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ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第六章~存在既知のケーフェイ~
81/112

番外 追憶のグリーンガールズ

2021/09/19追加

 フォールンベルトの屋敷は、王都の中央にある。

 有事の際、屋敷を拠点に王城からの指示を待たず各所と連携するためだ。

 国に対しての裏切り行為の心配は意味がない。

 何せ彼らは制約と契約により縛られているのだから。


「はい、セラ。算術の課題は終わったよ。間違えは無いはずだけど。」


 そんな町中の要塞で、小さな春がふてぶてしく侍女へ答案用紙を差し出す。

 少年然とした喋り方だが、甘く透明な声色は間違いなく少女のもの。

 日差しの如き金の髪、深く萌える緑の瞳、白肌を隠すフリル多めの青いドレス。

 変わっているところと言えば、姿勢を崩させぬよう頭に何冊か本を乗せている所。

 相変わらず直ってくれない口調に狐人の従者は、深く深くため息を吐いた。


「……後はご自身の性別と地位を把握して、その口調を直してくだされば、何ら問題はありません。」


「だって、私なんて言うボク、想像ができないもの。これでも昔にしては頑張ってる方だと思わない?」


 そう言って春は得意げに笑みを浮かべた。

 初めての一人称が俺であった時は、屋敷総出で父親責めを行ったのが懐かしい。

 頭上の本を退けている横で、答え合わせは最早無意味な行動になりつつあった。

 四則演算から比率を交えた土地の測量。

 果ては空間における魔力と術式の物理影響まで全問正解。

 暗号に見える様々な文字が、何を意味するかはセラも知らない。

 王国最恐こと魔法団長の血を引いているとしても、わずか五歳の能力ではない。


「きゅう。」


「ほら、カイゼルも頑張ってるって!」


「いつか必ず、その口調も矯正していただきます。さて、次は何に手を付けましょうか……。」


 朝から語学、地学、法学、政治学、経済学、軍事学、基礎魔法学等々立て続け。

 全て新しく教える範囲のはずだった。

 礼儀作法は及第点だが、最後の算術含めて真綿に水を染み込ませるが如し。

 最初から知っていたかのように出した課題を鼻歌交じりに問いてしまった。

 その結果、あと一刻はかかるだろうと予測していた制限時間が余ってしまう。


「今日の授業は終わりだよね、早速応接間に向かうよ!」


「きゅー!」


「お嬢様。そういうわけには参りません。」


 二人がかりの主張だが、それを許すほどこの日のセラは甘くなかった。

 今まで外の世界を知ることのなかったお嬢様だが、今日からは違う。

 かねてから娘自慢仲間のローズベルト一家が自慢の令嬢を伴い訪れるのだ。

 内々ではあるが社交の場の一環だ、部屋着のまま向かわせるわけにはいかない。

 勢いよく駆け出そうとするお転婆の前へ周り、足をかけて抱え上げる。


「あ、あれ? セラ、前より速度が上がってない?」


 小脇に抱えられた小さな春が上下逆転したまま引きつった声を上げた。

 意識と視界の隙間をついた高速移動。

 にも関わらず、セラの着衣は最初からその場に居たかのように乱れはない。

 従者が行うには滅茶苦茶な支え方だが、こんなことは日常茶飯事だ。


「そもそも時間が早すぎます。まずはお召し替えから。続いて再度歩き方の練習をするよう奥様から言伝られております。時間も有り余っていますし、残り時間は全てそちらにあてましょう。」


「あ、明日、明日ならきちんとするから。今日は見逃してほしいな、お願いセラ!」


 普段のふりふりでふわふわなドレス以上に飾り立てられる宣言。

 おまけに歩き方の練習と言えば、また頭に本を乗せて落とさぬよう歩く訓練だ。

 先程までは容易に行えたが、支えなしに動くとなると勝手が違う。

 普段の歩調で歩けないため、非常にストレスがかかる。


「では、明日の分を本日行っていただきます。」


「ぎゅえぇ……。」


 腕の下でびしっと全身を硬直させて拒むが、本日のセラに慈悲は望めなかった。

 逃げ出すためにぎゅうと目を瞑って思考を働かせているが、力技には敵わない。

 救援に向かおうとしたカイゼルも、首根っこを掴まれていた。

 こちらも身支度があるらしい。


「か、カイゼルのたてがみ梳くのはボクがするから! それだけはボクがするから!」


 それに気づくや否や、抱えられた小さな体が暴れ始める。

 思考がそれた隙を狙い、狐人の従者は目の前に飴をぶら下げた。


「では、大人しくお召し替えに歩行練習を受けてくださいませ。その後にカイゼル様の身支度を整える猶予を差し上げます。」


 結局の所、今のエルエル嬢にできる精一杯の反抗はそれくらい。

 相方のたてがみを整える役割を、他の誰かに譲る気はないのだ。

 たとえそれが自身の髪を整える技術に繋がると解っていても。


 * * *


 両親共に屋敷を過度に飾り立てる趣味はない。

 とは言え、地位があれば相応の品を置く必要がある。

 誰かを迎え入れる応接間ともなれば特に気を配らなければならない。


「スフォル、元気にしていたか!」


「こちらの台詞だ、ロウズ!」


 そんな応接間の只中、熱い男の友情とばかりにハグしあう両家の当主。

 適当に刈った金髪の青年がお父様、スフォル・シル・フォールンベルト。

 一方きっちり髪型を整えた銀髪の青年が本日の来賓、ロウズ・シラ・ローズベルト。

 純人基準では相当な年数を生きているが、長命種ゆえ外見は殆ど変わらない。


「あなた、はしゃぎすぎですよ。申し訳ありませんフリグ様。この人ったらやっと愛娘を紹介できると意気込んでしまって。」


「うちも似たようなものですわ。気にするだけ損というものです。それとミスティ、わたくしのことは呼び捨てで、と何度も。」


 伝聞だが、王宮で四人集まればたちまち一日が娘自慢で潰れるらしい。

 今が平和な時代で大変助かった。

 国の矛と盾がそんな様子では下々の兵に苦労がかかる。

 さて、互いの親の様子はともあれ、各々娘の立ち位置は少々違う。

 エルエル嬢は柔らかな微笑みを浮かべながら両親より後ろで待機。

 一方ミズール嬢は少し硬い笑みを貼り付けながら、紹介を待っている。

 どちらも徹底的に飾り立てられているところは共通していた。


「さて、スフォル。改めて我が家の天使を紹介しよう。ミズール。」


「お初お目にかかります。ローズベルト家長女、ミズール・シラ・ローズベルトと申します。フォールンベルト家当主様方にはこの度お目通りかない――。」


 ロウズ氏の紹介後、至極理想的な口上と挨拶が銀髪の令嬢から述べられた。

 ほんの少し声は硬いが、それを差し引いても美声と表現される声色だ。

 肩に乗った小さな小鳥が彼女の相方、風水竜のズーラとまで紹介を終える。

 なるほど、自慢するのも頷ける。

 九歳ならば口上を述べられるのは当然として、佇まいが違う。

 姿勢、重心の移動、視線の位置、いずれも令嬢であると同時に戦士のもの。

 双方のバランスが上手く取れているのは、自己練磨の賜物だろう。

 例えるならば隙無く手入れのされた銀色の花。

 ご両親共に大変誇らしげにしている。


「では、うちの女神の紹介と行こうか。エルエル。」


「お目通り叶いまして光栄です。紹介頂きましたエルエル・シル・フォールンベルトです。こちらは相方のカイゼル。」


 応じてエルエル嬢も背中が大変むず痒くて逃げ出したくなるのを堪えながら挨拶。

 当然ながら、このために何枚も顔に猫を被っている。

 ミズール嬢に負けず劣らず、挨拶の口上によどみはない。

 普段の礼儀作法は及第点だが、いざという時ならばきちんと行う。

 セラの教育の賜物であった。

 こちらの両親も大変得意げだ。


「では早速始めようか、スフォル。」


「本人が居るわけだからな、まあ居なくても可愛いところはいくらでも挙げられるんだが。」


「あらあら。」


「ふふ、楽しくなりそうですわ。」


 ロウズ氏が笑みを浮かべ、お父様が応じた。

 なおその横では両ご婦人も参加する気満々である。

 これより始まるのは王宮ではよく見られる愛娘自慢。

 後ろでセラがため息をつくが、そんなことで止まるような親馬鹿ではないらしい。


「ミズール様、隣の部屋でお茶をご用意致します。」


「あ、ありがとうございます。」


「セラ? ボ……私もいい?」


 話のネタにされ始めたため、二人の笑顔は引きつっている。

 目の前で褒めちぎられるのは拷問に等しい。 

 この場に残して暴れられるより、離しておいたほうが良い。


「解りました、では用意して参ります。……お嬢様、くれぐれも、くれぐれも大人しくなさいますよう。」


「大丈夫です。ではミズール嬢、案内いたしますのでどうぞ此方へ。」


 年下ではあるが、ここはフォールンベルト家の屋敷だ。

 ならばエスコートするのはエルエル嬢の役目。

 細い指が細い指を受け止めて、早速ミズール嬢を第二応接間へ案内にかかった。


 * * *


 ――はずだった。


「エルエル様、ええとここは?」


「中庭です、この時期は室内よりも外のほうが居心地が良いので!」


「じ、侍女の方には――。」


「セラのことですから、すぐ察してこちらに来ます。」


 柔らかい日差しの心地よい昨今は、外の空気が気持ちが良い。

 折角なのでミズール嬢を中庭のあずまやに案内することにした。

 お母様直々に手入れをしているこだわりの場所で、季節ごとに空気の香りが違う。


「な、なるほど。」


 調度品に囲まれた部屋の中より、外のほうが目で楽しめるのは確かだ。

 いきなり連れてこられたときは混乱したが納得するミズール嬢。

 が、次の発言を聞いて目眩がした。


「なので、見つからないうちに次の場所へ逃げましょう。」


「は!?」


 固まる繊手をがっしと握る細い指。

 顔を合わせた時の微笑みそのままに常軌を逸した発言と行動。

 お茶を準備してくれる侍女をそっちのけで逃げ出そうとは。


「今回のドレスといい、お父様もお母様もボクのことをどれだけ飾れば気が済むのでしょう。ミズールさんも、息苦しくないです?」


 一人称まで少年じみたものに変わっている。

 非常に言い慣れた様子は、まるで令嬢に似つかわしくない。

 にも関わらず不思議と強い親しみを感じさせた。


「それは時折、いえそうではなく。」


 その様相に思わず頷いていた。

 被っていた猫たちを捨てた金のお嬢様を前に、銀のお嬢様が混乱する。

 ミズール嬢からエルエル嬢に対する第一印象は、例えるなら高嶺に咲く金色の花。

 年齢差を感じさせぬほど、貴族として作法や仕草も洗練されていた。

 話を聞くに、多種多様の分野においても好成績を叩き出す才女だとか。

 それが今や、ころりころりと興味の対象が移り変わる秋のようだ。


「やっぱり。それなら少しの間、全部忘れてはしゃぎませんか!」


「それはいけません、エルエル様。わたしたちがこの地位にあるのは下々の助けあってのことなのです。負うべき責任は無視してはなりません。」


 身を絡め取る鎖を断ち切るというのは、非常に甘美な響きである。

 ただしそれには前提条件がある。

 日々の糧に困らず、着る物に不自由なく、雨露をしのげることだ。

 その生活を享受している以上、責務を負わねばならない。


「ミズールさんは、自由と責任の放棄を同一視しているのですか?」


 その答えにエルエル嬢が不思議そうに小首を傾げた。

 はしゃぐことは、責任を放棄することなのだろうか。

 問いかけに、はたとミズール嬢は置かれた立場に気がついた。

 確かにこの中庭は、屋敷は広い。

 だが、自分たちは決してこの籠から出られない。

 言葉でどう表現しようと、責任の中でしか自由は得られない。

 特に二人は竜人だ、いずれ制約と契約によって堅硬に縛られる。


「で、ですが……、全部忘れて楽しむというのは――。」


 反論の語気が弱まる。

 自身のほうが年上だ、手本にならなければ。

 そんなミズール嬢の秘めた内心を見透かすように碧瞳が離れない。


「意地悪な言い方でしたね! 彼らの視点で見て回りましょう。知らないことを知るのも楽しみに繋がります、知らないことは知らなければ感謝もできません!」


 優しげな微笑みは春の日差しを思わせた。

 ミズール嬢は整えられた庭を知っている。

 食卓に並ぶ食品の産地も、屋敷抱えの料理人の名前も知っている。

 一般庶民がどういった仕事に就き、どうやって過ごしているのかも学んでいる。

 だが、それらは全て紙の上に記されたことだ。

 身分が負うべき責任として学んだに過ぎない。

 それを知らずして、どうして助けられていると実感できるのか。


「こういう機会でもないと見れないものもあるでしょう? さあさあ、早速!」


 エルエル嬢は春のように見えて、夏のように苛烈だった。

 何処からそんな力が出てくるのか、有無を言わさず腕を引く。

 年はミズール嬢の方が上で、騎士としての基礎訓練も行っている。

 なのに金の妖精は力を入れる隙と反射の隙を狙うのだ。

 最初にたどり着いたのは、今まさに手入れをしている植木の影。


「こちらは庭師の方々が手入れしてくれてます。少し行ったら小さな農園もありますが、セラが張ってそうなので迂回します!」


「ひゃっ!?」


 ばさりと目の前に枝が落ちてくる。

 びっしりとついた芋虫を見て、ミズール嬢が身を竦めた。

 まだ除虫剤を使っていないためか、小さな羽虫も飛び回る。

 口に入りそうになって思わず息を止めた。

 ズーラはミズール嬢の背中側に退避している。


「お嬢様、また逃げ出したんですか!? おおい、誰かセラさん呼んでこい!」


「見つかりました! ミズールさん次行きましょう!」


 泣きそうになるミズール嬢の手を引いて、エルエル嬢は強引に駆け出した。

 庭師の脚立を初めて見た、剪定用の鋏だってそうだ。

 生け垣にあんなに虫が住んでいるなんて知らなかった。


「きゅ。」


 続いて引っ張ってこられたのは厨房の棚の影。

 夕食の準備に動く料理人達の隙を付き、エルエル嬢の相方がお菓子を持ってきた。


「ふふ、流石カイゼル。はい、こっちはミズールさんとズーラの分のクッキーです。」


「あの、あの、あのっ……!」


「しー。大丈夫、ボクたちのお茶会に出される予定のお菓子でしたから。毒味が必要ならボクがしましょうか?」


「そ、そうではなく……!」


「あ、加熱用の魔道具が気になりました? 回路自体は王国産ですけど、素材はヴィオニカ連邦国の真銀(ミスリル)です。質が全てとは言いませんけど、両方揃っていると効率が段違いなんです。普段は使ってないんですけど、今日は古い友達を招いたので豪盛にって。夕食は期待していいですよ、うちの料理長は優秀ですから。」


 得意げに説明を始めたが、耳に入れる余裕はなさそうだ。

 いくらお転婆であっても、令嬢が厨房に潜り込むことはない。

 おかげでドレスのあちこちに汚れがついてしまった。

 何だかんだ言って連れ回されるのを良しとしたのは自分の責任。

 どう言い訳をするべきか、ミズール嬢は目を回しかけていた。

 その視界に、どちゃりと血に臓物が転がってきた。


「――――ひいっ!?」


「お嬢様、褒めてくれるのは嬉しいですが、解体作業はそっちの子には刺激が強すぎませんかね。」


「見つかっていました!」


 調理前の野菜や肉塊なら見たところでどうということはない。

 だが、まさに血抜きと臓物処理が行われる場面は初めてには刺激が強すぎた。

 口元を抑えて、必死に込み上がってくるものを矜持で抑え込んでいる。

 顔面蒼白で倒れそうになったため、エルエル嬢の肩を借りて移動。

 道中無理やりクッキーを頬張って無理やり飲み込んだ。

 こんな時でも味覚は生きているらしい、甘さは控えめで食べやすかった。


「それじゃあミズールさん、次は――。」


 初めて近い年代の同性に出会えてエルエル嬢は舞い上がっていた。

 次は屋敷を警護してくれている衛兵の訓練所に忍び込もうか。

 それとも浴室の掃除や、湯を沸かす作業をしているところに向かおうか。

 そんな楽しい目論見は、流石に終わりを迎えた。

 ふわりと地面から足が浮く。


「これ以上の行動は許されておりません、お嬢様。」


「げえっ! セラ!」


 大変低く圧のある声が背後から届き、ミズール嬢の背筋がびんと伸びた。

 流石にあれだけ騒ぎを起こしていれば追いつかれる。

 器用に首根っこを引っ張り上げられ、ジタバタ動くも拘束が解ける様子はない。


「申し訳ありません、ミズール様。三箇所まではと旦那様、及びロウズ様から仰せつかっておりました。」


 そもそも泳がされていただけだった。

 音も気配も無く、それどころか体内魔力すら感じさせず近づいていた侍女(セラ)

 最初から付いてきていたと言われても納得してしまう。


「い、え……。あの、侍女さん、エルエル様には世界がどの様に見えているのでしょう。」


 ミズール嬢が引っ張り回されながらずっと考えていた事だ。

 最初の指摘に何も言えなかった。

 自由とは、責任を放棄することではないのだろうか。

 その二つをどうして切り離し、個別に捉えられるのかが解らない。

 泣きそうな顔で聞いてくる銀色のお嬢様にセラがふむ、と頷いた。


「なるほど。荒療治ではありますが、自発的な学びに勝るものはありませんか。」


 怒涛の展開についていけなかったが、平時であれば想像はついたはずだ。

 娘の自慢合戦をしている両家の親が、互いの娘の性質を知らぬはずがない。


「あれ、ボクはダシに使われた?」


「お嬢様はこの後、白熱されている旦那様方のところへお連れするのでお覚悟を。」


 ぎゃあ、と凡そ令嬢らしからぬ悲鳴が上がる。

 逃れる術が見つからず、ぐったりとエルエル嬢の四肢から力が抜けた。

 そんな様子を気にせず、狐人の侍女はミズール嬢へ向き直る。


「ミズール様、今それを知ることに意味はございません。他者の見る世界は他者のもの。まずは己の世界を掴んだ後、今一度問うてくださいませ。――とは言えまずはお召し替えから。預かっておりますのでご安心くださいませ。」


 ミズール嬢は言いつけをそのまま受け入れすぎてしまっていた。

 それが愛娘を大切にしたいローズベルト家当主の悩みだ。

 だからこそ、今回お嬢様という例外と会わせることにした。

 とはいえこれ以上エルエル嬢を案内につけるわけにはいかない。

 貴族本来の世界へ戻るため、きちんとした従者が案内につけられる。

 結局その日、エルエル嬢と顔を合わせることは無かった。


「わたしが、わたしの世界を掴む……。」


 後日、ミズール嬢は度々エルエル嬢の元へ訪れたいと訴えるようになった。

 これが彼女が行った初めての意思表示、我儘だった。

 何度泣かされようと、後悔しようと、自らの目で世界を見ようと決意した瞬間だ。

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