第一話 左遷されて故郷に帰る ①
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銀河標準暦・興起一五○○年(地球・新西暦二二五年 二月)
「航空隊より入電!『我奇襲に成功せり。これより掃討戦に移行する』以上」
「先導機より続報です。敵要塞司令部と航空施設は目下炎上中。残存戦力と思しき三隻の艦が離脱中!」
作戦行動中であるにも拘わらず、興奮した声で捲し立てる通信担当士官らの報告を耳にした航宙母艦インパルスの艦長は、銀河連邦軍士官らしくないその軽薄さに眉を顰めたが、叱責して戦闘艦橋の雰囲気に水を差す野暮は犯さなかった。
それは、通信士に限らず、この場にいる全士官が雪辱を果たした喜びを共有していると理解していたからだ。
勿論、自分もその中の一人だという自覚は彼にもある。
だからこそ、俄かには信じられないこの戦果に歓喜し、両の拳を握り締めて思わずガッツポーズを決めかけた己の軽率さを恥じ、部下たちの浮かれた様子にも目を瞑ったのだ。
望外の戦果に興奮する彼らが、喜びを露にして燥ぐのも無理はない。
少なくとも二十四時間前までは、艦隊所属の全将兵は元より、方面指令部の面々までもが、全滅必至の凄惨な撤退戦を覚悟していたのだから……。
◇◆◇◆◇
この宙域は複数の星系国家を繋ぐ交通の要衝として栄えており、軍民を問わず、多数の艦船が行き交う物流拠点として知られていた。
居住可能な惑星はないものの、希少金属を多数産出する鉱産惑星も点在する為、大規模なコロニーが三基、その護衛ならびに周辺宙域の治安維持を任務とする連邦軍要塞があり、結構な賑わいを見せている。
しかしながら、闇夜の灯りに群がる害虫の如く、鉱産資源を運搬する船舶や民間のライナーを襲撃する海賊行為はあとを絶たず、近年その被害が増大するにつれて深刻な問題になっていた。
そんな中、銀河警察機構(以下GPOと記載)の長年の捜査が実を結んで、海賊組織のアジトが判明したのだ。
銀河連邦軍方面指令部は、海賊勢力の速やかなる駆逐を決断するや、基地司令官を討伐艦隊最高司令官に抜擢し、周辺の味方艦隊を搔き集めて海賊に対する討伐戦を下命したのである。
戦前の予想戦力比は、海賊艦隊を一として実質的な物量対比でも一・五倍。
主力戦闘艦艇の性能差まで考慮すれば、実に二倍以上という銀河連邦軍艦隊有利の状況だった。
このため、既に勝利は確定したも同然と、方面軍司令部は戦況を楽観視したのだが、それが仇になってしまう。
艦隊運用の稚拙さを露呈させた銀河連邦宇宙軍艦隊は、寡兵の海賊艦隊に惨敗を喫したのだ。
艦隊司令官を筆頭に幕僚部の面々までもが実戦経験の浅い貴族閥の将官や上級士官で占められており、家柄の良さだけで出世してきた彼らには、数頼みの力押しという単調な艦隊運用しかできなかったのが凶と出たのである。
その結果、海千山千の海賊達の撤退を装った演技に嵌められた挙句、分断されて各個撃破されるという大失態を犯してしまったのだ。
然も、錯乱した艦隊司令官が陸な指示も出さずに我先にと戦線を離脱したものだから、取り残された艦隊は統制を失って大混乱に陥ってしまう。
混乱の最中に指揮官不在が重なれば勝ち目などあるはずもなく、銀河連邦宇宙軍艦隊は、実に四割近い損害を出し潰走を余儀なくされたのである。
戦力の上ではほぼ互角になっただけとはいえ、双方の将兵の士気には雲泥の差があり、この様な状態で海賊達の襲撃があれば、方面指令部はおろか民間のコロニーにまで甚大な被害が及ぶのは確実という状況だ。
それが分かっているが故に、民間人を残しての撤退など許される筈もなく、残存将兵に残された選択は、避難民の盾となって最後の一兵まで戦い抜く玉砕戦法のみだった。
しかし、全将兵が全滅覚悟の徹底抗戦という暗澹たる末路に打ちひしがれていた時……その男は現れたのだ。
急遽近隣の作戦区から臨時司令官として派遣されて来たその将官は、自身が乗艦する艦も率いる艦隊もなく、ボストンバッグ一つを持って着任したために、将兵らの落胆を決定的なものにしてしまう。
(……なんだよ……日雇いかよ……)
(けっ! 要は俺達は見捨てられたって事だろう!)
(自分の艦隊を持たない『日雇い提督』なんぞ、案山子の方が百倍マシだぜ!)
絶望の追い打ちに怨嗟の籠った呟きが漏れ、ブリーフィングルームは一気に殺気立ち、騒然とした雰囲気に包まれた。
だが、そんな喧騒など御構い無しに歩を進めた臨時司令官が鋭い眼光で室内を一瞥するや否や、その睥睨するかのような視線に射竦められた将兵らは、反射的に両の踵を揃えて敬礼をせざるを得なかったのである。
そして、仏頂面としか例えようがない強面の臨時司令官は、居並ぶ将兵達を見渡してから口角を吊り上げて一言だけ口にしたのだ。
「さあ、頃合いだ……勝ちにいこうか」
◇◆◇◆◇
艦長は意識下の回想に浸りながらも、矢継ぎ早に入って来る各戦線の報告を分析した上で勝利を確信した。
「おめでとうございます白銀閣下。敵基地を壊滅せしめ、そのうえ制圧までなさるとは……まさに脱帽であります」
喜びに沸くブリッジにあって唯一人冷静さを保った儘、気難し気な表情を崩さない司令官へ艦長は祝辞を述べた。
しかし、白銀達也銀河連邦宇宙軍中将(以降、達也)は、艦長からの弾んだ声にも軽く頷いただけで、視線は戦闘映像が流れるスクリーンを凝視した儘だ。
中将という高い階級に在りながら、実年齢は二十九歳と聞かされた時は、自分の耳を疑った艦長だが、今回の作戦立案ならびに指揮ぶりを見れば、若くして将官に昇り詰めたのも当然だと納得せざるを得なかった。
着任早々に放った小気味の良い一言に続いた作戦説明では、敵対する海賊艦隊を率いる三人の首領達のデーターが開示され、それを元に反抗作戦が立案された。
『連邦宇宙軍の損害は物心共に著しいものがあり、パニック化した一般市民が、脱出を焦って宇宙港に殺到している』という偽情報を流布する。
そして、この欺瞞情報に釣られて出て来た海賊連中を、残存の護衛艦隊の全力を以て迎え撃つ。
ただし、護衛艦隊はあくまでも囮であり、彼らが防戦に徹して時間を稼ぐ間に、二隻の航宙母艦が敵要塞の後方宙域に転移して、航空戦力によって海賊のアジトを奇襲殲滅するというのが作戦の骨子だった。
シンプルな作戦だったが、直近の大勝が海賊達の警戒心を霧散させていた為に、大敗から一転して大勝利を手中にできたのだ。
「交戦中の主力艦隊からも入電です『敵艦隊の陣形に乱れ在り、これより全艦反転し攻勢に転ず』であります!」
囮役として敵艦隊の猛攻を凌いでいた護衛艦隊からの要請にも、達也は落ち着いた声音で通信士に命令した。
「鬱積した憤懣を晴らしたい気持ちは分かるが……深追いは厳禁だと各艦の艦長へ再度通達してくれ」
そこで漸く小さく吐息を漏らした彼は、その厳つい表情を和らげるや艦長に謝意を伝える。
「部下将兵の奮戦ぶりは見事でした。お蔭で即興の稚拙な作戦が破綻せずに済みました。心から感謝します」
臨時で年下の相手とはいえ、上級者から慇懃な言葉で礼を言われた艦長は、恐懼感激して背筋を伸ばす。
「とんでもありません。全ては閣下の慧眼の賜物であります。それから、部下達の手前もありますので、どうか相応の御言葉使いをなさいますようお願いします」
「どうにも苦手でね……この歳で閣下呼ばわりされるなど、恥ずかしくて苦痛以外の何ものでもない……せめて長官位にしておいて欲しいのだが?」
「ふふ。成程、御苦労の程は御察し致します……それではそう呼ばせていただきます……しかし、よく海賊共の首魁の情報などを御存じでしたね?」
苦笑いとはいえ、口元を緩めた青年提督の物言いにブリッジの緊張感が薄れる。
同時に、自分の心中を慮ってくれた艦長の心遣いが嬉しく思えて、達也は質問に丁寧な答えを返す。
「敵の情報を把握するなど、初歩の初歩だろう? 寧ろ、その程度も調査しない儘に戦端を開いた前司令部の軽挙を責めるべきだよ。全ての情報を精査して負けない陣容を整える……それが指揮官の仕事じゃないのかい?」
達也の言葉を聞いた艦長は、指揮を執った前司令官のみならず、自分達上級指揮官にも慢心があったのだと強く反省するしかなかった。
続々と舞い込む海賊殲滅の報でブリッジは沸きに沸いており、これ以上の追撃戦を行うまでもなく任務は完了したと判断した達也は、ひたすら恐縮する艦長の肩を軽く叩いて最後の命令を伝えたのである。
「間も無く攻撃隊が帰艦してくる。この戦況なら敵の追撃はあるまい。被弾損傷している機の為にも誘導ビーコンを出し、早期の収容に努めようか」
「はっ! 了解であります。直ちに航空隊の収容作業に掛かります」
「うん。宜しくお願いします。生存機の全機帰艦を確認後、本艦も撤収する」
戦場における杓子定規なセオリーよりも、戦闘機パイロットの命を優先させた達也に、艦長は更なる感動と尊敬の念を懐くのだった。
「私も精進を重ねて、いつか長官の様な指揮官になりたいと思います」
胸を満たす感動と共に素直な思いを吐露した艦長に達也は苦笑いを返す。
「あ~~それはどうかな。私なんかを見倣っても良い事はないと思う……貧乏くじを引くだけだから、やめた方がいいですよ」
◇◆◇◆◇
達也の台詞が謙遜や照れを誤魔化す類のものではなく、本心からの忠告だったと艦長以下ブリッジの士官達は帰還早々に思い知らされてしまう。
意気揚々と基地に帰還した彼らを出迎えたのは、敵前逃亡同然に撤退して何処かへ雲隠れしていた前司令官と、その取り巻きの幕僚達だった。
いつの間に舞い戻っていたのか知らないが、この厚顔無恥を絵に描いた様な連中は、自分らの失態を棚に上げ、達也ら将兵に罵声を浴びせるという暴挙に及んだのである。
『そもそも総司令官たる私の命令もなく、勝手に出撃するとは何事かっ!』
『今暫く待てば、私の要請で本部から増援が来る手筈になっておるものを!』
『麾下の艦隊もない『日雇い提督』の分際で、一人前面するなど百年早いわ!』
『運に恵まれただけの勝利など、軍人として恥ずべき汚点である!』
……等々と、まさに言いたい放題だ。
その身勝手で荒唐無稽な言い分にげんなりさせられた達也は、平静を装いながらも内心では盛大な溜息を洩らすしかなかった。
(どうして、この手の連中は空気が読めない馬鹿ばかりなのか……)
増援を要請した等と嘘八百を並べて自己保身に懸命な姿は、いっそ清々しいほどに滑稽だった。
方面本部は増援艦隊を送る気はなく、その代わりとして達也が派遣されたのだから、彼らの言い分が単なる作り話であるのは明らかだ。
どうせ、逃げ出した挙句に近隣の空域に隠れていたが、自軍の反転攻勢と優勢な戦況を通信で傍受し、慌てて舞い戻ったというのが真相だろう。
そんな上官達の浅薄な思惑など此処にいる将兵全員が見透かしており、それ故、達也の背後に居並ぶ部下将兵から立ち上る怒気は、まさに不穏と形容する域にまで達していた。
この能天気な司令官の稚拙で無様な指揮で、大勢の仲間の命が喪われたのだ。
あまつさえ戦況が不利と見れば、麾下の艦隊を見捨てて自分だけ早々に逃げだした男が、今更のこのこと戻って来て手柄だけ掻っ攫おうとしているのだから、怒りを突き抜けて憎しみを懐いたとしても不思議ではないだろう。
実際に、航宙母艦インパルス艦長は達也が侮蔑された瞬間、怒気を孕んだ視線を向け、この恥知らずに鉄拳を見舞おうとしたのだが、達也が阻止して事なきを得ていた。
だが、剣呑な部下達の様相に気付かないのか、司令官の暴言はエスカレートし、そして、とうとう踏み越えてはならない一線を越えてしまったのである。
「そもそも貴様らが初戦に於いて私の指揮を十全に達成できず。無様にも海賊如きに遅れをとったのが最大の敗因なのだ! 連邦軍人として恥を! ぐうぁっ!?」
余りの言い様に堪忍袋の緒が切れた士官数人が、処分覚悟で司令官に殴り掛かろうとしたが、結果彼らの拳が上官の血で汚れる事態は回避された。
それは、部下達が暴挙に至るよりも早く、他でもない達也が司令官の胸倉を掴むや、右手一本で軽々と宙に吊るし上げて黙らせたからだ。
武勲をあげた部下たちが造反者扱いされるのを防ぐ為に、彼らに代わって蛮行に及んだのである。
「貴方が私をどう思おうが、悪しざまに非難しようが、それは甘んじて受け入れましょう。しかし、部下将兵達は絶望の中でも決して諦めず、銀河連邦軍人としての矜持を奮い立たせて、困難な戦いに挑んだのです」
軽く八十㎏以上はあろうかという小太りの司令官は、腕一本で吊るし上げられて呼吸もままならずに、地面から浮いた両脚をバタつかせるしかない。
取り巻きの幕僚の面々は、達也の鋭い眼光で射竦められてしまい、自分達の神輿を助ける所か一歩も動けないでいる。
「そして、見事に雪辱を果たしたのです。数に驕って事前の情報戦略を疎かにし、敵の誘引策に嵌って貴重な人命を無為に消耗させたあなたの罪は重い……その尻拭いをしてくれた彼らに言うべきなのは、謝罪と感謝の言葉であり、侮蔑の言葉ではないでしょう?」
呼吸ができずに窒息寸前でもがく司令官の巨躯を、達也は無造作に投げ捨てた。
どうやら床に転がった時の打ち所が悪かったのか司令官は失神し、取り巻き連中が慌てて衛生兵を呼ぶ騒ぎになってしまう。
やれやれと吐息を吐いた達也は、横で唖然としている艦長に苦笑いしながら助言するのだった。
「どうです? 私なんかを見倣ったりしたら、貧乏神に憑り付かれて、苦労するのが関の山ですよ。然も、方々でこんな馬鹿に絡まれて陸な目に遭いません。どうせ手本にするのなら、私ではなくもっとマシな人間にするのをお勧めします」
しかし、艦長は破顔して左右に頭を振り快活な声音で答えを返す。
「軍人という商売を選んだ時点で、貧乏神に憑り付かれるのは避けられない運命でしょう。だったら私も白銀閣下を見倣って、その道を極めたいと思います」
その物言いが可笑しくて、達也は久しぶりに清々しい笑みを浮かべるのだった。




