第22話 コスプレ衣装の着心地は?
かちんと金属の音を立てて、小夜さんは手甲をつける。
上側だけでなく手や指まで覆うやつね。薄い金属が使われているのかほっそりとしており、女性的なデザインだなとあたしは思う。
純白のコート、相反するようにボアは黒色。シンプルな色使いだから、赤い唇がとても目立つ。
頬杖をついてそんな様子を見つめていると「ん?」と小夜さんは振り返る。ヘアピンによって前髪はまとめられており、いつもより大人っぽく見えた。首まできっちり詰めた襟は、教鞭を振るっていてもおかしくない。
「どうしたんだ、イブ。まだ怒っているのか?」
「べっつにー。あたしと違って落ち着いた服でいいなーって思っただけ。いいないいなー、人間っぽくっていいなー」
ははは、とお腹を抱えて笑われた。
ついさっき着せられた衣装は、あたしの肉づきの良さを見せつけるような服だった。耳だって伸びているし、いまだって美羽ちゃんにいじくられている。なんか知らないけど、ダークエルフっぽいって2人にバカ受けされたんだ。
ちらっと下を見ると、これでもかと谷間ができていて……これってほんとに動いても大丈夫? ほんのりと頬を赤くしていたら、かつかつとブーツを鳴らして小夜さんが歩いてきた。
「これ、預かっていてくれ」
チャッと外したのは彼女の眼鏡で、受け取って視線を戻すと切れ長な瞳が待っている。ぽんぽんと隣の木箱を叩くと、笑みを浮かべてから小夜さんも座った。
「やはり動きにくいのか?」
「えーっと、どうなんだろ。試してみよっか。アイちゃん、良かったらブッカティを呼んでくれない?」
『あら、貴女が先? 性能を試したいのなら実戦に近い方がいいでしょう。ガーゴイルを呼ぶわ』
は? 意味わかんない。
強制的なプラン変更によって、立ち上がった姿勢のままあたしは凍りつく。ゴゴゴと広間の奥から音が聞こえてくるし、楽しく遊びたいというささやかな願いを打ち砕いてハードモードが始まっちゃった。
「あ、あいつが出るなら小夜さんが相手したら良くない?」
「いや、どんな敵か事前に見ておきたい。美羽はどうだ?」
「そうね、さすがに初見はちょっとキツいわ。イブちゃん、もし良かったら攻撃パターンを覚えさせて」
「えー、あたしは初見でやったのにぃ。はいはい、分かりました。その代わり、あたしのかっこいい勇姿をちゃんと見ててね」
んべっと舌を出してから、近くにあった大剣を手にする。
これは雪牡丹とは別の、ダークエルフとかっていう種族に似合う武器なんだって。だから洋風で両刃で、ずしっとした重たさは大太刀よりも上だ。しかしこんな肌色たっぷりな防具だから、トータルでは同じくらいの重さかな。
剣先が石床に触れて、かちんと鳴らす。
それと同時にゼットン級ガーゴイルが目を覚ます。
こいつねー、前に勝てたけどほんとに侮れないんだよね。体力の尽きるぎりっぎりまでかけて、ようやく勝利をもぎとれた。その上、学習機能があるのでこのあいだと同じ手は通用しない。
背は高く、上半身がたくましい。虫のように有機的な皮膚をしており、背にある羽もまた同様に甲殻類を連想する。
少しだけ驚いたのは、いつもなら目覚めてすぐ襲いかかってくるというのに、胸に手を当てて会釈をしてきたことだ。紳士的、というよりは勝利したことで腕を認められたってことかな?
「今夜もよろしくね、ガーゴイル。こんな格好だけどさ、あんまり気にしないで。女の子もいろいろ大変なんだ」
フシッという息づかいが聞こえたのは、もしかしたら笑い声だったのかもしれない。ちょっとおっかない奴だけど、ユーモアを分かってくれるなら気が楽になるかなぁ。ん、あんまり変わんないか。
『イブ、浮遊術がレベル10に達したわ。使用時間アップと効果アップ、好きな方を選択してくれるかしら』
「え、ほんと!? じゃあもちろん使用時間アップ! これでちょっとは楽になるかな」
浮遊術というのは、あたしが最初に覚えたスキルね。羽のように身を軽くすることができて、たゆまぬ努力のおかげで秒単位のオンオフも可能になった。となると時間アップ……えっと、30秒が60秒に変わるのはかなりお得だ。
ん、待てよ。鎧を脱いだから身体が羽のように軽く感じているのに、これの効果アップってどうなるんだ? もしかしてだけど、浮いちゃったりする?
はは、そんなバカな。人間が浮くなんて……まさか……うん、気になるな。次は効果アップも考えてみよう。
それはともかくとして、まずはガーゴイル戦だ。
「じゃ、やろっか」
無造作に歩きながらそう言うと、あたしとゼットン級ガーゴイルの再戦が始まる。互いに真っすぐ歩いて、距離がだんだん詰まってゆく。
見上げるようになり、息づかいまで聞こえるようになり、爪の間合いに入り、さらにもう一歩踏み込んだところで――ボヒュヒュッとあたしのスウェーしたところを薙いでゆく。
これがガーゴイルの弱点その1ね。
攻撃が正確すぎること。だからあたしだって慣れちゃう。この一週間、ほぼ日課みたいに通ってたから当然よ。
びょうびょうと薙ぐ速度はまったく衰えず、右手、左手と続いたところでタイミングを見計らって身体を大きく横に傾ける。追ってくる爪をかいくぐり、ズパッと反対側からハイキックの一撃ぃッ!
ひゅう、いいねいいね、イブちゃん冴えてるね。どんぴしゃよ。なんだろ、この身体の軽さ……って、お尻丸出し装備なんだし当たり前か。
ぐらっと揺れて相手が下がったぶん、もちろんあたしは一歩進むよ。死角からのカウンターなら意外と効くでしょ?
「――浮遊術」
ビビビと小刻みに揺れた相手の羽を見て、2秒だけ術の行使を許す。
すると大剣であろうとも小枝のように軽くなり、振りかざされた鉤爪に対して瞬きする間であろうと反撃が間に合う。
「――重化」
小枝のようだった剣なのに本来の……いや、それ以上の重量となってガーゴイルの拳に叩きつけられる。
バガンという音は大剣らしからぬ音だったし、重さに押されて拳は相手の真後ろへと飛んで行く。引きずられて奴の上半身が後方に流れたところで、ふううっとあたしは闘気に満ちた息を吐く。
けっこー好きかも。
こういうミリ秒単位の駆け引きっていうのかな。戦いのなんたるかが分かってくると、途端に面白くなるんだ。
あとね、悔しいけどこっちの装備のほうが戦いやすい。軽いから手足を自由に使えるし、行動の選択肢が増やせるのってやっぱり大きいよ。
だから、ズンッと相手の軸足を踏む。
もちろん重化を乗せているので、石畳がひび割れるほどの重さがあるんだぞ。
これも「対象を限定しない」に設定したおかげだ。便利だし武器だけに限定してしまうのは確かにもったいない。
さて、上半身が流れているのに、足を縫い留められたどうなるだろう。もしもあたしだったら「そういうのはやめてよ!」って言うかもね。だって背中から落ちるしかないし、その地面に触れる数秒のあいだ、あたしという相手は大剣を振りかざしているんだ。
「――重化3連ッ!」
ズド、ズド、ズドオンッ!
かばった腕に痛そうな傷が次々と穿ってゆく。
瞬時にビシッと水晶のように凍りつき、ひび割れの音を残して細かな破片を撒く。
これは血と同じくダメージを表しているんだって。やっぱりこういう配慮はゲームとして欠かせないのかな? 知らないけど、そのほうが助かるかな。怖くないし。ぜんぜんね。
どうッ、と相手はバウンドした。単に倒れただけならそれでおしまいだけど、重化をたっぷり乗せた3連撃を受けたなら話は別で、1メートルほど反動で浮き上がる。
もちろんこれはあたしの攻撃チャンスであり、気持ちよーく破壊をしてあげなくっちゃ。ずっと俺のターンだ、とは誰の言葉だったかな。えへへ。
羽、羽、羽、と集中攻撃により根元から破砕する。
ばしゃあっと砕けた水晶の音がすごく気持ちいい。ぞくってしちゃう。
「…………ッ!?」
攻撃を受けたら重化、反撃をしたら浮遊術。そんなの相手にとっては嫌だったかも? でもあたしにとってはアリアリのアリで、にっこり笑うほど楽しいことだ。
流れる汗も、スキルの残り行使回数の計算も、狙い通りに叩き込める気持ち良さも、全部が全部、あたしが主役なんだなーって分かる。
――どっ、どっすん!
だから両ひざをついたガーゴイルがあたしと同じ目線になったとき、ありがとうって言いながら頭に抱きついた。すごく強かったし、怖かった。でもあたしを根本から鍛えてくれたんだ。
耳元にフスーッと聞こえたのは諦めの呼吸だったのかもしれない。それから背中を叩かれて、ばしゃあっと氷細工みたいにガーゴイルは全身を砕け散らせた。細かな破片となって消えたとき、ようやくあたしは振り返る。
「んふふー、見たっ? あたしもけっこーやるでしょ」
汗を流してガッツポーズをしながらそう言うと、2人はぽかんと口を開けていた。そして聞こえてきた歓声は、意外な人物からのものだった。
『かっこいい、かっこいいわ! やるじゃない、イブ! あーっ、見ていて気持ち良かった! 良かったね、良かったねぇ、ここまで長かったもんねぇ。すごく苦労してたし……あー、だめ、泣いちゃいそう』
「えへへー、アイちゃんありがとっ。最初はすごく嫌だったけど、この装備もいいね。そりゃあちょっとは恥ずかしいけど前より自由に動けるし、涼しいから気持ち良かったかも」
やーん、いつも冷静なアイちゃんからベタ褒めされると、なんか舞い上がっちゃうな。胸がジンとするし、頬が熱くなるし、嬉しくて意味もなく足踏みしちゃう。
なんて思いながら視線を戻すと、小夜さんは相変わらずぽけっとしていた。口を半開きにさせており、頬もだいぶ赤い。そんなにうるんだ瞳で見つめられると、なぜか腰がむずっとしちゃう。
さて、どんなコメントをもらえるんだろう。
そんなことを思い、わくわくしながら近づいてゆくと、ようやく小夜さんは唇を開いた。
「すまないが、もっと冷徹な口調にできないか?」
「……は?」
「うん、良かった。かなり良かった。予想以上のダークエルフだ。正直感動したし、興奮もした。だがその口調がもったいない。たとえばだな『下賤な人間ごときが声をかけるな』と言ったらグッとくるだろう? そういうものだと分かるな、イブ?」
どうしよう、ぜんぜん分かんない。
あたしの頭が悪いから? 違うよね?
えー、小夜さんって頭が良くて冷静で、大人っぽい人だと思ってたけど違うのかな? 口調もちょっと早口だし、あとなんか顔が近い。すごく近い。ぐいぐい来るし、後ずさっちゃうんですけど?
なんて思っていたら、美羽ちゃんが「はぁーあ」と大きなため息をひとつした。
「どうしてか知らないけど、昔から小夜ってすごく凝り性なの。ディティールにうるさくて、見込みがあるときは特にそう。ごめんねイブちゃん、諦めて。こうなったらもう私には止められないわ」
「み、見込みってなに!? 怖いからもうこの長耳、取るね!」
こんなものをつけているから小夜さんがおかしくなるんだ。そう思って長耳をつまんだ瞬間、ガッと手を取られた。
おそるおそる視線を向けると、無表情な小夜さんがあたしを見つめていてゾッとした。ひっ、という声も出た。
「……イブ、一人称は『我』にしよう。好きなものは殺戮だ」
なに言ってんの? 冗談抜きで、ほんとなに言ってんの? そんな一人称なんて絶対に嫌だし、殺戮なんてしないったら!
いくら小夜さんだからって、我も怒るときは怒るのだぞ、下等な人間め!
なんて言ったらガチで喜ばれた。