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ゲームも知らない女子高生のごくありふれた日常  作者: まきしま鈴木@ようこそエルフさん&東京サバイブで書籍化&コミカライズ
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第14話 続・チュートリアル?

 靴下のまま石造りの階段を降りてゆく。とくとく鳴る心臓の音は相変わらず不安げで、足元はいまにも転びそうなほど危なっかしい。

 落ち着け、落ち着け、と小夜は己に言い聞かせる。意図的にゆっくりと息を吸い、ゆっくりと吐く。そうして鼓動が落ち着いたのを確かめてから、また一歩ずつ進む。


 さて、ここはどこだろう。吐いた息をわずかに白く染めながらそう考える。

 前を歩くイブは薄暗いせいでもうほとんど見えない。さほど狭い階段ではないものの、壁があるのは片方だけなので慎重に一歩ずつ降りてゆく。というよりも反対側は真っ暗闇で、底も見えないから慎重にならざるを得ない。


「階段が歪んでいるな。美羽、ちゃんと掴まれ」

「小夜ちゃぁん……っ!」


 腕に抱きつかれてホッとする。

 落ち着いた声をちゃんと出せたこと、そして歩きづらくなりはしたものの温もりを得て己も安心したのだ。暗さに目が慣れてくると、もう少しだけ落ち着くことが許された。


「ここは……古い建物か。とてもじゃないが、日本の造りじゃないな」


 奥まで見通せないほど広い。壁に小さな窓もあるが、夜なのか真っ黒でなにも見えない。そよとも風が吹かないことから、どこにもつながっていない広間のような造りでは? などと予測をひとつずつ立ててゆく。


 もうひとつ、小夜にヒントが与えられる。

 それは天井から響く声だった。


『おかえりなさい、イブ。そしてご友人の方たちも』


 唐突だったが、さほど驚かない。あり得ない状況に神経がマヒしていたのと、恐ろしいというよりは聞き取りやすい綺麗な女性の声だったからだ。恐らくは私たちよりずっと年下の子だろう。

 ふと気づいたとき、目の前でイブが笑いかけていた。どうやら階段はここで終わりだったらしく、最後の一段を2人は降りる。


「ただいま、アイちゃん。初めてだし、まずはみんな挨拶からだね。あれ、同じゲームをしているんだから面識あるのかな……ま、いいか。こっちはあたしのクラスメイト、美羽ちゃんと小夜さん」


 相も変わらず状況をまったく理解できていないが、条件反射で「小夜です」「み、美羽です!」と挨拶をする。相手の姿は見えずともどこからか視線を感じるので、2人とも声がこわばっていた。


『私はアイと呼ばれていますわ。そしてこの世界のあらゆるサポートをしております。たとえばこのように』


 言い終わるとガチャンという金属音が背後で響く。振り返ると先ほど入ってばかりのドアが閉じられており、さっと2人の顔は青ざめた。


「閉じ込められた!? 貴様、いったい私たちをどうするつもりだ!」


『……どうも変ですわね。あなた方から近づいて来たというのに、ただ閉じ込めただけでその慌てよう。まあ、後であの方と確認するから構いませんわ。貴女たち、しばらく大人しくここにいなさい。それよりも……』


 唐突に会話は断ち切られて、ふっと先ほどまで感じていた視線も遠ざかる。アイなる女性は異なる相手、イブに向けて語りかける。


『おほん、これはささやかながらも私からの贈り物ですわよ、イブ』


 へ? と瞳を丸くする様子のイブだったが、すぐに変化は起こる。

 淡い光が頭上から生まれて、淡いスポットライトのようにジャージ姿の彼女を照らす。はらりはらりと落ちてくるのは花びらだろうか。見上げるイブの瞳はさらに大きく見開かれた。


 そこには一振りの刀があった。

 白塗りの鞘には(みやび)な花模様が描かれており、また女性が手にするにはかなり大きな刀だと分かる。これは大太刀と呼ばれており、大の男であろうとも容易には振り回せない代物である。


『貴女はガーゴイルを倒すという約束をきちんと守りました。ですから私も約束を守りますわ。イブ、昨夜のうちに直しておきましたので、その手に取りなさい』


「わ――、雪牡丹っ! おかえりなさい――っ!」


 大きな歓声をあげるイブに驚く。

 横顔を見るだけで余程の思い入れを感じ取れるし、迎えるように両手を伸ばす仕草は喜びに満ち溢れていた。


 しかしそれよりも小夜は不思議な感覚に包まれている。現実とは思えない状況、しかし現実としか思えないリアルな感覚。それは花の舞い落ちる幻想的な光景を目の当たりにしたからだろうか。とくとく鳴る心音は、先ほどとは少しだけ種類を変えている気がした。



     §



 小さな手でドアの取っ手を掴む。

 しかしいくら力を入れようとビクともせず、軽く体当たりをしてみたところで同様だった。わずかにさえ動くことはなく、まるで扉と壁が同化したかのようだ。古めかしい扉だとばかり思っていたが、もしかしたら見た目通りの物ではないのかもしれない。


 ふむ、と可愛らしい声を美羽は漏らす。

 ちんまりとした背丈であり、本日は女子会とあって多少おめかしをしている。太ももまでのタイツと、短めのパンツ。髪を横で結わいているのもその表れだ。


「おかしなことになってきちゃったなぁ……」


 女子会が始まって早々に、こんな場所に閉じ込められてしまった。おまけに階段の下に戻ってみると、いつも頼りにしている幼馴染の小夜は壁際に座り込んでいる。ぶつぶつと何かを言っているようだが聞き取れず、困った顔を浮かべた。


「参ったなぁ、優等生はこういうときに弱いのかなぁ」


 そう呟きながら隣にしゃがみこみ、彼女と同じ方向に視線を向ける。

 日常からかけ離れた光景が目の間に広がっていた。革製の鎧で身を包み、弓なりの大きな刀を手にしたイブと、彼女よりひとまわり大きな醜い怪物。

 ずんぐりとした体形はゲームで見るモンスターのようだけど、こうして目の当たりにすると「ちょっと怖いんだねぇ」と悠長なことを思う。


 敵は手甲をつけており、ギン、ガギン、と見た目によらず刀を器用に弾く。それはどう贔屓(ひいき)目に見たって、考えていた女子会とはかけ離れた光景だ。


 辺りは薄暗い地下室という風であり、等間隔で木の柱が支えている。石を積んだ古めかしい造り、そして地下室を照らす松明の焼ける匂い。それらを物珍しく眺めていると、ゆらりと小夜が立ち上がった。


「あ、起きた。顔色が悪いけど大丈夫?」


「ファンタジア・ブレイブだ」


 何を言ったのかよく分からず、しゃがみこんだままぽかんとした。

 いつもなら丁寧に分かりやすく教えてくれるのだが、小夜はまるでこちらに気づいていないようにふらふらと歩き出す。慌てて起き上がり、後を追っても振り返ってくれない。


「小夜、それってどういう意味?」


「しばらく観察していて分かったが、システムがかなり似ている。なぜかは分からない。だが能力値の操作。それによって選べる武器防具。浮遊術(フロート)重術(グラビティ)というスキルを覚えられるのもそっくりだ。たまたまかは知らないが、恐らく根本的な仕組み(ロジック)は同じだろう」


 ぱち、ぱち、とゆっくりまばたきをしながら幼馴染の声を聞く。

 まさかそんなと言いかけたけど、ちょうどいま浮遊術(フロート)を展開したイブが軽快に壁を駆けてゆくところだった。ゲームや映画ならともかく、現実であんな芸当ができるとは思えない。


「確かチュートリアル部屋と言っていたな。イブ、ちょっとこっちに来てくれ。聞きたいことがある」


「あ、うん、分かった!」


 呼びかけるとイブはすぐこちらに気づく。そして「ブッカティ、ちょっと待ってね」とモンスター相手に声をかけて、のこのこと歩いてやってきた。背後に不思議そうな顔をするモンスターを引き連れて。


「あらら、一緒について来ちゃった……」


 そうつぶやきながら、美羽は試しにぱたぱたと手を振ってみる。すると金属製の手甲をつけた腕で相手も振り返してきた。こうなるともう着ぐるみにしか見えなくなるから不思議だ。


「どうしたの、小夜さん?」


 床に置いてあった鞘を手に取り、大きな刀をそれに納めながらイブは尋ねてくる。汗に濡れた姿は命のやりとりをしたというより、なんだか部活あがりのようだった。


「チュートリアル部屋というのは、能力値を自由に設定できる場所と考えていいのか? その場合、本番を始める前なら振りなおすこともできるのか?」


「う、うん、その通りだって聞いてるし、武器防具も選べるけど……この最新ゲーム、小夜さんも遊んでいるんじゃないの?」


 まさかこれが普通のゲームだと思っていたのだろうか。どう見たって常識の域を大きく飛び越えているものだし、宇宙人や未来人のしわざだと言われたところで驚かない。

 そのようにのけぞるほど驚く美羽だったが、対照的に小夜はにやりと迫力のある笑みを浮かべた。


「そうだ、これはゲームだ。それも私が待ち焦がれていた本物のゲーム。ふ、ふ、ふ、この出会いを神に感謝しよう」


「あ、なんだー、びっくりしちゃったよ。もしかしたら違うゲームを買ったのかなーって思っちゃったじゃん。んでんで、小夜さんはどういう職業なの? すっごく気になるなぁー。楽しみ!」


 一転してイブは笑みを浮かべて、小さなスキップをしながら近づいてくる。すると、ぼうっと小夜の目の前が輝いた。


『しばらく観察して分かりましたが、貴女たちは敵などでは無さそうですね。この部屋に入れるように言ったのは他でもない彼ですし……お好きになさい。もちろん、いますぐ部屋から出て行っても構いませんよ』


 宙に現れたのは能力値変更を示す画面であり、おうと小夜は呻いて一歩だけ後ずさる。だが再び浮かべたのは、帰ろうなどとはまったく考えていない表情だった。


 何度夢に見たか分からない、全没入型のVRMMO。それはゲーマーの見果てぬ夢であり、桃源郷であり、全ての私財を投げうってでも絶対に体験したくて仕方のない代物なのだから。


 切れ長の瞳をした聡明な娘が、ぶるっと身体を震わせていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] あ、意外と簡単に誤解が解けた。
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