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第一話

「よっしゃ、ここで“おうまがどきのこっくりさん”の特殊攻撃! 勝ったっ!!」

「相変わらず強いな、桜さんは……」


 夏休みも後半。

 たまさか商店街の外れにあるゲームショップ「昭和屋」では、今日も元気な勝鬨が上がっていた。

 ポニーテールを振り乱し、Tシャツ・デニムジーンズに紺のエプロン姿で椅子の上にあぐらをかいたまま、細腕を力いっぱい突き上げているのは店長の小栗(おぐり)(さくら)。二十歳を少し過ぎたくらいで、170cm程だろうか、女性にしては背が高い。ジーンズのベルトホールに付けられたがま口ポーチには、今二人が遊んでいる“カードファイト・妖怪VS都市伝説”の【妖怪デッキ】が収まっている。


 長身長髪で文武両道の残念イケメン女子。

 この夏、病気で引退した父の店を継ぐため東京の大学を中退して戻ってきた時、昔馴染みの商店会長が言ったそのフレーズが、彼女を端的に表していた。


「ふふーん、まだまだだね爽ちゃん」


 爽ちゃんと呼ばれた男の子はカードを片付けながら小さく笑った。

 石動(いするぎ)爽太(そうた)、中学二年生。昭和屋のいわゆる常連である。

 中学生にしては小柄で、桜よりも頭一つ分程背が低い。


「それにしても爽ちゃん、しばらく見ないうちに随分大人しい感じになったね? 3年前はあんなにヤンチャだったのに」

「……ヤンチャとか」

「あたしで良けりゃ相談乗るから、なんでも言いな? これからはずっとこのお店にいるからさ」

「いや、別に相談することとか……あれ」

「ん、どうしたの?」

「カードが一枚足りない」


 爽太が自分の周りを見渡している。だが、どこにもカードは落ちていないようだった。


「ない? じゃあ探しておいてあげるから、今日はもう帰りな? もう6時になっちゃうよ」

「あー……」

「石動先生……あんたのかーちゃん、怒るとおっかないんだからさ」


 そう言って桜は、元々細い目を更に細くして笑った。

 彼の母親は中学教師で、かつては桜の担任だったのだ。

 だいぶ叱られたなぁなどと、桜はぼんやりと思い出していた。


「普段はいい先生なんだけどねぇ。真面目すぎるんだよね、あの人は」

「母さん、桜さんの話するときはすごいニコニコしてるよ。友達が隣の中学の人にイジメられたからって乗り込んでいった話とか」

「なっ! それは言うなっつっといたのに……」

「他にも色々」

「あんのババァ……」


 黒歴史を掘り返され顔を真赤にした桜だったが、爽太の次の言葉で表情が変わった。


「……ねえ」

「んー?」

「“こっくりさん”って、知ってる?」

「! ……今それで勝ったじゃん。U(ウルトラ)R(レア)“おうまがどきのこっくりさん”」

「そっちじゃなくて」

「じゃあ、紙と十円玉で呼び出すやつ?」

「違うよ。最近このあたりに、夕方遅くになると出てくる妖怪。ずっと前にも出たって聞いたけど」

「へ、へぇ……」


 話を聞く桜の手が一瞬止まる。

 爽太はそんな桜に気づかず、話を続けた。


「なんか、困ってる子供を助けて、代わりにちょこっといたずらをして、そっちに気を取られてるともう消えてるんだって」

「そりゃまた地味に困るね」

「うん。……でも」


 爽太は、寂しげに笑った。


「……ほんとに、いてくんないかな」

「爽ちゃん……?」


 桜は爽太に声を掛けようとする。だがそれを遮るように彼の口から出た単語が、桜の眼を丸くさせた。


「ニエ……」

「……爽ちゃん、その言葉、どこで聞いたの?」

「昨日の夜中、母さんと父さんが話してるのを聞いたんだ。おれはその、ニエってやつで、もうその歳だからって」

「あんた誕生日はいつ?」

「昨日だよ」

「……そっか。あ、ちょっと待って」


 桜はそう言うと、エプロンのポケットからカードを一枚取り出し、爽太に渡した。


「これ持ってお帰り」

「カード? でも名前もないし絵もぼんやりしてるし」

「まぁ、お守りみたいなもんさ。ゲームに使うもんじゃないから、ポケットの中にでも入れておきな。……それから、今日は帰り道に周りをきょろきょろ見ちゃだめ。いいね?」

「どういうこと?」

「いいから。今度来た時に教えてあげるから」

「……分かった」

「じゃ、気をつけてね」


 爽太が帰ったあと、桜はカードを探しながら、久しぶりにあった弟のような幼馴染のことを考えていた。


――(ニエ)、か。


今回は(・・・)爽ちゃんだったんだ。ったく、もう令和だってのに……」


 桜の口から、ひとりでに言葉がこぼれる。

 それはまるで、全てを分かっているかのような呟きだった。


「……あ、あった、これかな」


 テーブルから少し離れた棚と棚の間に、カードが一枚挟まっている。

 手からこぼれて風に乗ったかな、と思いつつ、桜はカードを拾い上げた。


「これだ。すきま女だからってカードまで隙間にいなくてもいいのに……ん?」


 カードの表を見た桜は、一瞬固まった。

 確かにレアリティを表す“R”の文字、そして“すきま女”と書かれている。

 だが、そこに描かれているはずのイラストは、塗りつぶされた様に真っ黒だった。


「これは! もう抜け出た(・・・・)っていうの!?」


 桜は慌ててエプロンを外し、レジの傍らに掛けてある面を手に取ると、そのまま外に走り出した。

 昭和屋から爽太の家までは歩いて10分もかからない。暗い道もないし、特に危ないところではないが、唯一つ。

 爽太の家の近くにある、信号のない十字路が問題だった。


「見返りの十字路……すきま女……まずったね」


 桜は後悔していた。

――贄と決まったあの子を、こんな逢魔が刻(おうまがどき)に、一人で帰らせるなんて。


 焦る桜の前に丁字路が見えた。そこを曲がれば、見返りの十字路は見える位置にある。

 桜は持ってきた面を頭に被り、腰のポーチから一枚のカードを取り出した。


「間に合ってよ……っ!」


 桜が全速力で丁字路を曲がる。

 そこには電柱を凝視して動かない爽太と、電柱と塀の間から顔を出し、彼に向かって手を伸ばす影のような女がいた。


「くっ! “転送顕現(てんげん)”!!」


 桜は叫び、カードを額の面に当てた。

 その瞬間、桜の身体はカードに吸い込まれるように消え、彼女の持っていたカードがぽとり、と道に落ちた。


“UR おうまがどきのこっくりさん”


 そのカードにはそう書かれていたが、イラストはやはり、真っ黒に塗りつぶされていた。

始まりました、夕暮れ時のこっくりさん。

作者の大好きなローファンタジーです。

面白い作品にしていきますので、応援よろしくお願いします!°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°

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