12『悪魔に頼ってはいけない』
「悪魔召喚は即ち契約だ」
ソファに凭れ、斜めを向いた顔でアルタを見ながらジンは言った。
「契約手順は三段階。承認契約、代行契約、代償契約。一つ目は面会契約と呼ぶこともある。悪魔に会って願いを言い、それを自分の代わりに行わせ、最後にその報酬を差し出す。これで契約は成立する。ここまでは付いてきているな」
ジンは人差し指でアルタの顔を指した。
「この契約を魔法陣に記載し、召喚の儀式を行う。掛け声は何でもいい。まず供物を与えて、その後祈る。お前もこの手順を踏んだはずだ」
「まぁ、なんとか契約ってのはよく分からないけど、召喚はした。結果、家はバラバラだ」
「それは冥界への亀裂が原因だ。魔方陣を壁にも書いただろう」
「書いた。本に載ってたし」
「ただ、お前の魔方陣は不完全だった。それは確認したから分かる」
「確認?」
「魔方陣は儀式を行った場所に杭を打つように刻まれる。悪魔に帰って来る場所を教えるためにな。そこでお前の契約書を拝見したわけだが」
真剣な表情を作り、ジンは立ち上がった。ゆっくりと距離を縮めてアルタの前に立つ。
「お前の契約書には代償契約の文言が一切記載されていなかった。大方、本に書かれていた魔方陣をそのまま書いたってとこだろう。何を願った」
ジンの顔が更に近づく。もう少しで鼻先が接するほどに。
「覚えてない」
「そんなはずはない。意志確認は大切だ。それは悪魔に己の意志を植え付ける力となる。悪魔に願いを伝えたなら、その瞬間にお前の脳裏に焼き付いているはずだ。答えろ」
「おぼえて、ない」
アルタは下を向いたまま黙り込んだ。ジンが下から強引に覗き込んで目を合わせようとする。それを押し退けてアルタは扉の方へと走った。ノブを捻り、外に出ようとするが、扉は開かない。
「無駄だ。鍵はしてある。用心に越したことはないだろう」
「俺を閉じ込めるつもりか」
「それだと俺たちも閉じこもることになる。そんなことはしない」
「ならどうするつもりだ」
「それを話すにははっきりさせておかなければならないことがある」
「それは何だ」
「もう聞いたはずだ」
何を願ったのか、その答えをアルタはまだ口にしていない。脈が早くなり、鼓動が高まるのを確かに感じ取った。今になって手が震えている。アルタは静かに息を吐いた。今までに感じたことのないほどに時間がゆっくりと進むように感じる。
「俺が願ったのは」
深呼吸を挟んでから、こう言った。
「クラスメイトの死だ」
それを聞き、ジンはポケットから煙草を取り出した。掌に収まった紙の箱から一本抜き出し、口にくわえる。まるで待っていたように後ろに立っていたリリンが火のついたライターをジンの口元に運ぶ。暗い部屋にオレンジの光の粒が灯り、一息吸ってベッドの方に煙を吐き出した。
「願いと代償は常に等価交換だ。この意味は分かるな」
アスタは一切動かなかったが、ジンは構わず、
「ならばなぜお前の魔法陣に代償契約の文言が組み込まれていなかったのか。その答えは自ずと分かるだろう」
顔を上げたアスタと視線が交わる。少年の顔には既に恐怖の色しか写されていなかった。
「それ以上のモノを要求する必要が無いからだ。払える代償の上限一杯。等価になるモノはそれしかない」
分かるだろう、とジンが言い、アスタの顔が更に青ざめる。
「人の命の代償は、自らの命だ。たとえ悪魔でも死人からは何も取れない。死んじまえばそれまでだ」
ジンはまた煙草を吸った。