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ゲームも知らない女子高生のごくありふれた日常  作者: まきしま鈴木@ようこそエルフさん&東京サバイブで書籍化&コミカライズ
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第3話 チュートリアル部屋だって

 あたしの握力はだいたい50キロくらい。男子と比べても割と強いほうじゃないかな。走り込みとか筋トレとかは割と好きだしさ。

 でもこの大太刀なるものを扱うには、もっともっと力がいると思う。


 そう思っていたら、ぎゅぎゅっと力強くなった気がする。さっきAIに聞いた話だと、この部屋では筋力とか敏捷みたいな能力値を好きなように割り振れるみたい。

 へー、ほー、変な感じ。最初は「割り振る」とか意味が分からなかったけど、実際に体感すると「こんな感じなんだー」って思う。

 多少は引き締まった気がするけど、身体の線はそこまでゴツくない。なんて思いながらぺろりとシャツをめくってみると……おっとー、見えないところが鍛えた感じになってるぞ!


「すごい、こんなにすぐ効果が出るなんて深夜の通販番組みたいだ」


 後ろから「はあ」と気の抜けた返事が聞こえたけど気にしない。

 試しに大太刀なるものを手にしてみたら、最初のときとは比べようもないくらい楽々と持ち上がる。わあ、という声が自然と漏れた。


『それが大太刀を扱える値です。あなたの場合、口で伝えるよりも体感したほうが早いと思いましたので』


「確かに。そうしてくれたほうが分かりやすくていいよ。ありがとね……その、あのさ、AIだと呼びづらいから、たとえばだけどアイちゃんって呼んでもいい?」


『AIだからアイですか。か、構いませんけど……私は貴女のことを決して「ちゃん」付けで呼びませんわよ?』


 戸惑いながらも恥じらいを含む声が返ってきた。嫌だったらやめようと思っていたけど、まんざらじゃなかったみたい。なんとなく彼女の声でそう感じた。


「そっか、よろしくねアイちゃん」


 にこっと声のするほうに笑いかけると、気のせいか戸惑う気配が伝わってくる。どうしたんだろうと不思議に思っていると、コホンとアイちゃんは咳ばらいをひとつした。


『貴女、案外と可愛いところがありますね。では大太刀が扱いやすいか試してみてはどうです?』


 ふむ、と呟きながら柄をぎゅっと握る。

 長さは1メートルちょっと。重さは筋力が上がったことで感覚が変わっているけど、さっき持った感じでは10キロくらいかな。だけど手にしっくりと馴染むし、びょうと宙を薙いでみると思っていたよりも「斬れそうだな」と根拠もなく感じる。

 びょう、びょう、と角度を変えながら何度となく太刀を振るう。変な音だと思ったし、もっとうまく振れる気がしたから。


「あの、しばらく試したいんだけど平気? 退屈だったりしない?」


『? はあ、私は退屈ではありませんが……なにをそんなに悩んでいるのです? 大丈夫そうなら、それで終わりかと思うのですが』


「うーんとね。あたしは素人だから、まだちゃんと扱えていないんだと思う。ほら、音も変だし。だからしっかりここで覚えておきたいなと思って」


 たぶんいまは力任せで、棒を振り回しているのと変わらないと思う。この太刀から不思議な力を感じるし、本当はもっとすごい性能を持っている気がするのに。

 刀をひるがえして、びょうと宙を薙ぐ。

 踏み込んだぶん速度はあがり、先ほどよりも綺麗な音に変わった気がした。


『……構いませんよ。それとやはり私も退屈ですので、少しだけ手助けをしましょう』


 なにを助けてくれるの?

 そんな疑問を浮かべるのと同時に、ぺたっ、ぺたぺたっ、という音が遠くのほうから響く。続いて薄暗い部屋に明かりが灯される。壁にかけられていた松明か何かが、ぼぼっと一斉に燃えたんだ。


『無力なる者を呼び寄せました。牙も爪もありません。無害ですので腕を身につけるには格好の相手でしょう』


 ぺたこ、ぺたこ、という足音のした方向に視線を向けると、人型の泥みたいなのが5体ほどいる。あたしの腰よりもちょっと高いくらいの背丈で、確かにあんまり強くなさそう。


「……血とか出ない?」


『出ませんよ』


 良かった、それなら怖くないし安心だ。

 ほっとしたので大太刀を両手に構えて、相手が近づいてくるのを待つ。よーし、さあ来い!


 ぺたこ、ぺたこ、と足音を立てていたそいつらは、唐突にペタタタタと加速する。

 左右に分かれてしまい慌てた私に肉薄する影。


「~~~っ! でいっ!」


 びょうと薙ぐと、そいつの手と足を分断した。スッと豆腐を切ったくらいの手ごたえで、すごい切れ味だと驚いたのは彼らにとって隙だらけだったみたい。

 後ろからあたしのお尻をベチンと蹴られた。


「いっ……!」


 痛いと言い切る前に、先ほど切ったばかりの奴が足首にしがみついてくる。

 体勢を崩していたところだ。足首の子を踏みつぶしてしまいそうになり、かばったせいでさらに身体はバランスを崩す。直後、左右から新手がやってきた。


「ひゃあーーっ!」


 ぜんっぜんだめ! お話にならない!

 ポコポコとお尻とか太ももを殴られて、降参だとあたしは言う。ふふっと笑ってしまうほどあたしは弱かった。


「くすぐったいよー、もうっ」


『イヴリン、もうすこし難度を下げますか?』


「ううん、いまのでだいぶ分かったから……って、あたし本名を伝えたっけ?」


『……ええ、言いましたよ。それよりもなにを分かったのです? 見たところいいとこ無しだったようですが』


 えーとね、と口ごもりつつ説明をする。つぶらな目をした変な生き物にじゃれつかれながら。こら、お尻を触らない!


「戦いってものをしたことがないから、身体をどう動かしたらいいのかも分からないんだと思う。気づいたらボコボコにされて、お尻だって触られてるし」


 たぶん思い切りが必要なんだと思う。

 ガッと踏み込んで倒す。何も考えずにとにかく倒す。とかとか、そういう考え方をまず身体で覚えないといけないみたい。


「だから、もうちょっとあたしにつき合って欲しいな。でないとチュートリアルが終わっても同じことになるだろうし」


 小さな生き物を抱き上げながら、にひっと笑ってそう言った。

 アイちゃんからしばらく返事がなかったのは、あたしの言葉を熟考していたのかもしれない。


『……分かりました。さっさと始めさせようと思っていましたが、それは考えが足りなかったようですね』


 ではこうしましょう、という言葉が続く。

 なにをどうするのかなと思っていると、じゃれていた子たちが床に下りてゆく。そして気づいたら、ぽこぽこと合体して……ずおお、と見上げるほどの巨体になった。


「はあっ!?」


『もうひとつ、痛みという要素も必要です。苦しさを乗り越えることこそが成長には欠かせませんし、まずはこのブッカティを相手にしてください』


「えー、困ったなぁ、急にやる気になっちゃって。はいはい、分かりました。言い出したのはこっちだし、ちゃんと戦い方を覚えないとね」


 はぁーあ、と溜息をひとつしてから両手でぎゅっと大太刀を握る。

 ジャージ姿という格好だけど、ずざあっと脚を開いて構えるようになったのは、もしかしたら恐怖心のおかげで成長しているのかも?


 ぺろっと唇を舐めてから「さあ来い」とあたしは生意気なことを言った。

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