第2話 へお城ゆるキャラプロジェクト *
康介は大学卒業後、へお町役場に勤務している。
昨年の四月には観光課へ異動になった。
それまで事務的な部署だったので、書類の作成などが業務の中心だった。それに対して、観光課はいかにへお町に人を集めるかのアイデアを考えることが一つの仕事だ。
しかし、この寂れた町に観光名所といった集客できそうなところは、全くない。
唯一、へお城があるくらいだ。
そのへお城だって、とてもじゃないけど人を呼べない。
お城といっても、名もない貧乏武士が戦に敗れ、ここまで落ち延びて密かに建てた小さな物だ。
目の前にこのお城があっても、公民館と間違えて、他を探し回る観光客が絶えない。
こんな情緒のかけらもないお城が名所だと知られること自体が、恥ずかしいくらいなのだ。
観光なんて、むちゃくちゃ言うよなあ。
康介は、異動になった当初からかなり白けていた。
ところが、全く逆の熱い思いを持っている人物がいた。
亀野町長である。
すでに長くこのへお町の町長を務めているが、ワンマンで有名だ。やたらといろんなところに口を挟み、町の様々な事業に干渉する。観光についてもうるさかったのだ。
「とにかく、この町を活性化するには、へお城に人を呼び込まなきゃならないよ。何とかアイデアを出してほしいな」
町長は、時折観光課にやってきてはそう話していた。
「はあ、そうですねぇ」
観光課の小田桐課長は、痩せたひょろひょろした体で、いつもか細い声を出す。へどもどしながらも、何とか町長の機嫌をとってやり過ごしていた。
それが最近になって、とんでもない企画が町長からもたらされてしまった。
「そうだ。へお城にゆるキャラを作ろう。これで絶対に観光客が押し寄せるぞ。ふふふふふふっ」
観光事業会議にて、町長が不気味な笑い声とともに引き起こしたアイデアに、観光課は恐慌をきたした。
ゆるキャラ。
確かに観光名所に着ぐるみが登場して、盛り上がる様子がテレビにもよく映る。ゆるキャラランキングなども全国規模で行われるくらいだから、流行りの物だろう。
ご当地キャラクターとして町のあちこちで宣伝すれば、観光に一役買う。
ゆるキャラのグッズなども人気が出たり、収集するマニアだっている。
有名ゆるキャラともなれば、わざわざここまで足を運ぶ人もたくさん出るだろうし、グッズも増えて売れるだろうし、イベントに登場して更なる集客も図れるだろう。
だから、それは有名観光地の有名ゆるキャラの話でしょうが。
観光課の人々は町長に対し、何度もそう言いかけた。が、結局町長が一人で突っ走ってしまい、みんなはそれに合わせざるを得なくなってしまった。
仕方なく、へお城のゆるキャラプロジェクトが動くことになった。
そのとばっちりは、間もなく康介のところにもやってきた。
「えっ、ゆるキャラのデザインですか?」
「うん、ぜひきみにと思ってね。やはり若い人の感性を生かしたデザインがいいんじゃないかな」
小田桐課長が、康介にひどく丁寧な調子で話しかけてきたのだ。へお城のゆるキャラのデザインを手掛けてほしいと。
「僕ももう二十八なんですけど」
呟いてみたが、課長は姿勢を崩さない。
「まあまあ、それはそれとして。町長直々にこのプロジェクトは進行中なんだよ。ゆるキャラのデザインはぜひとも引き受けてほしいんだ」
「はあ」と気のない返事をしたものの、課長には通じない。
「頼むよ、羽鳥君。何しろこの町の予算では、とてもじゃないけどプロのデザイナーに依頼することができなくって。お金ももったいないからさ。ねっ、お願いだよ」
ついにはねちねちと頼み込まれてしまい、康介もとうとう「考えてみます」などと返答してしまったのだ。
繰り返すようだが、へお町は、かなり寂れた田舎町である。
数年前、お隣の四角川市との合併の話が持ち上がったものの、向こうからは「こちらに何のメリットもない」とすげなく断られた。
一方、町の住民はといえば、若い人はみな町から離れて就職してしまうので関心はないし、お年寄りたちは「今更町名が変わるのもねぇ」と消極的で、反対側になってしまった。
結局のところ、合併話は立ち消えとなり、借金だらけの小さな町はそのまま残ってしまったのだ。
この財政難を町長が救いたいのは、よく分かる。
しかし、ゆるキャラプロジェクトは、いくら何でも無謀すぎると思われた。
康介は、多少の絵心があるので、さまざまなゆるキャラを参考にしながら、自分なりに考えてはみた。
しかし。
「へお城のゆるキャラかぁ……」
イメージをいくら思い浮かべても、やる気にはならない。あんな公民館みたいなオンボロ城に、かわいいゆるキャラでは、キャラのほうがかわいそうな気がしてくる。
一方、観光課では妙な進展があった。
「ちょっと今日はお昼まで、留守番を任せたよ」
ある日、小田桐課長が数人を連れて出かけるというので、何かと思った。
「へお城の掃除に行ってくるから。いろいろきれいにしておいてって、町長から頼まれてしまってね」
「それじゃ、僕も」
康介が言いかけると。
「ああ、いいよ。羽鳥君はデザインに集中してくれ。こっちで掃除は済ませるよ」
言い残して出かける課長の痩せた背中には、哀愁が漂っていた。
いわゆる中間管理職というものだろうか。所詮町長には敵わないのだ。
ゆるキャラもかわいそうだが、課長も何だかかわいそうだった。
それでも、康介は一向にいいデザインが思い浮かばなかった。
家で思い悩んでいた日曜日の夕暮れ、ふと部屋の窓を開けた。
辺りの空は、山々の頂上のオレンジ色の光が薄らぎ、藍色に染まりかけている。その真上に、丸く大きな月が出ていた。
いい満月だな。
そう思って、康介は散歩に出かけることにした。気分転換のつもりだった。
夜風は意外と涼しく、残暑厳しい昼間の疲れが癒されるようだった。康介は家から少し離れた森林公園まで足を延ばした。
ここはうまい具合いに樹木が茂っていて、ぽつぽつ照らしている灯りが、ほんのりと漏れる。煌々としすぎない明るさがとても落ち着くのだ。
虫の声が時々小さく響く。
人もほぼいない。手をつないだ恋人同士とかがまれに忍んでいることに気をつけさえすれば、のんびりと散策できそうだ。
康介は、ほっと一息ついた。
静かでいいな。
そう思った瞬間、耳をつんざくような轟音が湧き起こった。
雷鳴かと思い、身をすくめる。だが、どうやら何か大きな物体が落ちてきたようだ。
警戒しつつもゆっくり近づいていく。すると、林のなかに横幅が二メートルくらいの金属製のカプセルのようなものがあった。
その銀色の物体は、突然ぱかっと開いた。何かもふもふしたものが動く。
康介は呆然として、なかから出てきたものをただ見続ける。
ふさふさとした毛に覆われた、一メートル半に満たない生き物。
熊なのか猫なのか何なのか、どう形容していいか分からない。その生き物は二本足でしっかりと立ち上がり、康介の姿が目に入ったのか首を傾げた。
大きな潤んだ瞳がこちらを見つめる。
「へおっ」
生き物が声を上げた。
それが康介と宇宙人の子との出会いだった。