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ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第七章~不意打ちシューティング~
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番外 ホワイト・パニック

番外、今回も一発書きです。

 バレンタインデーがないため、ホワイトデーもない。

 大体ご令嬢から贈り物を貰えば、数日以内にお礼を渡すのが世界の常だ。

 花束、装飾品、ドレス、香水、珍しいお菓子――。

 大貴族フォールンベルト家のご令嬢へお返しの目録はそんなところ。


「……全部、嫌がってたんだよなあ、エル。」


 突然頭を抱えたので、司書さんが不審者を見る目を向けてきた。

 仕方ないじゃないか、もうエルにお返しをしていないのは僕だけなんだから。

 好きで一ヶ月もお返しに悩んでいたわけじゃあ……。

 訂正、選ぶ時間も楽しいので結構楽しんでいました!


「元々の意識が……元々の意識(だんせい)だからなあ。」


 相方は最近になってようやく自分の性格を自覚しはじめた。

 この姿を取った甲斐はあるけど、まだ足りない。

 お返しを受け取る度に笑顔を向けながら内心憤怒していたのは知っている。

 辺に意識した物を贈ろうものなら、いらぬ警戒心を抱かせてしまう。

 男性向けの品を贈れば、怖い幼馴染(ミズールさん)からかい屋(レオンさん)からどんな目を向けられるか。

 想像しただけで身体の芯が冷え込んだ。

 僕、これでも魔王なんだけどなあ。


「こればかりは……僕が選ぶべきだ。」


 エルの求めるものを覗くことは、やろうと思えばできる。

 無難なプレゼントを贈れば、全て丸く収まるだろう。

 でもそれは反則だ、僕が僕を許せなくなる。

 他でもない、エルに影響を受けた僕の気持ちを返さなければ意味がない。

 ……司書さんの目が痛くなってきたので、帝国の書籍コーナーへ逃げ込む。


「……あ、茶葉。そうだ、その手があった。」


 並んだお茶の図鑑を目にして、ようやく僕は自分の身分を思い出した。

 僕は帝国から来た留学生、ルゼイア・ファウルだ。

 帝国では色々な茶葉が出回っているらしいし、嗜好品の中でも男女を問わない。

 確かラッティからもらった優待券がまだ残っていたはずだ。

 種類は……鎮静効果のありそうな香りがいいかな。


「最近エル、ちょっと不機嫌だし。鎮静効果のある茶葉は――。」


 しんと凪いだかと思えば雪崩のように巻き込まれる。

 壊すことしか考えられなかった僕にとって、あの感情は劇物だ。

 気がつけば自分のあり様を捻じ曲げてしまうほど眩かった。

 いくつか茶葉の種類を頭に叩き込み、その足で商会に向かう。

 善は急げ、なんて。魔王が思うのは馬鹿馬鹿しいかな。


 * * *


 渡す機会を伺ううちに、結局放課後になっていた。

 この世界は相変わらず、魔王(ぼく)に対して厳しい。

 何処かの誰かが中途半端に使った魔法や、分不相応な願いのあおり。

 そういった物が生まれる度に僕へ注ぎ込まれるものだから。

 行ってしまえば、僕は不幸や不運を呼び寄せる。

 それを糧にしてこの世界を憎み、力を蓄えるのが魔王の生態系。


「にしても、今回は微妙な嫌がらせが多い。」


 今回最大の不幸はシルヴィさんに絡まれたこと。

 あざと骨にヒビで済んだけど、医務室から出たところでカールに馬鹿にされた。

 実際返礼が遅すぎるのは確かだし、言い返す事もできないから腹立たしい。

 貴族科で夜会の機会があったら、絶対潜り込んで嫌がらせしてやる。


「ミズールさんが居場所を教えてくれて助かった……。」


 ご令嬢に対する返礼品が遅い。

 貴族世界の在り方を厳守する彼女にとって、それは許しがたい行為のはず。

 留学生だから見逃して貰えたのか、返さないよりはましだと思われたのか……。

 ぜひ前者であって貰いたい。

 ともあれ、最近模擬戦訓練で結構な数の武器を壊しているらしい。

 その補充と、ついでに倉庫整理を頼まれたんだとか。

 ここ数日、僕が訓練に顔を出していなかったから知らなかった。

 セラさんの教えの中には、武器破壊はなかったと思うんだけど。


「やっぱり、この茶葉にして正解だったかな。」


 彼女は世界に愛されるもの(ゆうしゃ)だから、世界に疎まれるもの(まおう)の目から隠される。

 でも、ある程度の方向さえ解れば相方(カイゼル)としての僕が見つけられる。

 今回は意識するまでもない、予備の装備が並べられている倉庫は一つしかない。

 鳥や猫に茶葉の入った袋を取られないよう気をつけながら、倉庫の扉を開けた。

 時刻もあってほんの少し薄暗い。

 本来なら明かりを灯す魔法を使うところだけど、エルは編んだ魔法以外使えない。


「薄闇に目が慣れてるだろうし、明かりはなくていいか。」


 倉庫とは言え、かなり広い。

 小さな一戸建てくらいあるんじゃないかな、二階建てだし。

 耳をそばだてると、奥の方でごそごそ動いている音が聞こえる。

 僕も何度か入ったことはあるから、迷うことはないけど困ったことに気がついた。


「……な、なんて言って渡せば良いんだろう。」


 一ヶ月も遅れたお礼だ。

 もしかしたらエルはすっかり忘れているかも知れない。

 と言うか普通に考えて忘れているのが当たり前だよね!

 素直に遅れたけど、と添えるべきか……いや、謝るのが先かな?

 なんて、考えて居たところで突然殺気が向けられ、思考のスイッチを切り替えた。


「僕だよ僕、ルゼイア!」


 シルヴィさんが離れているということは、エルは自衛しなくちゃならない。

 うっかり思考に没頭しすぎて、警戒域に踏み込んでしまったらしい。

 容赦なく右こめかみを狙って飛んでくる蹴りを防ぐため、腕を上げた。

 薄闇にまぎれているくせに白く際立つ肌色は別種の凶器だと思う。

 ドロワーズは履いてるけど、躊躇のない上段蹴りは心臓に悪い!


「えっ……!?」


 えげつない狙いに反して可愛らしい狼狽の声だ。

 知った相手と解ると強引に蹴りの軌道を逸らす。

 僕、エルのそういうところ好きだな。

 でももう少し自分を大事にして欲しい、上じゃなくて下に逸らそうよ。

 強引なベクトル変更は軸足に大きな負担を強いる。


「声かけたのは失敗だった!」


 蹴りぬかれたところで、僕なら衝撃を流せる。

 プレゼントを渡すことで頭がいっぱいになっていたせいだ。

 バランスを崩したエルを支えるために急いで腕を伸ばす。

 頭から転ばれでもしたら、もしものことがあったら――。

 想像するだけで背筋が凍る。


「あ、やば。」


 また余計なことを考えたせいで僕の足元も疎かになっていた。

 倉庫整理の途中、置かれていた木剣に足がひっかかる。

 ラッキースケベは遠慮したいし、エルの華奢な身体を壊したくない。

 片手はエルを支えて、ヒビの入ったもう片手で自分の体を支える。

 がっしゃん、がらんがらん、からん、と引っ掛けた木剣が更に惨事を引き起こす。

 これだから世界は!


「……だ、大丈夫ですか?」


 騒音が収まった後、すぐ下から恐る恐る声がかけられた。

 い、痛そうな顔してたかな、できるだけ抑え込んだんだけど。

 ここは誤魔化そう。


「僕よりもエルは? ごめん、声かけたせいでこんな、こと、に――。」


 もう一度叫ばせてもらいたい、これだから世界(てき)は!!

 すぐ下には絶句した様子を見てキョトンと首を傾ける想い人。

 薄闇の中差し込む夕日が金の髪を朱金に染めて、きらきらと輝く。

 気にしているようだけれど、仰向けになれば体つきの女性らしさが強調される。

 それだけなら僕が息をのむだけで済むんだけど!

 蹴りの姿勢から倒れたものだから、僕の左肩にエルの足が乗った形になっている。

 フォールンベルトの騎士礼服とはいえ、スカート着用だ。

 ヤバい、細身に引き締まりながら柔らかそうな太ももがヤバい。


「ごめん!」


 ラッキースケベは遠慮したいって思ったばかりだよ!

 理性が蒸発する前にこの状況から逃げ出さなきゃ。

 エルを支えた腕を引いて、床についた腕をバネに身体を跳ね上げ――。


「危ない!」


「むぐっ!?」


 がらん、からんからん。

 華奢な腕が伸びて、信じられない力で引きずり下ろされた。

 頭をあげようとした所へ盾が滑り落ちてくる。

 縁が補強されてるから、当たっていたらとても痛かったと思う。

 その代償に、顔が埋まっ……これは破壊力ヤバい。

 男性意識(ぜんせ)の影響で胸板で受け止めたつもりなんだろうけどさ。

 この弾力と柔らかさは男には無いからね。

 模擬戦訓練の影響か、ほんのり匂いが濃くなってるし。

 とっとっと、と伝わる心音も心地よくて溺れそうになる。

 ちょっとエルの嗜好(フェチ)が解ったような、ってこっちの方がはるかに危険だよ!


「……うん、ありがとう、エル。ええと、もう大丈夫だよ。」


 今度はきちんと周囲を警戒した上で身体を起こす。

 はー、と諸々の感情を吐き出すために大きく息を吐いた。

 一段落したらヒビの入った腕が痛んできたよ。

 ……このタイミングで、今の体位に気がついたらしい。

 押し倒されたような姿だし、脚を上げたままなので、その、うん。

 腕の下でぼふん、とエルが爆発した。

 感情の揺らぎが叩きつけられるように押し寄せる。


「あの、ええとその、できれば早く退いていただけると、うれしいです。」


 この状態でスカート戻そうとしても無理があるからね。

 もちろん彼女の要望通りに身体を離す。

 僕も一杯一杯、混乱に乗じて渡してしまおう。

 茶葉の入った袋をぽんと鳩尾近くに置いておく。


「この前のチョコレートのお返し、渡そうと思って。皆とは随分遅れてごめんね。」


「お、お気になさらず。ありがとうございます。」


 身体が離れた瞬間、しゅばっと足が戻ってスカートでガード。

 うっかり迎撃しても医務室は常に使用可能、次からは自分を大事にして欲しい。

 他の男子が同じ目に合ってたら、停滞()めていたかもしれない。


「じゃあ片付けを手伝うよ。こうなったのは僕のせいだし。」


 下手に声をかけたせいでこうなったんだ。

 目的は果たせたし、そそくさと盾や木剣を棚に戻し始める。

 さっき崩れたところ以外はたいてい終わっているので時間はかからない。


「ホワイトデーって、こんなにドキドキするものだったんですね。」


 片付けに専念したせいで嬉しそうに微笑むところは見れなかった。

 あとは他愛もない話をして場を繋ぐ。

 プレゼントの話や、明日から絶対模擬戦訓練に参加するよう念押しされたり。

 倉庫の中で起きたことは絶対に秘密にするよう念押しされたり。

 カールの視線に対する愚痴や、カイゼル(ぼく)の毛並みがいかに素晴らしいかとか。

 ……まあ、終わってみれば嫌なことと差し引きプラスかな。


 * * *


「ぎゃあ!」


「ほっとするようなお茶の匂いが……あっ、まだたてがみを洗い終えていません、待ちなさいカイゼル!」


 でも今日だけは一緒にお風呂を止めて欲しい。

 倉庫であんな姿を見たものだから、どうしたって意識する。

 だからお約束(ラッキースケベ)は嫌いだ!

でもやっぱり修正は入れたりするんです。

お嬢様が武器を叩き壊したのは、ルゼイア君が手合わせに来てくれなかったからです。

大体魔王が悪い。

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