第一話 左遷されて故郷に帰る ③
尊敬する元上司と親友が悪巧みを画策しているとは知る由もない達也は、基地を出てティベソウス王国の王都に隣接する国際都市メンデルへと足を運んでいた。
目的地は連邦評議会議事堂を中心に高層ビルが乱立する官庁街の一角にある地上三十階地下五階の堂々とした建物であり、周囲の建築物のなかでも一際その威容を誇る、銀河警察機構(GPO)の本部ビルだ。
そもそもが、銀河連邦宇宙軍と銀河警察機構が不仲であるのは、その筋の人間ならば知らぬ者がない事実である。
海賊やシンジケート等の広域犯罪組織の撲滅並びに取り締まりという目的を共有しているにも拘わらず、円滑な協力関係を構築しているとは言い難いのが実情だ。
双方の面子の問題もあるが、力ずくで諸悪を排除する軍と、犯罪者の検挙更生を目的とする警察とでは意見が相容れず、反発し合うのは必然なのかもしれない。
しかし、実りのない争いを嫌う達也は組織間の対立などには頓着せず、GPOの捜査官達と友誼を結ぶ努力を長年に亘って続けていた。
その甲斐あってか、現在では作戦遂行に必須かつ有用な情報収集ができる体制を構築するに至っている。
そして、そんな優秀な捜査官らと達也との仲立ちをしたのが、GPO上級捜査官ヒルデガルド・ファーレンだった。
ガリュード退役元帥が『婆さん』呼ばわりした人物であり、彼と同じく七聖国の一柱ファーレン王国の第一王位継承権を持つ貴人でもある。
ファーレン王国は建国の歴史も古く、銀河連邦加盟諸国の中でも最古を誇る先史文明国家だ。
また、ファーレンの人々は肉体に依存しない精神生命体であり、様々なアバターに憑依しながら、長き時間を生きる事で知られていた。
然も、彼らは総じて博識であり、銀河連邦内の科学技術の発展に大きく寄与して人々からの畏敬を集めている。
そんな彼らの中でもヒルデガルドは群を抜いた偉才の塊であり、GPOの上級捜査官でありながら、上司である長官や副長官でさえ顎で使う女傑でもあった。
受付で来訪の目的を告げると、彼女専用の執務室直通エレベーターへ乗る様にと案内された。
GPO長官を筆頭に首脳陣の執務室が密集している二十九階の更に上。
最上階のフロアー全てが彼女の執務室兼住居であり、趣味と実益を兼ねた研究室になっている。
ものの三十秒とかからず最上階に到着し、開かれた扉から執務室に足を踏み入れた瞬間、サッカーボール程の大きさの物体が物凄いスピードで体当たりして来た。
可愛らしい体躯と、その存在を誇示する様に背中から生えている二枚の翼は透き通る様な白一色であり、真紅の瞳が特徴的な幼竜。
彼の名前ティグルといい、達也にとっては家族同然の相棒でもある。
「おお! ティグル! 元気にしていたみたいだな」
不意を付かれたとはいえ、軍人として鍛え抜かれた達也は痛痒にも感じず、幼竜を受け止めると優しく頭を撫でてやったのだが……。
彼は久しぶりの再会だと言うのに非常に怒っていた。
それもそのはずで、今回の転属の直前に《特殊生物保有資格許可》の有効期限が切れた所為で急いで再申請したのだが、更新手続きが間に合わず、ヒルデガルドに預けて戦地に赴かざるを得なかったのだ。
そのためティグルは、おいてきぼりという不当な扱いを受けて御機嫌斜めという次第だった。
『キュイ! キュイィ! キュッ、キュウゥゥゥッッ!!』
四肢の爪で軍服のコートを掴んでしがみ付くや、頭や口先を達也の頬辺りに擦り付けながら、可愛らしい鳴き声で抗議する相棒。
そんなティグルに笑みを向けた達也は、優しく語り掛けて彼を宥める。
「悪かったよ。そう怒らないでくれ。急な転属命令だったから手続きが間に合わなくて……もう二度とうっかりミスはしないから、機嫌を直してくれよ」
その言葉が理解できたのか、はたまたじゃれ付いて満足したのか、ティグルは不承不承ながらも大人しくなった。
すると執務室の奥の豪奢な家具調の机から、揶揄う様な声が投げ掛けられる。
「なんだいティグル。もう抗議は終了かい? 甘やかすばかりが愛情じゃないんだよ。偶にはガツンとやらないとぉ! ガツンとね!」
ウェーブしたセミロングのストロベリーブロンドを、無造作にポニーテールにしている愛くるしい顔立ちの少女が、ニマニマと意地の悪い笑みを浮かべているのを見れば、達也としては苦笑いせざるを得ない。
フリルを多用したシャツとチェックのミニスカートの上に、場違いな研究者御用達の白衣を纏っている、見た目十代半ばの美少女こそ、ヒルデガルド・ファーレンその人だった。
達也にとってはガリュード同様に敬愛している人物ではあるが、ことある毎に、物騒な発明品の実験台にされて迷惑を被る身としては、素直に称賛や謝意を口にし難い相手でもある。
「殿下ぁ~~。ティグルに、余り物騒な事を教えないでください。こいつが本気で暴れたりしたら、私は間違いなく挽き肉にされてしまいます」
「そう思うのなら、もう少し私生活にも気をつけなきゃ駄目だぞっ! だいたい、君は自分が朴念仁だという自覚が薄いんじゃないのかい? 散々弄ばれた挙句に放置されるボクやティグルが余りにも哀れだとは思わないのかい?」
「……まあ、朴念仁云々は否定しませんが、酷く不穏当で人聞きの悪い事を仰いますね殿下? 誰が誰を弄んで放置したと?」
芝居がかったヒルデガルドの物言いに、笑顔のまま彼女に歩み寄る達也。
彼のこめかみに浮かんだ青筋を見たヒルデガルドは態度を一変させるや、慌てて小柄な身体を達也に摺り寄せ、甘えた声音で懇願し始めた。
「い、いやだなぁ~~そんなに怖い顔をしないでおくれよぉ……ほ、ほんの少し、寂しい女心を吐露しただけじゃないかぁ……ボクと君の仲で野暮は言いっこなしだよん!」
「ほおぉ~~私と殿下の仲と申しますと、あれですか? 初対面の折に痺れ薬入りのカクテルを飲まされた挙句、エナジー(生命力)を吸い取られて失神した間抜けな男の体験談でしょうか? あれ、立派な犯罪ですよね? 然も貴女は当時、既にGPOの上級捜査官でしたよね?」
精神生命体であるファーレン人は、普通の人間と同じ生活形態で生きて行くのが可能だが、他の生き物の清らかな生命力を摂取して、自身の生命力を活性化させるという特殊能力を持つ一族としても知られている。
身体に害を及ぼす行為ではないが、相手の承諾を得た上でなければ罰せられもするし、第一に褒められた行為でないのは確かだ。
威圧感漂うその追及から逃れようとするヒルデガルドは悪足掻きを重ねた。
それが更なる墓穴を掘るとも知らずに……。
「い、意地悪だなぁ~~~十年以上も昔の艶話を持ち出して、女に恥をかかせるなんて男らしくないぞっ! ぷん!ぷん!だよっ! その程度の気遣いもできないから、誰もお嫁さんに来てくれないんだぞっ! 君は大いに反省してボクに優しくするべきだよっ! そうすれば、ボクだって君のお嫁さんになってあげてもいいかな~~とか思うかもしれないじゃないか!」
だが、自分はこれほど君を案じているんだよ、と言い募るヒルデガルドの想いは虚しくも無視されたばかりか、容赦ない怒声を返されてしまう。
「余計なお世話ですよッ! 私が結婚しようがしまいが放っておいてください! たとえ、生涯独身で過ごす羽目になったとしても、殿下を伴侶に選ぶなど死んでもありえませんから! 御心配なくッ!」
「ぴいぃ──っ! そんなぁぁ、あんまりだよぉぉ! ボ、ボクの何処が気に入らないって言うんだい? この完璧美少女のボクに難癖を付けるなんて、君は男として壊滅的な問題があるんじゃないのかい?」
「失礼な事を言わないでください。だいたい小惑星国家の年間予算に匹敵する資金を、惜しげもなく注いで開発したアバターだと自慢なさっていましたが、私は少女趣味ではありません。第一騒々しい女性は一番苦手なんです! 殿下を伴侶にした日には神経が擦り切れてしまいますっ!」
「むうぅ~~~っ! 白銀達也のくせに生意気ぃぃッ! だからモテないんだよ、君はぁッ! だったらボクも言わせて貰うけどねぇ!」
遠慮なく文句を言い合う仲の良い二人を見たティグルは、只々呆れたかのように大きな欠伸をするのだった。
◇◆◇◆◇
毎度の如く挨拶代わりの熱戦が引き分けに終わるや、ふたりは応接用のソファーへと場所を移した。
今回の事件の経緯を説明する達也の話を最後まで静聴していたヒルデガルドは、呆れ果てたと言わんばかりに表情を顰めて小言を口にする。
「まったく……もっと上手に立ち廻る方法はなかったのかい? 馬鹿な上官を適当にあしらう術など幾らでもあっただろうに?」
「申し訳ありません……どうも性分というものは中々に厄介なものでして、部下達が不当に処罰を受けそうだったので、つい……」
沈痛な面持ちで慨嘆する彼女に、達也は正直な気持ちを吐露して理解を求めた。
しかし、左右に頭を振るヒルデガルドは諭すかの様に言葉を返す。
「部下将兵たちに真摯に向き合うことは立派だし、称賛されて然るべきだよん……しかし、君の様な清廉潔白な指揮官は今や圧倒的少数派だ。無用な諍いで粛清されでもしたら、馬鹿々々しいと思わないのかい?」
「それは少々大袈裟な物言いではありませんか? 貴族閥の高級士官の中にも話の通じる方はいらっしゃいますよ」
「そんな奇特な性根の持ち主は極々僅かで、もはや貴族と称する資格もない愚物が、我がもの顔でのさばっているのが実情だよん。その所為で銀河連邦そのものが腐敗して、権威も何もかもが失墜しようとしているのは、君だって気付いているのだろう?」
嫌悪感を露にするヒルデガルドの言い分は、達也にとっても頭の痛い問題であり、彼女の憤りを含んだ問いには頷かざるを得ない。
この三十年ほどの間、連邦宇宙軍の要職を貴族閥の将校達が独占する状態が続いており、その結果、民主主義国家や自由主義国家出身の高級士官は意図的に中央から排除され、軍指導部にも変質的な選民思想が蔓延する有り様だ。
それらの弊害は顕著に表れており、前線部隊との意思疎通にも齟齬をきたしたり、命令系統に不都合が生じるなどは日常茶飯事であり、実質的な戦闘にも支障が出ている。
硬い表情で沈黙する達也を見て、ヒルデガルドも幾分かは冷静さを取り戻した。
「達也……君は傭兵契約を全うして特別士官の地位を勝ち取った。本来ならば昇進は特務少佐までというのが慣例だけれど、君は実績だけで大佐まで昇進するという快挙を成し遂げた。そして、ガリュード坊やの強引な後押しがあったにせよ将官に昇進し、この二年間でも目覚ましい戦果を挙げ続けて中将にまでなった……」
ヒルデガルドは一旦言葉を切って、冷めかけた紅茶を口に含む。
「でも、そこで満足することは絶対に許されない……軍という組織が腐敗すれば、迷惑を被るのは何の罪もない普通の市民達だ。彼らのためにも君は軍の現状を座視できない筈だし、君自身も含むところはあるのだろう?」
具体的なビジョンは何も無いが、ヒルデガルドに指摘されるまでもなく軍制改革の必要性は達也も認識している。
「君は高潔で篤実な男だ……人間としても軍人としてもそれは美徳だし、今まではそれでも良かったが、これからは分かりやすく敵対する輩ばかりじゃないだろう。邪な思惑を笑顔の下に隠して近づき、君を失脚させ様とする下種共が虎視眈々とその機会を狙って来る筈だよん」
「殿下の仰りたい事は良く解っております。しかし、同じ連邦軍の中で権力闘争に明け暮れるのも……やはり間違っているのではありませんか?」
「その人の好さがボクを不安にさせるんだよ。とは言っても、幸い君は異常な程に聡い……人の善意にも害意にも敏感だから、そうそう陥れられはしないかもしれない。それでも、これからは今まで以上に自分の身を大切にしておくれ……そうでないと、ボクは心配で心配で夜も眠れないんだよん」
悄然としたその物言いに、自分のことを心底心配してくれているのだと悟った達也は深々と頭を下げた。
「御心遣いに感謝いたします。殿下の御忠告は胸に刻んで忘れません。これからは細心の注意を払って職務を全ういたします」
「そうして貰えればボクも嬉しいよ……そこでだ! 君の輝かしい明日の為に天才発明家ヒルデちゃんが、今こそひと肌脱いで力になろうと決意したのだよんっ! 感涙し盛大な感謝をボクに奉げたまえぇ─ッ!」
しんみりとした雰囲気から一転して破顔したヒルデガルドが、マッドサイエンティストの本性を露にして吠えたから堪らない。
心の準備もない儘に最悪の事態に見舞われた達也は、虚を突かれて反応が遅れてしまい、その隙をついたマッドサイエンティストは、銀色に光る金属製の腕輪を懐から取り出すや、哀れなモルモットの右手首にセットしたのだ。
再起動した達也が慌てて腕輪を外そうとしたが、ガッチリと手首に固定されていてビクともしない。
「うわあぁぁっ! な、何をするんですかっ? いい加減に私を実験台にするのは止めてくださいよっ! この怪しいアイテムを早く外して下さい!」
「怪しいとは失礼じゃないか。さっき言っただろう? 邪な輩の奸計に気を付けたまえと。不用意に惚けた君が悪いんだよん!」
「巫山戯ないでください! 前回だってとんでもない目にあったんです! 汎用型フォトンソードだと言うから訓練で使ってみれば、戦艦と同じ装甲でできた自律型アンドロイドを、主兵装ごと容易く両断してしまったんですよ!」
「う~~ん。そりゃあねぇ、我がファーレン王家の秘宝である聖剣炎鳳を、柄だけ既製品に取り換えた代物だからねぇ~~~良かったじゃないか訓練施設が真っ二つにならなくて」
「七聖国の秘宝をひょいひょい持ち出していいと思っているのですかッ? 絶対におかしいでしょうッ!」
「ボクを誰だと思っているんだい? ファーレンの第一王位継承者だよん。秘宝も何もかも、いずれはボクの物になるのだからノープロブレムだよんっ!」
常識ある人間、ましてや犯罪者の検挙に忠勤する捜査官とは思えない暴論を口にして憚らないヒルデガルドは、勝ち誇ったように胸を張って高笑いする。
この時点で敗北を悟った達也は、抗っても無駄だと観念して恐る恐る尋ねた。
「そ、それで……この銀の腕輪の能力は、どういうものなのですか?」
せめて無難な物をと願った達也の期待は儚くも裏切られ、満面に笑みを浮かべるヒルデガルドは、とんでもない事を宣い、憐れなモルモットを愕然とさせたのだ。
「時空間を自在に操る衝撃のマシ~~ンなんだよ! これさえあれば、人間が空間転移するなど序の口だっ! 核に我がファーレン王家秘中の秘である希少な精霊石を使用したこれは、人類の夢の結晶と言っても過言ではない代物さ。オマケに君と精霊石の相性次第では、多彩な能力を発揮するであろう優れモノなのさぁッ!」
もはや自分に酔いしれているとしか思えないヒルデガルドのドヤ顔を思いっきり張り倒してやりたい……そんな衝動を懸命に抑える達也。
(宇宙船じゃあるまいし人間が単体で転移? 冗談じゃないぞ! 失敗して時空の狭間に落ちたりしたら即死じゃないか!)
必死に悪足掻きを試みるが、実験モードに突入したヒルデガルドの辞書に容赦という言葉はなかった。
結局、大精霊の腕輪の有用性は見事に実証され、この時代の科学は新たなる一歩をその歴史に刻んだのである。
ただ、立て続けに生身で転移を強要された達也は、異空間で見た幻影に悩まされ続け、丸一日ベッドから起き上がれなかったという……。
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【追記】
令和4年5月12日に御二方からヒルデガルドへのFAを戴きました。
藤倉楠之様(https://mypage.syosetu.com/1922367/)作
サカキショーゴ 様(https://mypage.syosetu.com/202374)作
であります。
この度は本当にありがとうございました!
【更に追記で頂きものFAの紹介】
令和4年7月28日。
『達也さんとティグル』というタイトルでFAを頂戴しました。
猫じゃらし様(https://mypage.syosetu.com/1694034/)作
猫様本当にありがとうございました。【桜華絢爛】
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