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ゲームも知らない女子高生のごくありふれた日常  作者: まきしま鈴木@ようこそエルフさん&東京サバイブで書籍化&コミカライズ
18/22

第18話 今日はカレー曜日!

 かちゃかちゃとスプーンの音が食卓に響く。

 お父さんは土曜日もお仕事がある社畜なので、階下のテーブル席をあたしたち女子3人が占有していた。夕食もこれで済ますから文句は言わせないけどね。


 なんて偉そうに言ったけど、作ってくれたのは小夜さんだ。あたしも手伝うつもりだったんだけどさぁ、美羽ちゃんを元気づけるという大事な役目があったからね。いやー、仕方ないね。あたしの腕を披露するのはまた今度!


 その小夜さんはというとまだエプロンを着たままで、もぐもぐ食べながらあたしたちの話を聞いていた。肩のあたりで切りそろえた黒髪には清潔感があって、こうして見ると「将来はPTA会長になりそう」なんて思う。

 と、切れ長の瞳があたしに向けられた。


「なるほどな、体力ゼロの美羽がどうやって弓使い(アーチャー)を使いこなすか、か」


「そうそう、あたしよりもトップスピードが速かったし、そうなると未知の領域だからあんまりアドバイスもできなくって」


 ふむ、と頷いてからティッシュで唇をぬぐう。指先でほつれた横髪を耳にかけてから小夜さんは口を開いた。


「あれは全没入型のゲームだ。単なる3Dならまったく問題ないが、そうなると普段の運動神経や動体視力まで影響するだろう。初めてF1の車に乗るようなものかもしれない」


 ぜん、ぼつにゅー?

 3Dというのは映画を観ているから分かるけど、のっけから頭にハテナマークがたくさん浮かぶ。助けを求めて隣を見ると、美羽ちゃんがこくんと頷いた。


「こうしてご飯を食べたり、歩き回ったりするように感じられるゲームのことよ。小夜はずーっと前からそれに憧れていて、ずーっと同じことばかり言っていたから、将来大丈夫なのかなぁって心配していたんだけど……」


「わ、分かった分かった。もうそれくらいでいい! だが分かるだろう。全没入型のいわゆるフルダイブというのは、ゲーマーにとっていつまでも憧れ続ける……もう分かったから、そんな目で見るな。恥ずかしくなる」


 そんな目ってどういう目?

 ぽけーっとあたしたちが眺めていると、唐突に小夜さんは頬を赤くしてうつむいた。それから「ちょっと待て」とこちらに手を向けてから、すーはー深呼吸をする。


 えっと、よく知らないけど、オタクってこんな感じなのかなぁ。いつも冷静なぶん、急に慌てたりするのはちょっと可愛いなと思うけど。

 ぱたぱたと手で顔をあおぎながら、まだ顔を赤くさせたままの小夜さんが唇を開いた。


「話を戻そうか。弓使い(アーチャー)を扱えるようになるには、たぶんふたつの課題がある」


 そう言って、二本の指をあたしたちの目の前に立てる。


「ひとつは慣れの問題。速すぎる視界についていけず、美羽は『目が回る』と悲鳴をあげていた。こればかりは慣れるしかないし、先ほどのチュートリアルでも少しだけ前進している感じはした」


 なので、これは時間をかけたらどうにかなるらしい。うんうんとあたしたちは生徒のように頷く。小夜先生って呼んでもまったくおかしくないピシッとした姿勢で。


「問題は体力だ。能力値には体力の項目もあって、これを上げれば恐らくは済む。しかし美羽のビルド……要はベストな能力値の割り振りでは、体力をかなり抑えてしまっている。でないと火力特化にできないからな」


 ビルド? 火力? 新たな専門用語がたくさん出てきて混乱しているあたしに、ぴっと人差し指を向けられた。


「イブもその恩恵を受けているぞ。HPや体力にほとんど振っていないぶん、敏捷と筋力を大幅に増している。だが、さっきの戦いを見る限りは普通に戦えていた。思うに基礎体力で足りないところを補えているのだろう。いわゆるプラス補正だ」


「えーっと、うん。疲れやすさは前とあんまり変わらないかも? 美羽ちゃんの方がすぐにヘバってたね」


 思い出すのはガーゴイル戦のことで、長時間の戦いでヘトヘトになった記憶がある。あのときは汗だくになったし、終わったあとはしばらく起きあがれなかったなぁ。

 だけどそれよりもずっと早く美羽ちゃんは疲れていた。数値上は同じでも、確かに基礎体力の恩恵はある気がする。

 なんて思っていたら、おずおずと美羽ちゃんが話しかけてきた。


「さすがに体力お化けのイブちゃんみたいに鍛えるのは無理よ? まともに走った記憶だってないのに」


 少しはちゃんと走ろうよ、美羽ちゃん……。

 そんな無言のツッコミをあたしと小夜さんはした。


「ま、無理だろうな。少なくとも数カ月はトレーニングがいるだろうし、そんなのは私が待てない。だから美羽、体力を使わないで済む戦い方を学んでもいいんじゃないか?」


 ほう、と美羽ちゃんは感心したような声を出す。

 体力問題を棚上げして、別の方法を模索したらどうだと小夜さんは提案してくれたんだ。

 ビルドだのなんだのという難しいことは分からない。素人のあたしはこれから覚えるところだからね。だけど提案くらいならできるかな。


「じゃあ、チュートリアルの最難関、ガーゴイルを倒せたら先に進むっていうのはどう? あたしの雪牡丹みたいに、クリアしたら武器をプレゼントしてもらえるんだし」


 ほう、と今度は小夜さんが感心したような声を出す。


「それはいい。装備は重要だから私もチャレンジするとしよう。美羽はどうするんだ?」


 注目を浴びた美羽ちゃんは、ごくんと飲み込んでから「もちろんよ」と言った。いつもおっとりした雰囲気の彼女だけど、このときは普段と違う感じだった。よほど弓使い(アーチャー)に思い入れがあるんだろうね。

 さっきは弱りきっていたけど、いまは「むんっ」と力こぶを見せるようなガッツポーズを見せてくれた。


「じゃあ決まりだ。このお泊まり会で美羽は新しいビルドを組む。私は先にガーゴイル戦に挑む。イブ、待たせて悪いがみんなで一緒にチュートリアル部屋の先に行こう」


「もちもち、もちだよー。がんばってみんなでクリアしよう!」


 おう!というみんなの大きな声がキッチンに響いた。

 いいねいいね、こういう目標に向かって団結した感じ。あたしは好きだよ。暑苦しいと言われても、やっぱりそこはスポーツマンだから。


 できたてのカレーもすっごく美味しかった。

 うーん、さすがはあたしの祖国の味!


「イブ、さすがにしつこい」


「えっ、そんなぁ!?」


 どっと笑われたけど、なんだかちょっと楽しかった。こういう女子会なら何度してもいいなと思えるくらいに。

 賑やかなのっていいよね。勝手にウキウキしちゃう。一緒のお布団で寝れるのもそうだし、女子会ってすごく楽しいことなんだなって思った。

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