第2話 謎のドアができたよ
ふむ、とあたしはうなずく。
「さすがは最新機種、あたしの予想のはるか上を行ってるぞ」
最近のゲーム機は高級感のあるデザインだったり、ぺかぺかと無駄に光ったりするんだって兄貴が言ってたよ。どうしてなのかは知らないけどさ。
そう感心していたときに、聞き慣れない声があたしの部屋に響く。
『――っとに、一級神職の私まで巻き込むのはどうなのかしら。まあ、あのお方の気持ちは少しくらいなら分かりますけど。こんな終わりかけの世界なら、最後にドカンと派手なことをやりたくなるでしょうし……え、なにかしら、あなたの手にしたそのカンペ。え、聞こえてる? いったい誰に聞こえてると……えっ、あっ、あーーっ!』
ぽけーっと聞いていたら女性の悲鳴が鳴り響き、それからシンと静かになった。どこから聞こえてくるのかなぁ、と部屋をきょろきょろしているあたしに向けて、再び女の人の声が響く。
『エターナル・カオス・グレネイドの世界へようこそ』
ビクッとした。
アニメ声というか、急に声色が変わったからなんだけど、それと同時に「ちゃんとしたゲームっぽい!」と驚く。
「でもなんか、機械というよりはちゃんと人が話しているみたいな気が……?」
『いえ、人ではありませんわ。えーと、そうですわね、あなたの世界だとAIに近いかもしれません』
「えーあい!? よく映画とかに出てくる頭がおかしくなって人を殺すやつ!? それで、いつ人類は滅亡するの!?」
『違います、キバヤシ……おほん! なんですか、その極端な例は! 私は娯楽至上主義になどに侵されていない、ごく普通のAIですったら』
そっか、AIか……。
頭のなかの勝手なイメージだと、AIというのは広間の中央に大きな脳みたいなのがあって、周囲にパイプとか蒸気とか溢れている感じ。ゴゴゴって振動もしているよね。そんで人間を操って世界を牛耳っている。うん、まさに未来だ。
すごいなぁ、かっこいいなぁ、いつの間にか日本はそこまで進化していたんだなぁ。さすがはゲーム大国だ。
「あ、じゃあゲームがちゃんと動いたってことだよね! ふふん、あたしだって高校生なんだし、こんな設置なんて楽勝楽勝。えーと、リモコンはどこだろ?」
さっき兄貴に頼っていた発言のことなんてさっさと忘れて、あたしは周囲を見回した。
ゲームにはリモコンがつきものだと聞くし、小学生のころのぼやーっとした記憶でもなんか持ってた気がする。あれ、振り回すんだったかな……ともかく美羽ちゃんが勧めてくれたものを一緒に買った……はずなんだけど!?
「無い、無い! どうしよう、適当にネットでポチポチしたせいかなぁ。待てよ。さっき聞いたゲームの名前、本当に美羽ちゃんが言ってたのと合ってる?」
確か「ファイナル」とか「ミラクル」とか頭につかなかったっけ。でも「エターナル」と聞き間違えたのかもしれないし、なんとなく大丈夫そうな気がしてきた。
となると問題は注文し忘れたリモコンだ。どうしようと泣きかけていたとき、またも聞き慣れない声が響く。
『まずは職業を選択してください』
「え、リモコンが無くても平気?」
『平気ですよ』
あ、良かったー。世の中って知らないあいだにたくさん進歩してるんだね。まさか配線もいらないとは夢にも思わなかったけど。
ほっとしながら光るパネルみたいなものに近づいてゆく。すると剣を持った勇ましい姿や、魔法使い、大きな盾、精霊使い? とかとか、いろんな職業を示す絵がそこに表示された。
「ひゃー、かっこいいね。どうしよっかな。そういえば何にも決めてなかった。ねえねえ、おすすめはある?」
困ったときはこれが一番。お店のお勧めを聞くこと。大体の場合は一番いいものを教えてくれるしさ。
やはりその人(?)は、待ってましたとばかりに語り始める。
いや、顔は見えないんだけどさ。雰囲気ふいんき。
『あなたの場合、運動能力がとても高そうですわね。魔法より武器を扱ったほうが良さそうですし、武器にはいくつもの種類があります。扱いやすさに差はありますが、そこは好みで選んでみてはどうでしょう?』
ふむふむ、武器かぁ。
定番なら剣とか盾とかになるのかな?
しばらくそう悩んでいると、またもどこからか声が降ってくる。
『では、実際にいくつか試してみてはどうです? ほとんどの方はスキップしますが、お試し用のチュートリアル部屋もありますよ』
スキップ? 片脚でトントンしてるとこを想像したけど、つまりゲームを始める前にちゃんと教えてくれるってこと? へえー、親切設計だなぁ。それなら説明書もいらないね。
オッケーと指でサインを作りながらうなずくと、なぜか目の前がぼやんと歪む。目が悪くなったのかなと思い、手でこすっているうちにドアのような……って、まんまドアだね。
「えー、なにこれ、チュートリアルの間? ふーん、このドアを開けて入ればいいわけ?」
『ええ、どうぞ貴女のお望みのままに』
……変な言い方をする人だなぁ。あ、AIか。
戸惑いつつも手を伸ばしみるとドアノブみたいなのが指に触れる。ひんやりしていて、ちょっとだけ木の匂いもする。
ふうん、と感心しながらドアノブに指をかける。
こういうものだって聞いたことがある。まるで本物のような臨場感が楽しめるのだと。そう美羽ちゃんが自慢するように言っていたのをあたしは思い出す。
「そっか、これが最新技術なんだ。リアルだなぁ。すごいなぁ。あ、普通に開いた」
かちんとかすかな金属音を鳴らして、ドアが開いてゆく。その向こうは薄暗い地下への階段があり、足元をもやのような煙が漂っている。
ゲームなんだからと大して用心もせずに入ってゆくと、壁には棚があり、そこにたくさんの武器が置かれていた。ナイフとかこん棒とか、見たこともない形のやつとかそういうやつね。
と、そのうちの一振りに私の目は吸い寄せられる。
「わあ、大きくてかっこいいね、この刀。雪みたいに鞘も白いし、花の絵で飾られてるのも女子っぽい。ねえ、手で触っても怒らない?」
『どうぞご自由に触ってください。それは大太刀と呼ばれる古来の武器です。貴女の国では祀っている神社があるはずですよ』
そうなんだと呟きながら手を伸ばす。
握りは持ちやすいように手を加えられていて、切れ味の良さを示すように刃のところが輝く。わずかな反りがあって、柄を両手で持たないといけないくらい重さが……って、ほんとに重い! これでも他の人より鍛えてるつもりなんだけど、腕がブルブルするよ!
「~~~っ! これ、持てないこともないけど、振り回すとかまず無理だからっ!」
落っことさないように気をつけながら棚にゴトンと戻して、ふーっと息を整えた。
『では筋力など能力値の調整をされてはいかがです? チュートリアルなので、ご自由に試して構いませんよ』
へぇー、そんなのあるんだ! さすがはゲーム! そういえば兄貴もキャラメイクってやつに一日かけたとか言ってたっけ。
知らないことばっかりで、このときのあたしはちょっとだけドキドキしていた。ほら、そういうのってすごく楽しいじゃん。子供のころも、なんだかよく分からないものに興味を引かれるし。
だからたぶん、あたしは頬を赤くする子供みたいな表情をしていたんだろうなと思う。
だけどドアを閉じたちょうどそのとき、ピンポンパンと再びチャイムが鳴った。もちろん別室にいるあたしの耳には届かない。
緑色の制服を着た配達員さんは、困った表情を浮かべて何度もチャイムを鳴らす。
ほどなくして「まいったな」とボヤきながらポストに不在票を入れると、手にした荷物と一緒に立ち去ってゆく。
その段ボールには発売されたばかりの最新ゲーム機、そして「ファンタジー・ブレイブ」のゲームソフトが入っていたらしい。