番外 ブラック・カーニバル
番外、一発書きです。
プラスマイナス3日は誤差ッ!(力任せ)
異世界にあってこの世界にないものの一つ。
年が変わって二度目の月、始まってから十四の日。
お世話になった誰かにプレゼントを渡すという行事。
何かを贈るのに、別にその日でなければならない理由はない。
貴族の世界ともなれば、食べ物より希少な宝飾品の方が好まれる。
「……うん、こんなところでしょう。」
そんな事は百も承知なのだが、別に贈る相手は貴族ではないし普段からお世話になっている学友たちは確かに貴族だが、同性相手に宝飾品を贈るのもこの世界では奇っ怪に映る行為、加えて特別感の生まれぬよう全員に同じもの……似たようなものを贈るとすれば消去法的にすぐに無くなる食品を選ぶ事が自然な流れであることは明白かつ自然に行き着いて然るべき答えなのだ。
以上、証明終了。
誰かに突っ込まれたわけでもないのに、言い訳が高速で流れていく。
察しがついているかもしれないが、現在立っているのは学園の厨房。
平民出の学生向けの大衆食堂として使われているが、時間外なら自由に使える。
目の前には昨日お忍びで買ってきたチョコレートの山だ。
エプロンに三角巾で長い髪が垂れないようにして、準備も万端。
「エルさんが面白そうなことしてる匂いを察して! と言うか甘い匂いにつられて!」
「ぎゃん!?」
前触れ無くレオン嬢が飛び込んでくるものだから、口から心臓が飛び出しかけた。
可愛らしい声も色気のない悲鳴を伴えば滑稽に聞こえる。
間違っても本番でこんな声を上げるわけにはいかない、覚えておこう。
「ごめんなさい、エルさん。レオンさんを止められなかったわ……。」
「か、カリストさんまで。いえ、たしかにお忍びの時、堂々と大量買いした私が迂闊でした……!」
直前まで必死に止めようとしてくれていたのだろう。
カリスト嬢がレオン嬢に引きずられている。
王国南部の国から仕入れられているチョコレート。
一人で食べるには多すぎる量を買い占めたのだ、そりゃあレオン嬢だって嗅ぎつける。
「それでそれでー? この大量のチョコどうするの? まさか厨房で食べるだけなんてないよね!」
「ええと、明日は十四日ですのでお世話になっている方々にプレゼントしようかなと。」
湯煎して形を整えれば、それだけで手作り感が出てくれる。
非常にお手軽なお菓子である。
などと考えているが、ナッツやシュガーパウダー、フレバー用のリキュールまで並んでいる。
ラッピング用の袋やリボンまで買い揃えてある。
明らかに溶かして固めるだけで済ませる気がないが、これはどうせ作るならば妥協せずに全力を出すべきだという貴族としての使命感というかそんな感じのなにがしかであって別に深い意味があるわけでは――。
「うん? 十四日だとなにかあるのかしら。」
「何もないです、見かけて加工するのが面白そうかなと思っただけです!」
しまった、この世界に存在しない行事であることを失念していた。
レオン嬢の目が好奇心できらきら、ギラギラしはじめた。
これはいけない、下手な言葉をこぼす前に別のことへ興味を移さねば。
「折角ですし、お二人も試してみませんか! 材料は、見ての通り私が揃えてありますので!」
「ふふふ、使わせてくれる代わり口止めと追求を諦めろってことだね。いいよー、こっちの方も面白そう!」
「でもチョコレートなんて中々出回らないでしょう? 調理方法は大丈夫なのかしら。」
大貴族二名に下級貴族一名。
カリスト嬢は幼い頃から狩りに血抜きに解体に調理も経験があるだろう。
一般常識では大貴族ともなると調理は専属の者に任せるものだ。
趣味程度に何かへ手を出すことはあっても、異国のものを扱うことはない。
「それほど難しく有りませんよ? いくつか型も工面してありますので、湯煎で溶かして流し込む。あとは固まるのを待つだけです。」
味付けは既にされている、気にするべきは形くらい。
より正確に言えば溶かすときの温度が追加されるが、そこまではいいだろう。
そもそも温度を測れるような機器は無いのだし。
準備した型は三角、四角、星型、丸いものをつくるために製氷機も流用する。
「ふんふん。側のナッツやドライフルーツとかはその時に入れるためのものかな? あ、カリストさん、こっちのエプロン借りよう。」
「レオンさん、棚が崩れるわよ……。」
わあ、自由ー。
棚にしまわれているエプロンの、なぜか一番下から引っ張り出すレオン嬢。
いえ解ります、解りました、解ってしまいました。
サイズですね、首の少し下でだいぶ持っていかれますよね、私も予想外でした!
カリスト嬢の目が死んだ。
大事なのはサイズではないと伝えたいが、まず災いを呼ぶ。
「ぼ、ボウルの用意はできました、お湯は作ってあるので早速始めましょう! まずは刻むところから――。」
調理にかかってしまえば細かいことを気にする暇はなくなる。
何せお嬢様はともかく、二人はチョコの扱いは初めてだ。
異世界のお菓子作りに関する記憶があって助かった。
前哨戦は難なくクリアできるのだから。
* * *
本番当日、あるいは本戦。
目標の大半につつがなくチョコレートを配ることができた。
出来事と言えば、狐人の尻尾もあんなに揺れるものなのかと驚かされたくらい。
シルヴィ嬢は甘い匂いを苦手そうにしていたが普通に受け取ってくれた。
ハルト氏は三人がかりのプレゼントに想像通りぶっ倒れて医務室で寝込んでいる。
後は概ね問題ない。
「すーはー、すー、はー。」
深呼吸深呼吸、深呼吸!
間違っても昨日のような素っ頓狂な声を出すわけには行かないのだ。
色々なパターンを試したプレゼント、甘さは胸三寸で決められる。
見た目は変わらないため、同一のものであると誤認させることは容易なはずだ。
いや、別に味付けに何かを足したりしたわけではない。
むしろ逆、他に何も追加していない形を整えただけのプレゼントだ。
少しだけ形は自分でアレンジしたけれど、手を加えたところと言えばそれくらい。
参加人数が増えたため、準備しておいた型を使い切ってしまったのだ。
「……普段から模擬戦に付き合ってもらっているお礼でしかありませんし。」
最後の一人の姿が見えず、魔法科に併設されている図書館前で出待ち中。
別に学科縛りはないため、入ってしまえばいい。
……いや、下手に甘い匂いをさせてしまっては読書の邪魔になってしまうではないか。
それはよくない、非常によくない。
別に二人きりの時に渡したいとかそういう意図は全くない。
一番先に手渡ししたいなんて思っているわけないじゃないですか。
「あの二人は、考えを穿ち過ぎなんです。」
だと言うのに、渡しに行くと言った途端に揃って生暖かい眼差しを向けてきた。
違うとどれだけ言っても聞いてくれやしない。
腕が釣り合っているのがルゼイアだけで、彼とばかり手合わせしているのは否定しない。
これは特別な感情でもなんでもない。
大体学園に来たのだって自分磨きが本業だ。
家のために誰かに侍り、従うなんてまっぴら御免。
自分の道は自分で選ばせてもらうための修行中なのだ。
「……あれ、エル?」
「ぴゃう!?」
思考途中で目当ての声が飛び込んできた。
今度こそ心臓が飛び出した。
幸いにも意識していたおかげで、滑稽な音を出さずに済む。
いえ意識なんてしてませんが? これっぽっちもしていませんけれど。
「き、今日はこちらに顔を出していると伺ったので。他の学友には渡したので、あとはあなただけでした。これをどうぞ! 普段模擬戦でお世話になってますのでそのお礼です、それ以上でも以下でもありません。食べ物ですので早めに食してくださいね!」
少し声が上ずった上に妙な早口になってしまった。
放り投げるように押し付ければ、つい受けてしまうのは人の性。
それを利用して一撃必殺、戦線離脱。
目的を果たした以上長く居れば墓穴を掘る予感がする。
「本当に、それ以外の意味は無いんですから――……!!」
長い金の髪を翻し、捨て台詞を残して脱兎のごとく駆け出した。
ああもう。
学友にお礼を渡しただけなのにどうして顔が熱くて心臓が煩いのだろう。
深くは考えないし、意識もしないようにする。
ただ真っ赤になった頬を撫でる冷たい空気が心地いい。
「二月十四日の行事だっけ。わ、これは……。」
甘い匂いの残滓と共に見えなくなったお嬢様を見送った後、手の中のプレゼントに目を落とす。
綺麗にラッピングされたそれは、ぴたりとチョコの形に張り付いている。
「この形がこの世界で普及してないこと、忘れてたね?」
受け取った中身に関する感想を聞かなかったのは互いに取って都合が良かった。
ルゼイアは正体を知られるわけにはいかないし、お嬢様は羞恥心の暴走を防げたのだ。
蛇足ながらその後、学園では特定の日にチョコ菓子を贈る行事が流行った。
でも修正はするッ!




