第三話 日雇い提督は初めての教え子を得る ①
「何よ! 遠回しに嫌味ったらしい事ばかり言ってぇっ! 教官ならば何を言っても許されるなんて大間違いなんだからねッ!」
よほど腹に据えかねたのか、如月詩織は退出して来たばかりの部屋のドアに険しい視線を叩きつけて息巻く。
特別授業選定の面談初日。
午前中に三人の指導教官と面談した詩織は廊下に出た途端、端正な顔を夜叉へと変貌させて激怒しているのだが、それは彼女が不当な評価を受けたからではない。
詩織を嚇怒させたのは、幼馴染の真宮寺 蓮が受けた理不尽な対応と、その立場を笠に着た教官達の傲岸不遜な態度に他ならなかった。
この面談が虚しい茶番劇でしかないのを、ふたりは充分に理解している。
率先して面談を受けた三人の教官は、ジェフリー・グラスを筆頭にして候補生達から圧倒的な支持を受けている優秀な教官ばかりであり、彼らのクラス入りを希望する候補生は多く、競争率も異常なほど高い事で知られている。
それは、卒業後の進路に宇宙軍配属を望む候補生達にとっては、彼らに師事する事が最良かつ最短の道だと誰もが理解しているからだ。
譬え、それが軍人としての能力に依るものではなく、軍上層部に太いパイプ……所謂、コネがあるか否かという下世話なものだったとしても、組織内で慣例化している以上は、権力に阿る候補生達を一概に責める訳にもいかないだろう。
教官達にしても、任官確実な候補生を確保できるか否かは、自身の評価を左右し昇進に直接影響する重大事だ。
その為、学年三十位以内に入る最上級生は、既に非公式な形で事前にオファーを受けており、殆んどの成績優秀者はクラスが確定しているも同然だった。
学年首席の詩織も熱烈な勧誘を受けていたが返答は保留している。
彼女にとっては学年首席の自分よりも、目下学年最下位で崖っぷちに立たされている幼馴染の進路選定の方が重大事であり、だからこそ、ふたりで面接を受ける事で蓮も一緒のクラスに入れて貰おうと目論んだのだが……。
ジェフリーを筆頭に面談した教官達は彼を自分のクラスに入れるのには否定的であり、あからさまに『学年最下位では資格はなし!』と嘲笑する教官までいて、大いに憤慨した詩織が悪態をついているという次第だったのだ。
片や蓮の方はというと、そんな詩織に対して申し訳ない気持ちで一杯だった。
「詩織が怒っても仕方がないだろう? そもそも学年最下位の俺をセットでというのは虫が良すぎると思うし……」
「何を卑屈な事を言っているのよ! 今は最下位でも次の試験では一番になるかもしれないじゃないっ! 自分で自分の可能性を否定してどうするのよ、蓮ッ!」
「そ、そんな無茶苦茶な……」
(相変わらず前向きだよなぁ、詩織は……)
幼馴染の剣幕にタジタジになりながらも、自分を気遣ってくれる彼女の変わらないポジティブさに感心する蓮。
美少女と断言しても差し支えない容姿と、清楚な立ち居振る舞いで男子候補生達の憧憬を一身に集める詩織だが、非常に勝ち気で負けず嫌いな一面も持ち合わせている。
だから、譬え相手が教官でも、忖度して己の矜持を曲げる事などなかった。
「首位と最下位の差なんて学科の成績を除けば、担当教官の主観による評価という曖昧なものじゃないの! 教官ウケが良い子が成績優秀なんて評価は絶対に間違っているわっ!」
「ありがとう……俺が不甲斐ないばかりに気を使わせてしまって……でもさ、これ以上詩織の足を引っ張る訳にはいかないよ。グラス教官達も詩織ならば歓迎すると言っているのだから……」
その性格の所為もあってか益々ヒートアップする幼馴染へ苦笑いしながらも礼を言った蓮は、これ以上の気遣いは無用だと告げたのだが……。
「冗談じゃないわっ! 気障で嫌味ったらしい教官なんてこっちから願い下げよ! 私がエリート意識過剰の人間が大嫌いだって蓮も知っているくせにッ!」
今の詩織には、幼馴染の気遣いさえも燃え盛る炎にガソリンを投入するに等しい行為でしかないらしく、益々語気を荒げる始末。
その一方で感情的になっている彼女を宥めるのが容易でないのを知る蓮は、胸の中で溜め息を吐くしかなかった。
父親同士も幼馴染ということもあり、ふたりは家族ぐるみの付き合いの中で共に同じ時間を歩みながら成長して来た。
詩織の父親は統合軍大佐として現在も横須賀基地に勤務している。
だが、統合宇宙軍の少佐として長年艦隊勤務についていた蓮の父親は、五年前に艦長として乗艦していた新造護衛艦が土星宙域での戦闘の最中に被弾し、奮戦虚しく帰らぬ人となったのである。
一方で蓮の母親は今も健在だが、詩織の母親は十年以上も前に病気で他界しており、その後は留守がちな父親に代わって詩織の面倒を見たのが蓮の母親だった。
詩織は彼女を実の母同然に慕っているし、蓮の母親も詩織をたいそう猫可愛がりしている。
だからこそ蓮は、成績優秀な幼馴染を自分の巻き添えにしたくなかったのだ。
怒り冷めやらぬ彼女の両肩を掴んで強引に自分の方に向かせると、突然の行為に目を瞬かせて驚きを露にする詩織。
そして、真剣な眼差しで見つめられていると気付いた途端に両頬を微かに赤らめた幼馴染は、拗ねた物言いで蓮を詰っていた。
「な、何よ……ま、またお説教? 私は、間違った事は言っていないからね」
「そうかもしれないが、詩織だって宇宙軍の艦隊勤務希望じゃないか! その夢を叶えるには、彼らの授業を受けた方が圧倒的に有利だと分かっているんだろう? 成績が悪くて俺が落ちるのは自業自得だけれど、それに詩織を巻き込む訳にはいかないよ」
「うぅぅぅ……で、でもさ、私は……」
(ばか……いったい何時になったら、私の気持ちに気付いてくれるのよ……)
鈍感な幼馴染を恨めしげな視線で見つめながらも、心の中では切ない想いを持て余してしまう。
……物心がついた時には既に隣にいた男の子。
喜びも悲しみも分かち合い、今日まで同じ道を歩んで来た大切な幼馴染。
いったい何時からだろう……。
仲の良い男の子から、気になる男子へと変化していったのは……。
そして今では、淡い恋心を寄せるたった一人の男性として彼女の心の中を占めている真宮寺 蓮という異性……。
(でも、それを認めたら私が負けたみたいで悔しいじゃない……こ、告白は絶対に蓮の方からでないと駄目なんだからぁ……)
華やかな未来予想図を脳内に展開していた詩織は機嫌を直して小さく咳払いするや、自分の気持ちを悟られない様に精一杯の虚勢を張って言い募った。
「私はいいのよ。どんなに不利な状況でも必ず夢は掴んでみせるから。それよりも蓮の進路の方が大問題よっ!? あなただって艦隊勤務志望でしょう? このままだと冗談抜きで落第しちゃうよ!」
「それはそうなんだけどさ……」
「いつもノープランなんだから本当に呆れちゃうわ! 取り敢えず仕切り直しよ! だから、お昼は蓮のオゴリだからね?」
そう言うや否や、足早に食堂に向かう幼馴染の後姿を見ながら、蓮は仕方がないなぁ~~とばかりに苦笑いを浮かべて後を追うのだった。
◇◆◇◆◇
その美しい顔に憂慮の影を滲ませるクレアは、閑散として人気のない廊下を足早に歩いている。
新学期の初日に開催される新候補生入校式のリハーサルを終えて教官室に戻った彼女は、剣呑な表情の志保から手渡された一枚のペーパー資料見て眉を顰めざるを得なかった。
「白銀教官のパーソナルデーターが、今朝がた自治会資料として最上級生達全員に配布されたそうよ」
舌打ちが聞こえてきそうなほど憤懣やる方ないといった志保に気圧されたクレアも、資料の内容に目を通した途端に表情を険しくしていた。
その資料には達也が士官学校を出ていない傭兵上がりの特別任官者であり、素行に問題があるが故に左遷された問題児であるといった内容が辛辣な文面で書かれていたからだ。
「どうして自治会がこんな資料を……?」
「ふん! どうせ昨日の会議の時にやり込められた連中が、腹いせに自治会を扇動したに違いないわ」
陰湿な行為で他者を貶めて恥じない人間を蛇蝎の如く嫌う志保は、柳眉を吊り上げて吐き捨てる。
同様にクレアも怒りを覚えたが、それよりも中傷に晒された達也の事が心配になって無言で教官室を飛び出したのだ。
彼に宛がわれたのは本校舎の二階の端の小会議室で、他の教官達の面談室が並ぶ一階のフロアーからは遠く離れており、候補生達から隔離しようという意図は明白だった。
(こんな姑息な真似を、よくも恥ずかしげもなくっ)
その余りにも低俗で陰湿なやり口にクレアの怒りは増すばかりで、自然と歩みが早くなってしまう。
階段を上って二階の突き当りの部屋の前に辿り着くと、一度深呼吸してからドアを軽くノックした。
「白銀教官? ローズバンクですが……入室してもよろしいでしょうか?」
「ああ、どうぞ。空いているから構わないよ」
ドアを開けると、窓辺に立って外を見ていた達也が視線を向けて来た。
そしておどけた顔で両肩を竦めながら、如何にも困りましたとばかりに苦笑いを浮かべたのである。
「いやあ~~さすがに厳しいね。まだ誰一人来てくれなくてねぇ……暇を持て余していたところさ」
「そんな悠長な事を仰っている場合ではありません! こんな物が出回っているのです! 悪辣な嫌がらせですわっ!」
嚇怒して語気を荒げるクレアから資料を受け取った達也は、さも可笑しいと言わんばかりに含み笑いを漏らす。
だが、その想定外の反応が理解できずに憤慨したクレアは、眉根を寄せて達也を詰っていた。
「し、白銀教官っ! 何がおかしいのですか!? こんな不公平な行為は断固糾弾するべきですっ! 余りにも恥知らずな真似ではありませんか?」
「誹謗中傷で競争相手の足を引っ張るなんて珍しくもないし、記載されている内容は概ね事実だから反論もできないしなぁ……こりゃぁ、してやられたな。はっははははは」
まるで他人事の様に笑う達也の態度に面食らったクレアは、気勢を削がれて立ち尽くすしかなかったのだが、柔らかい微笑みを浮かべた新任教官は不満顔の彼女に諭すように語り掛けた。
「しかし、俺としてはある意味で願ったり叶ったりだと感謝しているよ……貴女は【彼を知り己を知れば百戦危うからず】という言葉を御存じですか、ローズバンク教官?」
「は、はい。古代中国の有名な兵法家【孫子】が提唱した、兵法の一節だと記憶しています」
そう即答した彼女へ笑顔を向けてた達也は、大きく頷いて説明を始める。
「その通り! 情報の重要性を説いた一節であり、有名な言葉だから解説する必要もないと思うが……実はこの教えの核心部分を勘違いしている輩が多くてね。候補生達の資質を推し量るには丁度いいのかもしれない……そう思うとつい顔が緩んでしまったのですよ」
「それは、一体どういう意味ですの?」
「ふむ……情報というものは、そのままでは大した役には立たない。数多の情報をあらゆる角度から精査検証し、詳細まで咀嚼して初めて判断材料たりえるんだ……必要なのは情報単体ではなく、自身の行動を決定する為の判断材料なんだよ……『白銀達也は士官学校も出ていない傭兵上がりの無頼漢』という情報から、如何に判断材料を掴み取るか……それが指揮官に求められる資質だと俺は考えている」
達也のその解説にクレアは目から鱗が落ちる思いがした。
情報収集は自分の専門分野であるにも拘わらず、漫然と職務に接していた自分の浅慮を指摘されたようにも思えてしまい、気恥ずかしくて仕方がなかったのだ。
「傭兵上がりとはいえ、十数年間も銀河系を転戦して生き残って来た……そこには何か学ぶべき物があるのではないか? そう考える候補生が一人でもいてくれたらね……ははは、かなり自己弁護が入っているが期待する分には俺の勝手だから」
最後には照れ臭そうに柔和な微笑みを浮かべて頭を掻く達也。
クレアは胸中の動揺を悟られないように努めて平静を装うや、安易な迎合を選択せずに素直な疑問を口にした。
「それはとても難しいことではありませんか? 結局、貴方だけが理不尽な悪意に晒され、一方的に名誉を傷つけられてしまう……」
その問いに一瞬だけ惚けたような顔をした達也は、直ぐに破顔して言葉を返す。
「そうだね……だが、難しいからできませんでは指揮官は務まらない。要は研鑽し修練する気があるか否かであって、今すぐに克服しろというわけではない……それに、教官というものは些末な名誉などに拘泥してはならない。候補生達の踏み台になってこその誉なのだと自戒するべきだよ」
殊更に語気を強めるでもなく、自然体から発せられた言葉は素直にクレアの胸を震わせたのである。
(許されるならば、この人に候補生を任せてみたい……でも……)
心弾む期待感と厳しい現実とのギャップに彼女が懊悩した時、ドアがノックされる音に続いて綺麗に重なった男女の声が響いた。
「「面談を受けにまいりました。入室しても宜しいでしょうか?」」
悪意ある妨害工作により、候補生は誰一人として訪れないかもしれない……。
そう思っていただけに、達也とクレアは思わず顔を見合わせるのだった。
◇◆◇◆◇
「おおっ! 二人も面談に来てくれるとは嬉しいねぇ!」
両腕を拡げ笑みを浮かべた達也は、大袈裟なまでに歓迎の意を露にする。
対して、入室して来た蓮は微苦笑を浮かべただけだったが、新任教官らしからぬその軽薄さを目の当たりにした詩織は、呆れたかの様に顔を強張らせてしまった。
(やっぱりハズレかな……時間の無駄だったかしら……)
昼食を挟んで仕切りなおしてはみたものの、やはり手応えは芳しくなくて詩織は焦りを覚え始めていた。
すると、昨日紹介された新任教官の面談を受けてみようと蓮が言いだしたのだ。
詩織は自治会経由で出回っている耳障りの良くない噂と、銀河連邦宇宙軍の軍人という理由から積極的に賛成はできないと考えていた。
彼に師事することで、大切な幼馴染が少尉任官を勝ち取る可能性は皆無だとさえ思っているし、それは大筋で間違っていないとの確信もある。
しかし、本人が望むのなら面談を受けるぐらいはと、敢えて反対はしなかった。
新任教官の隣に座っているクレアの存在にふたりは戸惑ったが、達也は気にした様子もなく笑顔で二人に着席を促す。
「さて、本来なら個別に面談した方が良いのだろうが、見知った者同士でもあるし、ふたり一緒でも構わないかい?」
達也の問いに蓮と詩織は同時に頷くや、座ったまま一礼した。
「三-F 真宮寺 蓮であります。よろしくお願い致します」
「三-A 如月 詩織です。昨日は失礼いたしました」
「こちらこそ。一年間の期限付きで本校に教官として配属された白銀達也だ。階級は銀河連邦宇宙軍大尉で主に艦隊勤務を拝命していた。なにぶん、このような任務は初めての経験でね。至らない所もあるだろうが、よろしくお願いするよ」
形式通りの挨拶を終えた蓮と詩織の視線が美人教官に向けられるや、その意味を察したクレアは優美な微笑みを浮かべて事情を説明した。
「私は白銀教官の教導官を仰せつかっているので同席させて貰います。邪魔はしないし、此処で得た情報を他人に吹聴したりはしませんから安心してちょうだい」
もとより彼女に敬意を抱いているふたりに同席を拒む気は毛頭なく、面談の為に用意してあった身上書や成績一覧、そして希望進路などを纏めた書類を達也に差し出す。
それらに目を通す新任教官からは、先程までの何処か軽薄な態度は雲散霧消し、いっそ冷厳ともいえる眼差しで情報を精査しており、その変わり様を目の当たりにした蓮と詩織は思わず姿勢を正していた。
これまで受けた面談では、学年最下位である蓮の成績に批判的かつ侮辱的な評価が各教官から下されるばかりであり、それを理由に『別のクラスを当たるように』とけんもほろろに断られるの繰り返しだった。
無言で資料に目を通す達也を蓮は緊張の面持ちで見つめ、詩織は今回も同じ結果ならばクレアが同席しているのを幸いに、教官達の理不尽な行為を糾弾しようと身構えていたのだ。
しかし、そんな彼らは、ものの見事に肩透かしを喰うことになる。
「ほう……ふたりとも宇宙軍、然も艦隊勤務希望か……花形とはいえ危険が多くて最も死傷率が高い部署だ。残り一年余りを貪欲に、そして有意義に精進しなければならないね」
資料を目で追う達也は一言も否定的な言葉は口にしなかった。
寧ろ、これまでと同じ結果を覚悟していた蓮の方が瞳を見開いて思わずソファーから腰を浮かせたぐらいだから、その驚きが如何ばかりだったかは想像に難くないだろう。
「あ、あの……自分は現在学年最下位の成績なのですが……講義を受けさせていただけるのでしょうか?」
思わず口から零れた間抜けな問いに一番驚いたのは蓮自身だったかもしれない。
そして、幼馴染と同様に唖然とした顔の詩織も、新任教官の顔へ視線を釘付けにするしかなかったのである。
だが、そんな中でクレアだけが、当然の結果だと言わんばかりに優しげな微笑みを浮かべており、蓮と詩織はその理由を達也の返答で知るのだった。
「真宮寺候補生。勘違いしてはいけない。成績などというものは努力して上げれば良いだけのものだ……現状の成績が下位だからと自ら委縮してどうする?」
奇しくも詩織が口にした言葉と同じことを言われ、瞳を見開いて眼前の新任教官を見つめてしまう蓮。
そんな彼へ達也は真摯に、そして、諭すかの様に告げたのだ。
「失敗を恐れるな……他人からの心無い批判や中傷に囚われるなど、馬鹿らしいと胸に刻みなさい。大切なのは……自分を信じ、弛まず、慢心せず、他者を羨まず、一途に研鑽を積み自身を磨く努力を怠らない事だ。それを怠らなければ君達の希望は必ず叶う筈だよ」
熱の籠った激励の言葉を貰った蓮は、へたり込むようにソファーに腰を落としたが、惚けていた顔は次第に赤みを増し、瞳には眼前の教官にへの羨望の光が色濃く宿る。
そして詩織は、破顔して何度も小さく頷きながら喜色を露にするのだった。
そんなふたりの変化に口元を綻ばせる達也は面談を続ける。
「さて、クラス選択の権利は君達にあるのだから、俺の方針を伝えておこうか……訓練を行うに当たって最低限度の知識を座学で学んで貰った上で、フルダイブ型のヴァーチャルシステムを使って【戦場で生き残るための方法】を叩き込む。勿論、容易く履修できる内容ではないから相応の覚悟が必要だ」
簡潔に語られた指導方針に対し、蓮と詩織は困惑した顔でそれぞれが懐いた疑問を口にした。
「統合軍作戦指導部策定の教育指導概要に定められているのですが、全士官候補生養成学校では実体験による訓練を重視しており、ヴァーチャルシステムは各武器の取り扱いや、基本的な艦隊運用を実地研修前に学ぶ場として使用される程度でしかありません。ですから、授業への本格的な導入は……」
「本校ではヴァーチャルシステムを取り入れた訓練は、新規入学者の基礎訓練以外では……その、余り有用性を認められては……いないと言うか……」
何処か歯切れの悪いふたりの物言いを聞いても、達也は特に気分を害した風もなく淡々と言葉を返す。
「実地訓練の有用性は誰もが認める所ではあるが……昨年度の資料を見る限りでは効果的とは言い難い。何よりも宇宙空間での訓練時間が少なすぎる。現状では座学で学んだ知識の検証しかできないと思う。まあ、一教官の俺にとやかく言う権限はないが、再考するべき余地はあると思うよ」
「たしかに。月に平均三日の研修では、十全たる効果を挙げるに足るとは言い難いでしょうね」
達也の考察は正鵠を射ており、内情を良く知るクレアも同意するしかない。
軍本部の指導方針に対する批判ともとられかねない内容になった為にそれ以上の議論は控え、授業方針は達也に一任するとの了解を得て双方は納得した。
「さて、それでは俺からも一つだけ質問させてくれ。君達が軍人を志した動機を聞かせて貰えないかな?」
一通りの話が終わった所で達也は初めて質問を投げ掛けたのだが、なんの思惑もないこの問いが、後に《神将の双翼》と呼ばれる蓮と詩織との長い長い縁の始まりになるとは思いもしない達也だった。