懐いた後輩がうるさくて寝れないので、意地悪して嫌われようと思う〜それ意地悪じゃなくて惚れさせてますよ?(クリスマス)
『雨宮、24日空いているか?』
冬休みに入り、煩わしかった学校生活がなくなったことで清々した生活を送っていたある日、俺は雨宮に1通のメッセージを送った。
送った先は「雨宮えり」という名前の後輩だ。
俺は雨宮と出会うまで、学校では机で寝て過ごしてきたのだが、ある時、雨宮が話しかけてきた。
せっかく寝ていられる学校の時間を大事にしたい俺は、当然そんな雨宮を無視したのだが、その日を境にあいつはしつこく話しかけてくるようになった。
俺になにかと付き纏い、俺の学校での貴重な睡眠時間を奪ってくるのだ。
流石に何度も俺の睡眠を邪魔されれば、無視出来なくなってくる。
どうすれば雨宮が俺と関わろうとしなくなるか、考え続けて思いついたこと、それが意地悪をすることだった。
意地悪をされれば誰だって意地悪をしてくる人から離れようとするだろう。
そう考え、俺は思いつくあらゆる意地悪を実行していくことにした。
ある時は、雨宮の飲みかけのペットボトルを奪い、半分以上飲み干してやったり、せっかく整えた髪を撫で回してボサボサにしてやったり、またある時は屋上で雨宮の太ももを枕代わりにして寝てやったりした。
そのおかげか、意地悪をするたびに雨宮は顔を真っ赤にして激怒したり、俺の言葉に傷ついたように胸を抑えたりする姿を見せるようになった。
順調に意地悪して雨宮に嫌われる計画は進んでいると言えるだろう。
くくく、雨宮に嫌われる日はそう遠くないに違いない!
そして今日もまた雨宮に意地悪をするため、24日空いているかメッセージを送ったのだ。
冬休みだと誘わないとまず意地悪をすることすら出来ないためだ。
ーーーーピロロロン♪
どうやら雨宮から返事が来たらしい。ポケットからスマホを取り出して内容を確認する。
『空いてます!』
どうやら空いていたらしい。意地悪の出だしは順調と言えるだろう。
意地悪を実行するため早速誘う。
『じゃあ、その日会おう』
『はい!絶対行きます!会うのが楽しみです!』
返信するとすぐに雨宮からメッセージが飛んできた。
よほど楽しみにしているらしい。
くくく、俺が意地悪を計画をしているとも知らないで呑気なものだ。当日俺の意地悪に恐れて震えるがいい!
俺は計画した意地悪を実行することに一人で部屋でこっそりとほくそ笑むのだった。
★★★
会う約束をした当日、俺は待ち合わせ場所で雨宮が来るのを待っていた。
今日は12月24日、世間的にはクリスマスイヴと呼ばれる日だ。
もちろん俺がそんな日を忘れていたわけではない。あえてこの日を指定したのだ。
クリスマスイヴといえば最も男女が付き合ってデートをする日。
そんな日に俺が約束を入れることで、雨宮は他の男とデートをすることが出来なくなるのだ。
せっかく彼氏を作る大事な機会だというのに、それを奪われたのだ。
雨宮はさぞかし残念な思いをしただろう。
くくく、貴重なクリスマスイヴを、俺なんかに奪われて落ち込む雨宮の姿が目に浮かぶ。
残念だったな、雨宮。俺に関わるからこんなことになるのだ。
これに懲りたらもう俺と関わろうとするんじゃないぞ。
俺はまだ現れない雨宮に対してそんなことを思うのだった。
少しの間待ち合わせ場所で待つと、雨宮が急ぎ足でこちらに駆けてきた。
「はぁ、はぁ……。せ、先輩、お待たせしました……。先輩は来るの早いですね」
俺の元へくると雨宮は膝に手をつき、息を整えながらなんとか言葉を紡ぎ出した。
膝に手をついている体勢のせいで雨宮は上目遣いで俺の方を見てくる。
くりくりとした愛らしい瞳と目が合い、一瞬その視線に吸い込まれそうになってしまう。
そんな雨宮の頰は走ったせいか冬で寒いというのに、ほんのりと上気し桜色に染まっていた。
ちらりと俺は自分の腕時計に目をやると、時計の針は集合時間の5分前を指していた。
「まあな、雨宮より早く来ないとダメだからな」
もちろん、集合時間よりかなり早く来たのも意地悪の作戦の内だ。
先輩に先に来てもらってしまった。その事実は、後輩として申し訳なさや罪悪感を感じるのに十分だろう。
今頃雨宮の胸の内は、申し訳なさで一杯に違いない。
そう思い、雨宮に視線を戻すと、
「……ふふふ、そんなに気合入れて来てくれたんですね?こんな可愛い私とのデートだからってそんなに気合入れなくてもいいんですよ〜?」
少しだけ驚いたように瞳を開いて、きょとんする雨宮の姿があった。
すぐに驚いた表情は消え去り、雨宮は嬉しそうに弾ませた声と共ににやにやと口元を緩ませてた。
どこかからかうような口調に少しだけ苛立ちが募る。
なんだこいつ?どうして嬉しそうなんだ?
眉を下げて困った表情を見せると思っていた俺は、雨宮の予想外の反応に戸惑ってしまう。
一瞬追求するか迷ったが、嬉しそうに目を細める雨宮の表情に、追求することは出来なかった。
「……どうでもいいだろ。それより早く行くぞ」
俺はそう言って雨宮の手をすかさずギュッと握った。
ひんやりとした冷たい感覚とマシュマロのように柔らかく指先が沈み込むような感覚が手先から脳に駆け抜けると同時に、雨宮が甲高い声にならない悲鳴を上げた。
「ひゃ、ひゃあ!?ちょっと、先輩!?」
歩き出そうとしていたので、後ろにいる声を上げた雨宮の方へ振り向く。
楽しげに笑い余裕そうなさっきの表情はどこにもなく、手を繋いで引っ張られる雨宮は顔を真っ赤にして目を大きく見開いてこっちを見ていた。
「なんだよ?ダメなのか?ダメって言われも繋ぐけどな」
嫌がらせなんだから、雨宮が嫌がったところで止めるわけがない。
むしろ俺の意地悪が順調に雨宮に効いていることが確認出来て安心できる。
「だ、ダメではないです……」
俺の問いにそう小さく零すと、雨宮は耳まで茜色に染めて俯いてしまった。
「じゃあ行くぞ」
そんな真っ赤な雨宮を横目に俺たちは歩き出したのだった。
なぜ俺が手を繋いだのか、もちろんこれも意地悪の作戦の一つである。
手を繋いでいる間、手は冷たい外気に晒され冷え続ける。
なんて素晴らしい意地悪だろうか!
雨宮が手袋を着けてきたら止めるつもりだったが、幸いに雨宮は手袋を着けて来なかった。
くくく、どうやら神は俺のことを味方してくれているらしい。
これは今日一日で嫌われるのも夢ではない!
順調に進む意地悪の作戦に俺は笑みが溢れるのを抑えきれなかった。
「せ、先輩、どこに向かっているんですか……?」
まだ熱が引いていないのか頰が朱に染まったまま、チラチラとこちらの様子を上目遣いに伺いながら雨宮が訪ねてくる。
上目遣いのおかげで、雨宮の長い睫毛が強調され、瞬きするたびにその睫毛に目を惹かれる。
相変わらずの美少女っぷりに少しだけ胸がざわつくのを感じながら俺は返事をした。
「ん?ああ、水族館だ」
クリスマスの時期の水族館はカップルしかほとんどいない。
そんな場所に連れて行けば否が応にもカップルというものを意識する。
だが雨宮が一緒に来ているのは好きでもない先輩。
雨宮はどれだけ惨めな思いを受けるだろう。
くくく、絶望に顔を歪める雨宮を想像するだけで楽しみだ。
「水族館ですか!?私行くの久しぶりです!わぁ、楽しみですね〜」
そんな俺の意地悪の作戦を知るはずもなく、雨宮は水族館が好きなのか、能天気に笑みを浮かべていた。
★★★
「わぁ!凄い綺麗ですね!」
水族館に着いて中に入ると、雨宮は目を輝かせて水槽に近づいていった。
じっと水槽内の魚を目で追う雨宮。その瞳は水槽の照明を映し、キラキラと輝いている。
長い睫毛さえ照明のおかげか煌めいていた。
どこか真剣に見つめる雨宮の姿は、普段より幼く見え、一瞬だけ保護欲がそそられてしまう。
そんな過った邪な感情を振り払うように俺は口を開いた。
「ほら、次行かないと迷惑だろ」
クリスマスイヴということで普段より人が多く、迷惑になりそうなので立ち止まるのは憚れた。
水槽に張り付いて動こうとしない雨宮の肩を少しだけ押して、動くように促す。
「……あ、そ、そうですね」
ハッと我に帰ったように顔を上げると、少しだけ恥ずかしそうに頬を桜色に染めて、いそいそと次の水槽の場所に移動した。
「結構カップルがいるな」
予想以上に雨宮が水槽に食いついて周りを見ようとしないので、言葉で周りに注意を向けさせる。
「そうですね。まあ、クリスマスですし、多いのは納得ですね。それより先輩!あの魚可愛くないですか?」
だが雨宮は特に気にした様子もなく、すぐにまた水槽に目を向けた。
これは誤算だ。雨宮がここまで水族館が好きだとは思っていなかった。
まさかまったく周りを気にしなくなるとは。
どうしたら、雨宮に周りにカップルが溢れていることを意識させられる?
意地悪の計画を失敗させるわけにはいかない俺は何度も雨宮に話しかけてカップルがいることを意識させることにした。
「おい、雨宮。あの人達もカップルじゃないか?お、あっちもカップルぽいな」
わざとらしいとは思いながらも、何度も雨宮に話しかける。
ここで意地悪が失敗するわけにはいかない。
せっかく計画したのだ。一つでも多く成功させなければ。
そんな俺の焦った思いが何度も雨宮に話しかけさせた。
「……」
何度も話しかけることを繰り返していると、次第に雨宮が無口になり始め、少しだけ頬を膨らませてむすっと不満げな表情を俺に向けてきた。
意地悪の効果が出てきたのだろうか?
雨宮はおそらく睨んでいるのだろうが、膨らんだ頰のせいでどこかリスみたいでまったく怖さを感じない。
それどころか小動物的な可愛さの印象さえ受けてしまう。
「……な、なんだよ?」
滅多に見ない雨宮の怒った様子に少しだけ噛んでしまう。
俺が話しかけると、雨宮は俺と目をじっと合わせ、スッとその雪のように白い両手を俺の頰へと添えるように伸ばしてきた。
少しだけひんやりとした手の柔らかい感触を頬に受ける。
「っ!?」
雨宮の予想外の行動に思わず息を呑んで体を硬直させる。
雨宮は手に力を込めて、俺の顔が正面にくるように動かすと、吸い込まれそうなほど黒く煌く瞳で俺と目を合わせ、口を開いた。
「いいですか、先輩?今は私といるんですからそんなに周りのことばっかり言わないでください。少しは私の方を見てくださいよ…。じゃないとせっかく2人でいるのに寂しいじゃないですか…」
眉をヘニャリと下げ、唇を突き出して寂しげな表情でそう言葉を吐いた。
最初こそ真剣な眼差しでこっちを見つめていたが胸の内を溢すにつれて、雨宮は目を伏せ俯いてしまう。
弱々しく紡がれな雨宮の想いは、痛烈に俺の胸を打ち、ズキリと小さいが確かな痛みが走った。
「わ、悪かった……」
嫌いな奴なはずなのに、何故か雨宮のその悲しげな表情に喜ぶことができず、俺は素直に謝罪してしまう。
相反する自分の気持ちに戸惑いながらも、落ち込んだ表情を雨宮が見せたことで、ひとまず意地悪は成功したと思い、満足しておくことにした。
「ふふふ、じゃあこれからは私のことをちゃんと見ていてくださいね?」
俺の謝罪に機嫌を直したのか、雨宮は花が舞うような柔らかい笑みを浮かべ、俺の手を引いて次の水槽へ歩き出した。
その蕩けるような微笑みがいつまでも俺の脳裏に残り続けるのだった。
★★★
「先輩、すごく楽しかったですね!あんなに色んなお魚を見られてとても満足です!」
一通り水族館の水槽を回った俺たちは、外へと出てきた。
まだ水族館の興奮が止まない雨宮は、きらきらと眩しいほどの笑顔ではしゃいで俺に話しかけてくる。
「ああ、そうだな」
「あんなに一杯のお魚を見たのは久しぶりです!もうきらきら光ってて凄く綺麗でした!たくさんですよ!あんなに沢山!」
どれだけ沢山の魚がいたのかを表現したいらしく両腕を横に伸ばして大きく円を描くようにしながら飛び跳ねる雨宮。
腐っても美少女な雨宮がぴょんぴょんと跳ねて動くと、その動きに合わせてスカートが揺れ、普段制服で隠された絹のように白くすべすべで艶かしい太ももがちらちらと見え隠れする。
悲しいかな、男の性としてつい目を向けてしまい、慌てて目を雨宮の太ももから逸らす。
だが雨宮は俺の視線に気付いていたらしく、にやりと口元を歪めた。
「あれ〜、先輩?もしかして私の太ももに釘付けになってました〜?」
楽しくもどこかからかうような口調にまた少しだけ苛立つ。
こいつ、ほんとこういうところが腹立つよな。
「そんなわけないだろ。自意識過剰だ」
もちろんここで素直に認めたら、さらに雨宮のウザさが増すことは分かっているので認めるわけにはいかない。
毅然とした態度で、冷たく言い返す。
「嘘だ〜。私、先輩が私の下半身に視線を向けているの気付いていましたからね?認めたらまた太もも見せてあげますよ〜?ほら、ほら〜」
だが雨宮はまったく俺の態度を気にした様子がなく、むしろさらに嬉しそうに口元を緩ませてクスクスと笑いながら、つんつんと俺の肩を細い人差し指でつついてくる。
「うるさいな。少し黙ってろ」
あまりのウザさに嫌気がさし、俺は雨宮の頭に手を乗せてわしゃわしゃと雑に撫で回した。
これで少しは大人しくなるだろう。
珍しく気合の入った少し巻いてあった髪をボサボサにしたのだ。怒っても仕方がない。
むしろ怒ることに期待しながら雨宮の頭を撫で回し続ける。
何度も雨宮の頭を撫でたが、本当に雨宮の髪は触り心地がいい。
さらさらと一切引っかかることなく指の間をすり抜ける髪は独特の感覚で気持ちいい。
撫でるたびによく手入れされた髪は絹のように揺らめき、きらきらと光を反射し煌く。
撫でるたびにシャンプーの香りなのかは分からないが、石鹸と雨宮の匂いが弾け、鼻腔をくすぐった。
「……ちょ、ちょっと、先輩!?」
俺に急に撫でられたことにびっくりしたのか素っ頓狂な声を上げる雨宮。
最初こそ驚いて目を丸くしていたが、すぐに慣れたように少しだけ俯いて俺に頭を差し出すようにする。
まったく、ボサボサにされているというのにわざわざ撫でやすい角度にするなんてドMだな。
そんなことを思いながら撫で続けた。
撫で始めるとすぐにからかっていたうざいテンションはなくなり、雨宮は大人しくなる。
そのまま雨宮の調子が落ち着くまで撫で続けていると、次第に俯いた雨宮の耳裏が紅く染まり始めた。
「……せ、先輩、まだ撫でるんですか……?」
ちらりとこっちを上目遣いに見ながら、声を上擦らせて尋ねてくる。
顔を少しだけ上げたことで髪に隠れた雨宮の顔が見えるようになり、その顔はこれ以上赤くなりそうにないほど真っ赤に染まっていた。
「お前がからかうのをやめるって言うまでな」
撫でるたびに雨宮の顔は真っ赤に染まっていっている。
今頃内心怒りで煮えたぎっているのだろう。
雨宮を黙らせることと意地悪の両方に成功したと確信した俺は、心の中でほくそ笑んだ。
「……わ、わかりました。分かりましたから……!もうからかわないので、撫でるのやめて下さい……!これ以上は心臓が……」
とうとう堪忍したのか、雨宮は半分泣き目で降参したので撫でるのをやめる。
最後の方は小さくてよく聞こえなかったが、雨宮を追い込むことに成功したので、十分と言えるだろう。
雨宮がスーハーと息を整えるのを待って、話しかける。
「これに懲りたらもうからかうのをやめろよ?」
有無を言わせないよう口調を強めて言うが、
「それは、約束できませんね」
クスッと笑って、俺にまた撫でられないようにするためか頭を両手で隠すようにすると、サッと俺から距離を置いた。
「はぁ、それでこの後はどうする?」
俺も半分諦めているので、これ以上何かする気はないが、結局またあのうざい雨宮を見るのかと思うと、少しだけため息が出た。
「え?決めていなかったんですか?」
きょとんと愛らしい瞳をくりくりとさせて、こてんと首を傾げる雨宮。
頭の動きにつられて、セミロングの髪が揺れ、艶やかに煌き輝く。
「ああ、俺が考えていたのは水族館までだ。どこか行きたいところあるか?」
今回、雨宮を誘ったのはいいものの、意地悪の準備期間が短く、今日一日分の意地悪を計画することが出来なかったのだ。
その場で考えればなんとかなるだろうと思い、特にこれから先のことは考えていない。
「えっと、じゃあ、先輩とプリクラ撮りたいです!」
行きたい場所を尋ねると、すかさずすぐに雨宮は返事を返してきた。
「……へ?プリクラ?いいけど、なんで?」
まさか、女子高生の聖地のような場所に行きたいと言われるとは思わず、少しだけ呆然としてしまう。
「せっかくの先輩とのデートですよ?記念に残したいじゃないですか!それに、ここら辺にコスプレして撮れる場所があるんですけど、そこで私の普段見ない姿で悩殺してあげますから、覚悟していて下さいね?」
ふふふ、と蠱惑的な笑みを浮かべて挑発してくる雨宮。
口角を上げ、にやりと微笑む姿は、誰もが引き込まれるほどに魅力的だった。
「はいはい、せいぜい頑張ってくれ。とっととそのプリクラの場所に行こうぜ」
「もう!少しはドキッとして下さいよー!」
どうやらまた下らないことを考えていたらしい。
俺は半分呆れながら、雨宮の言葉をスルーすることにした。
なぜそこまで俺にこだわるのか分からない。
とっとと俺のことを嫌って離れていって欲しいものだ。
うざい後輩にまた少しため息を吐きながら、俺たちは次の場所へ向かった。
★★★
「ここです、先輩!」
雨宮はビシッと指で差し向けた先には、多くの女性モデルが載ったポスターが貼られているプリクラ機が沢山並んでいる場所があった。
クリスマスのせいか、自分たちと同年代の女子高生の集団やカップルがあちらこちらに見受けられる。
人混みでガヤガヤと辺りは喧騒に包まれていた。
「まずはコスプレをするんですが、先輩は私のどんな姿がいいですか?」
中に入り、雨宮がどこからともなくコスプレの一覧表らしきものを持ってきて見せてきた。
猫耳や犬耳などの簡単な動物系の衣装や色んなキャラクターの衣装、よく聞くチャイナドレスやバニーガールなどの派手な衣装など様々なものが載っていた。
「別にどれでもいい」
ここで何か注文した時点で、雨宮が調子に乗ってからかい始めるのは分かっているので、どれがいいかなんて言うわけがない。
「嘘だ〜。こんなに可愛い美少女が先輩の望み通りの衣装を着るって言っているんですよ?こんな贅沢なかなかないですからね?ほら、正直に言って下さいよ〜」
どんなに強い口調で言ってもまったく凹むことなく、からかおうとしてくる雨宮。
にまにまと口元を緩ませるその姿はせっかくの整った顔が崩れて台無しである。
「いいから、早く決め……」
スルーしてもめげずにしつこくからかってこようとするその根性を別のことに活かせよ、と呆れ半分に思いながら聞き流していると、急に頭の中に意地悪が思いついた。
「いや、雨宮。このサンタのコスプレをしろ」
「ほら、照れないで……って、ええ!?」
まさか、俺が要求してくると思っていなかったのか、驚愕で目を大きく見開いて固まる雨宮。
「なんだよ、お前がどれでもいいって言ったんだろ?」
せっかく思いついた意地悪を実行するため、雨宮に拒否されないよう言葉に圧をかけながら言い放つ。
「そ、それはそうですけど……。まさか、先輩が本当に言ってくれるとは思わなくて……」
まだ驚きが止まないのか、雨宮はたじたじになりながらなんとか言葉を口にしてくる。
「なんだよ、ダメなのか?」
最近、気付いたことだが、俺が雨宮に何か要求を通したい時に、拗ねたようにすると雨宮はすぐ承諾するのだ。
今回も俺の要求を通すべく、少しだけ口を尖らせて不満げな表情をあえて作り見せる。
「……ああ、もう!着ます。着ますから!そんな拗ねた表情しないでください」
雨宮は何かに耐えきれなくなったかのように、少し大きな声を上げると、苦しそうに両手で胸を抑えた。
「そ、それで本当にサンタのコスプレなんですか……?」
頰を桜色に染め、俯きがちにどこか恥ずかしそうに目を伏せながら、チラチラとこちらに視線を送ってくる。
「ああ、何か問題あるのか?」
くくく、俺の意地悪が効いているな。サンタのコスプレということはあの大量の髭を生やしたおじいさんの格好をするということだ。
女のしかも小柄な雨宮が着ても不格好な姿を晒すだけだ。
男物のそんなダサい姿を見せるなんて、富んだ羞恥プレイだろう。
俺は雨宮の反応に心の中で笑みを浮かべた。
「そ、それは、露出が……。い、いえ、着替えてきますのでここで待っていてください」
顔を真っ赤にしながらも、どこか覚悟したような表情を見せて、雨宮はそう言い残すと更衣室へと向かっていった。
「せ、先輩」
スマホを弄りながらしばらく待っていると、後ろから声をかけられた。
「おう、遅かっ……」
振り返ると、そこには想像した男物の服を着て髭を生やした姿ではなく、女物の服で赤と白のミニワンピースを着た雨宮の姿があった。
スカート丈が短いことで普段見ることのない透き通るような白い太ももが惜しげもなく露出されている。
さらには肩と胸元までもが隠されることなく露わになっていた。
絹のような柔らかそうな胸元近くには申し訳程度に鎖骨が見え、あまりの色気に思わず生唾を呑み込んだ。
「ど、どうですか……?」
あまりの露出に顔、首元、耳まで茜色に染め上げ、両手で必死に太ももを隠そうとスカートを抑えている。
それでもスカート丈はまったく足りず、むしろその恥ずかしがる姿がより一層の情欲を駆り立てさせた。
「い、いいんじゃないか?」
まさか、ダサいおじいさんの格好どころかこんな露出の多い劣情を誘うような格好だとは思わず、噛んでしまう。
腐っても美少女な雨宮がそんな色気を魅せることだけを考えたような衣装を着れば、雨宮のことを意識せざるを得なかった。
あまりの可愛さに顔に熱が篭り始め、悔しいが可愛いな、そう思わずにはいられなかった。
「ふふふ、先輩、顔が赤いですよ?もしかして意識しちゃってます?」
俺が普段と違う反応を見せていることに、雨宮はすかさず気付き、顔を赤くしながらもニヤニヤとこっちを見てくる。
「うるさいな、俺だって雨宮みたいな可愛い女子がそんな露出の多い格好したら、さすがに意識するっての。いいから、早く撮るぞ」
さすがに気付かれては否定することも出来ず、ぶっきらぼうにそう言い放って、すぐに話題を変えようとする。
これ以上からかわれないよう、雨宮の手を取って目的のプリクラ機へと歩みを進めた。
「……え?え?!か、可愛い……!?」
雨宮のことを意識してしまったことを本人にバレた恥ずかしさから、周りに注意を払う余裕がなく、俺の後ろで、雨宮がぼわぁっとさっきよりも、真っ赤に顔を染め上げているのに気付くことはなかった。
★★★
「ふふふ、先輩とのプリクラ、撮っちゃいました!」
プリクラでの撮影を終えて、雨宮は印刷されて出てきた写真を両腕で大事そうに包み込むようにして抱えながら、口元を緩ませてはにかんでいる。
さっきまでの色気を纏った姿とは違い、年相応のあどけない雰囲気が、柔らかく雨宮の周りを漂っていた。
「そろそろ時間だし、帰るか」
冬のせいで日が暮れるのは早く、既に周りは日が落ちて街灯が輝いていた。
「そうですね、もうそんな時間ですか……」
雨宮はさっきまでの幸せそうな笑顔を消すと、少しだけ寂しそうに俯いて眉をヘニャリと下げた。
その姿に思わず、「もう少し一緒にいるか?」、と言おうとする自分に気付き、慌ててかき消す。
「ほら、行くぞ。家までは送ってやる」
「え、送ってくれるんですか!?」
さっきまでの悲しげな表情から一変、雨宮はパァっと太陽のように顔を輝かせる。
ころころと表情が変わって忙しい奴だ、俺はそんなことを思った。
「ああ、早くしろ」
雨宮がいつまでも立ち尽くしたまま動こうとしないので、置いて歩き出す。
するとすぐに後ろから「ちょっと、待ってくださいよ〜」という声と共に駆ける足音が聞こえてきた。
すぐにその足音は隣に並ぶ。
「ふふふ、送ってくれるなんてやっぱり先輩は優しいですね」
雨宮は俺に追いつくと、俺の方を上目遣いにチラチラと見ながら、嬉しそうに柔らかい笑みを浮かべた。
くくく、馬鹿め。俺が雨宮の心配をして送っているわけがないだろう。
もちろん意地悪をするためだ。
まだ何をすると決めたわけではないが、長い時間一緒にいればそれだけ雨宮に意地悪をする機会は増えるのだ。
俺が意地悪をする機会を伺っているとも知らずに喜んで、なんて間抜けな奴め。
俺は喜ぶ雨宮を横目に、内心でほくそ笑んだ。
「あ、ここです。私の家」
残念ながら特にこれといった意地悪が思いつくことなく、雨宮の家にたどり着いてしまった。
たわいもない会話をするだけで無駄な時間を過ごしてしまったが、雨宮の家を知ることは出来たのだ、なにかの意地悪には使えるだろう、そう思って納得することにした。
「そうか、じゃあまたな」
これ以上一緒にいる理由もないので、帰ろうとする。
雨宮の家に背を向け歩き出した時だった。
「あ、待ってください。先輩、少し耳を貸してください!」
ほんのりと頰を桜色にして、決意した表情を浮かべる雨宮。
「ん?なんだ?」
雨宮の行動を不思議に思いつつも、腰を屈め耳を近づける。
「今日は本当にありがとうございました……。凄い嬉楽しかったです……。今日はクリスマスですから……」
甘く蕩けるような囁く声が吐息と共に俺の鼓膜を震わせた。
そしてその言葉を理解するよりも速く、自分の頬にしっとりと柔らかい感触を受ける。
は?
パッと俺から離れ、頰を朱に染めながらもからかう表情を浮かべる雨宮。
腰を曲げて上目遣いにこっちを見てきた。
「ふふふ、これはクリスマスプレゼントです!少しはドキドキしましたか?」
真っ赤に顔を染めながらも、雨宮はにやりと口角を上げて俺をからかう。
そのクスリと笑う表情はどこか蠱惑的で、普段のあどけない雨宮から想像もつかないほど、妖艶な色気を纏っていた。
「じゃあ、バイバイです、先輩!今日はありがとうございました!」
理解できず呆然としている隙に、雨宮は自分の家へと入っていく。
俺はまだ頬に残る感触を感じながら、ドキドキと胸がうるさく高鳴るのを感じていた。
これはifストーリーですので本編とは関係ありません。
少しでも気になった方はぜひ本編の方も読んでみてください。