最終日
かれこれ三日目だけど僕と彼女の関係は変わることもないんだよね。ほんと寂しい。何の変哲もない日常を二日前の彼女が変えてしまわなければ、僕がこのような気持ちにもならなかったのかもしれない。
さて、現在、彼女は教室に入ったと思えば荷物を置いて出ていった。恐らくお手洗い…が妥当だろうけど。今日に限ってすることも無くて、僕も教室をでて校舎を散歩しようと思ったんだ。もう一年も通いつめている訳だから知らない所なんてほとんど無いのだろうけど、たまにしたくなる時があったって良いだろう。実際今日は心地良い風も吹いていて素晴らしい朝だったんだ。
「……飽きた」
中庭に出たは良いけど三分もすれば一周は出来たし、ちらほら生徒も登校して気恥しくて精神が先に疲れてしまった。立ち止まって空を見上げた。白い壁に覆われた窓のような空間で鳥が飛んでいた。
すぐに異変に気がついた。屋上に人がいたんだ。屋上なんて行ったことなんて全くなかったけど階段を駆け上がった。最上階の扉は開いていて彼女は…緋彩はそこにいた。彼女はすぐに僕に気づいた。
「いたの…?それとも見つけて?それとも、」
「見つけた。君を見つけたんだよ」
その時の僕には謎の勢いがあって、なんだか彼女に次に起こる何かを守れる気がしていたんだ。でも、彼女は上の空で、
「そう」
とだけ言うと空を見上げた。ああつまらない展開だ。彼女らしいと言えば彼女らしい。だから僕も空を見上げた。でも空には何にもなかったんだ。快晴で鳥もいなくて、誰もいなくて僕と彼女だけだったんだ。
「ねぇ、緋彩」
「何?」
「語って良い?」
彼女は意味不明だと言わんばかりの顔を僕に見せてから、好きにしろといった感じでまた空を見上げた。
「少し前に見た夢の話なんだけど、確か…三日前かな?僕と君が入れ替わりで何度も何度も死ぬ夢なんだ。僕の知らない所で君が死ぬ。君の知らない所で僕が死ぬ。僕の前で君が死ぬ。君を庇って僕が死ぬ。何度も何度も繰り返して、二人でなんとか抜け出そうとして失敗して抗い続けるんだ。二人ならばなんとか出来るだろうと互いに互いを信頼しあって…同じ結果になって何度も試行錯誤して…それがなんだか君が昨日話した話に似ていて、それで…」
実は夢への記憶が若干曖昧だからちょっと盛ったかもしれないけれど僕は想いのままを彼女に伝えたんだよ。夢中だったから気がつかなかったけれど、彼女は真剣に僕の話を聞いていたんだよ。
「そうだよ。そうなんだよ…やっとだね」
大粒の雫が彼女の頬を流れていた。軽く理解不能だが、多分そうなんだろう。
「だから僕、思ったんだよ。緋彩…いや畠中さん。僕達もう互いに不干渉でいないか?きっと僕達が一緒になるから駄目なんだよ。それが今の僕が考えられる最適の攻略法…」
僕はどれだけ酷いことを彼女に言っているかもちろん承知である。誰が聞いても非人道的だの合理的すぎるだのと言われるだろう。その時の僕には彼女がこの悪夢から覚めることこそが至上であると考えていたから仕方がなかったんだよ。
まぁ彼女は良い顔はしない訳。顔は涙で腫れ、やっとのことで
「最後に良い?」
と言って僕の服の袖を掴んで静かな声ですすり泣いた。僕も彼女に合わせて彼女の背中に手を回した。ゆっくりとゆっくりとした時間が流れていた。でも僕の中には彼女を抱き寄せるというよりかはただ単に支えているといった感覚が似合うくらいに彼女への興味を失っていたんだ。彼女の人形の様に整ったサラサラした髪、仄かなシャンプーの甘い香りそして彼女を流れる血の温かさも…彼女は腕の中で一緒に…一緒にと呟いていた。
僕は彼女と決別した。彼女と僕が帰ってきた時授業は始まっていたし、彼女は泣いていたものだから邪な噂が広まって処理に疲れた。彼女は一週間ほどして転向した。別に興味もわかなかったけど…もうこれで一生彼女に会うこともないだろう。別に彼女が救われるのだから悲しくもなんともない。寧ろ笑っていていいくらいなのだ。
なのにああどうして僕はこんなに切なくて彼女を今になって焦がれるのだろう……