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ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第七章~不意打ちシューティング~
88/112

第3話 初見シグネチャー2

2021/12/04追加 途中で分割致しました。

 巨大な浮遊岩の上に広がる以上、保有できる戦力には限りがある。

 敵は人のみにあらず、魔獣に魔物、この世界は無視できない脅威が存在する。

 どれだけ最先端の技術を揃えようと、それを使うのは最終的に人だ。

 ゆえに州兵達の練度は非常に高い。


「第一から第六訓練場は全て埋まっております。また、残りの訓練場も先だって新調いたしました火槍の確認をしております。」


 訓練場への扉が並ぶ廊下を歩きながら、使用状況をモルドモ氏が報告する。

 ほぼ毎日のように訓練所は使い込まれ、同時に医務室もいっぱいになるそうだ。

 残りの州兵は工房で様々な機器の扱いに慣らしているのだとか。

 確かにバシリス嬢は訓練場があるとはいった。

 だが、空いているとは一言も口にしていない。


「となると、矢張り演習場ですわね。」


「……あの、バシリスさん。訓練場なら解るのですけれど演習場とは?」


 聞いてみたが、お嬢様は予想がついていた。

 念の為の確認作業だ。

 お嬢様含めて僅か六名、普通ならば訓練場の片隅で充分だ。


「当然、軍としてぶつかり合う演習場ですわ。これからバトイディアは人里離れる周期です、大規模な訓練は行いませんの。」


「広すぎるのではないかなと。……いえ、仕方ありませんね。」


「ご理解いただけて何よりですわ。」


 演習場の意味合いは予想通り。

 バシリス嬢の返答に、ベルドラド氏だけが首を傾げていた。

 五ツ葉以上からは爵位持ちの世界に踏み込むこともある。

 そのため、自軍の訓練内容の漏洩を防ぐためであることを察していた。

 特にマギク州は技術の最先端だ。

 最新鋭の装備を晒すことは控えたいのだろう。


「いやー、流石に訓練場が毎日使われてるのに、おいら達が貸してくれなんて言えなくてさ。」


「思いつかなかっただけだろう。……オレも人のことは言えんが。」


「応接間を破壊されるくらいならばいくらでも貸しますわよ!?」


 応接間ともなれば格に応じた品で固められている。

 いくらマギク州が裕福な部類とは言え、望んで家具を破壊されたいわけがない。

 既に三度行われているのだ、心臓に悪いことは避けてもらうのが一番だ。


「冒険者の方は我が強いと言われますから……。」


「おや、そう言う貴方も冒険者じゃないのかい、金の君。」


「僕達が三ツ場になったのは推薦でね。まだこの業界に馴染んでいないんだ。」


 ラヴィテス氏の言葉に相方が体ごと割り込んだ。

 お嬢様に対する色目は一切許すつもりはない。

 割り込まれたついでに、お嬢様の指が絡むように手を取る。

 手槍は片方の肩と腕さえ空いていれば固定が可能だ。


「ズレている、と言う意味で私たちも充分我が強いと思いませんか?」


 お嬢様も相方(ルゼイア)も、表立っては相方の居ないはぐれ竜人だ。

 ならば不足を補うため、互いに依存する様子があっても不思議ではない。

 絆を通して手を繋ぎたいだけとバレていることを除けば建前は完璧だ。


「確かに、そうかもしれない……の、かな?」


「さあさ、腕試しの順番でも決めておきなさいな。もう付きますわよ。」


 首を傾げるベルドラド氏の思考をバシリス嬢の声が遮った。

 大まかな位置としては州都中央の火口部中心付近。

 この場所が一番大きな火口を有しているはずだが、天井の穴は塞がれている。

 巨大なドーム状の空間は、大掛かりなぶつかり合いを隠すにはうってつけの場所だ。

 明かりの設備や、演習内容を観察するための席も設けられていた。


「……演習場というよりは、闘技場のような趣です。」


「有事の際には避難所にも使えそうだね。」


 お嬢様が思い浮かべたのは、地下格闘技場。

 一方相方の方は現実的な感想を述べた。

 州都を襲われれば逃げ道はない。

 助けを待つ間、もしくはこの巨大な浮遊岩が人里に近づくまで。

 籠城を行うための設備でもある。


「もちろん。場所は限られていますもの。どちらの用途でも用いますわ。……まあ、前者は内々限定ですけれど。」


「主にお嬢様の試作品を試す際に用いられます。」


 す、と視線をさまよわせたバシリス嬢、すかさずモルドモ氏の補足説明が入る。

 あちこちに施された補強の大規模刻印は、なにも籠城のためだけではないらしい。

 一体彼女はどれだけの最先端を試してきたのだろう。


「さあ、金の君。こちらは階級の低い順に当たることにするよ。」


 そうこうしている間に対戦順は決まったらしい。

 一応全員が一度ずつ手合わせするのは、護衛という依頼の兼ね合いもある。

 動き方や癖を把握しておけば、有事の際互いに気にかけておける。


「では、行ってきますね、ルゼイア。」


「うん、無理しないようにね、エル。」


 リーダーはあくまでお嬢様。

 補助役のはぐれの力量は、応接間で確認できている。

 離れる前に身を寄せる様子は、一同見なかったことにしてくれた。


 * * *


 演習場の中央に立てば、人数が少ないこともあってとても寒々しい。

 最初の手合わせ相手は四ツ葉のベルドラド氏だ。

 ごくごく普通の片手剣を一本だけ帯びた姿。

 対するお嬢様は肩にかけていた手槍を構えている。

 開始の合図など無く、既に手合わせは始まっていた。


「むむ……。」


 にもかかわらずどちらも動かない。

 ベルドラド氏が攻撃するためには剣の間合いに入る必要がある。

 振りと突きでは速度に差がある、お嬢様は待って迎撃すればいい。 


「手槍でも、案外攻め込みづらいものでしょう?」


 魔法を使おうにも、手槍の距離ではその間に突きが飛ぶだろう。

 場所にもよるが、武器の射程は強みだ。

 相手がほんの僅かでも動くたび、穂先が牽制に向かっている。


「千日手でしたら、私から仕掛けましょうか?」


 このままでは埒が明かない。

 後に三人とも手合わせがあるし、その後は州長との顔合わせだ。

 お嬢様の提案に、しかしベルドラド氏は首を降った。


「い、いえ。もう大丈夫です。」


 ベルドラド氏の答えとともに、手槍の穂先が動き、赤いタセットが風を切る。

 無駄を排した刺突は、身体のひねりで髪の毛一本分当たらなかった。

 決して手を抜いたわけでも、油断をしたわけでもない。


「なるほど、牽制から癖を読みましたね。」


 少しの時間で精度の高い読みを行う。

 単純に彼が四ツ葉を遥かに超えた力量を有しているというだけだ。

 ほんの少し軌跡を変えたのに、合わせて見切るとはよほど勘がいい。


「せいっ!」


「なんの。」


 長物は射程の優位性があれど、取り回しから柄を切られやすい。

 側面から真っ直ぐ垂直に振り下ろされた剣は、柄を両断するに足る。

 故にお嬢様は手の内に残しておいた遊びで柄をしならせた。

 穂先が何もない空間を切り裂き、たわんだ柄がベルドラド氏の胴に叩きつけられる。

 攻撃に転じたため、急制動はかけられない。


「ぐうっ!」


 手槍を一瞬手放し、たわみと威力の消えた剣戟で回転した所を握り直す。

 近づいたベルドラド氏の首から肩にかけ、手槍で上から抑え込んだ。

 首を抑え込まれているせいで剣の振りはまともにできない。

 前に出るにはお嬢様の足が邪魔をし、下がれば石突きが喉を突く。


「おしまいです。」


 ちょうど踏み込んだ位置に振ってきた短刀を手の甲で弾いて終了宣言。

 ベルドラド氏はお嬢様の動きが変わった瞬間、死角から投擲したのだ。

 命中精度を上げるため、魔法を併用したためお嬢様の目に止まった。

 それにしたって魔力の動きは極小規模だ、気付けたお嬢様も勘がいい。


「わざと、癖を見せてました?」


「探っているようでしたので、待った甲斐がありました。タセットがあると意識を引かれるでしょう?」


 穂先に目を引く装飾があれば、無意識にその動きを追ってしまう。

 癖を読まれやすくなるが、今回のように欺くことにも使える。

 至近距離から悪戯な笑顔を向けられ、ベルドラド氏は赤面した。

 お嬢様に悪い虫を寄せるつもりはない。

 相方(まおう)は後で少し記憶を弄っておこうと決意する。


「……そういえば連戦でしたねっ。」


 とっ、と軽い音を残してバックステップ。

 先程までお嬢様の居たあたりを伸びた短剣(・・)が薙ぎ払う。

 ベルドラド氏は瞬時に屈んでいる辺り、仲間の得手は把握しているらしい。


「そ。いきなりで悪いねー。ツァシュテとはおんなじ階位だけど、おいらから。」


 悪びれた様子もなくひゅうんと短剣だったものを振るうのはフェア氏。

 ラッティ氏のような短剣使いと思いきや、その実ワイヤーで繋いだ蛇腹剣。

 魔力の通りが良い素材を使っているらしく、動き方が慣性を無視している。


「面白い武器です。魔力制御で部分部分を個別に扱い、軌道を読ませない魔法ですか。」


「簡単に避けられたのも驚いたけど、ひと目で全部看破されるとはねー。」


 茶化すような口調ではあるが、手合わせのため目は笑っていない。

 軽い口調は気を緩ませるためのフェイクだろう。

 確かに軽い態度や仕草で撹乱し、意志に応じて飛び交う刃は脅威だ。

 何より武器の射程が手槍の二倍はある。


「面白くはありますが、伸ばしたままでは悪手でしょう。それに魔法に頼りすぎです。」


 彼にとって不運なことに、お嬢様の目は魔力を色彩として捕らえる。

 刃が死角へ回ろうが、どこへ向けてどう動くのか、解析に秒もかからない。

 手槍をくりんと回し、飛んできた穂先を巻き取る。

 これだけの刃との距離が近くなれば、固定魔法が魔力を食らう。


「おわっ、なんか無効化されっ……。」


「術式を全連動させていたのが仇でしたね。」


 反射的に伸びた刃を引き戻そうとする動きに乗って、お嬢様の身体が飛ぶ。

 一点の魔法を綻ばせれば、連動して全ての魔法が効果を失う。

 部位ごとに完全独立させていれば違ったかも知れない。

 そんな化け物じみた魔法処理ができるのは、学友の中でもカリスト嬢くらい。

 とつ、と石突きが心臓の辺りを叩いた時点でフェア氏との手合わせは終わる。


「撹乱が撹乱されちまった。おいらのリタイア、ベルより早くね?」


「……ベルはお前より戦闘力は上だっただろう。得手不得手だ。」


 ごう、と重々しい音と共に巨大な金属塊がお嬢様に迫った。

 穂先を地面に立てて足裏を盾へ添え、衝撃を利用して飛ばされる。

 ふわりとフィッシュテールスカートの裾を柔らかに揺らして着地。

 相当な重量を有する盾を、ツァシュテ氏は軽々と振り回している。

 重盾守備部隊の戦い方を思い起こさせるが、ここは連邦国だ。


「その盾、蒸気炉心が二基も内蔵されていますね。杭打ち機(パイルバンカー)とは重そうです、私では持てそうにありません。」


 二つ名の『粉砕』に見合った武器だ。

 盾がただの鈍器では終わらない工夫がされている。

 蒸気炉心は単体で扱うには重量がかさむ。

 そのため魔力で補強されるのだが、そうなれば空間を推測して構造を紐解ける。

 お嬢様からすればちょっとしたパズル感覚だ。


「フィアの蛇腹剣といい、一瞥だけで構造まで読むとは。……仲間としては心強い!」


「見ての通り力自体はそれほどありませんので。別のところで補ってるんです。」


 ミズール嬢ならば、あるいはその重量をもってしても振り回せたかもしれない。

 守りに特化した血筋である彼女は、半ば本能的に遮蔽物の扱いを理解する。

 盾の一打(シールドバッシュ)に乗るだけで軽々と吹き飛ばされたお嬢様にはできないことだ。

 力試しはまだ続いている。

 ツァシュテ氏が踏み込み、合わせるようにお嬢様も動へ転じた。


「――では、しっかりと守ってくださいね。」


 力のないお嬢様を、ではない。

 自分の身を、だ。

 巨壁によって視界が悪くとも、ツァシュテ氏は盾の硬さで補う。

 だからこそお嬢様は自身の血筋、攻撃に特化したスイッチを入れられる。

 ドン、と演習場の空間が揺れ、お嬢様の立っていた位置が爆発して抉れた。


()っ!」


 甘い声色から放たれる鋭い気合。

 次の爆心地はツァシュテ氏のすぐ眼前。

 盾で前面を覆っているため、下手に手槍で攻撃すれば衝撃で柄が圧し折れる。

 だからこその超至近距離、折れない拳を使えばいい。

 この位置ならばお嬢様の動きは盾に隠れて確認できない。


「……ぬうっ!?」


 ツァシュテ氏が驚愕の声を上げた。

 踏み込みから返ってきた力と、踏みしめた地面から力を共鳴させた。

 二つの力がぶつかり合い混ざり合い、螺旋となって身体を巡る。

 盾を蹴った際、最も頑強な場所は把握している。

 そこ向けて竜の尾(こぶし)を叩きつけた。

 打ち出す拳は鉄のようにはできていない、砕けてしまうより先に引く。

 力を変化させるには、打点の瞬間を極力短くする事が重要だ。

 威力は充分、ぶわりと獅人の巨体を装備ごと地面から引き剥がす。


「……うっそぉ。」


「む、少し早く引きすぎました。いえ、ずらされましたね。」


 だが、手に返った力は少しばかり手応えが薄い。

 おそらく瞬時に盾を引き、衝撃の浸透をずらしたのだろう。

 お嬢様の動きは全く見えなかったはずだ、五ツ葉ともなると侮れない。

 ずしん、と着地はしたもののそこで手合わせは終わりだ。


「これで非力とは、よく言う。」


 最も厚みのある箇所への打ち込み。

 その結果、巨大な盾の中央がべこりと拳型に凹んでいた。

 まともに受けていたら最悪砕かれていたかも知れない。


「質量での押し込みは出来ません。それは技の威力です。」


「金の君は謙遜が過ぎるな。」


 後ろ足を引いた矢先、直近まで半身があった場所を貫手が突く。

 気を張っていたが、想定より打ち込みが早い。

 ほんの少し頬にひりつく痛みが生まれた。


「六ツ葉の胸、お借りします。」


「はは、俺が借りたいところだが、軽口を叩いては金の君の騎士に怒られるな。」


 至近距離で輝く赤い瞳。

 傍観から参加に転じた後の速度はシルヴィ嬢を思い起こさせる。

 頬に生まれた一筋の赤い線を拭う間も与えず、逆手は胴へ。

 『神速』の二つ名は伊達ではないらしい、速度は無手を刃物に変える。

 反撃を諦め、腰を捻って強引な回避行動へ移る。


「……っ!」


 回避先の眼前には、既に蹴り足が迫っていた。

 これ以上の無理な回避は不可能だ。

 仕方無しに地面から足を浮かせ、迫る蹴りから腹部を守る。

 ふっと短く呼気を放ち、ベクトルに身を任せた。

 全身を貫く衝撃は、まともに受けていたら胃の中がひっくり返る程。

 軽い娘の身体は盾の一打を受けた時以上の速度で弾き飛ばされた。

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