」


 やっと別に撮ることに決まったようで、柚香はスマホを構える。うまい具合いに全員とお城が入りそうだ。

 空はよく澄み渡っているし、池の周りの緑のなかにツワブキの黄色い花も咲いていて、なかなかいい感じがする。


「それじゃ、撮りますよ」


 撮影しようとした途端、遮られる。


「やっぱり一緒に写る」

「え……」


 ちょっと声が出てしまった柚香は、自分の口を塞ぐ。

 二人の女の子は、池の方へ進んでくる。


「もう、いい加減にしなさいよ」


 女の子の母親が苛立たしそうにしながらも、場所を空ける。


 二人の女の子は姉妹のようだ。加わると、急に被写体が多くなった気がする。

 柚香は画面を覗いてみるが、このままだと写真に一人か二人、入らなくなりそうだ。


「少し詰めてくださいね」


 頼みながらも、左足を一歩後ろに引く。かさりと音がして、草を踏んだことが分かったので、柚香は足元を意識した。


「へおおおおおーっ」


 次の瞬間へおちゃんの叫び声がして、次にバシャーンとでもいうような、水のなかに何かが落ちる大きな音がした。

 柚香はまさかと思う。足元から池のほうへ視線を移す。


 人は全員いる。

 まさかの、へおちゃんの姿がなかった。


「へおちゃんっ」


 先に気づいた康介が池に向かって走る。柚香も続く。周りの人はみな、どよめきながらもその場から身を乗り出して池を覗き込んでいる。


「へおちゃんが落ちた」

「着ぐるみが池に落ちた」


 次々声が上がる。


 柚香が木の板を踏み、池のなかを窺うと、へおちゃんが水のなかに座り込んでいた。

 浅瀬でよかった。座っていても、水は胸に届いていない程度だ。


「へおちゃん、大丈夫?」

「へおっ、へお」


 へおちゃんの声は意外と落ち着いて聞こえた。怪我などはなさそうでほっとする。

 板の端に康介がしゃがみ込む。


「大丈夫か?」


 康介がへおちゃんに手を差し出し、へおちゃんの手を引っ張って、池のなかから持ち上げる。


 へおちゃんは、康介に引かれるまま、板に足を掛けて登ろうとする。と、へおちゃんの足がずるりと滑る。


「へおっ!」


 大きな水音と同時に、しぶきが辺りに飛び散る。


「うわっ」


 これは、康介の声。後ろに控えていた柚香も、一瞬目をつぶってしまう。


 次に目を開けると、康介がもう一度へおちゃんを池から出そうとしているところだった。へおちゃんもびしょ濡れなら、水しぶきを浴びた康介もぐっしょりだ。

 何とかへおちゃんは救出され、木の板に座り込んだ。


「へおちゃんが池に落ちた。落ちたあ」

「へおちゃんがびしょびしょだよ」


 気づくと周りに人が集まっていて、子どもたちの、驚くよりからかうような声がした。

 柚香はその言葉に腹が立つものの、とにかく二人をこのままにはしておけない。


「すみません。写真はここまでで」


 スマホを女の人に返し、見守る人々のなかを、柚香は康介とへおちゃんにつき添って、慌ただしく給湯室へと戻っていく。



「二人とも、寒くない?」

「へおへお」

「大丈夫だよ。今日は気温も高いから。へおちゃんも平気だって」

「それにしても、びしょびしょじゃないの」


 柚香は改めて二人の惨状が気になる。

 へおちゃんは、ふわふわの毛が肩から下は完全に水に浸っている。康介は、へおちゃんを助けた際に、足元から顔までほとんど濡らしてしまったようだ。  


 二羽のキジバトがくちばしで地面を盛んにつついている。

 なるべく歩道を避け、雑木林の間をこそこそ抜けていくが、気がついて振り向く観光客もいる。素知らぬ顔をして通り過ぎるのは、どうにも肩身が狭いものだ。


 とにかく、濡れている二人を早く乾かさなくては。


 本当はすぐにでも、町営プールのシャワーを使わせたい。

 けれど、昼間の明るいうちに、お城からプールまで五分以上歩くのはどうかと思う。


 普段、康介は暗くなってからへおちゃんをシャワーに連れて行っているのだ。あまり遅くに行けば、それはそれで、酔っ払いに絡まれる可能性もあるのだけれど。

 とにかく日のあるうちは、こんなに濡れていてしかも湿った草や泥の臭いまでするのは、目立ちすぎる。かといって、このままというわけにはいかない。

 バスタオルなら給湯室にあるだろうけど、それだけじゃ足りない。


 柚香は康介に尋ねる。


「町営プールにドライヤーがあるんだよね?」

「うん、へおちゃん乾かすのに、いつも置きっぱなしなんだけど」

「とりあえず、わたしがドライヤーを取りに行ってこなくちゃ」 


 柚香がぽつりと言うと、康介がこっちに向かって、手を合わせた。


「頼む」


 その仕草が何だかおかしい。

 濡れ鼠の康介の姿も相まって、笑ってしまってはいけないと思いつつ、柚香はくすりと笑いこぼしてしまった。


「何だよ、柚香」


 康介に気づかれてしまう。


「ごめん、何かおかしくって」

「ひどいな」


 そのとき、へおちゃんが急に毛並みを逆立てた。あっと思ったときには、もう遅い。


「待てっ」


 康介の制止も虚しく、へおちゃんはそのままぶるんぶるんと体を振って、しずくを払い落とす。


「きゃあっ」


 柚香の叫び声が公園に響き渡った。

 柚香もへおちゃんの水しぶきをまともに浴びてしまうのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ペットあるあるですね。 近頃はまるで子役かと思っていたら、ペットの素質もあるなんて。 へおちゃんに死角なし。 [一言] へお、へお。 (僕と契約して魔法少女になってよ)
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