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旅に出る人たち

本日の21時45分頃に思いついた話です。

老夫婦は決めていた。


もう家には帰らない。


夫人は家の中を見渡す。部屋には目立つ戸棚があったがそれは一週間前に娘夫婦が持って行った。

ソファーには白い布が掛けられていた。


「もうここには帰りませんもんね」


夫人は夫に話しかけた。耳の遠い夫は夫人の言葉には目もくれずに車に乗り込んだ。

夫は鋭い視線を夫人に向けた。


「乗りなさい」


結婚してから夫は命令した口調を夫人に通した。夫人は逆らうことはせずに夫の言うとおり車に乗り込んだ。

夫が車のエンジンをかけた時、夫人は家をもう一度見た。


悲しいのか寂しいのか。何なのか。分からない。清清しいとも思えない。

自分たちの出した決断は正しいと思いながらも家を見ると未練が残った。

夫人は薄っすら涙を浮かべたが、夫は力強くアクセルを踏んだ。


車を運転する最中、夫人はラジオをつけた。

ラジオはコメディショーがやっていた。笑っているのは恐らくサクラだろう。

特に面白いとも思えなかった。しかし夫はゲラゲラと笑った。


これからはモーターキャンプ巡りしながら島中を旅をする。

恐らく死ぬまで。

有り金をすべて旅に使い果たして。


夫婦はこれからのことを何年も前から話し合っていた。

今のことよりも。

決断はなかなかつかなかった。夫の検査の結果を見るまでは。


もって半年-1年。


それなら今決断するべきだ。


夫はそう言った。

夫人は反対しなかった。夫人はいつでも良かったのだ。しいて言えば夫人だけでも行きたいくらいだった。


夫は言い出したらきかなかった。


思えば夫人の意見など夫は最初から聞く気はなかっただろう。


夫は我侭だったがそれをも許されるような笑顔を持っていた。

いつもふくれっ面をしているからこそ、笑顔が魅力的に見えるのは夫の技なのかは分からない。


ただ夫が


「今こそ決断の時だ」


と言った時の笑顔は本当にそうだとも思った。


車がモーターキャンプまであと少しという所で若い女性がヒッチハイクをしていた。


こんな夜に女性がヒッチハイクなんて危険過ぎる。夫人は車の時計を見た。時間は21時45分だった。


夫は車を止めた。


「お嬢さん、こんな夜に危険ですよ」


女性はキョトンとした顔をしたがニッコリ笑った。

夫はドアを開けると短く


「乗りなさい」


と言った。女性はアジア系で英語はあまり話せないようだったが何とか


「ありがとう」


と言った。女性は何か楽しいことを言わなければとタドタドしい英語で言い始めた。


簡単な自己紹介をすると女性は黙りこくった。名前は二人とも聞こえなかった。

夫は聞き返さず、夫人はどうでも良かった。

夫人は早く休みたかったのだ。何であれ二人とも年をとった。


しかし年齢は聞こえた。いくつなのかは気になるところだ。

年は28歳。もっと若く見えた。他にも言ったが夫婦は早くモーターキャンプにつきたかったので聞き流した。


さり気なく顔を見た。髪は短く小柄な感じだ。どちらかというと痩せている方だ。

化粧気のない顔から幼くて英語が話せないのでなおさら心もとない気もした。親御さんはどのような人か。

もっと言葉の勉強してから来ればいいのに。夫人は内心思った。

そんなの大きなお世話だろう。夫人は言葉を飲み込んだ。

夫はというと夫の顔は笑顔だった。

これまでの出会いからすると新鮮だったのだろう。


女性は話題をあちこちに飛ばしながら何とか話をしようとしている。

彼女なりに何とかしようとしているが興味のない話だった。

楽しいそぶりを見せていたつもりだったが夫婦は眠気が出てきていた。

途中夫はハンドル操作を誤った。

女性は叫んだ。


それから女性はなにやら歌い出した。日本の歌を歌っている。

歌はしばらく続いた。


歌の途中で女性は

「ここでいいです。ありがとうございました。」

と言い車を降りた。


夫婦は辺りを見渡した。森だ。こんなところでこの女性はどうするのだろう。


夫婦はしばらくそのまま走ったがもう一度Uターンし女性が降りたところに戻ってきた。

女性はキャンプをするつもりらしい。

こんなところで。


女性は川の側で腰を下ろしている。

火をつけてここで野宿をするのか。女性は何かを川に投げ入れた。

ここで釣りをするのか。女性なのに。

無謀と言えば無謀だろう。


夫婦は驚いた。しばらく遠くで見ているとこちらの様子に気づいた様子だった。


夫は


「彼女に何かしたほうがいいと思うんだ」


と言った。


夫人は女性を遠めで見た。火もおこしているし彼女なりに目的があるのだろう。


「ほっておいたらいいわ。でももし彼女が助けを求めてきたら手を差し伸べましょう」


夫人は落ち着いていった。


夫人はその時アッと思った。


夫が夫人に意見を求めてきた。初めてのことだった。


夫人は旅に出て良かったと思った。


女性のいる場所を見た。先ほどまで火はついていたが、その炎は小さくなった。

夫人は眠気を抑えきれず夫に


「寝ましょう」


と言った。夫婦の旅の第一歩は見知らぬ日本人との森越しの野宿だった。

お読みいただきありがとうございます。

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