第四話 日雇い提督と少女の哀願 ①
「いいか、真宮寺。御執心の人型機動兵器が軍の主戦力に成り得ない理由は幾つかあるが、コストパフォーマンス、汎用性、そして、稼働率の点に於いて、大きな問題を抱えているという認識で間違いはない」
教壇で講義をする達也の前には落胆した風情の蓮と呆れ顔の詩織。
「そ、そんな……男のロマンっ! スーパーロボットやリアルロボットが乱舞する世界がぁぁ~~」
「……馬っ鹿じゃないの?」
新学期が始まって今日で四日になるが、当初予定していたヴァーチャルシステムを利用した訓練は未だに開始の目途すら立ってはいなかった。
理由は『統合軍軍籍を所持していない他国の軍人に、機密事案に該当する機材の使用は認められない』と幕僚本部からストップが掛ったからだ。
しかし、それは表向きの理由であり、伏龍で教鞭を執っている多数の教官達が幕僚本部に送った抗議文……その体裁を取り繕った白銀達也に対する誹謗中傷が原因であるのは明白だった。
軍の機密に対する真っ当な危惧ならばいざ知らず、主席の詩織をまんまと奪われた連中の意趣返しに過ぎず、その余りに幼稚な行為に呆れ果てた達也は無視すると決めたのである。
そんな事情もあって、やむを得ずオーソドックスなスタイルの授業を行っているのだが……。
『人型歩行兵器が軍の主戦力になる日は、いつなのでしょうか?』
趣味と願望を隠そうともしない蓮の質問に興味を持った達也が、丁寧な解説をしているという次第だった。
「ば、馬鹿とはなんだよっ! これこそ人類共通の夢じゃないか!」
「馬鹿だから馬鹿って言ったのよ……低級アニメの見過ぎだって忠告してあげたでしょう? 然も、そんな下世話な夢なんて地球人類は共有していませぇ~~ん!」
「低級こそ王道だと何度言えば分かるんだよっ!!」
「お生憎さまっ! 知りたいとも思わないし、分かりたくもありませぇ~ん!」
「うぬぅ~~~ッ!」
夫婦漫才を繰り広げる教え子を生温かい目で見る達也は、口論するふたりを宥めて解説を続けた。
「汎用性については容易に想像ができるはずだ。有益なモーションパターンと、高性能AIのサポート機能を組み合わせたとしても、余りに操縦が煩雑すぎる……秒単位で変化する戦場に対応できるパイロットを育成するのは困難だ。それならばAI任せの自律型無人兵器なら可能かといえば、それも難しい。その理由を述べてみろ、如月」
「はい。次世代型のAI開発は、対応するカウンタープログラムが短期間で開発されてしまうため、イタチごっこの様相を呈しているからです」
「よろしい。良くできたな。作戦中にいつ敵方に寝返るかもしれない無人兵器など恐ろしくて使えるはずもない……それ故に兵器としての汎用性を満たせないのだ。然も、関節部を含む稼働部品の数は膨大で精密度は他の兵器の比ではない。整備には戦闘機に掛かる労力に数倍する多数のメカニックと時間が必要とされる。つまり稼働率は圧倒的に悪いと言わざるを得ないのだ」
「し、しかし……そこは根性で……」
達也は諦めの悪い教え子へ容赦なく引導を渡す。
「ふむ。確かに努力と根性で問題を解決した事例がない訳ではないが……カスタムタイプの人型機動兵器一機の購入費用で、銀河連邦軍主力戦闘機が百機賄えるとなれば、数の論理に於いても、コストパフォーマンスの観点からも、どちらに軍配が上がるかは考えるまでもないだろう?」
文句の付けようがない正論に打ちのめされた蓮は、失意を隠そうともせずに机に突っ伏してしまった。
然も、隣から容赦なく浴びせられる冷淡な視線に促されて、不承不承ながらも姿勢を正すのに一分ほど必要だったのは、その落胆の深さを察するには充分なものだったのかもしれない。
そんな教え子達の様子に微苦笑を浮かべながら、達也はふたりに言いたかった事を話し始めた。
「真宮寺のロマンチックな質問は、実は大切な真理を内包している。軍隊というものは、生産性は皆無なのに膨大な消費のみを強いる組織だという点だ……大喰らいの金喰い虫と言った方が分かり易いだろう」
「それは、言われるまでもなく理解していますよ」
ロボットショックから完全に立ち直れない蓮に代わって、何を今更といった顔の詩織が達也の言葉を肯定するが、それはどうやら早計だった様だ。
「ふむ。ならば問うが『拙速なるを聞くも、巧遅なるを見ざるなり』という太古の兵法家の教えがあるが、如何なる意味か説明してみなさい」
難解な質問に詩織の顔に焦りの色が浮かぶが、それでも学年首席の看板は伊達ではなく、暫し黙考してから彼女なりの解答を述べた。
「お、おそらく。軍の行軍……移動に関する指摘だと思います……兵の移動は少々無理をしても迅速に行うべきだと……あれ? 違いましたか?」
眼前の教官が堅い面相を殊更に渋いモノに変えたのを見て、詩織は自分の回答が間違っていると察してしまう。
「まあ、正解できるとは思わなかったけれど、それでは文脈そのままだろうが……いいか、この場合の兵とは国家または軍隊をさす。つまり国家はひとたび開戦したならば、如何なる手段を講じても戦争を早期終結に導かねばならないという教えだ。『不完全ながらも速やかに戦争を終わらせる事で目的を遂げた話は聞いても、完全な勝利のために長期戦を戦って上手くいった話は聞かない』という意味だよ」
達也の態度が粛然としたものに変わったのを感じた蓮と詩織は、姿勢を正して耳を傾ける。
「態勢を維持しての長期戦といえば聞こえは良いが、戦争継続中、国民は物心両面に亘る膨大な出費に苦しめられる事になる。延いては国家を滅亡に追い込む原因にも成りうる。だからこそ指導者は身分や立場を問わず、常に国家経営という概念を念頭に置いて、短期決戦による事態の収拾を図るべきなんだよ」
丁度解説に区切りがついた所で終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
「よし、今日は此処までにしよう。明日は、長期戦と短期戦それぞれの功罪を比較して、理想的な作戦立案の方法を教えるから、ふたりとも良く予習をしておくように。資料は既に君らの端末に送信してあるから必ず目を通しておくんだぞ」
そう告げると、機敏な動作で立ち上がった教え子達が黙礼ではなく正式な敬礼をしたのを見た達也は、形式に則った答礼をしてから教室を後にしたのである。
授業が終了して校舎内に喧騒が広がり始める中、詩織は自分の情報端末を操作し、新規資料の項目を開いて感嘆の吐息を漏らしてしまう。
端末の画面に表示された資料には今日の主題と次回講義の注意点までが事細かに解説されており。必要な資料や映像データー、そして単語や用語の意味が記された一覧表までもが添付されている優れモノなのだ。
然も、ふたりの資料は同一の物ではなく、それぞれの実力に合った内容で構成された全くの別物であり、それを知った時のふたりの驚きと感嘆は言葉にできないほどのものだった。
「どうしたのさ、詩織? ぼうっとして」
「うん……凄いなぁって。講義も分かり易くて内容も緻密。二人分だけとはいえ、これだけ秀逸な資料を手作りして貰えるんだよ? 白銀教官に師事できて本当にラッキーだったなって……そう思ってね」
「そうだよな……丁寧な解説だから理解できるし、不足している知識まで徹底的に網羅されているから覚えるのが楽しくなる……本当に素晴らしい人だよ……人間としても軍人としても尊敬できる人だしな」
珍しく興奮を露にする蓮。
しかし、大切な幼馴染が自分と同じ価値観を持っているのを知った詩織は、頬が熱を持つのを感じて照れ臭くなってしまい、慌てて顔を背けるのだった。
◇◆◇◆◇
(やはり講義だけでは効率が悪すぎるな……イェーガー閣下は『御任せあれ』とか簡単に言っていたが……)
教官室に戻る道すがら、達也は現状を打破する方策に思いを巡らせる。
稚拙な嫌がらせには怒りを禁じ得ないが、軍本部の言い分もあながち間違っているとは言えない為、表立って争う気はなかった。
尤も、今回の処置を粛々と受け入れた最大の理由は、統合軍で採用されているヴァーチャルシステムが、ハード、ソフト共に使い物にならないと、事前の下見の段階で分かっていたからでもある。
銀河連邦軍が導入している最新型よりも三世代は古い型落ちのハードに、単調なアルゴリズムで構築されただけの幼稚で粗悪なソフト。
仮に使用を許可されたとしても、想定している訓練レベルを満たせるはずもなく使用を断念せざるを得なかったのだ。
となれば、銀河連邦宇宙軍の機材を導入するしかないのだが、まともな手続きを踏んでいては時間が掛かりすぎてしまい、今学期中の訓練開始は夢のまた夢になってしまう。
そこで、統括武官のイェーガーに妙案はないかと相談を持ち掛けたのだが……。
安請け合いした割には三日も音沙汰がないため、焦りばかりが募るが、五年前の事件の情報収集も頼んでいる手前、余り急かす事もできないという事情もある。
(暫くは我慢するしかないか……)
そう自分に言い聞かせた時だ。
不意に背後から近づいて来た人物に軽く背中を叩かれた達也は足を止めた。
「なによ、その憂鬱そうな顔は? 無理してでも笑顔を見せてないと候補生達からの人気は掴めないわよ! ただでさえ強面なんだからね。はい! スマイル! スマイル!」
本人は全く悪気はないのだろうが、誰もが認める天然トラブルメーカーがそこに居た。
大半の教官たちから反感を買っている達也に、フランクに接してくれる数少ない人物……遠藤志保教官は今日も容赦がない。
激励されているのか貶されているのか判断が難しい台詞に思わず顰めた顔を左右に振った達也は、溜め息交じりに投げ遣りな台詞を返す。
「余計なお世話だよ……俺の顔が恐かろうが何だろうが、放っておいてくれ」
その物言いが可笑しかったのか、志保は口元を押さえて忍び笑いを漏らす。
幅広の襟が特徴的な濃紺の短ジャケットと下は白のパンツスタイル。
正規軍の第二種軍装をモデルにした本校の正装姿の志保は、周囲の視線を釘付けにして止まない絶妙のプロポーションの持ち主だ。
付け加えるならば、この制服のデザインは教官と候補生共用であり、教官のみが階級章着用を義務付けられている。
また、女性は裾丈の長さが選択可能なスカートの着用も認められており、士官学校という堅苦しい雰囲気の中で一服の清涼剤たる華やかさを醸し出していた。
そんな凛々しい制服に身をつつむ彼女は、スラリとした美脚の持ち主でもあり、フィットしたパンツの煽情的なラインとも相俟って、健康的な色香を感じさせる魅力的な女性だ。
だが、その口の悪さが彼女の魅力を半減させていると達也は思っている。
尤も、馬鹿正直に本音を口にするほど達也は粗忽者ではなく、『口は災いの門、正直者は馬鹿を見る』と、何度も心の中で念じて素知らぬ顔を取り繕うのだった。
「冗談よぉ、冗談っ! そんなに怒らないでよ。あの馬鹿に叩きつけた如月さんの啖呵が痛快だったからねぇ~~これでも、私的には褒めているんですからね」
『あの馬鹿』がジェフリー・グラスを指しているのは明白だが、悪びれもせずにそう宣う彼女も相当なものだと、達也は妙に感心してしまう。
だから、敢えて彼女の言い訳じみた言葉は無視して、さっさと合同教官室の扉を潜ったのだ。
(やれやれ……ようやく解放される)
だが、安堵したのも束の間、自分の席に辿り着いた達也は、小さな溜め息を零して訊ねたのである。
「それで……まだ何か言い足りない事でもあるのかい?」
自分の席にも戻らず後を付いて来た志保が、デスクの端に形の良いお尻をヒョイと乗せて寛ぐ姿を見た達也は脱力感を禁じ得なかった。
何を言っても無駄だと思いながらも一応は訊ねた達也に、彼女は意地の悪い笑みを浮かべ、とある方向へ視線を向けて鼻を鳴らす。
「あれを見なさいよ……大の男が揃いも揃って、みっともないったら」
彼女の視線を追うと、五~六人の男性教官達が輪を成す光景が目に入り、達也は何事かと小首を傾げてしまう。
しかし、よくよく見れば、輪の中心にはクレアがいて、人当たりの良い微笑みを浮かべ彼らと会話を交わしているのが分かった。
「なにかの打ち合わせなのかな? それにしては、ローズバンク教官の表情が少し引き攣っているような……」
達也の疑問に志保が両肩を竦めながら答える。
「毎週恒例の週末デートのお誘いよ。何度断わってもしつこくて、クレアも本当は辟易しているのだけどね……まるで拷問よ、あれ」
刺々しい志保の台詞で事情は理解できたのだが、それでも達也は納得のいかない顔で再度小首を傾げてしまう。
「まあ、彼女ならデートの誘いが引く手数多なのは不思議ではないのだろうが……ローズバンク教官には幼いお嬢さんがいるじゃないか? 日頃は仕事繁多で構ってあげられないのだから、せめて週末や休日ぐらいは、母娘水入らずにさせてあげてもいいと思うんだがね?」
「そんな殊勝な心根の男がいるはずがないでしょう? 厚顔無恥な馬鹿ばっかりなんだから……おや、ようやく諦めたようね」
見れば、クレアを取り囲んでいた教官達が不承不承といった風情で、自分の席へと戻って行く所だった。
それを見た志保も同時にデスクから腰をあげる。
(今度こそ解放して貰えるようだな……)
達也はホッと胸を撫で下ろしたのだが、それは全くの早計だった。
クレアと双璧を成す魅力的な女性である志保を、週末デートに誘いたいと考える男達が大勢いるのは周知の事実だ。
それは、彼女が隣にいる間中、突き刺さるような無数の視線に晒された事からも明白であり、達也としても居心地が悪くて仕方がなかったのだ。
志保狙いの男達から浴びせられる嫉妬まみれの視線は、既に殺意と言っても過言ではないレベルであり、命の危険すら感じる代物に他ならなかった。
その暑苦しい煉獄からようやく解放されると思った達也が、安堵の吐息を漏らしたのは至極当然の反応だったが、そんな彼を更なる地獄へ突き落す爆弾を、満面に笑みを浮かべた志保が投下したから堪らない。
「それじゃぁ、達也さんっ! 約束守ってくださいね。私、とっても楽しみにしていますからね! うふっ!」
頬に微かな朱を纏わせ、恥じらいながらも嬉しそうに声を弾ませる彼女は、正真正銘の悪魔だった。
(げえっ! こいつっ、俺を煩わしい男除けの防波堤にしやがったぁっ!)
悪辣な奸計に嵌められたと気付いた達也は、周囲の男共から浴びせられる憎悪の視線に身体を貫かれ、戦慄を覚えずにはいられなかった。
然も、先程に倍するほどに膨れ上がった殺気の奔流の中を清々しいまでの笑顔で軽やかなスキップを踏む志保の姿は、どう贔屓目に見てもデートに浮かれる年頃の女性のものにしか見えない。
それがまた、嫉妬の炎に身を焦がす彼らを極限まで嬲ってしまうのだから、実に罪深いと言わざるを得ないだろう。
つまり裏を返せば、弁解が受け入れられる余地は欠片ほども残ってはいないという事に他ならず、達也に残された手段はただ一つ……。
傍に置いていたカバンを鷲掴み、脱兎の如く教官室を飛び出すのだった。
◇◆◇◆◇
《銀河連邦宇宙軍総本部 アスピディスケ・ベース》
銀河連邦軍という組織は、宇宙軍と地上軍が混在する軍事組織である。
大気圏内、もしくは地上専用の装備というものは極々少数であり、大半の兵科が多様な条件下での活動が可能であった。
最高司令官は連邦法によって、銀河連邦大統領がその任に当たると明記されているが、基本的には文民統制下での御飾りにすぎない。
それ故に、軍の実務全般は《航宙艦隊幕僚本部》《軍令部》《軍政部》の三つの大部門と、それぞれに連なる下部組織によって運用されている。
航宙艦隊幕僚本部総長ユリウス・クルデーレ大将。軍令部総長ゲルトハルト・エンペラドル元帥。軍政部総長カルロス・モナルキア元帥。
三巨頭と呼ばれる三名の高官が全軍を統括支配しているのが実情だった。
付け加えるならば、この三名は銀河連邦加盟国家の高位貴族であり。軍組織そのものが貴族閥の強い影響下にあるのを如実に物語っている。
この日、彼らは本部総司令部内にある将校用のVIPルームに集まり協議を重ねていた。
「状況は極めて不味いと言わざるを得ないだろうな……」
「全くですなぁ……何が不味いと言って、千人もの艦長たちが上官に対して一斉に弾劾請求を求めるなど前代未聞じゃよ。してやられたわな」
エンペラドル軍令部総長が物憂げな表情で言えば、モナルキア軍政部総長は何処か他人事のような顔で嘯く。
この二人は銀河連邦軍の覇権を長年争ってきた宿敵同士であり、お互いに反目する間柄にも拘わらず、こうして集まって顔を突き合わせているのには大きな理由があった。
この数日の間に辺境に派遣されている艦隊の艦長達が、上官である自艦隊の司令官に対し、明確な罪状と証拠を取り揃えた上で弾劾請求権を行使したのである。
その数は千件を超え、現在でもその数は増え続けている有様だった。
弾劾請求権は艦長職を拝命した佐官以上の士官に与えられる権利で、これによって罷免を求められた者は、たとえ高名な貴族家に連なる者であっても、軍事法廷で審議を受けなければならない厳しい軍紀として認知されている。
今回の弾劾請求で訴えられた将官は二百名を超えており、その全てが大なり小なり貴族であるという事実は銀河連邦評議会内でも問題視されていた。
それ故、不俱戴天の仇である二人が、日頃の恩讐を一時棚上げしてまで共闘して事件の収拾に乗り出したのである。
「此処で貴族派の結束にひびを入れられようものならば、民政派の俗物共が活気づこう……ガリュードめ、相変わらずいやらしい手をうちおるわ」
「奴の下にはキレ者が多くて羨ましいわい。ミュラー家の坊や辺りが動いておるのだろうよ……あれは、あの異端者と仲が良いらしいからのう」
エンペラドル元帥とモナルキア元帥は、今回の騒動の裏を正確に見抜いていた。
本来ならガリュードこそが、航宙艦隊幕僚本部総長の地位に就く筈であった。
彼がその地位を投げ捨てる代わりに、白銀達也という配下の若手を将官に昇進させろと言って来た時には共に耳を疑ったものだ。
だが、実働部隊最高司令官のポストに、自分達の息が掛かった配下を据えられるというメリットには抗しがたく、結局ガリュードの要求を丸呑みしたのだった。
そして異例の昇進を果たした白銀達也には、専属の配下も自らが率いる艦隊さえも与えず、所謂【日雇い提督】として飼い殺しにしたのである。
「まあ、油断していたわけではないが……まさか、たった二年であれほどの戦果を挙げるとは予想できなかったからな」
「昇進させておけば飼い慣らせるかとも思うたが、主に似て融通がきかん堅物じゃ……下手に抗うより要求を受け入れた方がええじゃろう……」
しかし、重鎮二人が結論を口にした時だ。
それまで無言でいたクルデーレ航宙艦隊幕僚本部総長が、椅子から立ち上がるや語気を荒げて両元帥へ詰め寄った。
「エンペラドル元帥閣下もモナルキア元帥閣下も御戯れは止めていただきたい! これは明らかな造反行為ですぞっ! 平民出の身分卑しき者共が、浅ましくも我ら高貴な貴族に牙を剥いたのです! 断じて赦してはおけませぬッ!」
激昂して一気に捲し立てるユリウスを見て、エンペラドルは顔には出さなかったものの、内心では盛大な舌打ちを漏らしてしまう。
(何も分からぬ若造がっ! 所詮は傀儡か……馬鹿位が丁度良いと思い、取り立ててはみたものの……)
モナルキアに至っては、不機嫌さを隠そうともせずに投げ遣りな口調で問うた事を鑑みれば、その真意がエンペラドルと同じなのは考えるまでもないだろう。
「それでは、どうしようというのかね?」
だが、そんな先達らの心底を慮る機微をユリウスは持ち合わせてはいない。
「転戦した先々で不穏分子を焚き付け扇動した罪を問い、白銀中将の職権を剥奪し、軍法会議にかけるべきだと考えております!」
そう強弁するユリウスの無能ぶりを再認識させられた長老らは、怒りを通り越して呆れ果てるしかなかった。
(実績のある者を、簡単に軍法会議にかけられると本気で思っているのか? それに、これ以上話を拗らせて、追随する指揮官が増える方が問題だ……今回は白銀に花を持たせて早期に事態を収拾した方がよい)
(護るべきは貴族閥の勢力じゃ。そんな事も分からぬとは……何かにつけて白銀と比較されて焦っているそうじゃが……見切りをつけるタイミングを間違えないようにせねばな)
高級老将官達は、阿吽の呼吸で事態の落としどころを擦り合わせるや、無知な駄々っ子を宥めに掛かるのだった。