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第十三話 逆鱗に触れる ③

「くだらない面子(めんつ)を守る為に、金の卵である士官候補生を切り捨てるなんてな……万年人手不足の銀河連邦宇宙軍に奉職する身としては(うら)ましい限りだよ」


 その穏やかな物言いとは裏腹に、青年士官の眉目秀麗(びもくしゅうれい)な顔は忌々(いまいま)しげに(ゆが)んでいた。

 こういう時のラインハルトには逆らわない方が無難なのを、達也は長年の経験から嫌というほど熟知している。

 だから、素知らぬ顔をして学校側から拝借(はいしゃく)したデーターへ目を通す作業に没頭する……フリをしているのだ。

 この資料は落第処分を受けた二十名の候補生のパーソナルデーターと、各種成績評価のデーターで、クレアと志保の好意的な協力により手に入れたものである。


 四人の教え子達以外の候補生らとも多少なりとも面識はあり、彼らの能力もある程度は把握(はあく)していた。

 だからこそ、本来ならば落第などの処分を受ける筈もない彼らを巻き込んだ己の不明を恥じているのだが、ラインハルトにしてみれば、将来性豊かな士官候補生達を、無知蒙昧(むちもうまい)な理由で平然と切り捨てる統合軍の不条理さが許せないらしい。


「明日から特別クラスとして活動するが、宿舎と食事は林原学校長の厚意で現行のまま伏龍の施設を使わせて貰う」


 一旦言葉を切ったラインハルトは、小さく息をついてから再度口を開く。


「ただし、期間中の諸経費は我が軍が負担するという条件で話を付けておいた……困難な状況下にあっても前向きに頑張ろうとする彼らに、肩身の(せま)い思いをさせたくはないからね」


 候補生達に対する親友の配慮に、達也は素直に謝意を示した。


「そいつはありがたいな。細部に(わた)って骨を折って貰い感謝するよ」

「何を今更、水臭い……これ位はなんでもないさ。それから俺も教官として彼らの面倒を見るが、太陽系に配属予定の艦長達の中からも数名の講師を選出して指導に当たらせるつもりだ」


 その親友の言葉に達也は(わず)かに顔を曇らせてしまう。

 そんな彼に念押しするかの様に、ラインハルトは冷然と告げた。


「お前の気持ちは分からないでもないが、我々も優秀な人材は喉から手が出るほど欲しい……彼らの力量次第では、我が艦隊に引き抜くのを俺は躊躇(ためら)わないよ。それだけは覚悟しておいてくれ」


 その言葉を聞いて嘆息した達也は、口元を(ゆが)めて自嘲(じちょう)する。


「分かっているさ。ただ、自分の母星や故郷を護って戦う……その想いと言うか……誇りかな。それをあの子達から奪うのが辛いだけさ……俺には望んでも手に出来ないものだけにね」


 そう言って席を立った達也はそのまま部屋を出て行き、一人残されたラインハルトは(かす)かに表情を暗くしたが、()ぐにポーカーフェイスに戻って残りの資料に目を通すのだった。


            ◇◆◇◆◇


 林原学校長は(すで)に帰宅しているのでは……。

 そう思いながらも学校長室を訪ねた達也は、未だに居残って夕暮れに染まる窓辺に立っている学校長を見つけて相好を崩した。

 ここから見えるのは広大な校庭ぐらいなのだが、彼は目を細めてその風景に見入っている。


「おや? こんな時間まで居残りですか?」


 まるで今日の騒動などなかったかの様に(おだ)やかな笑みを浮かべる学校長に、達也は腰を折って頭を下げた。


「結局、御迷惑ばかりお掛けして、大した成果も残せない仕儀に相成(あいな)りました……その上に貴方のキャリアにまで傷をつけてしまって……本当に申し訳ありませんでした」

「あははは。こんな老兵のキャリアに価値などないさ……どうせ来年の春には退役だったのだから、君が責任を感じる必要はないよ。それにね、私は君を招致(しょうち)したのを()いてはいないよ」

「そう言って戴けるほどの成果を残せた訳ではありませんよ?」

「そうではないよ、白銀君。君の熱意や技量、そして、確固たる信念……そういう有形無形のものに触れる機会は候補生達とって大きな刺激になった筈だ。それだけでいいのさ……君という軍人から見て学んだ物を候補生達が自分で考え、苦労して自己変革を成し遂げてこそ、十年後の統合軍に新たな潮流が生まれるのだからね」


 そう言いながら、()も楽しみだと言いたげに口元を吊り上げる学校長は、得意げな顔で達也を見つめて(うそぶ)く。


「だから言ったじゃないか。私は種を()くのだとね……君に触発された候補生達はきっと大樹に育つだろう……数は少なく、この先何人が我が軍に残ってくれるかは分からないが、(わず)かでも優秀な種が残れば必ず変革の時は訪れる……私はそう信じているよ」


 夕陽に照らされる学校長の顔が、心底満足げな笑みで満たされているように見えた達也は、それ以上の謝罪の言葉や、安っぽい決意を口にするのは野暮(やぼ)だと思い、(わざ)と苦笑いして見せた。


(およ)そ、私などを見倣(みなら)って良い軍人になった者など一人もいませんよ。ですから、最後まで候補生達を見守ってやって下さい……楽隠居を決め込むなんて、まだまだ早過ぎますよ」

「おいおい! 物騒な事を言わないでくれよ。折角、頭が石器時代の幕僚部とやり合わなくて済むと安堵していたのに……お、おい! こらっ!」


 林原学校長が冗談ではないとばかりに文句を言うが、達也は我関せずとばかりに(きびす)を返し、早々に学校長室を出て行こうとする。


「最後まで全力を尽くせ! それが私のモットーでありますので。学校長の御協力に候補生達に成り代わって感謝いたしますッ! ではッ!」


 剽軽(ひょうきん)な物言いで退散していく達也に呆れながらも、楽しげな含み笑いを漏らす林原だった。


             ◇◆◇◆◇


「……そう……学校長がその様に(おっしゃ)ったのですか」


 リビングで達也から学校長との遣り取りを聞いたクレアは、(わず)かだが顔色を曇らせてしまう。


「若手の教官からは『保守的で覇気がない』と批判されていましたが、林原学校長は常に候補生達を第一に考えておられました……あのような方こそ幕僚本部にいるべきなのに……」


 寂しさと悔しさが入り混じった複雑な心情を吐露(とろ)するクレア。

 すると、そんな母親を心配したさくらが不安げな顔で訊ねた。


「ママぁ。大丈夫? お顔が悲しそうだよぉ?」


 そう言われ慌てて表情を取り(つくろ)ったクレアは、愛娘を安心させ様として、わざと巫山戯(ふざけ)て見せた。


「大丈夫じゃないわ。さくらが達也さんのお膝の上を占領しているんですもの……ママ寂しくって……ねぇ、さくら? 今夜はママと場所を代わりましょうか?」


 しかし、満面に笑みを浮かべた母親のその提案に、一転して可愛らしい顔を心底嫌そうに(ゆが)めたさくらは、ぷいっとそっぽを向いてNOを突き付けたのだ。


「いやぁ! 駄目なんだもん! お父さんのお膝の上はさくらの場所なんだから! それに、ママはさくらよりも重いから、お父さんがかわいそうだもんッ!」


 ホンの冗談のつもりが、愛娘の断固たる完全拒否を喰らって吃驚(びっくり)するクレア。

 だが、それは直ぐに剣呑な雰囲気を(まと)ったものへと変化していく。

 『重い』という禁句で心を(えぐ)られた彼女の眉間(みけん)には不穏な(しわ)が寄り、その瞳には怜悧(れいり)な光が灯っていた。


「お、おいおい、さくらっ、そんな言い方は……ひいっ!」


 雲行きが怪しくなったのを敏感に察した達也は、慌てて少女を(たしな)めようとしたが、最愛の恋人に一睨(ひとにら)みされれば、全力で顔を背けるしかない。

 そして、邪魔者の介入を阻止したクレアは、猫なで声で愛娘に懇願する。

 (もっと)も、それは懇願と言うには程遠く、達也には降伏を(うなが)す最後通牒にしか聞こえなかったのだが……。


「さくら? ママは、全然ッ! 重くなんかないのよ……だから、少しだけ代わってくれないかなぁ~~?」


 その声音に滲む不穏な感情を察した達也は震え上がるしかなかったが、さくらは御構いなしと言わんばかりに徹底抗戦の(かま)えを崩さず、あっかんべー攻撃をお見舞いする始末。


「い・や・だ・も~~ん! ここはさくらの指定席なんだもんっ!」


 そして、身体を反転させるや、離れてなるものかと言わんばかりに正面から達也にしがみ付き、母親が相手でも一歩も引かないという意志を(あらわ)にしたのである。


 すると、冷厳な光を宿した双眸を細めたクレアは、攻撃目標を変更して不埒(ふらち)傍観者(ぼうかんしゃ)をロックオン。

 この世の全てを凍てつかせんとする、冷然とした眼差しで達也を(にら)みつけるや、八つ当たり以外の何ものでもない説教を始めた。


「達也さん……貴方はさくらを甘やかし過ぎです。駄目なものは駄目だと教えないと子供は勘違いして増長します。そんな子は他人に対する思い遣りや、目上の者を(うやま)う心が未成熟になりがちですっ! 可愛い、可愛いだけでは、子供は間違った成長をしてしまうのですよ?」


 理路整然(りろせいぜん)と正論を()(かざ)してはいるが、『重い』と言われて腹を立てているのは明らかだ。


「お、落ち着こうよクレア……べ、別に僕だってね、さくらを甘やかしているわけじゃなくてだね……」


 すっかり腰が引けてしどろもどろの達也に、冷淡な追い打ちがかかる。


「そうですかぁ……つまり達也さんも、さくらの意見に賛同すると仰る? 私が『重い』……そう思っているのですね?」


 『ブンッ! ブンッ!』と音が聞こえそうなぐらいに激しく首を左右に振り立てる達也は、感情が消え失せた恋人の怒りの言葉を否定するしかない。


(な、何を言っても耳に入りそうにないぞ……どうすれば……)


 命の危険すらも感じる中で必死に活路を模索(もさく)するが、しがみ付いているさくらを盾にする訳にもいかず、妙案はないかと視線を(めぐ)らせる。

 すると、足音を忍ばせさくらの部屋に退避するティグルの姿が目に入った……。

 どうやら救援は期待できないようだ。


 最早これまでかと観念した瞬間に壁時計が午後九時の時報を鳴らし……。


「まあ、いけないっ! もう九時になってしまったわ! 大変、大変!」


 途端にクレアの剣呑(けんのん)な雰囲気が氷解したかと思えば、慌てて愛娘に問い掛ける。


「さくら、もう九時よっ。お手伝いするのなら早くしないと遅くなってしまうわ。それともお風呂に入って寝る?」


 すると、あれだけ離れるのを嫌がっていたさくらが、あっさりと膝の上から飛び降りて母親に抱きついたものだから、達也としては呆気にとられるしかない。


「いやぁっ! さくらもお手伝いするよ! まだ眠くないもん!」


 事情が分からず(ほう)けるしかない達也へ意味深な笑みを向けたクレアが、如何(いか)にも事務的な口調で(のたま)った。


「今夜はこれでお開きです。明日からが正念場ですから、どうかよろしくお願いします。だから、今夜は早めに休んで下さいね……おやすみなさい。良い夢を」

「達也お父さんっ! おやすみなさぁ~~~いッ!」


 追い立てられるように背を押され、問答無用で『ポイっ』と玄関から放り出された挙句、呆気なく扉を閉ざされてしまう。

 誰もいない廊下にポツンと(たたず)む達也には、クレアの言に従うしか選択肢はなく、呆然としたまま自室のドアを開けるのだった。


 『疎外(そがい)されたのが寂しかったわけではない……断じて違う!』

 

 後々の本人の弁である……。


            ◇◆◇◆◇


 国際都市メンデルは銀河連邦の中枢を(にな)う連邦評議会本部を筆頭に、加盟諸国の大使館や領事館が目抜き通りから議事堂を結ぶ一角を占拠している主要都市だ。

 当然ながら評議会が定期的に開催される白亜の議事堂などは、(もっぱ)らテロリストの標的として大人気であり、メンデルが《爆弾都市》と揶揄(やゆ)されるのもあながち冗談ではなかった。


 そんな物騒極まりない都市の治安を含めて、銀河中の犯罪者の摘発に、日々活躍している銀河警察機構……それがGPOである。

 上は長官から下は第二級の新人捜査官まで、多忙な職務に従事しているのだが……何処(どこ)にでも例外は存在するもので……。


「ハ~~イッ! レイチェル。今帰ったよん!」


 場にそぐわない能天気な声がロビーに響き、一階受付担当の美人職員は顔を輝かせて声の主を見る。

 彼女に話しかけたのは、最高評議会での長い話し合いから(ようや)く解放されたヒルデガルドだった。

 彼女達職員も心得たもので、殊更(ことさら)に気負いもせずに穏やかな笑顔で出迎えるのが常だ。


「お帰りなさいませ。まあ、殿下。今日はピンクのタックキュロットがセクシーですわ」

「うんうん。さすがにレイチェル! 君は物の良し()しが分かる娘だよん。ここの野暮天(やぼてん)幹部連中にも、君のハイセンスを指導してあげ(たま)えよ。私が許可するよん」

「あ、あははは……それはまた機会を見つけて是非(ぜひ)……」


 さすがに(およ)び腰の美人職員に、ヒルデガルドは意地の悪い笑みを向けて(たず)ねた。


「それで、そのセンスの欠片(かけら)もない幹部連中は、誰か残っているのかい?」

「いいえ、(すで)に二十三時ですもの。夜間担当の捜査員と職員以外は、全員退庁しております」

「何だい何だいっ! 最近のエリート君達はたるんでいるんじゃないのかいっ? 夜鍋してでも銀河の安寧(あんねい)を護る気概がないと、GPOもお先真っ暗だよっ! 絶望したよっ!」


 一頻(ひとしき)り騒いで()さ晴らしをしたヒルデガルドは、レイチェル嬢に大きな化粧箱を手渡す。


「最近、めっきり頭部が寂しくなって来た長官を(はげ)まそうと思って買って来たんだが、『働かざる者喰うべからず』だよん! 夜勤の職員で分けて食べてくれ(たま)え」


 人気菓子店のケーキの詰め合わせと知って喜ぶ受付嬢達。

 何だかんだと言われてはいても、さり気ない気遣いを忘れないヒルデガルドは、GPO内では大層な人気者なのである。

 軽快な足取りで自分のオフィスへの直通エレベーターに乗り込んだヒルデガルドは、軽い浮遊感の中で思考を加速させた。


(達也から依頼された件は大凡(おおよそ)の筋は見えたねぇ……でもなぁ~~真相が表沙汰(おもてざた)になれば、一番苦しむのはクレア君とさくらっちだ……どうしたものか……誰も得をしないのなら、いっそ謎のまま闇に(ほうむ)った方がいいんじゃないかな)


 エレベーターが止まってドアが開くや執務室の照明が灯り、腕組みして悩んでいるヒルデガルドが一歩を踏み出したその瞬間だった。

 フロアー全てを蹂躙(じゅうりん)する大爆発が起こり、そこに存在する何もかもを呑み込んだのである。

 真昼の太陽の(ごと)き閃光と膨大な熱量が一瞬で周囲の全てを炎の塊へと変貌(へんぼう)させ、爆風の(あお)りで吹き飛ばされた四方の窓ガラスの破片や残骸が地上目掛けて降り注ぐのだった……。

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