第15話 この服、なんかエッチじゃない?
うきうきして身体が勝手に動いちゃうときってあるよね。大好物のお食事の日とか、みんなとお出かけをする前日とかそういうとき。
人から聞いた話だと、あたしは早口になるみたい。テンションがあがって、わーって意味が良く分からないくらい話すんだって。てっきりみんなも同じだと思ったのに……。
ここの地下室って暗いしジメっとしているんだけど、今日はぜんぜん気にならない。だってクラスメイトの小夜さんと美羽ちゃんが遊びに来てくれたんだし! えへへ、なんだか明るい感じがしていいね。
その小夜さんはというと、ぼうっと浮かび上がる画面に手で触れて、能力値をあれこれと調整していた。
「ねえねえ、最初からキャラメイクをするの?」
「もちろんだとも。こんなに素晴らしいゲームなら、一番最初、それも予備知識のまったくない状態でやらなくては。ふふ、世の中ではこれをご褒美とも言うんだぞ」
そう眼鏡を光らせながら小夜さんは言う。あれー、小夜さんも意味が分からないことを言ってるぞ。ご褒美とはいったい……。
知的だし背筋がしゃんとしているし、やっぱり美人だなあって思うけど、やっぱりちょっとゲーマーって変わってる。あたしなら毎回最初からやるなんてちょっと信じられないし。
「あらら、小夜。かなりガチな構成にしていない?」
がち? 隣から覗き込む美羽ちゃんがそんなことを言ったけど、やっぱり専門用語なのかなぁ。すんごく硬いガチガチ装備ってこと? なんて思っていると、ふっと小夜さんは笑った。
「せっかくだから楽しまないとな。アイと言ったか。私の能力値は、信仰心と死霊術、それにMPを最低限。残りは知性とHPにガン振り。選択する技能は『死霊の呼び声』『生命活性』『盲目の犬』それと……」
うわあ、いろんなスキルをすらすらと。
やっぱり上級者って違うんだね。あたしならぜんぜん覚えきれないもん。考えてみたらあたしの構成だって美羽ちゃんから教わったものだし、これからもたくさん頼りそうな気がする。
「ねえねえ、イブちゃん」
そう呼びかけられて、振り向くと美羽ちゃんが大きな瞳でまばたきをしていた。一歩近づいて「どうしたの」と問いかけると、彼女は可愛らしく小首をかしげた。
「あのね、怪我をしたらやっぱり痛い?」
「えっとねー、うーん、もちろん痛いは痛いんだけど、そこまでじゃないというか……ビリッてする程度だから平気かな。ちょっと強めの静電気くらいだし」
というかね、痛かったら絶対に無理だから。これでも普通の女子高生なんだし。そりゃあゲームとはいえ血が出たら怖いって思うけどさ、2人と遊べるって思えば頑張れるかなぁ。
そうつぶやくと、なぜか美羽ちゃんはホッとしていた。それから小夜さんを眺めて、急にうずうずとし始める。
「良かった。ふうん、そういうことなら私もやってみようかな。小夜ー、私も混ぜてー」
「おっ、なんだなんだ、急にやる気になったな。そっちはどんな構成に……おっと、弓使いを選ぶなんてお前のほうこそガチじゃないか」
「うん、どうせなら一番得意なのを選びたいわ。だから敏捷全振りと、ちょっとだけ技略を足してお終い。スキルは『速射弓』『長距離射撃』、残りはあとで調整。アイちゃん、あそこの武器を見せてもらうわね」
そう言って、すぐに画面を閉じてしまった。
わっ、こっちも決めるのがすごく早いね。ちらっとしか見えなかったけど、あたしの倍くらい敏捷度が上だったんじゃない? 選んでいるのも布製のケープとか軽そうな弓だし、装備的にも足の速さがぜんぜん違いそう。
なんて思っていたら、装備品を漁っている美羽ちゃんが、ぱっと明るい笑顔をあたしに向けてきた。
「ね、ね、イブちゃん、こっちに来て来て。ほら、これ!」
じゃんっ、とその手にしていたものを見せられて「おっ」とあたしは呻いた。白浜の海を思わせるターコイズ色っていうのかな、綺麗に染色された羽織だったんだ。
「わーー、新選組っぽい! こうして見るとすごくかっこいいし綺麗だね。着てみたいけど、この顔だとやっぱり似合わないかなぁ」
「ううん、そんなことないわ。女の子が大太刀を持っているのはかっこいいし、イブちゃんの派手さが活きる羽織だと思うもの。ね、ね、着てみよ? こっちの袴と合わせて。ほら早く」
なんでかな、すごく楽しくなってきた!
最初はさー、これでもあたしは怖かったんだ。暗いし敵が強そうだし、血の跡が残ってたりね。ほんとだよ?
でもやっぱりみんなと遊んでみたかったし、こうしてワイワイして洋服選びできるのはすごく楽しい。いいね、いいね、こういうのってあたし大好き。まいったなぁ、困ったなぁ、って言いながらにっこりしちゃう。
「……でも美羽ちゃん、これはちょっと恥ずかしいかなぁ」
いくつかの着物を試してみたところ、丈の短い「太ももバッチリ見え」にさせられて、あたしでもさすがに恥じらいを感じた。
「そんなことはないわ。日焼けしているから健康的に見えるし、イブちゃんは脚が長いし顔立ちが派手だから、ちょっとくらい……あら、意外とブーツも似合うわね。文明開化の香りがするわ」
などと興味の対象はブーツに移ってしまい、また異なる衣装を身につけられてゆく。
そりゃあもちろん恥ずかしいけど、こうして世話をされるのってなぜか気持ちいいと感じるんだ。理由はよく分からないけどね。
「大太刀を持つとこんな感じ」
すこし頬が熱いけど、腰をひねりつつ美羽ちゃんに見せてみたら「はうっ!」と胸を手で押さえながら仰け反る。勢いよく身を起こしてから、美羽ちゃんは瞳を輝かせた。
「いいっ! すっごくいいっ! こうして見るとやっぱり刀と着物って綺麗ね! 和洋折衷で文明開化な感じもするし、はぁー、すごいキャラメイクができちゃった。写真撮っちゃいましょう」
かしゃこーっ、とスマホで撮影されてびっくりした。
慌てて太ももを手で隠したけど、ときすでに遅く、彼女の瞳はあたしではなくてスマホ画面をじいっと見ていた。
そっと近づいて、そうっと覗き込む。ここの部屋には鏡が無いし、ちゃんと見るのは初めてなんだけど……画面に映っているのを見て、なぜか鼻の下を伸ばしながらこうぽつりと呟いた。
「……なんかエッチじゃない?」
「えー、そうかしら。私は可愛いと思うわよ。それにしても白の布地が映えるわねぇ。イブちゃん、そこに刀を構えて立ってくれる? もう4、5枚は撮りたいわ」
えー、ヤダヤダと悲鳴をあげていたときに、ぬうっと近づいてくる人影があった。もちろんその人は小夜さんで、なぜか息を少しだけ乱れさせている。
「楽しそうだな。私の調整は終わったから、今度は美羽が挑戦してみたらどうだ? 細かいところでだいぶ仕様が異なるから、今のうちにやっておいたほうがいい」
え、調整ってなんだろ?
そう疑問を浮かべつつ振り返ると、先ほどのモンスター、ブッカティが地面にうずくまっていた。それを見てぎょっとする。
「え、もう倒しちゃったの? ガーゴイルより弱いけど、練習台だから生命力お化けだって聞いていたのに。それに小夜さん、気のせいかもだけど武器を持って無くない?」
「まあ、戦い方はいろいろあるってことだ。魔法もあるし強力な死霊術もある。あれは一撃のダメージは弱いからあなどられがちだが、使いこなせれば話は変わる」
服選びに夢中だったけど、そういえば戦いの音もあまり聞こえてこなかった。となると、さっき選んだばかりの技能で、さっさと生命力お化けのモンスターを倒したことになる。
しかしそれよりも気になるのは、いつも冷静な小夜さんにしてはめずらしくご機嫌そうなことだ。近くに置いていた眼鏡を手に取る仕草もウキウキして見えるし、交代する美羽ちゃんと手でタッチもしている。
「? どうした、そんなにじろじろと見て」
「えーっと、うん、なんかいつもより嬉しそうだったから。やっぱり小夜さんも楽しい?」
「もちろんだとも。想像していたよりずっと臨場感があるし、いまも震えが止まらない。こんなに素晴らしいゲームに出会えて、夢でないことを祈るばかりだ。イブの可愛らしい恰好を見れたことも含めてな」
小夜さんは笑うと目が完全に線になるらしい。たぶん切れ長の瞳をしているからだろう。まるで猫みたいだと思ったし、ふと浮かんだ疑問をそのままあたしは投げかける。
「ところで、ネット回線の件は大丈夫だった?」
ぱちっと瞳が大きくなって、すぐに小夜さんは白い歯を見せながら「もちろんだとも」と言って笑う。
やっぱり猫みたいだなとあたしは思った。