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ゲームも知らない女子高生のごくありふれた日常  作者: まきしま鈴木@ようこそエルフさん&東京サバイブで書籍化&コミカライズ
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第21話 ダークエルフ剣士あらわる

 陽も暮れようとする時刻、がらりと玄関を開けて入ってきたのは、ずんぐりした体形の男だった。手にした紙袋にはポスターや同人誌などが入っており「どこのコミケ帰りかな?」と思えるほど怪しい風体でもある。


 しかし不審者などではなく、れっきとしたこの家の長男であり、またイギリス人の血を引いているのだが……残念ながら周囲の誰からもそうだと気づかれない容姿だ。

 眼鏡やジーンズ、キャラクターの描かれたシャツもまた、昔ながらのオタク的なファッションをかたくなに守り続けているかのようだった。


「ん?」


 その彼は、玄関を見てそんな声を漏らす。

 運動用シューズや大きなサンダルだけでなく、見慣れない女性の靴が並んでおり、きちんと爪先を揃えられている。

 脱ぎっぱなし放りっぱなしのガサツ極まりない可愛川(えのかわ)家においては、かなり珍しい光景だ。


「ほう」


 また頭上からは女性たちの声も聞こえてくる。

 そういえば今日はお泊り会をすると言っていたっけ、などと思いながら靴を脱ぎ、キッチンに置いてあるカレー鍋を見てまたも「ほほう」と小さな歓声を漏らす。ほど良い大きさに野菜が切られているのを見ただけで、すぐにイブ製のいまわしい料理などではないと気づく。

 そのあいだも階上から女の子たちの声が聞こえており、彼はわずかに笑みを浮かべた。


「ふうん、仲が良さそうだ。最近明るいのも友達のおかげかね」


 ぱかんと冷蔵庫を開けて、そこにあるアイスを取り出しながらそう呟く。ついでのようにジュースを用意し、お菓子を手に取り、木目調のおぼんをにぎやかにしてゆく様子はどこか手慣れて見えた。


 彼は割とメンタルが強いらしく、ごく平然とお菓子の差し入れをする気らしい。妹から許可を得ているとはいえ、女子高生たちの集まりに臆せず顔を出せる者は少ないだろう。


 トントンと階段を上ってゆき、トントンとドアをノックする。

 しかし、返事がない。

 なんでやねん。さっきまで声がしてたやんと思いつつ、がちゃーっとドアを開ける。すると……。


 ぽけっとした。

 ドアを開けたら妹の部屋にドアがあった。

 いや、分かりづらいし自分でも何を言っているのかよく分からない。中世で見かけそうな古ぼけたドアがそこにデンと置かれていたのだ。さらには慣れぬ鞄やノートパソコンなども周囲にあり、女性たちの残り香も嗅ぎ取れる。まるでぱっと消えたかのようで、非日常的な違和感がひしひしと押し寄せる。


「……なんだ、こりゃあ」


 近くにトレイを置くと、ぎゅーっと頬をつねりながらドアに近づいてゆく。違和感の大元であり、いまはしっかりと閉じられている。触れても押してもビクともしない様子に、彼は眼鏡の奥からまじまじと観察した。



     §



 トントントーンと軽快に階段を降りてゆく。

 ちょっと湿っぽいところだけど、もう慣れちゃった。暗さを気にするよりも、もっと前向きに攻略法とか考えたほうが楽しいよ、きっと。

 振り返るとそのままランニングをしそうな格好の2人がおり、少しだけ気恥ずかしそうな表情だった。


「ひ、人前でこれは恥ずかしいな。よく気にせず歩き回れるものだ」


 切りそろえた黒髪を揺らしながら、小夜さんはそう漏らす。まあ、そっちも慣れるしかないでしょ。どっちにしろしばらく走ったら気にならなくなると思うけど。

 こうして見るとやっぱり小夜さんは肌が白い。日焼けしてるあたしと比べても仕方ないけど、透き通るようだから……なんだろ、意外と着やせしてんのね。あたしのこといかがわしいとか言ってたけど、そっちこそエッチじゃん。太ももを隠してるから余計にそう思うのかな?


「んー、そう? でも恥ずかしがったほうが初々しく見られて、余計恥ずかしくなると思うけど?」


 そうは言われてもな、と言いたげに苦虫を噛んだような顔をして口をつむぐ。前髪をヘアピンで留めてゆくのは女子のおしゃれ……などではなく、臨戦態勢を着々と整えつつあるという状況だったりする。


(っと、問題は美羽ちゃんか……)


 後方を歩く美羽ちゃんをちらりと見る。

 いつもぽんやりした彼女だけど、地下室に入るなり言葉数が減り、また表情はどこか硬い。思い悩んでいる様子が気になって、ささっと彼女の隣に並んだ。


「美ー羽ちゃん、怖い顔してどうしたの?」


「うん、ちょっとまだ怖いなーと思って。イブちゃんはどうして平気なのかなぁ」


 おずおずと見上げてくる美羽ちゃんは瞳がとても大きい。まつ毛が長いからお人形さんみたいだし、ふっくらとした唇は色鮮やかだ。つい視線を吸い寄せられるし、女の子っぽくて羨ましいなと思う。


「んー、慣れちゃった。一週間も通っているんだし、慣れないほうがおかしいかもだけど。でも一人ぼっちのときよりも、いまのほうがずっと楽しいかなぁ」


 ぺたっと肩に触れながらそう言うと、大きな瞳がまばたきする。

 だからほら、一緒に遊ぼう。

 そういう意味で笑いかけると、伝染するように美羽ちゃんの唇は笑みを浮かべてくれた。それが嬉しくてあたしはにっこりと笑う。


「ね、一緒にお洋服選びしよっか。美羽ちゃんは元が可愛いからすんごく楽しみ。どういう服が好きとかってある?」


 顔を寄せてそう提案すると、美羽ちゃんはちょっとだけびっくりしてた。あたし、人からよく「距離が近い」って言われるんだ。なんでなのかは知らないけど、このほうがあたしは好き。だからやめないし、にっこり笑ったら美羽ちゃんも吹き出してくれるもん。


「ふふっ、まったくもう、あなたって本当に大きな犬みたい。だから可愛いって思うわ」


 ぎうっと腕に抱かれてしまい、目を白黒とさせた。ふわふわの頬で触れてくるのも、まるっきり犬扱いだ。おかしいなぁ、元気づけようとしていたのはこっちなのに。

 ぱっと身を離した彼女は、いつも通りの美羽ちゃんだった。


「じゃ、お洋服選びをしましょ。私、一度でいいからファンタジーな衣装を着てみたかったの。ひらひらしたスカートも履きたいな。イブちゃんもお揃いね」


「うん、いいよ。小夜さんもつきあってくれるよね?」


 やむなしだ、と言うように小夜さんは肩をすくめる。さっすが小夜さん、優等生は空気も読めちゃうんだねぇ。ぱっと美羽ちゃんと手を繋ぎ、駆け寄ってゆくと苦笑いで迎えられてしまった。

 と、そのとき頭上から声が響いてきた。


『おほん。イブ、ガーゴイル討伐を済ませたから、特別にこの部屋の機能解除(アンロック)をひとつだけしてあげても構わないわ』


 んっ? と、あたしは軽くフリーズする。

 やれやれ、この玄人さんたちは分かってないなぁ。ごく平然と「アンロック」なんて言われたらあたしみたいな一般市民は挙動不審になるでしょ? 見てよこの「分かってて当たり前」みたいな空気。どういう意味かなんてとてもじゃないけど聞けないって。


「アイ、機能解除(アンロック)とはどういう意味だ?」


「って普通に聞いてるし!? あれー、あたしより上級者なはずなのになぁ」


 そう文句を言うあたしだったけど、がたん、ごとごとんっ、と木製の棚や洋服などが置かれてはそれどころじゃない。まるで魔法みたいだったし、目をごしごしするほど不思議だった。


『どうぞ。私のお古で良ければ差し上げますわ。皆さんは衣装がお好きなようですし、大したものがないと文句を言われても心外ですもの』


 わあっ、と声をあげたのは美羽ちゃんだ。

 ケースに置かれたのはお洋服や帽子の数々で、お高そうなものから可愛らしいものまである。手を引かれてつんのめりかけたとき、こんな弾むような声が聞こえてきた。


「うさ耳! ケモ耳! エルフ耳!」


 耳ばっかりやん!

 なんてツッコミを心のなかでしていたら、くるんと少女は勢いよく振り返る。そしてはにかみながら「かがんで」と囁いてくる。どうしたのかなと疑問に思っていると、なぜかあたしの耳がつままれた。


「見て、小夜! じゃんっ、ダークエルフ!」


「おっと、生ダークエルフか! 待て待て、これは面白くなってきたぞ。それらしいのを着せてみよう。あっちに露出度の高い鎧があったはずだ」


 なんだなんだ、どうして突如として2人のエンジンが始動した!?

 こう見えてあたしは意見をはっきり言うほうだと思う。嫌なことは嫌だって言わないとあんまり良くないし。だけどこのときだけは「言っても無駄だ」とすぐに悟った。


「これ、すぐに着て」


「あのっさぁ、これおっぱいが半分くらい見えない? それとさっき胸が運動の邪魔だってさんざん説明したよね? あとお尻が……」


「着て!」


 ふぁい、という生返事が口から出た。

 いかがわしい下着みたいなのを手にした子から、びしっと命じられちゃったよ。おまけに小夜さんまで、いそいそと手足の鎧を運んでくるし……あーもー、分かったよ、着てやらあっ!


 あーあ、分っかんないなー、最近のゲームって。

 昔はボタンをぽちぽち押す感じだった記憶があるのに、お色気うっふんな服を着るところまで進化……これってほんとに進化かなぁ。

 はああ、とあたしはため息をしながらハイレグ装備を受け取った。




「こ、こんなのできました」


 しゃっとカーテンを開くと、おしゃべりしていた2人は振り返る。まんまだけど、これは部屋から運んできたカーテンね。素っ裸になるのはキツいので、簡易的な更衣室を用意したんだ。


「おっとぉーー、きましたよ小夜先生っ! うわあっ、お色気の波動がここまで届いちゃいます!」


「そうかそうか、生のダークエルフはこんな感じか! 太ももと胸の圧がすごい! な、股間には前垂れがいるって言った通りだったろう。形だけでも隠しているというデザインが大事なんだ。イブ、ちょっとジャンプしてくれ」


 これってさぁ、セクハラに入らない? パワハラでもあるよね? さっきから生だ生だとうるさいし、冷凍もあるのかって聞きたくなる。

 たちが悪いなと思うのは、その期待に満ちたキラキラした瞳だ。裏切ったら悪い気がするし、なんだかよく分からないが逆らえない流れもある。仕方なく嫌そうな顔でジャンプをすると、パチパチパチーっと拍手された。なんでやねん。超なんでやねん。


「んわぁ――っ、チラリズムっ! こうして見るとダークエルフって完成されたデザインなのね。手足はしっかり装甲で固めて、かつ毛皮でワイルドさを強調する」


『ふうん、貴女たちの国では、ダークエルフという創作種族がいますのね。イブ、良く似合っているし面白いわ。何なら貴女の言っていた揺れ防止機能を特別につけてあげても構わないわよ』


「これは軽く感動だな。ちょっと集まって撮影しよう、撮影。さあ集合だ」


 などと手をパンパンしてるけどさぁ……あっ、ずるい! 美羽ちゃんは頭巾つきで裾の長いケープとゴシック調なシャツとスカートというめっちゃ可愛い系だ!


「さっき、おそろいにするって言ったよね!?」


「ごめんね、イブちゃんにはそっちのほうが似合うと思ったの。わあー、鎧に光沢があってかっこいい。喜んで、もうとっくにコスプレの域を超えているわ」


 桜色の舌をぺろっと見せながらそう言われてしまい、思わず冷汗を流した。だめだこの子。早くなんとかしなきゃ。

 ピースをして、ぱしゃこーっとスマホ撮影をされながらあたしはそう思った。


 あのさぁ、ガーゴイル戦はどうなったわけ?

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― 新着の感想 ―
[一言] ダークエルフイブ!実はコレで記憶奪われて夢の世界に飛ばされたのがアチラのイブだったり?…さすがにないか?いやしかし…。 あと、仮にこのダークエルフの恰好で自宅に戻れたら、おにーさんの反応がど…
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