8.商人と獣人の姫
「すみません、お待たせしました」
キアーラは1つの登山バッグほどの大きさの袋を引きずりながら歩いて来る。
「馬車の中で使えそうなのはこれだけでした」
「たったこれだけ?なんかかわいそう…」
「いえいえ!生きていれば商売は出来ますから」
「それ、持とうか?」
重そうだったのでヨシキはキアーラに聞いた。
「お願いしてもいいですか?」
「任せとけ!」
申し出に素直に応じるキアーラ。改めて見ると金髪のロング、色白で目鼻立ちはくっきりとしており、瞳はエメラルドグリーンで、体の線は細くユウリほどではないが胸も大きい。言動からは貴族のような高貴さを感じる。本当に商人かと疑ってしまう。
「じゃあそろそろ行くにゃ?」
「だね。行こう」
ヨシキは片手でキアーラから荷物を受け取り、肩に担ぎ、今まで存在を忘れていたマスターオークのドロップアイテムを仕舞う。
「あ、そうだ!ヨシキ、何でオークに捕まるなって言ったの?」
「それは私も思ってたにゃ。にゃにか知ってたのかにゃ?」
ヨシキは迷ったが、正直に言うことにした。
「オークは女が好きなんだ」
「?」
首をかしげるユウリとリカ。ついでにキアーラ。
「オークは生殖のために女を襲う。もし捕まれば死ぬより辛い目に会うかもしれない」
そこまで聞いた3人は顔から血の気が引いた。特にキアーラ。
「だから襲われた時、服を剥がれたのですね…」
「しかもアイツは魔法を詠唱した。知能も発達してるんだろう。それに、ユウリを見て、魔法を使おうと思ったように見えた」
ユウリを見てニヤつくマスターオークを思い出しながらヨシキは話す。
「もしかして、オークに襲われた人で、女性は攫われて…?」
「その可能性は高いな」
キアーラはブルっと体を震わせた。
「体の構造も人に似てるし、『より欲望に忠実な人のような』モンスターなんじゃないか?」
「ヨシキ、私オークとは戦いたくない」
「私も絶対に嫌だにゃ」
「そりゃそうなるのが普通だ」
「皆さん、本当にありがとうございます!」
「間に合って良かったよ」
話しているうちに関所に着いた。
「おーい!!開けてくれ」
外から声を掛ける。先程の男の1人が顔を出す。
「あんたか、待ってろ」
門が開く。
「何だ、行商人のねーちゃんも一緒か」
「はい、マスターオークに襲われていたところをこちらの方々に助けて頂きました」
「マスターオークだって!?」
「どうした。そんなに騒いで。」
先程上から声を掛けてきた男が門の上から声を掛けてきた。
「マスターオークを倒したんだってよ!このあんちゃんが!」
「本当か!?」
「あぁ」
ヨシキはアイテム袋から『マスターオークの棍棒』を出してみせた。
「嘘じゃないんだな」
「そんなに驚くことなのか?」
「当たり前だろう!マスターオークを倒せるのは、この集落ではカジだけだ」
「さすがカジさん、見た目通りの強さなんだな」
ヨシキは喜んだ。この世界では、ヨシキほどのステータスでも強い部類に入っているらしい。仲間に最強が居るから分からなかった。
「とにかくよく倒してくれたよ。マスターオークがここに来ていれば大変な被害が出てしまう」
「ここら辺には強いモンスターは居ないんだったな」
「その通りだ。ゴブリンやウルフくらいのもんだ」
「ふ〜ん、強い奴が来たらどうするんだ?」
「カジを呼ぶんだ。あいつが負けたとこは見たこと無いぞ」
「あぁ、俺も見たこと無い」
もう1人の男も頷く。
「カジさんて相当腕が立つんだな」
「彼は凄いぞ。武器は何でも使う。いや、何でも使えるんだ。相手に合わせて変えるらしい」
おいおい、どこの狩りゲームのプロハンだよ。
「とにかく、倒してくれてありがとう」
「お礼を言われるような事じゃない。それじゃ」
「おう、またな」
関所から一行はアイテム屋に向かう。
アイテム屋に着くと、おばちゃんが出て来た。
「あら!キアーラ!良かった…間に合ったのね。ありがとね、助けてくれて」
「いいよ、それより、キアーラの荷物はほとんどダメになってたようだ」
「そうなのかい?」
「ヨシキさんに持ってもらっているあれだけでした、無事だったのは」
「何が入ってるにゃ?」
「回復薬が100個です」
「あらあら、それじゃ、代金を持ってくるから待ってておくれ」
おばちゃんは奥に引っ込むと、金が入った袋を持ってきてキアーラに渡した。
「え?おばさん、これ…」
「キアーラごめんね、貰った荷物なんだけど、回復薬以外盗まれちゃったみたいだね」
おばちゃんが渡した金は今回の取引の全額だったようだ。おばちゃんパネェっす。カッコいいっす。
「でも!」
「取引は終わったよ。泊まるところはこの集落には無いんだし、早いとこ帰りな」
「おばさん…」
「…生きててくれて良かったよ、キアーラ。困った時はお互い様だろ?」
「!!……あり…がとう!」
キアーラは泣いていた。
「次もよろしくね!」
そう言っておばちゃんは豪快に笑う。
やり取りを見ていた3人もほっこりする。
「おばちゃん、ここでドロップアイテム売れるんだよな?」
一段落したところで、ヨシキが聞いた。
「もちろんさ。何か持っているのかい?」
「この3つを買って欲しいんだけど…」
『マスターオークの棍棒』『マスターオークの皮』『マスターオークの目』を取り出す。
「あんた達!マスターオークを倒したのかい!?」
「うん」
「本当かい?」
キアーラは頷く。
「そうかい。あんた達腕が立つんだねぇ」
「褒めても何も出ないぞ」
しかし満更でも無いヨシキ
「それじゃ、買い取るよ。全部で28300ソルだ」
金を受け取る。と同時にヨシキは聞いた。
「ここには泊まるところが無いのか?」
「あぁ、宿屋なんて物は無いよ」
「キアーラ、馬車も壊れて馬も逃げて行ったんだよね?」
「はい。困りました…」
「そういうことかい。泊めてあげたいが、ウチは狭くてね」
「うちに泊まるか?」
ヨシキはキアーラに聞く。
「でも、これ以上ご迷惑は…」
「おばちゃん、キアーラはうちに泊まるから、大丈夫だよ!」
ユウリも便乗した。
「…良いんですか?」
「気にすることは無いにゃ。困ってる人は放っておけないのがヨシキとユウリなんだにゃ。もちろん私だって同じにゃ」
「そうなんですか。優しいんですね…お言葉に甘えさせて貰っても良いですか?」
「もちろん!泊まる場所はこれで解決だけど、問題は帰りだな…」
ヨシキは少し考えて、カジに相談することにした。
「カジさんに聞いてみよう」
「そうだね」
「それが良いにゃ」
「んじゃ、晩飯の材料を買ってからカジさんに会いに行こう」
「話はまとまったみたいだね」
「ああ!おばちゃんありがとう」
「あたしの方こそ、キアーラを助けてくれてありがとうよ」
「おばさん!このご恩は忘れません!」
「何を言ってんだい。こっちの落ち度で商品が盗まれたんだ。キアーラは悪くないだろ?」
あ、その設定でずっと行くのね。
「おばさん、ありがとう!!」
「また顔見せに来ておくれよ」
おばちゃんと別れて、雑貨屋に向かう。
「晩飯は何にする?」
「魚がいいにゃ!!」
「却下」
食い気味に来たリカを食い気味に返すヨシキ。
「酷いにゃ!」
「俺は肉が食いたいんだ!」
「私も肉がいい!」
「2対1だな!」
ヨシキは勝ち誇っている。
「キアーラは食べたい物あるかにゃ!?」
「あの…頂いても?」
「当たり前だろ!早く意見を言うんだ!キアーラに晩飯のおかずがかかっている!!」
「じゃあ、その…折角シカマ国に来たので、魚がいいです…」
「2対2だにゃ!」
今度はリカが鼻を鳴らす。
「これじゃ決まらないぞ!どうしよう!」
ヨシキは大げさに頭を抱える。
「両方買えばいいんじゃない?」
冷静にユウリが言った。
「それだ!」
「それにゃ!」
「あと、ご飯食べたい」
「米は無いにゃ…麦なら売ってると思うにゃ」
「んじゃ、麦もだな」
大体買うものを決めて雑貨屋に向かう。
雑貨屋に着くとリカは物凄い速さで魚を見に行った。キアーラも遅れて向かう。
「相変わらず凄いな」
「ほんとに魚が好きなんだね」
「肉探すか」
「いらっしゃい。肉なら今朝捌いたばかりの鶏肉があるよ」
雑貨屋のおじさんが声をかけて来た。
「それ全部くれ、あと麦はどのくらいある?」
「全部かい?何か祝い事でもあるのかい?」
「まあそんなとこ」
適当に返事するヨシキ。
「麦は10キロあるが、どのくらい欲しい?」
「どのくらいがいいかな?」
「う〜ん、そうだなぁ…とりあえず3キロくれ」
「あいよ」
「あとお酒有りますか?」
ユウリは唐突に言った。
「あるよ」
どこのヒーローのマスターだあんたは。
「これと、あとこれだな」
おじさんが持って来たのはビールのようなものと、どぶろくのような酒だった。
「おじさん、この濁り酒はもしかして…」
「あんちゃん知ってるのか?そう、オテギネ国の酒だ。『どぶろく』と言うらしい。この辺じゃ人気無いがね…」
「じゃあそのどぶろく店にあるの全部ちょうだい」
「いや全部はいらないだろ」
素早く突っ込むヨシキ。
「みんなで飲もうよ!たまには良いじゃん」
おいおい、こっちに来て何日も経ってないぞ。
「買ってくれんのかい?在庫丸々売れなくて困ってたんだ!助かるよ」
「ほら!人助けだと思って!」
「しょうがないか…」
おじさんの困った顔を見て何も言えなくなるヨシキ。
「ありがとう、ヨシキ」
「飲み過ぎ注意だよ。姐さん」
「大丈夫大丈夫!」
ヨシキも晩酌はする方なので酒は嫌いじゃない。が、やはりユウリの酔った姿がチラつく。
「ヤバくなったらとめるから」
「酔い潰れた私を介抱してくれても良いよ」
「はいはい」
適当に流すヨシキ。
「あ、そうだ!おじさん!竹串と炭、あと七輪と塩をくれ」
「あいよ」
「ヨシキ、もしかして…」
「酒があるなら肴が無いと、ね?」
「分かってるじゃない!さすが未来の旦那!」
華麗にスルーするヨシキ。
「あんたら夫婦じゃないのかい?」
話を聞いていたおじさんが驚いていた。
「今はまだ、ね!将来そうなる予定」
「外堀から埋めるのやめてくれませんかねぇ」
2人のやり取りを見ておじさんは笑う。
「面白い人達だな」
言いながら注文したものを全て揃えてくれた。
「ヨシキ!ユウリ!お待たせにゃ!」
リカとキアーラが戻ってきた。手には鮭の切り身?を4個持っている。
「切り身で売ることもあるんだ」
「ああ、魚によってはこうして売ることもある」
「なるほど、じゃあその切り身もくれ」
「あいよ」
「おじさん、バターと味噌とシメジもあるかにゃ?」
「あるよ」
さすがマスター。
「それじゃあまとめて勘定頼む」
「ちょっと待ちな」
流石に量が多い。おじさんは丁寧に数えていく。
「11000ソルだ、大丈夫かい?」
「余裕のよっちゃん」
ヨシキはきっかり11000ソルを渡す。
「毎度あり!また頼むよ。荷物はどうする?」
「大丈夫」
アイテム袋に次々仕舞い込んでいく。
「便利なもの持ってるんだね」
「ああ、それじゃ!」
「ありがとよ!またな」
一行はカジの家を目指す。
「あの、私の分お支払いします!」
歩きながらキアーラが言った。
「いらないよ」
「でも、私ご迷惑かけてばかりで…」
「迷惑だと思ってたら一緒に居ない」
ぶっきらぼうな優しい言葉にキアーラは嬉しくなった。
「ヨシキは言い方は乱暴だけど、かわいい娘には優しいから大丈夫」
若干棘のあるユウリ。
「浮気性で困ってるにゃ」
「おーい、誤解を招く発言はやめるんだ!」
「ヨシキさんはご結婚はされていないのですか?」
「まだ独身だ」
「そうなんですね」
「でも将来私と結婚するから!」
「でもって、私が愛人になるにゃ!」
「だから!誤解を招くだろ?」
3人のやり取りを見てキアーラは笑っている。
「面白い人達ですね。羨ましいです」
「キアーラは結婚してないにゃ?」
「はい。これまで素敵な殿方にお会いできてませんでしたので…」
「そうなんだ、どんな人がタイプなの?」
ガールズトークが始まろうとしている。
「ヨシキさんのような方ですね」
「は?」
ヨシキは理解できず、リカとユウリは不意を付かれた。
「冗談です」
「びっくりしたにゃ…」
「やめてよ心臓に悪い!」
「すみません。あまりにも皆さん楽しそうだったのでつい…」
話しているとカジの家に着いた。
「カジさ〜ん!居る〜!?」
玄関から呼びかける。
「良く来たな、上がってくれ」
少ししてカジが出て来る。キアーラを見て少し驚いたようだったが、すぐにその驚きを悟られないように隠した。
「突然来て悪い。ちょっと相談したい事があって…」
居間に通され、それぞれ椅子に座る。
「なんでも話してくれ」
「さっき集落の外に出た時に、マスターオークに襲われていたこの娘を助けたんだが、ウテツ国の商人で、襲われた時に馬に逃げられて、馬車も壊れたから帰れないそうなんだ。カジさんなら力になってくれると思って…」
「そうか…分かった。だが馬も馬車もすぐには用意出来ない。2、3日は掛かる。泊まる場所は?」
「ウチに泊める予定だ」
「お前さん、美人に縁があるんだな」
ふと、笑いながらカジは言った。
「ねえ、キアーラ姫?」
え。今なんて?
「カジさんと言いましたか、私の事を知っておいででしたか」
「お姫様?」
「キアーラは姫なのにゃ!?」
「やはりあんた達は知らなかったんだな。まあしょうがない。この事は一部の人にしか伝えられていない情報だ」
「姫なのか?キアーラ…」
「はい。黙っていて申し訳ありませんでした。私はキアーラ・リード。ウテツ国王ウーバン・リードの一人娘、今はこうして商人として働いております」
「なんで商人に?」
「私は王族なので、民の生活を知りませんでした。ウテツ国で暮らす住民達が何を望んでいるか、それを知りたかったのです」
「じゃあ何で、ここに居るんだ?」
「それは…好奇心ですかね。色々見たくなってしまったんです」
ふふっと笑うキアーラ。
「そうだったのか…じゃあ、マスターオークに襲われていたのは?」
「あれは偶然でした。本当に助からないと思っていました」
「護衛の2人は近衛兵なんだな?」
「…はい。黙っていて申し訳ありません。ですが、ヨシキさんが2人を供養すると言った時は本当に嬉しかった。見ず知らずの人を弔うなんてとても珍しい事なのですよ」
「当たり前のことをしただけだ」
「そういう所が他の男性とは違うのですよ、貴方は」
キアーラは頬を赤らめている。
「お前さん、罪作りな男だなぁ」
カジは豪快に笑う。
「だが、姫ならもう仲間に居るからな!」
「そうだにゃ!」
「私がワサダ国の姫、リカ・ガルシアだにゃ!」
「リカさん、獣人だったのですか!?」
リカはフードを取る。
「本当に…」
どう反応するか。
「あの…」
「どうしたのにゃ」
「耳、触らせて頂けませんか?」
あ、良い人だ。
「ダメにゃ、私の体はヨシキの物にゃ!」
「お前は本当にTPOをわきまえろ!」
カジもキアーラも笑っている。
「でも、キアーラは悪い奴じゃないぞ」
「根拠はあるの?」
「あぁ、動物好きに悪い奴はいない」
「確かにそうだね!」
「リカ、少しだけ触らせてやってくれないか?」
「むぅ…ヨシキがそう言うにゃら…」
仕方なく頭を差し出すリカ。
「失礼します…えぇっ!?何ですかこの耳!凄く気持ちいい…」
「「だよね〜」」
ヨシキとユウリも参戦し、猫耳の取り合いが始まった。
「みんにゃいい加減にするにゃ!」
リカは素早く後ろに下がる。
「もうちょっとだけ!」
「大体にゃんで2人も触ってるのにゃ!」
「そこに、猫耳があるから」
「そうだね」
真顔で答える2人。
「だって、好きな時に触っていいって言われたから…」
「それは、そうだけどにゃ…」
「いいじゃん、減るもんじゃ無いし!」
「獣人にとっては結構恥ずかしい事なのにゃ」
「そうなんだ、ごめん…」
「ごめんなさい。私が触りたいと言ったばかりに…」
ユウリに続いてキアーラが謝る。
「悪かったよ、リカ。ごめん」
ヨシキも謝る。
「別に怒ってるわけではにゃいにゃ」
リカは少しだけ恥ずかしそうに答える。
「すみません。ありがとうございました。素敵な猫耳をお持ちですね」
「自慢の耳にゃ」
「あの耳には希望が詰まっている」
「そうだね、全動物愛好家の夢と希望だね」
「よくわかりませんが、こんなに触り心地のいい耳は初めてでした」
「私には夢があるんです。いつか、獣人と人が共に暮らせる国にする事、そしていつの日か、奴隷制度を廃止する事!」
「本当か!?」
「ええ、まだ、獣人への差別は多いのですが…私が変えてみせます!」
キアーラは力強く宣言する。
「おいおい、正気か?キアーラ姫」
黙って成り行きを見守っていたカジがキアーラに問いかけた。
「皆さんは考えた事がありませんか?私達人と、ほとんど同じ体を持つ獣人。なのに何故、奴隷として扱われているのか!私はそんな制度は認めたくないんです」
「そうだな。俺もそう思う」
「だね」
ヨシキとユウリが同意してくれた事でキアーラは嬉しそうに微笑む。
「それは願ってもないことだけど、具体的にはどうするにゃ?」
「まず、ウテツ国がワサダ国と同盟を結びます。しかし、ワサダ国とのパイプは無く、実現は難しいと考えていました。しかし!」
キアーラは立ち上がり、リカを見る。
「ここにお互いの国の姫が居ます。それに、リカさんは獣人でありながら奴隷の証が無い!それに」
「夢物語だな」
カジが冷めた様子でキアーラの言葉を遮った。
「キアーラ姫のする事には俺も賛成だ。だがな…民衆に根付いた感情、習慣をそんなに簡単に変えられると思うか?」
「それは…」
キアーラは黙り込んでしまう。
「リカの件にしたって、ワサダ国からの密入国者くらいに思われるのが関の山だ。実際には、密入国者ではなく、奴隷から解放された獣人。なんてことは他の者にとってはどうでもいい。自分の都合良く物事を解釈するのが人という生き物なんだ」
カジの話を聞き、全員が意気消沈する。
「そうだな」
ヨシキがカジの話に頷く。
「その通りだよ、カジさん」
口を開いたヨシキに何かを期待していたキアーラはその言葉を聞き、俯いてしまう。
「でも、そうだとしても!俺はキアーラを、獣人達を助けたいんだ」
「…死ぬぞ」
瞬間、カジが殺気を放つ。
「俺は、やらないで後悔するより、やって後悔したい」
初めて向けられたカジからの殺気に気圧されながらも、ヨシキは答えた。
「その結果自分が死ぬ事になってもか?」
ヨシキは頷く。
「俺を敵に回す事になってもか?」
カジが試すように質問する。
「俺はカジさんのことはいい人だと思っている。敵に回したくないし、戦ったとしても恐らく勝てない。だとしても、これだけは譲れないんだ」
意を決してヨシキは答えた。
「そうか。お前の覚悟は分かった。キアーラ姫、死ぬかもしれない険しい道のりだ。それでも、やるのか?」
「も、もちろんです。危険は承知の上です」
「おまえさん達は?」
「私はヨシキについて行くよ」
「私もだにゃ」
「そうか…」
カジはふふっと笑った。
「いやあ、悪かった、脅かして。お前さん達と敵対するつもりは無いから安心してくれ」
カジから発せられていた殺気が無くなった。
「この間昔の話はしただろう?死んだ奴は、俺の仲間だったんだ」
「やっぱりそうだったのか…」
「いい奴だったよ。あいつと、俺と、獣人のキースで旅をしていた」
「今、にゃんて!?」
「どうした?」
「獣人の名前にゃ!」
「キースと言ったが…」
リカは驚いていた。
「父上だにゃ…」
「お前さん、キースの娘なのか!?」
「そうだにゃ!」
「そうだったのか…アイツは元気なのか?」
「今は分からにゃいにゃ…」
「そうだよな、悪い」
「カジさん、死んだのは仲間だった人なんだよな?」
「ああ、アッカ帝国内で軍の連中にイチャモンを付けられて、投獄され、獣人を連れていたというだけで殺された。俺とキースは命からがら逃げ延び、俺はこの集落に隠れ、キースもワサダ国へ帰って行った。ここから船を出して誰にも見つからないようにな」
「そうだったのか。だから…」
「あぁ、死ぬかもしれないからな。お前さん達の覚悟を見たかったんだ」
「ありがとうカジさん、心配してくれて」
「いいや、むしろ俺の方こそ感謝したいくらいだ」
カジはキアーラ姫に向き直る。
「俺もキアーラ姫と、ヨシキ、ユウリ、リカを全面的にバックアップするよ」
「本当ですか?」
「ああ、こんな老いぼれでも役に立ててくれ」
「ありがとうございます!!」
「良いのか?」
「昔の仲間と同じ事をしようとする奴らを、応援したくなっちまったんだよ」
カジは笑いながら答えた。
「俺たちが出来なかった事だ。成就する事を祈っているし、協力も惜しまない」
「ありがとうカジさん」
「ありがとう」
「ありがとうにゃ」
「ありがとうございます」
4人は頭を下げる。
「いいって。それより、これからどうするんだ?」
「その事なんだけど、カジさん、キアーラをウテツ国に帰す前に、ワサダ国に連れて行きたいんだ。ここから船を出せるんだよね?」
「なるほど、分かった!船も用意しよう」
「ありがとう!」
「船はすぐ準備出来るぞ。明日には使えるようにしておける」
「じゃあ、明日出発するよ」
「じゃあ今日はゆっくり休んでおけ。ここからワサダ国までだと、恐らく早い船でも1日はかかる」
「分かった、ありがとう。それじゃ、帰って準備するよ」
「ああ、船は任せてくれ」
「それじゃ、また明日」
「おう、またな」
話が終わり、みんなでカジの家を後にする。
「ワサダ国に行って、どうするんですか?」
帰り道、キアーラがヨシキに質問する。
ヨシキは即答する。
「キアーラには悪いけど、人質になってもらう」
読んで頂き有難うございます。感想、批評お待ちしております。