1 『マイナスからのスタート』
「はぁ、やっとできた」
フローリングと呼ぶにもおこがましいボロボロの床を見つめながらアルタ=オルタはニヤついた。三日三晩をかけて描いたのだから疲労感は想像を絶するほどだったが、それ以上の達成感が全身を包んでいた。
これでようやく奴らに目にモノを見せられる。憎きクラスメイトの恐れおののき、泣き叫ぶ姿を思い浮かべて高笑いが止まらない。親指と人差し指で摘んでいたチョークを玄関の方へ放り投げ、改めて全体像を見ようと立ち上がる。床一面にはびっしりと文字や記号や模様が描かれ、足の踏み場もない。ベッドやテーブルも三日前に外に出してそのままだった。
家具もなく、いつもより広く感じる部屋。その部屋の床や壁、柱に至るまでをキャンバスとして一つの魔方陣を形作っている。部屋そのものを棺と見立て、陣により冥界へと続く道を作り、そして、召喚式の発動により冥府の門を開く。
「ようやくだ。この時をどれほど待ったことか。ここに召喚しよう。冥界の住人にしてこの世界の恐怖の象徴。悪魔を」
両手を魔法陣の方へ向け、最後の呪文を唱える。
「オープン・ザ・デーモン」
眩く神々しい光が瞬いたかと思うと、その光は直ぐに白から紫、紫から黒へと色を変えていく。どす黒い煙が沸き立ち、部屋中を満たした。大きく開けた口にも構わず入ってくる。咳が止まらず、玄関の扉を開けて外へと飛び出した。外には立ち昇る煙に引かれてやって来たやじ馬がちらほら集まっていた。人の数は徐々に増えていきそうだった。
煙を吐き出し、呼吸を整えて、もう一度家の方を見たその瞬間、
激しい閃光が視界を覆い、そして、家が消し飛んだ。爆風によって近隣の家の窓ガラスは軒並み砕け散り、噴煙が一帯に広がる。
「ごほごほ、な、なにぃぃぃいいいいいい」
見ると、そこに家は無かった。学園での成績が振るわず、学生寮を追い出され、担任のつてを借りてようやく見つけた空き家。農家を営んでおられる大家さんは郊外に住んでいて使わないという事で、家賃無しで貸してもらえた我が家。それがたった今消し炭となった。
「あわわわわ」
この日、アルタ=オルタはホームレスとなった。