プロローグ 〜平凡な日常の終焉〜
初めて書きました。楽しんで頂ければ幸いです。
俺は安心院 ヨシキ。25歳の会社員。中肉中背で顔は下の上。まあ、言ってしまえばモブキャラのようにパッとしない人間だ。
今の会社には出向してきてもう3年。この会社にはとても良くしてもらっていた上司がいる。
出向令は3年なので、もう明日には帰らなければならない。ぶっちゃけ帰りたくない。そんなことを考えていたら後ろから声を掛けられた。
「どうした?そんなに落ち込んで」
「え?分かりました?」
声を掛けて来たのは上司の佐久間さん。25歳で係長兼俺の世話係を押し付けられていた同期だ。タメでも上司なので仕事中は敬語で話している。
「いやいや、あからさまに溜息してたじゃん」
「いやぁ、もう今日で最後じゃないですか。それで…」
「俺も寂しくなるよ」
「俺もですよ」
何かと相談に乗ってもらっていた日々、飲んで愚痴っていた日々を思い出し、昨日の送別会を思い出しながらそう答える。
「もう帰る準備は出来てるのか?」
「重い物はもう送ったんで、後は軽い荷物だけです。」
「挨拶回りも済んだのか?」
「はい。午前中に」
そんなやりとりをしていると佐久間さんが何かに気付いて苦笑いしている。
「最後の仕事がまだ残ってるぞ」
そう言いながら佐久間さんから見て正面、ヨシキから見て後ろををアゴでしゃくる。
「あぁ、そうか…送別会で何も言ってこなかったし、今日か」
そこに居たのはこの会社の総務課の久遠 ユウリである。28歳独身彼氏無し。半年程前からアプローチされている。
就業時間がもうすぐ終わる。そんなタイミングにここに居るということはもうお察しである。てか、終わってから来いよ。と心の中で突っ込む。
「頑張れよ!」
佐久間さんが笑いながら作業に戻る。さて、どうしたもんか。ヨシキもユウリの事は嫌いではない。むしろ好意的でさえある。
童顔でスレンダー、そして巨乳。黒髪で少し肩にかかる長さをポニーテールで纏めていて、とても似合っている。性格も悪くない。ただ、酒癖が悪い。所謂絡み酒になるのだ。
ヨシキの父親は、とにかく酒癖が悪かった。理不尽な暴力に散々泣かされてきた母親を見て育って来たヨシキにとって、酒癖が悪いだけで無意識に嫌悪感を抱いてしまう。別にユウリが酔って暴力を振るうわけではないと分かっていても、やはり無理なものは無理だ。今日まで直接ユウリから気持ちを伝えられていなかったので有耶無耶にしていたが、今日で最後なのでハッキリ断らねば。佐久間さんが居なくなると後ろから足音が近づいて来る。
「ヨシキくん」
「…………」
決意したものの、作業に集中している振りをしながら、とりあえず聞こえなかった事にする。
「ヨシキくん」
2回目の呼び掛けと同時に定時時間のチャイムが鳴る。ユウリが出口とは反対方向に立っていた為、2回目も聞こえていない振りしつつ、大袈裟に背伸びしながら出口に向かう。
5歩歩いたところでユウリに正面に回り込まれる。
「ちょっと、気付いてたでしょ!なんで無視するの!」
佐久間さんが居た時既に俺がユウリに気が付いて居たのがバレていたらしい。そりゃそうだ。目合ったし。
「ごめんなさい、冗談ですよ。そんなに怒らないで下さい」
「まったく…」
「それでユウリさん、どうしたんですか?」
「この後ちょっと時間あるかな」
「無いっす」
即答。特に用事はない。明日に備えて寝るだけだ。
「ホントに?」
ジト目で睨まれる。
「嘘です、有りまくって困ってます」
「少し話があるんだけど」
「分かりました。じゃあ帰る準備して来るんで待っててもらえます?」
「私は準備万端。後はタイムカード押すだけだからすぐだし、待ってるよ」
いや、準備万端て。就業時間中だよ!と某すみこのように鞭を叩きたくなったが、
「分かりました」
と、営業スマイル。年上だけどこの人ちょいちょいズレてんな。といつも思っていた。天然と言われればそうかもしれないが。
最後に同じ部署でお世話になった人に軽く挨拶回りしていたので、少し時間が掛かってしまった。さすがに40秒で支度は無理だった。
「準備完了です」
「話長くなるから、これからヨシキくんのアパートに行ってもいい?」
ユウリがヨシキのアパートに来るのは初めてでは無い。過去に会社の佐久間さんや同じ部署の数人とユウリが宅飲みに来る事が何回かあった。二人きりは初めてだが。
「あ〜…まぁ、良いですよ」
少し悩んで答える。
「じゃあ、行こっか」
歩いて20分のヨシキのアパートに向かう。ちなみにユウリも徒歩15分の場所に住んでいるらしい。もし電車やバス通いならアパートには来させなかった。徒歩圏内なら無理矢理送ってでも帰せるし。さすがに夜道を女性一人では帰せないし。
「3年間お疲れ様。と言っても、半年しか知らないけどね」
ユウリは半年前に中途採用で働き始めた。入ってすぐ目を付けられたのは言うまでもない。
「ありがとうございます。出来ればもう少しここで働きたいんですけどね」
「ならむこうの会社は辞めてここに入り直せばいいんじゃない?」
期待するような目を向けながらユウリは聞いてくる。
「そうしたいですけど…ね」
諦めたような目でヨシキは答える。
「…………」
ユウリは下を向いてしまい、互いに沈黙してしまう。
沈黙に耐えきれず、ヨシキはコンビニの方を指差しながら
「なんか食べる物買って行きましょうか」と聞く。
事実、ヨシキのアパートには食べ物はあまり無かった。
「そうだね」
とだけ答えるユウリ。
「いらっしゃいませ〜」
店員の声を聞きながら2人はそれぞれ惣菜を適当に取り、ヨシキはビールを3本、ユウリは日本酒一升をそれぞれ2つあるレジに同時に置く。いやいや。飲むってか呑まれる気だよこの娘! と、若干引きながらユウリを見ると、先程まで寂しそうな顔をしていたのに、どしたの? とでも言わんばかりに首をかしげる。すいません。前言撤回。今すぐ帰りたい。
会計を済ませ、店を出る。
「重そうですね。持ちましょうか?」
「大丈夫。慣れてるから」
聞き捨てならない。
「それ全部飲むんですか?」
「勿論!これでも足りないくらい?」
「凄いっすね…」
ヨシキの顔は引き攣っていたがユウリは気付いていない。褒められたと思って嬉しそうにしている。
なんてやりとりしているとヨシキのアパートに着いた。
「遠慮せずどうぞ。」
「お邪魔しま〜す」
2人で部屋に入る。ユウリはこんな酒豪キャラだったかとヨシキは考えていた。
それぞれ買ってきた惣菜を広げ、ユウリにコップを渡して乾杯する。
「かんぱ〜い!」
一口飲んで一息つくヨシキ。
一息でコップ一杯飲み干すユウリ。
ねえそれジュースじゃないよね。
お互い一息つき、ヨシキが口を開く。
「それで話って何ですか?」
「そうね。でもその前にヨシキくんに聞いておきたいんだけど、奥さんとか彼女とか居ないよね?」
「居ませんよ」
「良かった」と胸をなでおろすユウリ。
ついに来るか。と覚悟を決めるヨシキ。
「じゃあ、ヨシキくん!」
断ると決めていたとはいえ、緊張しながらユウリの言葉を待つ。
そして、ユウリはヨシキに聞く。
「一緒に異世界に行かない?」
読んでいただきありがとうございます。宜しければ批評感想お願い致します。