第4話 放課後におしゃべりするよ
キーンコーンカーン、とチャイムが鳴る。
退屈な授業が終わったらすぐに解放されるのは学生の特権だと思う。
お父さんなんて「終業時間? は? なにそれ美味しいの? 俺はな、学生どもと違って社畜なんだよ! いいかげんにしろ!」とガチギレするくらい帰りがいつも遅いんだし。
とはいえ退屈な拘束時間であることに変わりはない。
欠伸を漏らしながら皆はそれぞれ散ってゆき、部活に向かう子、まっすぐ家に帰る子、これから遊びに行く場所について相談をする者などなどに分かれてゆく。
そしてあたしはというと、亜麻色の髪をした子に頭を下げていた。両手を合わせて拝むように。
「ごめんっ! 待ち合わせしてたのに合流できなくて!」
「ううん、いいの。私も急に誘ってごめんね。イブちゃんと遊べたら楽しそうだなって思ったから、つい誘っちゃった」
そう、昨日は一緒に遊ぼうと約束していたにも関わらず、落ち合うどころかチュートリアルを終えられなかったんだ。あたしだってすごく楽しみにしていたから、肩が落ちるほどがっくしだよ。
あのときは「さあ来い」なんて偉そうなことを言ったけど、素人がそう簡単に勝てるわけがなかった。はーあ。現実よりもゲームのほうが厳しいとは思わなかったよ。
などと嘆いていると美羽ちゃんは小首を傾げた。ほんのちょっとタレ目であどけない雰囲気を残しているから、不思議と似合う仕草だなと思う。
「じゃあゲームが起動できなかったわけじゃなかったのね」
「そうそう、もちろんね。だけど思ったよりチュートリアルが長くって」
「うん、分かるわ。あのゲームって親切丁寧だから時間がかかるのよね。私は途中でスキップしてしまったわ。早く遊びたくて我慢できなかったの」
あ、やっぱりそういうものなんだ。のんびりとした声を聞いて、なるほどねと納得した。
AIはとても親切に教えてくれるんだけど、あたしの覚えの悪さもあって時間がだいぶかかっている。おっとり屋の美羽ちゃんでも諦めるくらいだからよっぽどだと思う。
窓際のよく陽が当たる席で、ふんふんと美羽ちゃんの頭が左右に揺れる。それからリップの塗られた唇が開かれた。
「じゃあ今日は遊べそう?」
「うーん、チュートリアル次第かなぁ……」
「うわぁ、大苦戦だ。キャラメイクもあるし、こだわる人はすごくこだわるのよねー」
あらま、とお人形みたいに可愛いしぐさで驚きの表情を浮かべられた。
美羽ちゃんは隠れもしないオタクなんだけど、おっとりした話し方なので不思議な感じがする。なんだろ、好感度の高いオタクっていうのかな……。
ちょうどそんなときに背後から声をかけられた。
「なにを話しているんだ、美羽は」
「あ、小夜。もう図書委員の仕事は終わったの?」
そう言って美羽ちゃんも手を振り返すけれど、あまり面識のないあたしは、柄にもなく静かにぺこりと頭を下げた。
人見知りはあんまりしないんだけど、物静かな秀才タイプってなんでか知らないけど尻込みしちゃう。だって頭が良さそうだし、そういう人にあんまり好かれたことがないから。
「いや、塾があるから休ませてもらった。そのぶん夜の時間は空けるつもりだから『ファンタジア・ブレイブ』で合流できると思う」
ぱちっぱちっと瞬きをした。
あれ、眼鏡をかけた秀才顔だし、実際に学力テストでは必ず5本の指に入っているのにゲームするの?
そう思っていると冷ややかな視線を向けられた。
「なんだ、私がゲームをしたら不服か?」
「う、ううん、ぜんぜん! ちょっとイメージと違ったというか『ゲームなんてくだらない』と言われれるかなーって思っていただけだよ」
そう答えると、じーっと冷ややかな視線を向けられ続けた。黒髪を肩のあたりで切りそろえており清潔感がある。それはやっぱり秀才タイプならではの迫力を伴っていて、たらりと冷たい汗が背中を伝ってゆく。
「小学生のころから遊んでいるぞ。好きなのは恋愛ゲーム。ガチホモでも構わない。むしろエグいほうが好きだ」
「うっそ!」
「冗談だ。でもゲーム目的でお泊り会をして美羽と徹夜する日もあるし、人気作が出たときは委員会も休むぞ」
すらすらと不真面目なことを暴露されて驚いた。それと同時に「あたしはゲームを一切していなかったのに、なんで頭が悪いのかな?」などと思う。もしかして勉強していないから?
「むしろイブのほうこそ意外だぞ。肌を焼いているし髪も染めている。男をはべらせてゲームで遊んでいそうな感じなのに。なのに、あの美羽が仲良くなるなんてな」
「もー、これは地毛っ! あと、このあいだまで陸上部にいたから日焼けしてるの! それと一番肝心なところだけどお付き合いなんてしたことないよ! だって男って目が少し怖いし、挨拶しただけで胸をじっと見てくるしさ」
うまく言えないんだけど、ぞぞって悪寒がするんだ。
うわ、見られてるよーって思うし、会話をしている最中も視線をちらちらと下に向けてくるから、この人はなにと話してるのかなって思う。
そんなことよりもと先ほどの言葉を思い出す。
「あの美羽が、ってどういう意味?」
「ん? ああ、美羽は大人しいけど人見知りをするんだ。私は幼馴染だが、それ以外の人と話しているところをあまり見かけないだろう?」
ん、確かに。
言われてみると小説を読んでいたり、スマホをいじっていたりで、美羽ちゃんの声を聞くこと自体があまりなかった。
さて、どうしてあたしなら仲良くしてくれるんだろう。そう思って視線を向けると、美羽ちゃんはやわらかく笑った。
「うん、イブちゃんは飼っていた犬に似ているの。笑顔とかそっくりよ。いつも走り回っているのも可愛いわ」
犬かぁ……。うん、可愛いよね、犬。一度も飼ったことないけど。
なんて思っていたら、さらりと髪の毛をなでられる。びっくりしたのと同じくらい、やさしいなでかたが気持ち良かった。
「明るい髪もそっくりよ。ちょっと短めだし、ヘアピンもついてるけど。よぉーし、よしよし」
やめっ、やめてっ、耳たぶごと一緒になでないでっ!
というかゴクッと喉が鳴るくらい本格的にうまくない? 髪の毛の生え際とか、耳の裏とか、くすぐったさと気持ち良さを折り混ぜてくるだなんて……!
「こらこら、神聖な教室で人様をしつけたらダメだぞ。イブも眠りそうにならない」
ぺちんとおでこを叩かれて目が覚めた。
危なかった、あと少しでよだれが出るトコだった。などと思いながら袖で口元をじゅるりとぬぐう。
呆れのため息をひとつして、ぎこっと椅子を慣らすと小夜さんは隣に腰かけてきた。椅子の背を抱えるようにして脚を開いて座るのは、ちょっと優等生らしくないのかも。
「さっき聞こえたが、イブも『ファンタジア・ブレイブ』を始めたのか?」
「う、うん、そんなタイトルだったような……えーと、昨日買ったばかりだけどね。チュートリアルが難しくって、まだ抜け出せていないんだ」
ふむふむと小夜さんはうなずく。
どうやら美羽ちゃんの言うとおりチュートリアルの長いゲームらしく「なるほどな」と彼女は納得したようにつぶやいた。
「アクション要素が強いし、ゲーム慣れしていないなら大変かもしれない。美羽、一緒に遊ぶと言ってもレベル差がありすぎるし、どうするつもりだったんだ?」
「うん、倉庫キャラを使おうと思っているわ」
ぽんと頭に浮かんだのは、倉庫で荷物を運ぶおじさんだった。倉庫キャラってなんだろ。あとレベル差ってなに?
いくつものクエスチョンマークを浮かべるあたしを放置して、小夜さんはうなずいた。
「そうか、なら良かったら私も手伝おうか。慣れるまで時間がかかるだろうし、手助けは多いほうがいい。チュートリアルが終わったら私にも声をかけてくれ」
「う、うん、ありがと! まだ触ったばかりだけど、大太刀って言ったかな……あの武器はかっこいいし、振り回すとびゅんって音がして気持ちいいよね」
昨夜のことを思い出しながら答えると、小夜さんと美羽ちゃんはにっこりと笑う。
普段こんな笑顔なんて見たことないから驚いたけど、もしかしたらゲーム仲間として迎えられたのかもしれない。
「だな! 最初から大剣使いを選ぶとは驚いたが、イブは難しいのを好むのか?」
「やー、そんなことないし、まともに扱えていないよ。ぜんぜん当たらないし、外れても当たっても隙だらけだから他の敵に狙われたり……だからそのぶんチュートリアルでしっかり練習して、お荷物にならないようにしようかなって」
「美羽も大剣使いに憧れたんだけど、どうしてもうまく立ち回れなくて諦めてしまったわ。ふうん、ならお勧めの能力値を教えてあげる」
なんでかな、気づいたらあたしも笑顔になっていた。
二人がすごく嬉しそうに話していたし、その輪に加わっているからだと思う。
あとたまに、気づいたら美羽ちゃんから頭を撫でられていて、くすぐったいというのもある。
放課後に話すのは案外と楽しくて、自販機で買ったジュースを飲みながら夕方のだれもいない教室であたしたちは過ごす。
んーー、思い切って最新ゲームを買って良かったなぁ! 攻略法も教わったんだし、今夜はがんばっちゃうぞ!
むんっ、とガッツポーズをして、あたしは帰宅することにした。下校の道を軽やかに駆けたい気分だったけど「いけないいけない」と言って速度を落とす。
右足首にサポーターを巻いているからだ。