第三話 日雇い提督は初めての教え子を得る ③
『地球の英知を結集して建造された次期主力護衛艦……どんなに耳障りの良い美辞麗句を並べても、結果があのざまでは戦死した者達は報われやしないわ』
溜息混じりに志保が洩らした、やる瀬ない台詞が耳について離れない。
関節技を掛けられたまま拉致同然に屋上に連れ出された達也は、五年前の事件に関するデータファイルを彼女から譲り受けた。
当時、クレアと共に作戦支援オペレーターを担当していた志保は、戦闘記録映像や司令部と艦隊のやり取り、そして、非公開とされた調査委員会の報告書の全てをデーター化して秘密裏に隠し持っていたのだ。
第一級秘匿事項に指定されているそれらは、ほんの一握りの上級将校にしか閲覧できない軍事機密であり、許可なく持ち出したのが露見すれば只では済まないのは自明の理である。
だから、志保の無鉄砲さに呆れた達也は苦言を呈するしかなかったのだが……。
『だって仕方がないじゃない……死んだ旦那との仲を取り持ったのは私だしね……せめて納得のいく説明が欲しかったのよ。クレアの為にも……』
なぜこんな危険な真似をと問う達也に、微かに悔恨の情を滲ませた彼女は寂しげな微笑みを浮かべてそう答えたのだ。
(報われない想いを抱えて生きる……か。やり切れないなぁ……)
志保の気持ちを想えば胸が締め付けられてしまい、意図せずに小さな吐息を洩らした時だった。
「白銀のおじちゃぁ~~んっ!」
元気一杯の声で名前を呼ばれた達也は、いつの間にかマンション前に帰り着いていたのに気付いて驚いたが、嬉々としたさくらが一生懸命に駆けて来る姿を見つければ、思わず相好を崩してしまう。
片膝をつき両腕を拡げてやると、大ジャンプを敢行して抱き着いて来た少女は、その可愛らしい顔を達也の胸に擦り付けながら心底嬉しそうに甘えて来る。
幼気な少女の好意が一条の光となって暗く沈んだ心を照らしてくれるのが嬉しくて、達也は少女の髪の毛を優しく撫でてやった。
「おかえりなさいっ! 白銀のおじちゃん」
「うん、ただいま。さくらちゃん……今日は一人で遊んでいたのかい?」
「ううん、ティグルといっしょだよぉ!」
さくらが顔を綻ばせると、その笑顔に誘われるように上空から降下してきた幼竜が、達也の右肩に器用に着地して可愛らしい鳴き声を上げる。
しかし、達也はそれまでの穏和な態度を一変させるや、呑気な相棒を厳しい視線で睨みつけて叱責した。
「ティグル……おまえ、昨夜は帰って来なかっただろう? さくらちゃんやローズバンク教官に御迷惑だから、今日からは早く帰って来なさい! いいな!?」
叱責を受けたティグルは、気落ちした風情で弱々しく鳴いて反省の色を露にしたのだが、そんな幼竜を庇う少女が猛然と抗議の声を上げて達也を慌てさせた。
「そんなのダメえぇっ! ティグルは今晩もさくらといっしょに寝るんだもん!」
たった一晩一緒に過ごしただけだが、ティグルを大好きになってしまったさくらにとって、達也の叱責は理不尽な意地悪以外の何ものでもなかったようだ。
お気に入りの幼竜を手放したくないと願う少女の抵抗に思わず仰け反った達也だったが、何とか態勢を立て直して突破口を模索する。
「い、いや……仲良くしてくれるのは嬉しいんだが……昨夜はティグルのゴハンはどうしたのかなぁ~~? と思ってね」
「えっ? ママがお料理してくれたのを、とっても美味しそうに食べてたよぉ」
その時の様子を思い出したのか、にぱっと破顔して答えるさくらの頭を撫でながら、ティグルに冷たい視線を投げつける達也。
突き刺さるようなその視線に射竦められた幼竜は……。
「キュ……キュゥゥゥン……」
如何にも拙いといった風情でひと鳴きするや、あたふたとさくらの背中に隠れてしまう。
(こ、こいつ……素知らぬ顔をして、飯まで御馳走になっていやがったのか!?)
羨ましい……という本音を抑え込んだ達也は、笑顔を取り繕ってさくらの説得を試みる。
「あ~~、一応ね……ティグルの飼い主は僕だからね。食事の世話をするのは僕の仕事なんだよ。それに君のママに迷惑はかけられないし……」
「ママ、迷惑なんて言ってなかったよ。嬉しそうに作ってたもんっ!」
「そ、それは。さくらちゃんのママはとても優しいから……でもね……」
「うぅぅ~~白銀のおじちゃんのイジワルぅぅっ……ティグルはさくらと寝るんだもん……。ねえぇ、ねえぇ~~いいでしょう? 今晩も一緒でいいよねぇ?」
「うっ……うぅ~~ん。だ、だけどさぁ……」
教官用の濃紺のジャケットを小さな両手で握り締め、クリクリの双眸に涙を滲ませて懇願して来るさくらの破壊力はメガトン級だった。
子供好きの達也が少女の必死の哀願を撥ね退ける強固な意志など持ち合わせている筈もないし、養護院での経験は遥か遠く昔の事であり、現状の窮地を打破するには何の役にも立ちそうにない。
万策尽き陥落寸前の基地司令官の如き心境で、どうしてくれようかと顔を顰めて困り果てていると……。
「ぷっ……くっ、くくく……」
耳朶を打つ美しい声音……。
それが背後からのものだと察した達也は恐る恐る振り返る。
そこには、今しがた帰宅しばかりのクレアが、込み上げて来る笑いを懸命に堪えながら立っており、達也は気恥ずかしさのあまり顔を顰めるしかなかった。
マリンブルーのブラウスと純白の花柄レースプリーツスカートを鮮やかに着こなした彼女が、その美しい顔に少女の如き無邪気な微笑みを浮かべながら揶揄うかの様に声を掛けて来たものだから、達也としてはバツが悪い事この上ない。
「さすがの白銀教官殿も、さくらにかかっては形無しですわね……さきほどの困り果てた顔といったら……くっ、ぷっ、うふふ……」
「ひどいなぁ~~人が困っているさまを見て、笑うなんて……」
げんなりとした表情でそうぼやくと、その様子がさらに美人教官殿の笑いのツボを直撃したらしく、彼女が笑い止むまで羞恥に耐えるしかない達也だった。
漸く笑いを堪えたクレアが愛娘の願いをOKした事もあり、暫くの間ティグルはローズバンク家の居候になると決まったのである。
この後、達也は喜びに燥ぐさくらに付き合って、ブランコだすべり台だと、陽が暮れる間際まで遊ぶ羽目になったが、それはそれで本当に楽しいひと時だった。
そしてクレアに対して申し訳ない気持ちでいっぱいの達也は、昨日購入したばかりの牛サーロインブロック肉をティグルの居候代として差し出したのである。
◇◆◇◆◇
「ふう……さっぱりした」
さくらを送り届けてから自宅に戻った達也はシャワーで汗を流した。
仕方がなかったとはいえ、士官候補生相手に自分の黒歴史を暴露するという羞恥プレーを経験した所為もあってか、精神的疲労は極めて大きい。
ラフな服に着替えてから、何か腹に入れようと冷蔵庫を漁る。
普段は相棒のティグルと食事を共にするのだが、ローズバンク家のペットに認定された為、暫くは一人きりという物寂しい食卓を甘受しなければならない。
しかし、心温まるさくらとティグルとのやり取りを思えば、そんな些末な事などは気にもならなかった。
(裏切り者め。よほどローズバンク教官の料理が美味かったんだな……)
叱責した時に見せた、如何にも未練がありますと言いたげな相棒の面相を思い出すだけで口元が緩んでしまう。
自分にとって大切な家族が他人に受け入れられたのが嬉しく、達也はお隣の優しい母娘に心からの謝意を懐くのだった。
煙草の類は一切口にはしない達也だが、お酒については嗜むどころか、仲間内では酒豪として知られた存在だ。
銀河系内を頻繁に転戦させられたお蔭で、酒飲み垂涎の的といわれる貴重な地酒まで制覇しており、自他共に認める正真正銘のうわばみという評価も強ち間違ってはいない。
「……今夜はスコッチにするか……ツマミはソーセージとチーズでいいな」
独り言を呟きながら用意ともいえない準備を終えるや否や、グラスの中の琥珀色の液体を口に含む。
グラスを叩く氷の軽快な音と豊潤なスコッチが喉を焼く刺激が心地良い。
だが、本人はいたって満足しているものの、これを普通の夕食だと宣う生活破綻ぶりを知るラインハルトや知人達にとっては、大きな頭痛の種でしかない。
だから、せめて気の利く女性と結婚すればと世話を焼くのだが、当の本人は呑気なもので一向に自堕落な生活を改める気配はなかった。
漸く人心地ついた達也は情報端末を起動させ、譲り受けた事件の戦闘詳報や調査委員会の最終報告書に目を通したのだが、どの資料も抽象的内容で一貫しており、事件の全体像や詳細が見えてこない。
(なんだこれは……襲撃犯の正体も目的も不明。その場に居合わせた経緯については、識者の憶測のみが列挙されているだけか……これでは何も調べる気がないのと同じではないか?)
余りの内容の貧弱さから推察するに、敢えて原因調査を曖昧なままにして事件を有耶無耶の内に処理したかったのではないか、とさえ邪推してしまう。
同時にこの事件には何か裏が有るのではないか……そんな漠然とした疑問が胸中に芽生えたのだが、その疑念は記録映像を見て確信へと変わった。
「馬鹿な! これは……転移直後に先頭艦と二番艦が集中砲火を受け擱座させられているじゃないか! 進路を塞がれて立往生した後続艦は一方的に蹂躙されるのみか……これは偶発的な遭遇戦じゃなく計画的な待ち伏せによる殲滅戦だ!」
どんなに巧妙に仕組まれてはいても、豊富な戦闘経験を持ち艦隊指揮に精通している達也の眼を誤魔化せるものではない。
相手の艦砲射撃の精度は異常な程に高く、カムフラージュの砲撃に紛れて此処ぞというタイミングで火箭を集中させ確実に統合軍艦隊を屠っている映像を目の当たりにした達也は、背筋に冷たいものが走る感覚に身震いせざるを得なかった。
(こんな芸当が海賊風情にできるものか! 相手は訓練を受けた軍隊に違いない。しかし、なぜだ……なぜ、統合軍の新造艦隊を襲撃する必要があったんだ?)
間違いなく後ろ暗い陰謀が存在する。
直感がそう警鐘を鳴らすや、休暇を兼ねた赴任だと気を緩め、呑気に構えていた己の迂闊さに歯噛みする思いだった。
現在太陽系に派遣されている銀河連邦宇宙軍艦艇は補助戦力ばかりで抑止力たりえず、然もGPOも支局を閉鎖しているとあっては情報収集さえも儘ならない。
幸か不幸か正体不明の勢力が積極的な活動を見せていないのがせめてもの救いだが、手を拱いて後手に廻れば取り返しがつかない事態になる可能性もある。
何か動きがあればイェーガー准将の情報網に引っ掛かる筈だが、今はそれを頼りに状況を打開するしかないのがじれったい。
(とにかく。至急情報収集をして事件を調べ直すしかない)
そう思い定めイェーガーとヒルデガルドに極秘裏の通信を送るべく、情報端末を手にするのだった。
◇◆◇◆◇
自室を抜け出して階段を昇った蓮は、屋上へ繋がる重い金属扉を押し開いた。
消灯時刻はとっくに過ぎており、周囲に人影などある筈もない。
朧月夜の下、春先のまだ冷たい風に頬を撫でられて少しだけ身震いしたが、頓着せずに冷たいコンクリートの上に無造作に仰臥する。
今日、新任教官との面談を終えてから蓮はずっと考え続けていた。
父親の敵討ちという動機をあからさまに否定されてしまい、高ぶる想いを抑えられずに激昂したにも拘わらず、白銀達也という若い教官の話に反論もできなかったのは何故なのか……。
彼の言葉を否定して自分が信じる道を行けば良い……。
そう、心の中で別の自分が声高に主張し続けているが、今はその声に頷けなくなっていた。
それは、白銀教官が語った凄惨な話を聞いたが故に、解放された想いが心を占めるようになったからに他ならない。
父親の死に囚われるあまり、自身の心の奥底に沈めて蓋をした、在りし日の父からの教え……。
その大切な言葉を思い出したからこそ、憎しみの連鎖から目を覚ます切っ掛けを得られたのだ。
(答えはとっくに出ていたのに……遠回りしてしまったな……)
自嘲気味に心の中で呟いたのと同時にドアが開く音がして、誰かが屋上にやって来た気配に気付いたが、特に驚いた様子も見せない蓮は、やや呆れた口調で言葉を投げ掛けた。
「消灯時間は過ぎてるぞ。優等生のくせに規則破りは感心しないな、詩織」
生まれた時からずっと一緒にいる幼馴染ともなれば、気配だけで察するのも難しくはない。
今の彼女からは面談の後の不安げな様子は消え失せ、何処かスッキリしたような雰囲気が感じられる。
そう感じたのは詩織も同じであり、蓮の言葉から鬱屈した想いが消え失せているのを察した彼女は、安堵の吐息を漏らした。
上半身を起こした幼馴染の隣に膝をたたんで腰を降ろした詩織は、清々しい微笑みを浮かべて言葉を返す。
「いいのよ……今夜はずっと話していたい気分なんですもの。ねえ……もう決心はついたのかしら?」
その質問に蓮は答えではなく質問を返した。
「……なあ、詩織。昔、よく父さんが言っていた言葉を覚えているか?」
「やっぱり、蓮も思い出していたのね……うん、覚えているよ。おじさんは私達が軍人になりたいと言う度に、『軍人なんて小さい事を言うな。どうせなら船乗りになりなさい。銀河系の果てまで冒険航海する偉大な船乗りを目指しなさい』……。そう言って、いつも豪快に笑っていたわね」
詩織は懐かしむように双眸を細めて微笑み、蓮は大きく頷いて、共に頭上の朧月を見上げた。
「白銀教官の話を聞いて思い出せたんだ……俺は冒険者じゃなくていい。父さんのように大切な人達を護れるような船乗りになりたい……それが軍人であっても構わない……そうガキの頃に決めていたんだなって……」
「教官のお話を聞いて、自分の考えが如何に浅慮だったのか知ったわ……もしも、私が同じ過ちを犯したとして、その中で大勢の部下を、ううん、仲間を死なせてしまったとしたら、きっと自分が犯した罪の重さに耐えられない。愚かな自分自身が許せなくなる……そう思ったのよ。だから復讐なんてもう考えないわ」
妄執も、忌まわしい因縁も、自ら決断して断ち切ったふたりは、互いに笑みを浮かべた相手の顔を見て、自分の判断は間違ってはいないと確信する。
だから、これ以上詩織に負担を掛けるのが心苦し思った蓮は、小さく頭を下げて彼なりの気持ちを吐露するのだった。
「詩織……いろいろ心配かけてごめん……俺、明日の朝、白銀教官に指導して貰えるように頼みに行くよ。だから、俺はもう大丈夫だから、詩織も早く自分の進路を決めないと……」
自分の進路をほったらかしにしてまで付き合ってくれた礼を言い、受け入れ枠が残っている上級クラスの席を確保するように勧めたのだが……。
『ふふん』と鼻を鳴らす詩織は、明るい声で言い放つのだった。
「蓮と一緒でいいよ。幼馴染の腐れ縁も結構気に入っているしね……なによりも、私は尊敬できる教官に師事したいの……あの白銀教官の事はまだよく分からないけれど……少なくとも尊敬に値する方だと思ったわ……今はそれだけで充分よ」
幼馴染のその言い分に蓮は呆れてしまう。
現状のまま無難に過ごせば、首席卒業で少尉任官という栄誉が約束されているにも拘わらず、それを惜しげもなく捨てて平然としている彼女の気が知れない。
しかし、そんなことよりも《幼馴染の腐れ縁》という関係を、彼女が大切にしてくれているのが妙に嬉しくて、それ以上野暮な説得を口にはできなかった。
だから、静寂の中でふたりは肩を寄せ合うや、迷いの晴れた清々しい心持ちで、暫しの時を過ごしたのである。
◇◆◇◆◇
翌日は早朝から好天に恵まれて、予報では島内の桜も開花するのではと賑やかに報じられていた。
しかし、昨夜遅くまでイェーガーとヒルデガルドの二人と協議を重ねていた達也には、寝不足も相俟って爽やかと言うには程遠い春の朝であり、おまけに出勤早々面倒事に直面すれば、憂鬱になるのも仕方がないと言えるだろう。
登校し教官室に向かう廊下で同僚教官から呼び止められたのが始まりだった。
グスタフ・シャルフリヒターというこの教官は、達也よりやや年長で男子候補生の格闘技指導を一手に引き受けている大尉だ。
格闘術に関しては、統合軍内でも五指に入る猛者として知られているらしいが、その反面で酒と女性関係にだらしないという、良くない噂の持ち主でもあるのは、同じ格闘系の教官である志保から聞かされていた。
当然だが、赴任したばかりの達也に親交があるわけもなく、そんな人物から傍迷惑なお誘いを持ち掛けられたのだから、困惑せざるを得ないと言うのが偽らざる本音だ。
「どうだい。連邦軍の格闘術を披露してみる気はないかい? 俺が相手をしてやるから、存分にかかってくればいい」
こんな魂胆みえみえの提案をされた日には、達也でなくても憂鬱になるだろう。
周囲には結構な数の候補生達がいて、事の顛末を吹聴してくれるギャラリーには事欠かない。
そんな舞台で生意気な新任教官を叩きのめして恥をかかせ、教官としての権威を失墜させようという彼の思惑が透けて見え、達也は呆れ果てるしかなかった。
然も、廊下の柱の陰からこちらを窺うジェフリー・グラスの姿を視界の端に捉えるに至っては、彼がシャルフリヒターの背後にいるのだと察して益々馬鹿々々しくなってしまう。
「折角のお誘いですが、私は格闘術は基礎教練どまりです。とても貴方の相手など務まりませんよ。どなたか他の人にお願いします」
「おやぁ~~天下の銀河連邦宇宙軍士官が敵前逃亡ですかな? 折角、私が貴方の実力を候補生達に教えてやろうとしているのに……これはとんだ腰抜け……いや、期待外れでしたかな?」
穏便に済ませようとする達也と下世話な挑発を仕掛けるシャルフリヒター。
只ならぬ雰囲気に触発されて周囲の人垣に緊張が走った時だった。
「あっ! 白銀教官っ! ちょうど良かったぁ~~」
鈴が鳴るような澄んだ美声がして、周囲の耳目が声の主に向けられる。
そこには候補生達を掻き分けて歩み寄って来る蓮と詩織の姿があり、周囲からの視線など気にした風もないふたりは達也の前で足を止めた。
そして、背筋を伸ばして直立不動の姿勢をとるや、真剣な眼差しで眼前の教官を見据えて懇願し、周囲にいた者達を驚かせたのだ。
「三-F、真宮寺蓮です。愚かな妄執には金輪際囚われないと誓います。そしていちからやり直すつもりで精進しますので、どうかご指導賜りますようお願いいたします!」
「三-A、如月詩織です。私も同じく誓いますので、ご指導をお願いいたします」
そう宣誓するや、揃って深々と頭を下げる蓮と詩織。
実に晴れ晴れとした彼らの表情を見た達也は、ふたりが士官候補生として正しい選択をしたと知り、先程までの鬱屈した気分が晴れる思いだった。
「ふたりとも顔を上げなさい」
促されて顔を上げた彼らに、達也は微笑みながら言葉を紡いだ。
「君達の決断に心から敬意を表するよ。指導については断る理由はない。ただし、俺は厳しいからな、しっかりついて来いよ」
「「は、はいっ! 宜しくお願いしますっ!」」
蓮と詩織が喜色を滲ませた返事をした時だった。
「ち、ちょっと待ちたまえっ! 馬鹿な事を言うんじゃないっ! 如月君っ!」
成り行きを窺っていたジェフリー・グラスが、血相を変えて飛び出して来るや、詩織に詰め寄って声を荒げる。
「君の席は空けてあると言ったじゃないかっ! 首席の君が学ぶに相応しい相手は僕しかいないだろうっ? それが、何を血迷ってこんな傭兵崩れの無頼漢に師事するなど言うんだ? 将来を棒に振るつもりかね?」
よほどプライドが傷ついたのか、体裁を慮る余裕もなくして激昂するジェフリー・グラスだったが、一方的に口汚く捲し立てるその姿は醜悪でしかない。
達也は本気でぶん殴ってやりたいという誘惑に駆られたが、それよりも先に冷めた視線でグラス教官を睨みつけた詩織が、溜まりに溜まった鬱憤を吐き出すかの様に言葉を叩きつけたのである。
「あなたに師事する気など毛ほどもありません。私は尊敬に値する方に教えを請いたいと思っていました……面談を受けさせていただいた教官の中では、傭兵崩れの無頼漢……お顔も強面と評判の白銀教官が、最も尊敬に値する方だと感じましたので師事すると決めたのです。それから、私の将来は私自身が精進して掴むものだと信じておりますので、御心配には及びません」
信奉する教官を悪しざまに罵られた怒りを、詩織は痛烈な皮肉を交えた物言いで返したのだ。
恩着せがましい思いあがりを拒絶されたジェフリーは元より、周囲の候補生達も唖然として立ち尽くすしかなかった。
結局、詩織が他の教官達による恫喝まがいの説得にも頑として応じなかった為、ふたりは達也のクラス入りが決定したのである。
教え子を二人もゲットしたのは望外の僥倖に他ならず、クレアも志保も大いに喜んでくれたのだが、当の日雇い提督だけが……。
「如月の奴『顔が強面』だとわざわざ強調する必要があったのか?」
……と、地味にへこんでしまったのは、御愛嬌だったのかもしれない。
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