17『境界線上に立っている』
体育館裏の倉庫から本校舎を眺めながら、アルタたちは終業のチャイムを待った。日が傾き、長針が真下を向くと午後三時半の鐘の音が校舎中に響き渡った。数分を待たずして、生徒たちが校舎から流れ出てくる。その様子をしばし眺め、校舎内の人影がまばらになったのを確認すると、アルタたちは非常階段を登って三階の扉から建物内へと入った。
「まだ人が残ってるかも」
「気にする必要はない。それよりもクラスはどこだ」
「……こっち」
即答するジンに戸惑いながらもアルタは自分の所属するクラスルームへと二人を案内した。非常階段から見て二つ目の部屋。前側の扉から入って、一番奥の窓際、前から三番目、そこにアルタの座席がある。
「呪いを掛けた者たちの座席はどこだ」
黒板を背に教室を眺めてジンは言う。アルタは教壇の前を素通りして窓際まで近づくと、自分の席を一度見てから人差し指をピンと伸ばして、教室の最後列の窓際の席を指した。
「そことそこ。あいつらはいつもあそこから俺の方を見てた」
ジンは教壇を降り、目的の席までゆっくりと近づいていく。二つの席は隣あっていた。その間に立ち、両方の机に同時に手を触れる。目を瞑り、何かを確かめたのか、小さく頷いて見せた。
「微かに悪魔の気配を感じる。この感じからすると、いま悪魔が憑りついているのは右の席の少年の方か」
「そいつはしつこく俺の腹を殴って来た奴だ。俺の苦しむ顔を見ながらいつも笑ってた。隣の奴は身体を抑えて身動き出来ないようにする。それでサンドバックの出来上がりだ」
俯きながらアルタは言った。自分の席の前に立ち、優しく机の表面を撫でた。
「他の奴らは見て見ぬふりをするだけ。あいつらの視界に俺は入っていない。他にも水を掛けられたりもした。体操服を隠されたり、口に砂を詰め込まれたり、エトセトラエトセトラ。次第に他の連中も混じってきて、そして俺はこの教室からいなくなった」
アルタはジンの方を見た。じっと睨んでぐっとお腹に力を入れる。こみ上げる気持ちを抑えきれず少しだけ口元が緩んだ。
「俺の呪いはきちんと相手まで届いてたってわけだよな。このままいけばあいつらは死ぬ。そうだよな」
ジンは黙ったままだ。
「例えばさ、こんなのはどうだ。その呪いってのが遂げられてから、つまりあいつらが死んでから、俺が死ぬまでの間に悪魔を退治する。そうすれば、万事解決だろ」
顔を思い出すだけで吐き気がする。あいつらがいることで自分がここから居場所を失くした。胸を締め付けてくるその事実を前にアルタは狂気を孕んだ笑顔をジンに向けた。ジンは腕を組んで、ふぅっと息を吐いた。
「……まぁ、それでも構わないがな。どちらにしろ、退治することには変わらない。ただ死体が増えるというだけだ」
平然とジンは言い放つ。と同時にアルタの笑顔が崩れた。
「ホントに出来るのか」
「なんだその残念そうな顔は、そうして欲しかったんじゃないのか」
アルタの顔が徐々に青ざめていく。額から流れ出た汗が頬を伝い、顎の先から机の上に落ちた。
「殺したいほど憎い相手がいるというのは、お前一人じゃないだろう。星の数ほど人はいる。だが同時に人を救いたいと思う人々もいる。お前はどちらに立ちたい。自分の身勝手でこの状況を招いたとしても、今のお前はその二つの場所のちょうど間に立っている。だから、もう一度よく考えてみろ」
言って、ジンは教室を出ていった。肩を叩かれて振り向くと、横にリリンが立っていた。
「さぁ、行きましょう」
彼女はアルタの手を引いて歩き出した。