5 『わたくし、ティータイムは誰にも奪わせませんの』
時刻は午後三時十五分。天気は晴天、気温は二十三度。バルコニーでのティータイムには最適の環境であった。カーテンの隙間から射し込む日光を一瞥し、ノエリエはソファから腰を上げた。内扉から直接、隣の応接室へと入り、隅に置かれたカップボードからティーカップとソーサーを取り出す。そのまま、すりガラスの間仕切りの先にある大理石の簡易キッチンにそれらを置いた。用意していたティーポットに沸騰したお湯を流し込み、軽く回してお湯をシンクへ流す。
ポットが温まったのを確認して、茶葉をスプーンで入れて、その中央にお湯を一気に流し込む。少し泡が出るのを見てから蓋をして、カップと共にトレイに乗せてバルコニーへ。
「今日はいい天気ですわ」
優しい風に流される白のレースを避けて、バルコニーに出ると、一面に青い空と新緑の鮮やかな森が見えた。全て学園の私有地であり、左手を向けば茶を基調とした校舎が、その向こうに運動部のグラウンドが広がる。
バルコニーのテーブルにトレイを置いて、隣の椅子に静かに腰を下ろす。眼下には芝生の敷かれた庭が見え、周囲を美しい花々が囲んでいる。今は授業時間なので生徒の姿は見えない。緑の香りが涼やかな風に乗って運ばれ、カップから漂う紅茶の香りと混ざり合った。
カップに口をつけて一息。デスクにはまだ書類の山が築かれているが、この時間だけは全てを忘れられる。校内に造られた長閑な風景を見つめながら、もう一口。視線は自然と開けた外へと向けられる。
「あれは、アーテートかしら」
足を組んで静かに眺めていると、中庭を横切る人影が見えた。少し小走りで去っていくのは、生徒会会計役員のアーテートらしかった。少し首を傾けたノエリエだったが、頭浮かぶ疑問を掻き消すように時計台の荘厳な鐘の音が校舎中に響き渡った。
本日の学びの時間の終わりを告げる音色は繰り返し響き、鳴り止む頃には騒々しい物音が校舎の方から聞こえてくる。帰り支度をした生徒たちが次々に校舎から中庭へと現れ、そして、正門の方へと消えていく。ノエリエはカップをトレイに置いて、バルコニーから生徒会室のデスクへと戻っていった。扉を閉じると、また元の静寂が戻った。
「あの一時が私は学園で一番好きかもしれませんわ。その時の頂く紅茶も格別」
珍しく独り言を呟いて、またカップに手を伸ばそうとした時、コンコンコンと扉をノックする音が聞こえた。直ぐに扉が開いて新人書記役員の男子生徒が顔を出す。
「会長、報告がございます」
「今はティータイムよ。黙りなさい」
「はい!」
勢いよく言って、書記役員は口を閉じた。ぱちんと閉じた口は数秒の間そのままで、少しして息を吹き返すように書記役員は開いた口で、はぁはぁ、と呼吸を始めた。
「え、あ、その、報告が」
「退出なさい」
「はい、直ちに!」
書類を持った姿勢から直立不動の姿勢に切り替わり、美しい回れ右を披露して書記役員は生徒会室から出ていった。扉が閉じられ、部屋にはノエリエ一人となった。