第10話 ジョバーの意地
2022/02/13 追加
現在訓練場は応急の病室として使われているため、半数が使用不可能となっている。
残りの半数は撤去した廃材を一時的に収めている。
これらの中から使えるものと使えないものを選別し、使えないものは演習場へ。
簡易で作られた炉を用いて蒸気機関を稼働させる燃料とするのだ。
そういうわけで兵士たちも現在そちらに時間を取られていた。
「ぐう……!」
一方で、すべての場所が使えないというわけではない。
無数に存在するバジリス嬢の空調を扱う工房。
その一つは現在設備を演習場へ移してあるため、広い空間ができている。
兵士達の訓練に使えるような広さでは無いが、数人の手合わせは可能だ。
ゼルド氏の盾の一打を、ツァシュテ氏も同じく盾で弾き返したところ。
「膂力だけで言えば突出しているが、安定がまるで足りん。そこが弱みだ。」
同じ二枚盾を使う者同士。
お嬢様達の中で腕の立たない自覚があるゼルド氏から稽古を頼んだのだ。
とは言え、別段彼は標準より弱いというわけではない。
傭兵家業をしていただけのことはあり、追撃やフェイントには勘で対応する。
体勢を崩し、踏み込もうとしたツァシュテ氏が踏みとどまったのはそのためだ。
体で隠すようにしているが、右手の盾が斧に変わっている。
踏み込んでいれば側面から強い一撃を見舞われていた。
「鍛える順番間違ってんだよ、そのバカは。」
ひどく疲れた表情のフォクシ嬢が壁際から声を投げた。
いつものように着物にハーネス姿だが、大袖は流石に身につけていない。
緊急議会の開催許可を受けてバシリス嬢が多忙となり、ようやく逃げ出せたのだ。
専門的な理論や計算を立て板に水のように話されても理解できるはずがない。
「はは、雪狐殿は手厳しい。美麗な花には棘があるというのは本当のようだ。」
「止めてくれねぇ? 鳥肌立つんだが。」
「ははは、これは手厳しい。」
同じく観戦に回っているのは『神速』ことラヴィテス氏。
無差別に魅了を使うルカン氏に比べればまともだが、彼も十分たらしである。
平然と歯の浮くような呼び方をするし、言い回しだって随分なものだ。
ちなみにベルドラド氏とフィア氏は州都の警護に回っている。
バレッタ氏はフェイル州の追撃を待ち構えて監視に出ている。
ミリィ嬢に至ってはこんな退屈なところに来るはずがない。
「ぜぇい!」
単調に振り抜かれた右手の手斧はツァシュテ氏の盾に容易く弾かれ――。
「……ふむ、少し考えたな。」
弾かれた勢いを利用し、左手の盾を体に近づけることで体を回す。
踏み込みの勢いを回転することで減衰を抑えた体当たり。
受け止めれば手斧が首を狙い、下がるには足をかけられる距離。
――ドン、と重々しい音が工房に響いた。
「……これでも動かせないか。」
盾から打ち出された杭が工房の地面を穿ち、ツァシュテ氏の体を地面に縫い止める。
浮きあげた盾がゼルド氏の手斧を弾き、体重を乗せた体当たりでも微動だにしない。
その盾の中央に、くっきりと刻まれた小さな拳の痕。
お嬢様の一打がどれだけ非常識かを物語っている。
「おいバカ、さっさと離れるか攻撃続けるかしねぇと――。」
「格好の的だぞ?」
防いだ後に次の攻撃を待つほどツァシュテ氏は甘くない。
ゼルド氏の持つ盾よりも遥かに大きく重量を持つため、鈍器としての性能も高い。
回復用の魔道具はきちんと常備されているし、回復魔法だって使える。
つまり、骨の一本や二本が砕けようと心配する必要は無いのだ。
獅人ならではの膂力で持ち上げられた大盾がゼルド氏の頭上向けて振り下ろされる。
修練で殺すつもりはない、狙いは頭部ではなく肩だ。
「こりゃあ今日のところは勝負ありか。『粉砕』相手だ、ゼルド君は頑張った方だと思うな。」
「普通は下半身から鍛えるんだがねぇ。あのバカ、順番を間違、えっ……おいこら!」
気だるそうにしていたフォクシ嬢が壁から背中を離す。
いつの間に術式を逆解析していたのか。
フォクシ嬢の握っている手綱の隙間を付き、ほんの僅かに封印が解かれる。
「ああ、その瞬間が最も解りやすい!」
僅かな隙間から噴き出した聖獣が、ゼルド氏の体内魔力を喰らおうと動き始める。
だが、その経路を両盾に導くことで世界の一部はお嬢様の作った刻印に沿う。
魔力が暴れて手斧の柄が伸び、盾と手斧が絡まり一本の戦斧へと変貌する。
その大きさたるやゼルド氏の身長を超えるほど。
ほんの少しだけ身をかがめることで振り下ろされた盾の直撃を免れる。
更に角度を倒すことで、受け止めきれない力の方向を斜めへ移す。
「ほう……!」
ゼルド氏の動きは目に見えて速さと重さを増していた。
力の方向が変われば重さも変わる。
押し込んでくる動きに逆らわず、ツァシュテ氏はこの日初めて後退を試みる。
前傾姿勢になったため、足をかけられる心配がなくなったためだ。
が、打ち込んだ杭を引き抜こうとして引っかかった。
見れば化石樹の蔓が絡みつき、一瞬だけ隙を生じさせたのだ。
「今度こそは!」
「そう簡単にはいかんな!」
それだけあれば、戦斧を短く持ったゼルド氏が攻撃するには十分だ。
守りに使おうとした盾は絡め取られて動かない。
仕方無しにツァシュテ氏は盾を放棄し、拳を戦斧に叩きつた。
無理やり軌道をずらして回避する。
重々しい風切り音を弾きあげた拳がノーダメージですむはずがない。
表情が歪まないのは戦いの最中だからだ。
「いや驚いた。いきなり動きが良くなったんだけど、どういうことかな雪狐殿。」
目を瞬かせてフォクシ嬢へ質問するも、彼女に答えるつもりはないらしい。
大体が気に入らない呼び方をされた意趣返しであることは彼も理解している。
加えて今は模擬戦中の相手に憤怒しているためか。
「上手いあわせ技だ。地盤ができていないのが惜しい!」
弾きあげられた戦斧が再び降りる。
今度は柄をがしりと掴み返され、びくとも動かない。
質量のぶつかり合いにずん、と空気が揺らぎ、工房の床が僅かに沈む。
長物や重心位置が偏っているものを振るう際には重心がブレやすい。
それを制御できて初めて狙った場所へ最適な一撃を加えられるものだ。
今の彼にはそれが備わっていない。
「……ここまでか。」
武器を抑えられた以上打つ手はなし。
無手の戦いで何かを学べるほど、ゼルド氏は熟達していない。
流れの組み立てはうまく行ったものの、十全に発揮する地力が足りない。
諦めて腕の封印を再度施したところで、ゼルド氏の側頭部に衝撃が走る。
「ぐあっ!?」
「こんの、ド阿呆!」
言うまでもなく怒り心頭のフォクシ嬢である。
自身が握っていたと思っていた手綱に、いつの間にか細工されたのだ。
狐人としてこれ以上腹の立つことはなかろう。
「ところでツァシュテ、気付いていたかい。」
「……ああ。傭兵上がりと聞いているが、瞬きすらせず状況を見続けていた。」
「よくまあ、あの年まで維持できているものだ。」
二人揃って襟首を掴んで揺さぶられている相手の異質さを見抜く。
盾がぶつかった瞬間も、手斧が防がれた瞬間も。
自身めがけて大盾が振ってくる瞬間すら、ゼルド氏は見続けていた。
その目に宿っていたのは最後まで諦めず、生き残る意志だ。
死地を潜れば潜るほど、その意志は薄らいでしまう。
日常的に死と共に在るには、そうならざるを得ない。
「お前いつから細工してやがった! あれはてめえの命を啜る! だからオレが手綱握ってやってんだろうが!」
「虚を突くにはそれしか無かった、試せそうだと思ったのはつい先程だが……。」
「あーくそぉ、オレが早馬関係で頭かき混ぜられてたせいか! エルから悪い影響受けやがって!」
思いつきで術式を試すのは、常識外の妹弟子が行っている。
眼前で盛大に騒ぎ立てられ、毒気を抜かれたツァシュテ氏は一足先に場を離れた。
両腕のガントレットが緩んだ瞬間、信じられない量の魔力が噴き出すところは確認した。
それだけみれば、ゼルド氏が聖獣憑きであることは想像がつく。
彼ほどに生きられたのは、生来の諦めない意志に由来しているのだろう。
「危険性については重々承知している。何かあればフォクシが止めてくれるだろう。」
「んなっ! そ、そうじゃねぇよ!てめえで何とかできねぇのに人任せにすんなって事だよ!」
模擬戦に関する反省会や工房の修繕に関する相談は暫く無理そうだ。
少なくとも激怒しているフォクシ嬢が落ち着くまで待たねばなるまい。
こういった相談を取りまとめることに関して、彼女が一番長けている。
そんな折に事故は起こった。
「うおっ!?」
「わあっ!」
ゼルド氏が戦斧から手を離さないのは、それを杖代わりに使っているからだ。
だと言うのに強引に揺さぶれば、バランスを取っていられるはずがない。
工房に引きずられ、呪文じみた話を聞かされるフォクシ嬢も本調子には程遠い。
がしゃんと二枚の盾が騒々しく工房の床に散らばった。
「なあツァシュテ。あれは最高のクッションじゃなかろうか。」
「沈黙が吉だと思うぞ?」
お互いに不幸が重なっていた。
フォクシ嬢が安定していようと、不意に男性の体重を支えるだけの状態にない。
とは言え受け身を取ることに問題はなく、背中を強打せずにすんでいる。
両腕を再封印したゼルド氏は、急激な重みに受け身を取ることすらできなかった。
顔面を床で強打せずに済んだのは、柔らかいものに受け止められたからだ。
この場合、むにり、という効果音が最も適しているだろう。
「腕が、動かん……。」
「ひゃっ! しゃ、しゃべんな手を動かすなぁ!」
忘れがちではあるが、フォクシ嬢の感覚は非常に鋭敏である。
場所が場所だ、顔を押し付けたまま喋られ、ぞわっと髪が逆立った。
無理やり体を離そうとするが、ハーネスに革鎧が引っかかっている。
何とか外そうと暴れれば、着物の襟元が開くわ裾が広がるわ悪化するばかり。
シャツのおかげで素肌は守られているが、感覚が近くなることに変わりはない。
「すみません。フォクシさんとゼルドさんがこちらにいらっしゃると――。」
悪いタイミングは重なるものだ。
魔王の尽力によってなんとか平静を取り戻したお嬢様が入ってきたのはそんな時だ。
入ったら姉弟子が仲間の男性に押し倒されていました。
少し前まで相方を押し倒して甘えていたが、第三者視点でみるとこう映るのか。
表情が固まり、工房に踏み込む最後の一歩を降ろさないまま回れ右。
こんな状況を見たと知られれば、後から鉄拳制裁は待ったなしだ。
「エル、手遅れみたいだよ。」
混乱、羞恥、後悔、諸々の感情は怒りに取って代わる。
ただし、それも一時のことだ。
ゼルド氏とて、この体勢のままではどんな目にあうか解ったものではない。
フォクシ嬢が動かないのであれば、自らが立ち上がる方法を模索する。
「ひんっ! う、う、動くなつってんだろ大バカ!」
「だ、だが、この状況を何とかしなければ――。」
「そ、そこでっ、しゃべんなぁ!」
お互いがお互いの邪魔をするため悪循環だ。
二人の体勢が無駄に絡まるだけである。
流石に鉄拳制裁を恐れているような状況ではない。
「ああもう、二人ともじっとしていてください! ルゼイア、手伝ってください。何とか引き剥がします。」
少なくとも面白そうに見ている先輩冒険者は役立ちそうにない。
仕方なくお嬢様と相方が二人がかりで引き剥がすまで騒ぎは続いた。
ゼルド氏の頬に綺麗な紅葉マークが捺されたことだけは記しておく。
* * *
「それで、ええと今後の方針なのですが――。」
場所はお嬢様のパーティーに割り当てられた部屋へと移る。
セラに指摘を受けてから、意識の操作は行っていたはずだ。
それでも今回の件は堪えたらしい。
姉弟子は物理的に頭を冷やすため浴室に駆け込んでいった。
「……フォクシさんには後から伝えようか。」
最も彼女のことだ、浴室からでも聞いている可能性は高い。
相談の内容はお母様からの連絡についてだ。
お嬢様と相方は本来の身分を秘密にしている。
他の同僚に話す前に情報の取捨選択を行う必要があった。
「王国側の墓荒らしの他に、こちらでも同種の呪いが発動している。……まだ推測の域を出ないんだけどね。どこまで情報共有すべきだと思う?」
「連邦国での墓荒らしに関しては共有しておいたほうが良かろう。」
いつもならば情報の整理を行ってくれるフォクシ嬢が不在。
そのため進行、取りまとめ役はゼルド氏が代理で行っていた。
力量こそ一行の中では劣るが、長らく戦場に立っていた経験がある。
戦いには理由や大義があり、傭兵は時としてそれらを戦いの理由とする。
箱入りお嬢様達よりも現場判断は的確だろう。
「だが王国に関しては、フェイル州を弾劾するならば伏せておいたほうが良い。」
「書面のやり取りを出される可能性はありませんか?」
旧ベーラ領領主とのやり取りは実際に行われていたはずだ。
それが書面として残されているのならば、議会の場で弁明として出すに決まっている。
そうなれば王国側の貴族が関与していたことが明るみに出る。
「大丈夫だ、あれらは尻尾切りが得意だったからな。文など、とうに消えている。」
「加害者の主張だけでは証拠でなし、ですか……。」
「相変わらずそういうところは抜け目がないと言うか、えげつないというか。」
彼らに雇われ、切り捨てられたゼルド氏だ。
捨てるための手法は間近でみている。
各種書面には自壊の刻印を刻んでいたそうだ。
真面目な話題なのだが、頬の手形や頭の痛みのおかげでしまらない。
「……ところで、議会の後はどうするつもりなのだ? 居場所は秘しているのだろう。間違いなく王国側にも所在が掴まれてしまうが。」
「騒動に乗じて、取っ掛かりを掴む予定だったんだけどね。こちら側にも墓荒らしが居るとなると、まだ王国には戻れない。」
議会に王国側の領主として出席したとなれば、確実に呼び戻されることだろう。
お母様謹製の墓荒らしの息がかかっていない連邦国の地図は最早約に立たない。
墓荒らしを名乗る集団の目的は王国の破壊だ。
その全体像を暴くために元凶から離れたというのに、未だ相手の中にいる。
「もう一度、身を隠すしか無いでしょうか。」
バシリス嬢の護衛に関して言えば、お嬢様の正体を黙っていてくれるだろう。
だがそれ以外、州都全体や議会となると話は別だ。
日々飛行船が発着し、人と物、何より情報が交わされる。
すぐにエルシィ・ファウルはエルエル・ディム・ファウベルトだと知れ渡る。
「レースもフリルも、卒業する頃だと思いますし。」
「意地でもさせてくれなさそうだけどね、フリグさん達。」
お母様には悪いが、冒険者装束にしては可愛らしいのだ。
それがないだけで随分印象は変わってくる。
あとは髪を染めたり、瞳の色を変えたりすればいい。
魔力阻害の扇子があれば、体内魔力を隠すことだってできる。
「難しく考える必要はねぇよ。各地の治世を見て回ってるってことにすりゃいい。冒険者としてな。公然のお忍びだと思ってくれるさ。」
ようやく頭が冷えたのか、フォクシ嬢が浴室から出てきた。
簡素な王国服で、どっかりと自分のベッドへ腰を下ろす。
ゼルド氏が申し訳無さそうな視線を送るが、半眼で返されている。
「ギルドにゃ構成員を守る義務がある。国がひっくり返るようなことでもなけりゃ、身柄の引き渡しを強制できねぇ。」
自然と話しを続けるところから、やはり浴室から話を聞いていたのだろう。
冒険者たちが居るおかげで魔獣や魔物に対する防衛費を削減できるのだ。
また、薬草採取から物資の運搬、商隊護衛と様々な雑務を担っている。
うっかりギルドを敵に回そうものなら、それらの恩恵が全く受けられなくなるのだ。
「そうか、駆け出し貴族なら問題にならないね。」
「一度追放されてるってぇ事実も後押しだ。国へ戻る前に、きちんとした治め方を学びたいってな。」
民衆はゴシップを好むものだ。
最初の頃は魔災、魔性と盛り上げられていた。
それが最上級の身分剥奪から間をおかず最底辺の領土を下賜。
しかも民を売り渡していたという悪評の広がる場所だ。
領土運営の状況が芳しくないことも、王国の新聞で広まっている。
豪勢な籠から捨てられた小鳥はどんな思いを抱くだろうか。
想像は妄想に至り、憶測が物語を作り出す。
「私は、その物語に沿った役割を演じればいいわけですね。猫を被るより幾分楽です。」
アトミス氏へ地位あるものは責務を負うを説いたのだ。
どの道身分に応じた振る舞いをする責務は生じている。
とは言え、貴族の言い回しは無駄に力が入るため、非常に疲れる。
別に悪いことばかりではない、恋人との仲をお母様が後押ししてくれる。
……それに付随する問題は、また後日しっかりきっちりと話し合うとして。
「エル、エル。また目がつり上がってる。」
「こほん。」
散々甘えておいたおかげで怒気が零れても爆発することはない。
幸いにもフォクシ嬢、ゼルド氏共に追求はしなかった。
野生の勘、あるいは危機察知能力のおかげだろう。
藪をつついて竜に噛みちぎられてはたまらない。
「では、私は議会の後で身の振りを公表することにします。」
「護衛仲間にはエルの身分と行動を伝えておくよ。口裏合わせに事前準備が必要だろうからね。」
「連邦国の新しい裏組織の情報もな。王国側と様子が違う、気にしておかにゃならん。」
マギク州は王国側の有力貴族と親しく、技術交流を行っている。
そこが落ちれば、王国へ流れる蒸気技術は、他州のものを買わざるを得ない。
連邦側が忌避する竜人相手だ、全てとは言わないが足元を見られるだろう。
牽制するマギク州がなくなれば、違法技術の台頭も抑え込めなくなる。
だからと言って王国の墓荒らしは直接州都を落とすような派手な真似はしない。
「レオンさんも、まだ情報を集めているところでしょうし……。」
内側へ諜報員を送り込み、手中に収めようとして自己崩壊するのならば解る。
この国の墓荒らしについては、つい先日存在を知ったばかり。
どれほど派閥を広げているのか解ったものではない。
「面倒です、殴り飛ばせたら良いのですけれど。」
「盤面が整うまで待つしかないな。では、早速護衛仲間の方へ話してこよう。」
細かいことはその時考えよう。
今は目の前の問題に対処するだけだ。
身分を開示すると同時に戻れない理由も宣言する。
あとは冒険者としての身分を使って王国、連邦国双方の墓荒らしを知る。
奇跡の形さえ解析できれば、逆算的に術式を解く糸口になる。
「話した後でゼルドさんの装備をもう少し改造しましょう。術式の名残から、篭手と連動できそうなものが浮かんだんです。」
斧に転じる際の道筋を低い魔力濃度によって作り上げる。
世界の魔力は性質上、空白を生じさせぬよう薄いところへ流れ込む。
それを利用して枝葉のように、あるいは根付かせるように、篭手を拡張する。
追加刻印の資材は少し廃材を漁れば見つかるだろう。
枷が軽くなればなるほど、肉体を鍛えやすくなるはずだ。
「浮かんだ術式と言えば、カリストさん用の蛇腹剣を制御する術式も作ったままだったね。今度の魔法貨物で忘れず送らないと。」
「思いつきでそういう事するからバカが真似するんだよ!」
「むぐ!?」
何故かフォクシ嬢からお叱りの言葉と共に枕が飛んできた。
鉄拳制裁は受けたというのに、これは解せない。
下手に踏み込んで聞くべきではないと本能が警鐘を鳴らしていた。
口は災いの元、姉弟子のマッサージはお嬢様のトラウマになっている。
痛みはある程度我慢できても、あの快感は耐えきれるものではない。
追いつきましたッ!




