第7話 フィッシュ&チップスの食べ過ぎで死んじゃえ
JPOPの明るい音楽をかける部屋、そこにはヘッドフォンを頭につける女子がいた。
その子はわずかに口を開けており、ぽーっとした瞳で画面を見つめている。近くにやり終えた宿題が置かれていることから、どうやら学務をし終えたあとにゲームを楽しんでいると分かる。
ボタンを押す仕草ものんびりして見えるが、モニター画面のなかでは強敵モンスターを次々と打ち破ってゆく。
これはいま流行りのゲームであり、またオンライン要素もある。グラフィックの良さと適度なバランス、そして手ごろな月額課金で遊べるのも高評価に繋がっているゲームだ。
と、戦果画面が表示されたとき、ぽわんっという電子音が鳴り、彼女のおっとりとした瞳が横に向く。そこには彼女のスマホがあり、明滅するアイコンは友人からのメッセージが届いていることを告げていた。
『塾が終わった。そっちに合流するにゃん』
ぶふっ、とひとつ吹き出して、それから美羽はヘッドフォンを外し、スマホの応答ボタンを押す。
「こんばんは、小夜にゃん。さっきのはなーに? 新しいキャラ付け?」
『あー、真面目なことをすると反動があってな。それで、イブはどうなったんだ? チュートリアルは無事に終わったのか?』
「んー、連絡が無いからたぶん……」
無言の時間が流れることしばし。
はあ、と美羽はため息を漏らした。
「無理そうならスキップすればいいんだけどねぇ」
『ゲームに慣れていないせいだろうけど、私はそれでいいと思っている。一番問題のあるプレイヤーは、覚えないといけないことを覚えずに、だらだらと手を抜く連中だしな。そいつらより、ちゃんと覚えてクリアしようとするイブのほうが見込みはある』
ふむ、と美羽は肯定でも否定でもない声を漏らす。
実際に下手なプレイヤーというのは数多い。というよりも上手いと思える存在と会えるのはごく稀だ。
そもそも昨今のオンラインゲームでは、やりこみを好まない一般人が大多数を占めている。この辺りの客層はエンジョイ勢とも呼ばれており、切磋琢磨をするよりは楽しくお気楽に、スコアより顔を合わせるオフ会を優先する人たちである。
「もっと気楽に遊んでいいと思うよ。せっかくのゲームなんだし。小夜にゃんは勉強でもゲームでも真面目なガチ勢だなぁ」
「そう言う美羽こそガチ勢だと思うがな。ん、バスが来る。家についたら連絡するから、またあとで合流しよう」
分かったわと答えてからピッと電話を切る。
と、階下からの「お風呂に入りなさい」と呼びかける声に気づく。はーいと返事をひとつして、リモコン操作をするとログアウトの画面が表示された。
そこには「ファンタジア・ブレイブ」というタイトルが表示されており、イブが泣きながら特訓している「エターナル・カオス・グレネイド」とはまったく異なるものだった。
まさか一文字も合っておらず、内容もまったくの別物だとは美羽と小夜は気づきもしないだろう。
とある郵送倉庫には、今も彼女のゲーム機が静かに眠り続けているのだとか。
§
明くる朝、チチと窓の外からスズメの鳴き声が聞こえてくる。
さわやかな朝の食卓風景……なんだけど、はぁーぁ、とため息をするあたし。
元気のなさが伝染したのか、お気に入りのパジャマもしょぼくれて見える。そんなあたしに、じろっと視線を向けてくるのは向かいに座る2人だった。
「イブ、昨夜は騒がしかったな。なにか隠しごとでもあるのか?」
そう問いかけてきたのは父のジョンだ。
イギリス人の血が流れており、そのせいか眉毛ともみあげが太い。ついでにアゴと胸板も。日本家屋だと暑苦しいけど、それとは関係なくあたしは不機嫌そうな顔を向ける。
「隠しごとなんてないよ。ただのゲームだし。ちょっとむしゃくしゃしてただけ」
「そうか、ゲームか。ならいい。男でもできたんじゃないかって、こいつと……なあ?」
ばさっと新聞を畳んで兄貴もこちらを見る。
海外の血が流れているせいかゴツい……というかデブい。おまけにシャツの胸には「みかぽん」と描かれたキャラクターがいたりする。なんのキャラなのかは知らないし、ぐいーっと真横に伸びてるから実物を見ても分かんないと思う。
「イブは嘘をつくのが大の苦手だし、男の心配はなさそうだ。このあいだプリンを食べたかって尋ねたときなんて、びっくんと震えたあとに『なななな、なんの話し? あたし知らないんだけどぉ?』とかテンパった目をしながら言っていたし」
セリフのところだけあたしの声色を真似るのはやめてくんない? 微妙に似ているし、ふーひょー被害だよ、それ。ドッと親子で笑うのもカチンとする。
「兄貴なんて嫌い。もう口きかない」
「まあまあ。それよりも、よくお前一人でゲーム機を立ち上げられたな。そっちのほうが驚きだ。てっきりリモコンを買い忘れたーとか泣きついてくると思ったのに」
つーん、知ーらない。そんなリモコンを買い忘れるなんて初歩的な……ぎょっくんと肩が跳ね上がる。同時に兄貴とお父さんの視線があたしに向けられた。
「ち、違うから。最近のゲームはリモコンがなくても動くようになってんの。だから買い忘れたわけじゃなくって、買わなくて正解だったの」
「は?」
「ああ、父さんは知らないだろうけど、そういうのもあるな。声に反応するやつ。てっきり新しいもの好きな連中向けかと思ってたけど、まともに使えるんだな」
「え? うーん、特に困らないかなぁ。親切だし、たぶんあたしよりアイちゃ……AIのほうが頭いいと思う」
思ったことをそのまま口にしたら、数秒の間を置いたあと、あたしの家は大爆笑に包まれた。
確かにそれは間違いないな、AIのほうが上だろう、とかなんとか言ってテーブルをバンバン叩くし、再びむっすうーとあたしはむくれた。
ばかばか、ばーか、フィッシュ&チップスの食べ過ぎで死んじゃえ!
バンとテーブルを叩いて立ち上がり、あたしは学生鞄を手に取る。べえっと舌を出したらまた2人に笑われてしまった。
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