第三話
「ぎざまぁ……」
「……さて」
ギリギリと歯ぎしりをするように声を漏らすすきま女を前に、こっくりさんは語り始める。
「すきま女。一人でいる時、ふいにどこかから感じる視線の主。数ミリあればそこに潜み、じっと誰かを見つめている。あんたかどうかは知らないけれど、江戸時代に書かれた耳袋にも出てくる古株だね?」
「ぐぅぅぅ……」
こっくりさんが語る間、すきま女は何かに身体を押さえつけられているかのように動かずにいた。
いや、動けずにいた、が正しいのだろう。本人は必死の形相で全身に力を入れているようだった。
「……だが今は、妖怪としては数えられていない。それが何故だか、自分自身なら分かるよねぇ?」
「それ以上いうなっ! それ以上言ったら……」
「言ったら、なんだい? ……あんたの正体がただの“気のせい”だったとして、それが何だって?」
「い゛っだな゛あああああああ!!」
こっくりさんが正体をバラした瞬間、すきま女の“存在”が爆発的に大きくなった。
それを見たこっくりさんはちろり、と舌なめずりをして更に煽る。
「そうそう、そうこなくっちゃね。“二つ名”もないランクRにしちゃあいい存在感だ。最初からそうしてりゃ、あんたはちゃんと都市伝説としても妖怪としても、SRくらいにゃなれたってのにねぇ」
そこで区切ったこっくりさんは、ふいに声を低く落とした。
「贄なんてものに頼らなくてもさぁ……」
こっくりさんの後ろで爽太がびくん、と肩を震わせる気配がした。
「爽太、贄ってのはね。“この世に存在してるかどうかわからない連中”が、“その存在を確かにするために食う人間”のことなんだ」
「食う……」
「そうやって生まれた“何か”は、町外れの神社に祀られて神様扱いされる。……この街を、他の“人じゃないなにか”から守るためにね」
「そうよぉ。そおやってこの街のやづらは、自分の身だけを守ってぎだんだぁ……。そしてぇ、今度はあたいのぉ! おまえのぉ! 番だぁぁあああっ!!」
自分の言葉に興奮したのか、すきま女が爽太に襲いかかろうとする。が、その身体は未だまともには動かない。
「五月蝿いってんだよ。あたしの“言霊”がお前ごときに簡単に破られるもんかい。URをナメるんじゃないよ」
「く、くぞぉぉぉ……」
「こいつらがその“人じゃない何か”。元々は見返りの十字路に溜まった怨念の塊が、贄になる子と縁の強いものに取り憑いて生まれるんだ。爽太、あんたの場合はそのカード。だから、カードに描かれたあやかしが形になって出てくるんだ」
「……」
「出てくる形はその時の贄が大事にしているものによって様々なんだけどね。……さぁ、そろそろ選びなよすきま女。――このままカードに戻るか、それともこの場であたしに浄化されるか」
「ぐぅっ、ぐぞぉぉぉぉぉぉ……」
「爽太」
こっくりさんは、爽太に優しく語りかける。
それは、桜が爽太に向ける優しさと同じものだった。
「これからこの街は、あたしが守る。もちろんあんたも食わせない。……だからさ」
「こっくり、さん……」
爽太の呆然とした呟きに、こっくりさんは軽く頷いた。
「安心して」
そう言った瞬間、こっくりさんの身体がぽう、と光った。それにつれて、すきま女から段々と力が抜けていく。
「二度と、誰も贄なんかにさせない。父さんの後はあたしが継ぐ」
「があああああっ……!」
「ああ、そうだ。……分かってるとは思うけどね、すきま女さん」
こっくりさんがゆっくりと、すきま女から手を離す。と同時にその手を横に伸ばし、拳を握った。
「今あたしが紡いでいる言葉。その全てが言霊となってお前を縛っている。そして、最後の言葉を紡いだ時」
拳をそっと、自分の胸元に寄せていきながら、こっくりさんは最後通告をすきま女に告げた。
「あんたは、問答無用でこの世から消える」
「……い、」
言われた途端、すきま女はこれまでで一番激しく暴れた。
「いやだああああああああああああっ!!!!」
「しまったっ。……くっ」
その場から動けず暴れるすきま女の振り乱した髪がこっくりさんの目をかする。
彼女が一瞬怯んでつい発した“弱気な言葉”で拘束が緩んだその隙に、すきま女はするりと逃げ出していた。
「ぐふうううう……。覚えてろよ狐狗狸、そして石動爽太……。必ず貴様を食うてやるからなあああ!!」
「……ふ」
「!?」
「ふざ、けんな!!」
「! 爽太……」
今の今まで縮こまっていた爽太だったが、すきま女の捨て台詞を聞いた途端、立ち上がり拳を握り、言葉を叩きつけていた。
「おれはっ! お前なんかに食われるために生まれてきたんじゃねえっ!!」
「ぐぅぅっ!」
「よく言ったよ爽太! ……すきま女! ここから逃げられるなんて思うんじゃないよ!!」
「ぐうう……こうなれば狐狗狸、まず貴様からああああっ!!」
「“黙れ”ぇっ!!」
「ぐあっ!」
「そのまま“動くな”。……爽太、ありがと。あんたの言葉で助かったよ」
そう言って小さく肩をすくめるこっくりさんを見た爽太は、少し顔を赤らめて言った。
「俺はべ、別に何も……」
「照れなさんな。あんたの“言霊”があいつに届いたから、あいつは逃げそこねたんだ」
「う……」
「さて、そんなわけですきま女。あんたにはここで浄化されてもらうよ」
「や、やめろおおおおっ!!」
「さっき素直にカードを選んでりゃこうもなってないんだけどね」
こっくりさんがすきま女に、一瞬だけ憐憫に似た目を向ける。
そして。
「覚悟しな。あんたの行き先は十字路でも異世界でもない。……何もない世界で魂を綺麗に洗ってきな」
次回で第一章完結となります。
これからもまとまり次第更新していきますのでお楽しみに!
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