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ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第七章~不意打ちシューティング~
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第11話 閑話圧倒する残響

 ファウベルト領はかつて無いほどの緊張に見舞われていた。

 正確には、そこを取りまとめる領主代理とその学友が、だ。

 領民を犠牲にしていた呪われた領地。

 そんなところを国王自らが視察に来る。

 反発があることは予想できたが、領内に知らせてある。

 領民に隠し事をして、更に溝を深くするような真似は出来なかった。


「さて、上手く乗り切るついでに支援などいただければ御の字なのだが。」


 領地には国王を迎え入れるだけの蓄えも無いし、場所もない。

 仕方無しに帝国領のロウエルに泣きついた。

 視察の基本的な拠点はすぐ近くの建設現場。

 そこそこ建物は並び始めているが、村と呼ぶにはまだ遠い。


「……ねえカール君。何で私も巻き込まれているのかしら。」


 朝早くから礼服を着込まされたカリスト嬢は非常に不機嫌だ。

 相変わらずの男装然とした様相で腕を組み、笑みを浮かべた学友を睨む。

 何せ彼女がここに居るのは挨拶巡り中の偶然(・・)である。

 領地内で何が起きようと、ロベリア領所属のカリスト嬢には関係がない。


「ははは、学園時代からの仲じゃないか。」


 などとこれ以上無い笑顔で押し切る。

 当たり前だが警護の者も多く、厳重警戒でやってくるだろう。

 それでも何かあった場合、すべてファウベルト領の責任となる。

 フォールンベルト家は何やら画策しているが、この件に関して手を打たなかった。

 つまりお嬢様を引きずり出したい墓荒らしが、手を出す可能性があるのだ。

 胃薬なしでやっていられないとばかりに、カール氏は兎人の侍女から受け取った。


「……私も頂けるかしら。」


「ロベリア卿、こちらをどうぞ。」


 先程の胃薬が持ち歩いている最後だったらしい。

 別の兎人の従者が間髪入れずに水差しと共に差し出してくれた。

 近距離で無音のやり取りができる種族ならではの連携だ。


「カール様、ロベリア卿、携帯用の胃薬を準備してまいりました。私たちは宿舎で待機してりますので何かあればすぐに。」


「ありがとう。……流石に国王様の前で飲むわけにはいかないわよね。」


「ああ、助かる。なに、難所は最初の挨拶だけだ。」


 視察に関して、彼女たちが身の回りの世話をすることはない。

 国王の一団が純人の者を専用の従者として連れてくるのだ。

 侍女たちは気が楽だが、墓荒らし派閥の者が来る事を意味している。


「大体フュースト君はどうしたのよ。今朝から顔も見てないんだけど。」


『出迎えに行かされている。死んだような目をしていた。』


 知恵ある聖獣(ナレッジビースト)と化したモルグ氏が会話に割り込んできた。

 自身の魔力を魔王の分身へ切り分けたため、規模(りんかく)は小さくなっている。

 それでも世界の魔力であることに変わりはない。


「……幼馴染に随分な仕打ちなのね。」


「信頼していると言って貰いたい。」


『領地に入った者、及びその周辺、共に停滞の気配も魔道具もなかった。魔災を起こすつもりはないようだ。』


 世界そのものであれば、どこに在ろうと不思議はない。

 それこそ停滞で阻まれない限り、視野はどこまでも広げられる。

 まさか国王相手に斥候役に駆り出されるとは思いもしなかっただろうが。


「こう言っては不謹慎だが、モルグ。君がその姿で助かった。さて、カリストさんの疑問に答えよう。陛下は、領主の姿見をご所望だ。だが、ここにそんなものはない。」


 映像記録の類いであれば、フォールンベルト家に頼めば手に入っただろう。

 直接見てしまえばつい目で追ってしまう、気づけば惹き込まれてしまう。

 カール氏にとってお嬢様の存在はそういうものだ。

 だが、墓荒らし側としても領主側としても、国王を巻き込むつもりはない。


「つまり、直接言葉で伝える必要があるのだが、私では少々荷が重い。」


 ここはお嬢様を知る学友からの感想で我慢してもらうことにした。

 実際送られてきた書簡にも、領主の人となりが解れば良しと記されていた。

 残念ながらカール氏はお嬢様から少し距離を置かれている。

 レオン嬢と共に引きずり回されていたカリスト嬢の方が適任だろう。


「荷が重いのはこちらの話よ。カール君は王室の傍系でしょうけど、うちはご先祖様が領地を賜って以来、拝謁する機会もないんですけど? どんなふうに話せっていうのよ。」


 首都から離れすぎている上に僻地で、領民の自立心が非常に強い。

 何かあれば自分たちと領主だけで対応するため、陳述自体が滅多に上がらない。

 それだってたまに訪れる王宮からの視察団に軽く告げれば事足りる。

 最低限の礼儀作法は学園や夜会で身につけているが、最上級はぶっつけ本番。


「陛下は社交の場が苦手だ。礼節に関しては夜会のときの君でも充分だろう。」


「……腹の立つ言い方をするわね。それで、真相は?」


 国王が社交の場に出ない事などあるはずがない。

 苦手と言えど、相応の場数は踏んでいるはずだ。

 にもかかわらず敬われ慣れていないかのような言い方。

 辟易する結論しか思いつかないが、確認しておく必要はある。


「我が父上殿や宰相方は、陛下が純人以外と接することを良しとしていない。自然とそういう(・・・・)扱いが普通になってしまわれた。」


 答えに関しては想像通り。

 周囲を取り巻く環境が非常に悪かった。

 傀儡という立場が当たり前であれば、そこに敬意は生まれない。

 肩書だけで敬われつづける様は非常に滑稽だ。


「……純人至上主義が、聞いて呆れるわ。」


 純人ばかりに重きをおけば、多種多様な王国民は疑問を抱く。

 そういう呪いであることは間接的に聞いていた。

 やる事なす事が、王国という枠組みを蝕む結果に繋がる。

 国を守る矛と盾がいかに強力であろうと、使い手の病は取り除けない。


「それでも国王陛下だ。いまの領内を考えれば、下手なところに滞在して頂くわけにはいかない。」


「だからロウエルに頼み込んだのね。あちらも箔がつくから願ったりでしょうけど。」


 旧領主邸は滞在には適していない。

 できたばかりの宿場町は簡易的な寝泊まりしか考えられていない。

 領内で開拓と同時に資材の確保も行っているが、足りていないのだ。

 そもそも現在最優先で行われているのは、村をつなぐ街道の整備。

 最近では実家から呼び出されたミズール嬢に変わり、ハルト氏が指揮している。

 何より貴族に対する反感が非常に強いため、領内ではもしもの事がある。


「それで、純人二人で出迎えることになるのは狙っていたのかしら。」


 なるほど純人至上主義の皮を被った者らであれば、迎えるのは純人が良かろう。

 案内役のフュースト氏も、ここまで到着すれば領内見回りに戻るだろう。

 それほど領側の人手は足りない。


「はは、まさか。」


 カール氏は、まるでその質問が来ることを予知していたように否定した。

 態度は言葉よりも雄弁である、カリスト嬢は大きく息を吐く。

 どうやってもこの場から逃げられない、腹を決めればあとは挑むだけだ。

 伊達に田舎育ちの貴族をしていない。


「ああもう、事細やかに視察の段取りを聞かせてきたのはこのためね!? いいわ、()ってやろうじゃないの!」


『では、手前はそろそろ離れておこう。何かあればすぐに知らせる。』


 一時期に比べれば随分走りやすくなった道。

 切りそろえられた梢の向こう。

 フュースト氏を先頭に豪勢な馬車とそれを囲む一団が見えてきた。


 * * *


 ファウベルト領に入ってからの道程は控えめに言って最悪だ。

 地面の凹凸はとりあえず均された程度であるため、重い馬車が非常に揺れる。

 たまに切りそろえきれていない梢が屋根に当たり、がさがさと音を立てる。

 井戸周辺も整備途中のため、水の補給はときに魔道具で賄うしかなかった。


「ふはは、よくもここまでの悪路を走らせるものだ。」


 最近の特許技術を駆使した豪奢な馬車の中。

 楽しげな声を上げるロラン王とは裏腹に、宰相たちはしかめっ面だ。

 突然がたん、と馬車が跳ね上がり、うち一人が腰を抑えて呻く。

 この揺れでも固定された食器は落ちたりしない。


「これはファウベルト領の怠慢でしょう、何という嫌がらせか。」


 休憩所が一部しか機能していないせいで随分な長さを揺られている。

 王の監視役としてついてきた彼らは、内心で毒づき続けていた。

 最も、こういう状況になることを良しとしたのはベーラ領時代の領主だ。

 宰相達の一部もそれに加担していたのだが、そんなことは忘れている。


「北部の道を使わせなかったのは、陛下に対する不敬では。」


 ベーラ領時代から使われていた唯一の道。

 それを使えば、こんなひどい目に合わずにすんだだろう。

 だがその道は旧領主邸にしか続いていない。

 視察が理由であるため、領主代行から指定された道を使っている。

 奇しくもお嬢様達が辿った道順である。


「僅かな歳月でここまで荒れまい。糾弾すべきは前領主であろう。」


「……は。失礼致しました。」


 領土に入ってからロラン王の様子がおかしい。

 始めは久しぶりの遠出故と思ったが、領土に入るまではいつもどおりだった。

 窓から見える風景も代わり映え無く退屈なものばかり。

 衝撃吸収の新技術を取り入れた馬車とは言え、この道では愚痴も出ようもの。

 上機嫌になる理由が欠片も見つからない。

 不思議に感じているのは宰相達だけではなかった。


 ――領に入ってから心が軽い。悪評高い地ゆえ、気を張っているはずだが。


 王自身も不思議な高揚感に戸惑ってた。

 当然ながら王であれば、揺らぐ感情を御する術を身につけている。

 そのため宰相たちも不思議を感じるに留まり、変化には気づけない。


「……たまには公務に追われず、こうして各地を見回るのも良いかもしれぬ。」


 まれに井戸と休憩所、双方辛うじて仕える場所もある。

 そうしたところで止まる度、窓から建設過程を覗き見る。

 普段ならば目に入れる必要もない、つまらないと切り捨てている風景だ。

 領に入ってからそのつまらない風景が日に日に目を惹くようになった。


「ご冗談を。せめてもう少し道が整っている場所に致しませんと。」


「それは確かであるな。」


 再び馬車が動きだし、悪路に大きく揺れる。

 衝撃吸収の技術も施していてこれなのだ。

 身の回りの世話をする従者達の馬車や、護衛の騎士たちは辛かろう。

 とは言えようやく今日から文化圏に入ったのか、酷い揺れは少なくなった。

 程なくして帝国の飛び地特有の匂いが漂い、滞在先手前の集落へ到着する。


「ほう。聞いてはいたが、本当にこんな所で余を出迎えるつもりか。」


 馬車が止まったのは切り開かれているものの、辛うじて簡素な家が数軒建つ場所。

 先導していた獅人の青年が御者達と話をしている。

 先んじて連れてきた従者達が降りる準備を整え始めた。

 程なく獅人の方は最初伝え聞いた通り、領内の見回りに戻っていく。


「……掘っ立て小屋で陛下を迎えるとは。グレイ家の者は、随分非常識になったものですな。」


 簡易的なテントは張られているが、まるで伝え聞いた戦時の有様だ。

 小窓の向こうで見知った傍系の顔と、見知らぬ娘が膝をついた所。

 てっきり出迎えは代理領主一人だけだと思っていた。

 知らぬ娘が印しているのは、確か北西にある領の紋章だと記憶している。


「この地で起こっていた事は余も耳にしている。痛ましい事だ。だからこそ、余らが直接村々を訪れるわけにもいくまいよ。」


 貴族の暴走により、いくつもの村が滅んだとか。

 領民の抱く感情に良いものが含まれないことは察しが付く。

 最悪暴動にまで発展しよう。

 先んじて文を送り、準備を行わせたのはそれを防ぐ意図もある。

 だが状況を見るに、それすら身を削るほど領内は切迫しているようだ。


「そうなれば護衛に仕事をさせれば――。」


「あら、つまりわたくしを起こしたいと?」


 馬車の中に決して大きくない柔らかな声色が響く。

 一方その声色に似つかわしくない物騒な発言は、音以上に強い存在を意識させる。

 顔を出したのは真っ黒なドレスに身を包んだ白髪の狼人。

 ひっ、と反射的に宰相達が息を飲むが、幸いにも発言者にその気はないようだ。

 そのつもりならば、とっくに黒瞳が苛烈な炎を宿している。


「貴殿の同行する条件に反することになる。よもや一部隊の筆頭が約束事を反故にすることはなかろう?」


「ええ、もちろん。ですからそこまで怯えることはありませんわ、宰相殿? 陛下に免じてこの視察が終わるまでは、大人しくして差し上げますもの。」


 ぱさりと黒い扇子で口元を隠し、目を細めたのは護衛を務める一団の長。

 王が動くのであれば近衛が守る。

 近接格闘部隊が筆頭、『黒狼』シルヴィ・ロン・ウォルフ。

 ひどく気分屋で凶暴で、間違っていると思えば守護する相手にも牙を剥く。

 そんな彼女から、以前暴れた詫びとして護衛の提案を受けたのだ。


「さて、忘れないうちに知らせましょう。ファウベルト領主代行は歓迎の意と共に皆様方へ挨拶申し上げる準備が整ったそうですわ? あとは侍女達に任せますわ。」


 わざとらしい言い方は間違いなく皮肉が込められているだろう。

 それを咎めるだけの胆力があるものなど、宰相の中にいなかった。

 せっかく眠っていてくれるのだ、叩き起こす必要はない。


「皮肉が言えるならば、疲れておらぬということか。あいわかった、報告ご苦労。」


 ただ一人、王だけが不思議とウォルフ卿を前に怖気づかなかった。

 必要とあらば身分すら厭わず殴り飛ばしに来る彼女の力量は、王を遥かに凌ぐ。

 謁見の間に守られている時ならばいざしらず、面と向かっても恐怖を感じない。

 王は知らぬことだが、墓荒らし(グレイヴン)は保身によって王国を腐敗させている。

 他種族の強い力を前にすれば、宰相達のような反応を返すのが常だ。


「……まるごと上塗り(・・・)だなんて、次は全力でも負けるかもしれませんわね?」


 侍女と入れ替わったウォルフ卿の独り言は誰かに届くこともない。

 シルヴィ嬢が離れたことで、侍女に手伝われて宰相が不快げに靴を土で汚す。

 最後に王が土を踏み、ようやく挨拶の口上が始まった。


「陛下に置かれましてはご機嫌麗しく。まずはこのような場にて出迎える非礼をお詫びいたします。」


「グレイ卿、よもやこのような野ざらしの場を設けようとは。父上がお知りになればひどく落胆するでしょうな。」


「我々が足を運んだだけの物があればよいのだが、このざまでは期待もできぬ。」


 機嫌が麗しくもない宰相達が、早速跪いたままのグレイ卿に噛み付いた。

 頭を伏せているため表情は見えないが、意に介した風はない。

 一方、横の娘はほんの少しばかり不機嫌そうな空気になった。

 宰相達はそう言った粗を探すことに長けている。


「それとも、そこの……ロベリア領の者が提案したのですかな。だとすればこのような無礼も納得できる――。」


「少し黙れ。余はまだカールの弁明を聞き終わっておらぬ。」


「し……つれいいたしました。」


 ロラン王が、鷹揚な口調でそれを遮る。

 あまりに粗末な場であるため忘れているが、ここは貴族の世界(・・・・・)だ。

 招いた側の口上を、あまつさえ挨拶されている当人を遮って口を挟む事は非常識。

 ましてその相手が国王だ、無礼と言うならこれこそが当てはまる。


「宰相方に置かれましても、不便をおかけして申し訳有りません。ですがファウベルト領には現在、滞在に足る場所がございません。代わりに、既にお知らせ致しました通りロウエルへ滞在の手配をしております。」


「余らが留まるに足る場所が無いと。ならば王室貴族である貴殿はどこで過ごしているのだ、カール。」


 それでも宰相達に罪が追求されることはなかった。

 幼少から依存しているため、当然の結果ではある。

 だが、今この時も宰相達は強い違和感に襲われていた。

 決して小さくはない違和感と変化は、互いに貴族の仮面で隠される。


「辛うじて形を残している兵舎のほうに。陛下の滞在中はこの場にある仮宿舎で過ごします。」


 は、と嘲りの息が宰相の方から漏れた。

 誰のものかまでは判別がつかないが、癇に障るタイミング。

 まだ話の途中なのだ、合いの手は望んでいない。

 そもそもこの地に対する処遇を決めていたのは宰相達だ。

 いつも些事と好きにさせていたが、これほど傲慢だっただろうか。


「ロベリア領の娘はなにゆえこの場に? 領地は正反対であろう。」


「友が領地を賜ったと聞き、挨拶に訪れておりました。カリストと申します。陛下はエルエル様の話をご所望だとか。口不調法ながらグレイ卿より伝えるよう任を承りました。」


 恐れることも、不機嫌な空気を声色に出すこともない。

 王室直系と話すことなど初めてだろうに肝が据わっている。

 その分感情が解りやすいところが少々惜しい。

 宮廷に上がれば先程のようにいい的になるだろう。


「余の要望に答えるためか。解った、一先ず納得しておこう。それに、帰りもあの悪路であろう。湯治であればそなたらにとっても悪いことではない。」


 実際に、既に腰を痛めた者が居る。

 グレイ卿の言うように、まともなベッドも無いのなら帰路に支障をきたす。

 何よりロウエルは帝国領だ。

 お忍びが推奨されているため多少は羽を伸ばせる。


「二人とも面をあげよ。そろそろ視察の順路を決めねてもらわねばな。……ふむ。」


 靴を汚しただけの王達と違い、グレイ卿とロベリア卿は節々が汚れていた。

 前領主がしでかした事を鑑みるに、領民からの当たりは非常に強いものだろう。

 宰相達は汚れを小馬鹿にするが、身を粉にして領地復興に励んでいる証だ。

 果たしてその宰相たちに全てを任せきりにしていいものか。

 逡巡のあと、ロラン王は考えてもみなかったことを口にした。


「気が向いた、余の席も用意せよ。カリストは余に慣れておいたほうが領主の話もしやすかろう。」


 びきり、と何かに亀裂が入る気配。

 それは予想外の申し出に二人が固まった音か。

 あるいは暴走を始めた王に対する宰相達の焦りか。

 こうなる事を察していたのは、実際にそれ(・・)と相対したウォルフ卿だけ。


「では、わたくしもかつての学友としてお話に加わりましょうか? ……まったく、再会が楽しみですわ。」


 人工的に魔王を生み出したほどの巨大な空白。

 それを塗りつぶしたお嬢様(おうごん)は、この地の世界(カンバス)と同化している。

 奇しくもフォールンベルトに謳われる逸話に等しい。

 すなわち、その背には翼への羨望しか残らない。

 その(あと)には(まりょく)への恐怖しか残らない。

 巨人の願い(のろい)はそこに端を発するのだ。

 生まれる原因を恐怖まで遡れば、血から目覚めぬ魔法は今度こそ塗り潰される。

 気づかれぬよう緩やかな死を選んだせいで、最悪に至る呪いは間に合わなかった。

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