16『改めて、よろしくお願いします』
目を覚ますと、ぼんやりと暗い空間が広がっていた。背に触れる感触は固く、ベッドとは似ても似つかない。冷たい床に横たわり、けれど頭の下はほんのり温かく、柔らかい質感に包まれている。
「お目覚めになられましたか、アルタ様」
耳心地の良い声はリリンのモノだった。仰向けのまま前を見ると、リリンの顔が間近にあった。背を曲げて覗き込むようにこちらを見ている。
「初めて女の子に膝枕してもらえたよ」
「そうなのですか。それではごゆっくりなさって下さい」
「こんなに可愛い子の膝で寝れる日が来るとは夢にも思わなかった」
「嬉しい限りです」
身体の向きを横に向けて、片手でリリンの太ももに触れる。リリンは何も言わなかった。そのまま正面を見ると、ジンが壁に凭れて立っていた。その上の高窓から光が射し込み、暗い影の中にジンが沈んでいるように見える。
「具合はどうだ」
「腹が痛い」
ジンの問いにアルタは即答した。
「それはリリンがやったことだ。心配はいらない」
僅かに目を開き、アルタはリリンの方へと視線を移した。彼女は、申し訳ありません、と言って頭を下げた。
「瘴気の影響を受けたせいだ。人が悪魔の瘴気を吸うと大概こうなる」
「そういや頭も痛い。身体も怠いし」
「もう大丈夫だ。俺の魔除けを首にかけておいた。これでまともでいられる」
そう言って、ジンはアルタの首元を指した。首には小さな真珠が三つ連なったペンダントが掛けられていた。触れると少し冷たい。
「悪魔などいるわけないとお前は言ったな」
「あぁ、何か言ったっけか。あんまり覚えてないけど」
「先に言っておくが、お前が今枕にしているリリンは、サキュバスだ」
「えっ」
それを聞き、アルタは飛び起きた。身を引いてリリンの顔を見る。彼女は小首をかしげて、不思議そうにこちらを見ていた。それから可愛らしい笑顔を作ってこう言った。
「改めて、サキュバスのリリンです。よろしくお願いします」
「ははは……、よろしく」
アルタは苦笑した。