10『煩悩は滅客すべきものなのか』
和やかな沈黙の中、部屋の扉が外側から開かれた。現れたのはジン=マスビスだった。ジンはベッドに座るリリンを見てから、アルタの方へと視線を移した。
「起きたか」
落ち着いた調子で発せられた言葉に、アルタは苦笑いを浮かべるしかない。ベッドの上でワイシャツだけを羽織ったリリンの前に少年が呆然と立ちすくんでいる状況に、コメントは一切なかった。
「調子はどうだ」
無言で突っ立っているアルタにジンが続けて言う。アルタは首を縦に一度だけ振った。室内に置かれたソファに腰掛け、足を組んでからベッドを見た。ベッドの上ではリリンがまだうっとりと眠そうな表情を作っている。
「はしたないぞ。さっさと服を着ろ」
「すみません」
半分寝ぼけたように頷く。
「私の特性上、これくらいの方が落ち着くのです」
言いながら、リリンはベッドから降りた。そこでもまたアルタは跳ねるように壁まで下がって、リリンから目を背けた。リリンは下着とワイシャツ以外の服を身に着けていなかった。当然、はらりと風が吹くだけで美しい白い肌が露わになる。アルタは目を背けつつ、時折、視線を動かし、けれど直ぐに罪悪感で壁の方を向いた。そのまま壁に何度も頭突きを食らわせて頭に浮かぶ煩悩を消し去った。
「何をやってる」
ジンが不思議そうにアルタを見た。
「あの、横に移動してもらえませんか?」
後ろから声が聞こえてアルタは飛び退く。リリンはアルタが頭突きをしていた壁に手を伸ばした。よく見るとそれは壁ではなくクローゼットだった。中にはレディーススーツが掛けられており、その内の一着を取ってリリンは着替え始めた。その横でブツブツと何かを唱えながらアルタは目を瞑り続けた。
「だから何をやってる」
リリンが着替え終えると改めてジンがアルタの名を呼んだ。それを聞いてようやく思春期の少年は精神世界から抜け出すことが出来た。
「さて、寝起きで悪いが本題に入ろう。俺たちの目的はお前が召喚した悪魔を消すことだ」
ジンは唐突にそう言った。