9 『注意喚起も生徒会のお仕事ですの』
朝のティータイムを終えてノエリエが向かったのは全校朝会だった。全生徒が体育館に集められ、学園長からの話を聞いたり、今日からの一週間の全体の予定についての報告が行われる。そのプログラムの中には生徒会会長からの言葉もあり、月曜日の朝は会長からのお言葉を全校生徒に聞かせなければならない。
ノエリエは至って普段通りに生徒会室を出て、右後ろに会計役員であるアーテートを引き連れて体育館へと向かう。途中、アーテートが校閲した自筆原稿に目を通して、内容を確認した。
これもまた普段通り、けれど、内容の確認を終えたノエリエは眉根を寄せた。いつもと違う表情にアーテートも直ぐに気が付いた。
「ちょっと内容を変えようかしら。最近起きている事件を入れましょう」
「しかし、それでは先生方の許可が必要になります。今週の原稿チェックは既に終えていますし、今から変更となると」
「仮に正式なチェックを依頼しても先生方は首を縦には振らないでしょう。校内での不祥事はもみ消すのが基本ですから。外部に漏れないように徹底的に策を講じてくるに決まっていますわ。だからここで変更してしまうのです」
「そうなると朝会後に先生方に呼び出しを受ける可能性があります」
「関係ありませんわ。私、最近の学校運営には少々幻滅していますの。おじいさまがお創りになった清き学園を徐々に汚し始めている。このままではいずれ明るみになった時、学園の信頼は失墜いたします。ここで食い止めなければなりません」
「承知しました」
アーテートは静かに頭を下げた。
「では参りましょう」
全校朝会には中等科、高等科を含めて延べ二千人の生徒が出席する。名を呼ばれ、壇上に立ち、それらの生徒たちとノエリエは向かい合う。
「ご機嫌麗しゅう、生徒の皆さん。本日はお集まりいただきありがとうございます。普段より我が学園は健全な学道に身を置き、清き心を育むという精神の元、日々、皆様の健康的な学園生活を維持してまいりました。しかしながら今回、その根底を揺るがす事態が発生しております」
予定には無かった演説に学園の教員や運営係の者たちが慌てるが、ノエリエは意にも介さない。壇上の下で動き始めた彼らを尻目にノエリエは続ける。
「現在この学園内で起きている事態は、一部の学生の間では既に知られていることでしょう。しかしながら、それについてここで全体へ周知することで皆様に注意喚起を行いたいと思います。ではまず初めに」
ノエリエが内容を語り始めたタイミングで舞台袖に学園長と副学園長の二人が上がってきた。生徒たちには見えない舞台袖で必死にジェスチャーを送っている。学園長は腕で×印を作り、副学園長は腕全体で手招きして舞台から引くようにと指示を出す。
それを横目で一瞥し、ノエリエは敢えて無視した。
「事件の発端はおよそ半年前です。この学園に所属する一人の生徒が街の繁華街にて万引きを行ったのです。現在は警察に話を通し、自宅謹慎となっております。これもまた学園にとってはとても大きな不祥事ではございますが、重要なのはその生徒の証言です。その生徒は事情を伺った店員に対して犯行の動機をこう言いました」
「そこまでだ。今すぐに話を中止し、壇上から降りなさい」
見かねた学園長が舞台に出て、右の手の平をノエリエに突き出しながら叫んだ。それを見ていた生徒たちに微かなどよめきが走る。
「まだ話は終わっていません。もう少しお待ちを」
「話す必要はないと言っている。今すぐに舞台を降りなさい。また朝会が終わったらすぐに職員室に来るように」
「学園長であろうとも話を遮るのは止めてください。これは大事な話です」
「副学長、彼女を舞台袖へ」
「分かりました」
ノエリエの言葉を無視し、学園長が副学園長に指示を出した。それを聞き、副学園長がノエリエのいる舞台中央まで近づいてくる。
「止まりなさい」
「はい」
ノエリエの放ったその一言に副学園長が立ち止まる。
「何をしている。早く彼女を舞台から」
「あなたもです、学園長。今すぐに舞台袖に戻りなさい」
「かしこまりました」
二人の男が生徒会長の言葉を聞き入れ、舞台袖に下がった。それを見届けて、壇上に一人立つ生徒会長が話を再開した。
「中断が入り、申し訳ありません。話を続けます。万引きをした生徒の証言ですが、彼は店員にこう言ったそうです」
そこで一拍の間を置き、ノエリエははっきりとした口調で告げた。
「悪魔に囁かれた、と」
体育館が更に大きなどよめきに包まれる。その波が収まるのを待たず、彼女は言った。
「私が話したいのはこの事件の経緯や不可解な証言ではありません。私自身、万引きを行った生徒の言葉は単なる言い訳、罪から逃れようと口をついて出た妄言にしか聞こえません。ですが、大切なことが一つあります。それはその生徒がこの学園の生徒であるという事です。彼のような生徒が増えることは皆さんにとって悪影響となるでしょう。その影響によって更なる事件が起こるかもしれません。ですから、ここで皆さんに伝えておきたい。いついかなる時も行いの良し悪しを見極め、正しく行動することを心掛けてください。今後もこの話について引き続き行っていきますので、来週の朝会にも必ず出席してください」
話を終え、最後に彼女は言った。
「皆さんの豊かな学園生活のために一層の努力を、そしてこの学園の生徒であることを肝に銘じておきなさい。分かりましたね」
「「「「「はい!!!」」」」」
叫ばれた全生徒の返事は、割れんばかりの声となって校内全体まで広がった。