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ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第一章~ゴングが奏でるプロローグ~
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第3話 初陣スパーリング・後

2021/03/15追加

 お嬢様たちは初学期途中からの編入だ。

 入学可能年齢は特に決まっていないが、お嬢様とカイゼルがクラス最年少だとか。

 それ以外の話題はツァーボ先生の個人的な情報になるので伏せておく。

 軽い雑談まじりに向かった先では、七人の生徒が背筋を伸ばして待っていた。

 場所は体力測定も行うため、周囲を小さな木壁に覆われた訓練場。

 身につけているのは全員、学園支給の学生服だ。

 お嬢様たちにも後日採寸の後配られる。

 純人、獅人、竜人に、鼠人と、不気味な風貌をしているのは(もぐら)人。

 随分と珍しい種族だ。

 性別も男性女性入り混じる。

 意外にも石碑にあった理念は守られているようにも見える。

 お嬢様たちとは別に純人の教員に連れられ、紅い騎士服を着た竜人の少年と相方が合流。

 今回の編入者はこの三人だ。


「……あら、ロイヤル領の坊やも編入するのね?」


 シルヴィ嬢のつぶやきを聞いて、長い耳がぴくりと動く。

 やってきた少年の事は知っているらしい。

 ロイヤル領、たしか王都西部に隣接する領土だと記憶している。

 貴族であり、騎士の家系でもあるはず。

 別段編入してくる事自体は不思議ではなさそうだ。

 短く刈った茶色の髪に勝ち気そうな赤い瞳、相方は地竜。

 空を飛ぶことは出来ないが、速度においては並の早馬を軽く超える。

 体格もカイゼルと比べて随分大きい、既に少年を乗せられそうな大きさだ。

 こちらを睨みつけるような視線を向けている。

 何か粗相をしでかしただろうか。

 シルヴィ嬢が反応して敵意をぶつけかえしていた。

 目立たないよう突いて注意しておく。


「ありがとうレイツォン副担任。さて、それでは各々自己紹介からだ! まずは編入生から!」


 レイツォン先生は少年と共にツァーボ先生の右隣に立つ。

 さて、在学生と編入生が向かい合う形になった。

 こういった場合の挨拶はどういう順番になるのか。

 学生という身分に統一はされているが、事前に挨拶順は聞いている。

 先鋒、お嬢様が一歩前へ出た。


「エルエル・シル・フォールンベルトと申します。こちらは私の相方であるカイゼル。この度は無知無力な己を騎士へと鍛え上げんために学園の戸を叩かせて頂きました。学友の皆様におかれましては身分を気にせず、ご教授ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。」


 付け焼き刃を叩いて研いで叩いて研いで、実戦に間に合わせた騎士令嬢の武器。

 フリル多めではあるが騎士服ともなれば、セラをして合格点と言わしめる。

 魂の癖は体に焼き付いたままだが、実戦でもなければコントロールは効く。

 こういった場であれば姿勢も崩れず、癖と体の差異も生まれない。

 少しの間を置いて、拍手を後に次のものへと場を譲る。


「ハルト・ロワ・ロイヤル、こちらは僕の相方であるルードだ。今でこそ騎士筆頭はフォールンベルト家とされているが、いずれ覆すためこの場を足がかりとさせてもらいたい。傲岸と言われても、傲慢と言われても構わない。だが、全ては結果を見てからにしてもらおう。」


 柔を体現したお嬢様の礼に対し、こちらはぴしりと背筋を伸ばした剛の礼。

 なるほど先程向けてきた視線の意味はこれか。

 お嬢様の体つきから荒事に向いてなさそうだと判断したのなら、それは正しい。

 長柄の扱いで基本は鍛えられた。

 だが癖のおかげで見た目以上に動けないし、あまり筋肉もついていない。

 セラ並の腕が相手となれば詰んでしまう。

 力の入った挨拶に対して拍手が送られ、最後3人目の自己紹介へ。


「シルヴィ・ロン・ウォルフですわ。騎士科への入学ではありますが、既に騎士号は得ております。腕試しをされたい方は何時なりとも大歓迎ですわ? ……ただしその際、一週間は休養期間になる覚悟を決めて挑みなさい。」


 好戦的な発言と笑み。

 編入生の中で唯一の動きにくいドレス姿。

 にもかかわらず、何の違和感もなく手のひらを胸に添える礼を済ませた。

 ここに来るまでの歩幅、重心の運びからセラ並の腕を持つことは察しがついている。

 現役騎士の筆頭と同等、セラの腕前を比較に出すことは間違っているのでは。

 お嬢様、ここに来てようやくその事実に思い至る。

 スパルタ訓練の間は考える余裕すらなかった。

 拍手は少し硬い。

 シルヴィ嬢、気づかないよう調整して威圧したようだ。

 護衛の仕事は徹底するらしい。


「さて、編入生の自己紹介が終わったところで、次は在学生だ!」


 そんな空気を壊すように、というか慣れた対応でツァーボ先生が声を張り上げる。

 この人も随分と苦労をしていそうだ。

 かつてのお嬢様もこうやって身内にさんざん迷惑をかけていたのだ。

 思い返せば少しばかり肩身が狭い。

 お嬢様たちから向かって右側に立っている獅人の少女が一歩前へ出る。


「あたしはレオン・サー・グラウンド! 得手は素手での格闘術、不得手は座学全般!」


 シルヴィ嬢の圧も何のその。

 屈託のない笑みを浮かべた自己紹介。

 肩程度に切りそろえられた髪はくすんだ金髪。

 名前からして爵位を持っているにも関わらず、礼儀作法に則った口調ではない。

 グラウンド卿は確か、元々は庶民の出だ。

 一代で貴族、上級貴族と駆け上がってきた珍しい家系だと記憶している。

 口調が砕けているのはそのためか。


「このクラスの委員長もやっているから、困ったことやわからないことがあれば何でも聞きに来てね!」


 だが、お嬢様からの第一印象はそれよりなにより、大きい、その一言に尽きる。

 年齢は少し上程度のはず、種族差ですか、この格差!

 ……少し深呼吸して思考を抑える。

 続いて黒髪の純人と赤髪の獅人、二人の少年が同時に前へ出る。

 口を開いたのは優男然とした風貌の純人のほう。


「フォールンベルト家のご令嬢とお目通り叶うとはこの上ない僥倖です。私はカール・フォン・グレイ。王室の末席に名を連ねており、貴族科にも所属しております。どうぞお見知りおきを。」


 明確にお嬢様のみを見つめる視線。

 清潔感のある着こなしに引き締まった体格、背筋もぴしりと伸ばされている。

 優しそうな笑顔と声はなるほど女性受けしそうだ。

 だが、お嬢様背中にはゾワッとしたものが駆け上がる。

 特に圧があるわけでもないのに、粘つくような違和感。

 今体つきのところで一瞬視線を止めましたね?

 ゾワッとすると同時にイラッとする。

 社交の場であれば一言二言返すべきなのだが、自己紹介の場で助かった。

 ご令嬢として笑みの仮面を被るのは間に合っている。

 満足したのか、次は赤髪の獅人が自己紹介。


「自分はカール・フォン・グレイ様の護衛を兼ねておりますフュースト・フォン・フェルブと申します。レオンに聞いても解らないことが多いと思われますので、そういった場合は自分たちへお声がけください。」


「ちょっと!」


 その空気を忘れさせてくれたのが獅人二人のやり取りだ。

 だがカール氏に何か聞きに行くということはしたくない。

 するべきではないと警鐘が鳴っている。

 これは魂に紐付く異性の視点を併用した結果だ。

 何か深い所を隠して見せていない。

 一見すれば何事もなく挨拶が終わったため、次は竜人の少女が一歩前へ出る。

 共に前に出たのは青い鱗と青い羽毛をまとった翼を持つ風水竜。

 少女の肩に乗るほどの大きさ、矢張りカイゼルより大柄だ。

 その少女の姿にお嬢様の記憶の何処かが引っかかる。

 お嬢様のような髪質をしているが、その色は太陽の輝きを受けてなお透明な銀。

 体つきも似たように華奢ではあるが、妙な強かさを内に感じる。


「エルエル様はご無沙汰しております。ローズベルト家が長女、ミズール・シラ・ローズベルトです。こちらは相方のズーラ。どうぞ、ここでも、仲良くしていただけますよう。」


 唇から溢れる声は可憐な声。

 貴族としての言葉遣いと声色。

 お嬢様の頭に一言一言を浸透させてゆくような言い方だ。

 表情はとても柔らかな笑みだが、蒼い瞳の奥に高温の炎が燃え盛っている。

 名前を聞いた瞬間、お嬢様は器用にも笑みを崩さずにさあっと顔を青くした。


「まさか……、わたしを、お忘れではありませんよね?」


 ローズベルト家。

 フォールンベルト家と同じく、建国に貢献した家系だ。

 基本的に裏方であったため、地位としてはフォールンベルト家ほど高くはない。

 だが両家の仲は決して悪くない。

 互いの親が子煩悩であったため、しばしば自慢合戦を行っている。

 年頃も近く、ローズベルト家のご令嬢が少し年上程度。

 そんなよしみでお嬢様は幼い頃から度々行動を供にしていた。

 いや、させていた。

 お転婆もお転婆最高潮のころである。

 自重もせずに散々引っ張り回しては酷い目に合わせた記憶がフラッシュバック。

 当たり前だが根に持たれているらしい。

 お嬢様の表情に覚えていることを確認できたらしい。

 満足気に下がって自己紹介と言う名のジャブは終了。

 引っ張り出して泥だらけにしては散々泣かせてしまったミズール嬢。

 こんなところで再会するとは思わなかった。

 騎士科の訓練で泣き虫さんが随分と強くなったようだ。


「……手前はモルグ・ズル・ワーン。貴人の墓守をしているワーン家の長男だ。ある程度の自己対応を行えるようにするため、騎士科に所属している。よろしく。」


 お嬢様の変化に一切の頓着なく自己紹介を続けたのは鼹人の少年。

 顔を隠すまだらな灰色の髪に突き出した長耳まで青白い。

 表情が中々伺えないため不気味さが際立つ。

 夜中に鉢合わせたら大抵の人が悲鳴を上げるだろう。

 だが、彼が自己紹介に入ってくれたお陰で顔色を戻すだけの猶予が生まれた。

 その点は感謝せねばなるまい。

 貴族が簡単に感情を表に出してはならないとセラに何度も言われている。

 ワーン家は墓所領地を治めている家系。

 領地から離れることはほぼ無いと聞いている。


「貴族の中で挨拶は私が最後かしら。カリスト・フォン・ロベリアよ。レオンさんに聞いてもわからないことがあったら補足してあげるから、聞きに来てね。」


「委員長押し付けたの皆だよね!?」


「そうね、助かってるわ。」


 レオン嬢の抗議など知ったことではない。

 涼しい顔で受け流すカリスト嬢は、金髪を肩下まで伸ばした純人だ。

 二人のやり取りは、フュースト氏の時より親しさが伺える。

 ロベリア領は王都から遠く北西に位置する領地だったはずだ。

 たまに領主自ら民の仕事を手伝って回っているとか。

 なるほど環境的にレオン嬢と気が合うらしい。


「では最後はボクが。」


 在学生最後に自己紹介するのは、中性的な外見をした鼠人の少年だ。

 モルグ氏と比べ、灰色一色の髪に丸い耳。

 ちょんと伸びた独特のヒゲは危険を感じ取るセンサーになるらしい。


「ラッティ・ラディです。平民であり、雑貨から専門用品まで取り扱うラディ商会の三男です。商業科にも所属しているためあまり顔を合わせることは無いかもしれませんが、何かご入用の際には是非当店へ! 学園街内にも商店は出させて頂いておりますので、後ほどお近づきの印に優待券をお渡ししますね。」


 とても良い営業スマイルだ。

 貴族相手に優待券とは、また随分と思い切った行為に出る。

 相手の身分によっては侮辱罪と取られかねないが、そこは確かに鼠人。

 学園では貴族云々は関係なく、学生と統一される。

 その上商人や配達人を除いて学園街の外へ出る機会はほとんどない。

 物品を手に入れるにも節約を考えたほうが良い。


「あれ、手の内さらしたのあたしだけでは?」


「さて、この十人が一クラスになる! 自己紹介も終わったところで編入生の体力測定だ! もちろん皆も参加して、お互いの力量を再確認しておくんだぞ!」


 大変手慣れた様子でツァーボ先生が場を切り替える。

 レイツォン先生は黙々と測量具の準備をしていた。

 どうやらこのクラス委員長はうっかりさんらしい、仲良くなれそうだ。

 ハルト氏とミズール嬢は爛々とした目で見ないでほしい、かなり怖い。


「ツァーボ先生。この時間でしたら商会の会合に間に合いそうですので、ボクはそちらに向かわせてもらいますね。」


「今回は学園長の挨拶が短くすんだからな。いつもなら成り立ちやら歴史を自慢気に語ってたが……。解った、そちらも励むんだぞ!」


 ラッティ氏がヒゲを動かしながら挙手。

 やはり偉い人の挨拶というものは長くなりがちらしい。

 今回はシルヴィ嬢が強制的に切り上げさせたため、時間の余裕ができた。

 あのままだと絶対にボロを出していただろう。


「他に抜ける者は……いないな。よし、では始めようか!」


 ……ちなみに測定結果は想像通り、体に焼き付いた癖が足を引っ張って最下位だ。

 その後退屈に耐えかねたシルヴィ嬢が組手を申し込み、訓練場が地獄と化した。

 のされた中には何故かツァーボ先生とレイフォン先生も含まれている。

 先生方はさすがと言える。

 何せ事前に衛生班へ連絡を取っていたのだから。

 そして鼠人の危機察知能力もさすがだ。

 ラッティ氏は状況を予見して自然に抜け出したのだ。

 現在立っているのは衛生班を除けばお嬢様とシルヴィ嬢のみ。


「わたくし、一日の三分の二は体を動かさなければ何をするか解りませんの。」


 そういえば今日は馬車詰めに説明に自己紹介ばかりでしたね。

 死屍累々の現場を眺めることしかできない。

 お嬢様はどんな顔をすれば良いか解らなかった。

 ちょっとこの体で暴風のようなあの動きはできそうにない。

 よし、比べることなく身の丈にあった鍛錬を重ねていこう。


「さて、これであらかた用事は終わりましたわ? 寮へ戻りましょうか。カイゼル、来なさい。」


「ぎゃあ!」


 シルヴィ嬢は手続前のやり取りを忘れていなかった。

 目にも留まらぬ速さでカイゼルの首根っこを掴む。

 お転婆を捕まえたセラのごとく、拒否権はあたえない。

 最もその件については相棒の自業自得だ、絶対に庇ってあげない。


「シルヴィさん、ええと……。」


「あら、何か残っていまして?」


 だがそれはそれとして、声はかけておくべきだろう。

 結局シルヴィ嬢の背中を見送って一息。

 衛生班の処置にはもう暫く時間がかかる。

 戻ってくるまで待っておこう。

 とりあえず問題点に関してはこれで良し。

次回閑話を1話はさみます

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