第6話 隠密行動ラプソティ3
2021/08/07追加
「この様子では話を伺えそうにないですね……。」
直前の空気をなかったことにして、お嬢様が困り声を上げた。
捉えた組織構成員に墓荒らしの事を尋ねたかったが難しそうだ。
相方に頼れば心を適度にへし折り、追求することも可能だろう。
だが、彼の正体を知らぬ第三者の目の前で行うわけにはいかない。
「でしたら、私共にその者達の身柄を預けていただけませんかな?」
沙汰に悩んでいるところにモルドモ氏が声を上げた。
元はと言えばマギク州絡みのいざこざだ、そうする事が自然だろう。
とは言え、求めている情報の確認ができないのが少々気にかかる。
老紳士は微妙な葛藤を汲み取ってくれた。
「王国の方も少々騒がしいとか。助力頂いたお礼として、何か掴めたら必ずお伝え致しましょう。」
「口約束だけではマギク家の名が廃りますわ。証左のためにもこちらを渡しておきます。」
バシリス嬢が差し出してきたのは、歯車の形をしたマギク州の州章。
軽く見た所、冒険者証と同じような魔道具だ。
受け取ることで体内魔力が登録され、所有権限を有するというもの。
一方授けた者の体内魔力も事前に登録されている。
これならば誰が誰に渡したのか間違えようがない。
「お心遣い感謝します。」
そこまでしてもれるのならば、無理に尋問を行う必要はない。
座り込んでいた砲兵達もようやく立ち直った頃合いだ、
ゼルド氏と相談しながら拘束用の道具と術式撹乱の魔道具で再拘束にかかる。
バシリス嬢は自身の飛行船へ向き直り、どこからともなくスパナを取り出した。
「さあて、帰りの調整ですわ! モルドモ、生きているエンジンは何機ですの?」
「――動力機関は四機接続されているようですけれど、正常に稼働するのは三機かと。」
「おわあ!?」
ぐりん、とバシリス嬢の視線がお嬢様に戻った。
フォクシ嬢が思わず臨戦態勢に入るほどの唐突な動きだ。
モルドモ氏は数度瞬きをした後に頷きを返す。
「エルシィ様の仰る通りです。出力は落ちておりましたが、辛うじて速度を出すことは可能そうでしたので、切り離してはおりません。」
「点火動力と継続動力を直列配置されてるのですね。確かにこれでしたら速度を出すには良いかと思います。けれど起動後、点火動力の出力を遊ばせてしまうのが――。」
「そう、今回の問題点はそこなのですわ! 経路切替を行うことで火槍への稼働動力にはしていますが、燃料損失があまりにも大きいのですわ! かと言って下手に出力を落とせば、今度は有事の際急加速ができなくなりますの!」
「でしたら、点火動力炉を少し拡張して継続補助動力にしてみるのはどうでしょう。この辺りは蒸気機関の切り替えでは限界がありますので刻印を併用すれば、大きさとコストはさほど増えません。あとは冷却配管ですが――。」
お嬢様の解析報告を聞き、バシリス嬢が赤い瞳を爛々と光らせてまくしたてた。
釣られるようにお嬢様も碧の瞳を細めて解析を進め、改善点を列挙し始める。
モルドモ氏は会話の内容についていけているようだ。
一方残りの面々は何を話しているのか解らない顔をしていた。
「なるほど、直列接続から並列接続への切り替え。確かに一定速度移行はその方が損失が少ないですわ。物理的に動かせない部分を洗い出して、蒸気比率を計算し直す必要がありますわね!」
「ですがそうなると、搭載燃料に関しても考える必要があります。思い切って動力の一部を魔力に置き換えてみては。」
「さすがあの技術担当の血筋ですわね! その発想はありませんでしたわ!」
「ふふ、こちらの台詞です。さすがマギク州、動力伝達をここまで洗練させてらっしゃるとは。」
身元バレしていることは最早大した問題ではない。
白熱する専門会話に没頭しだした二人を止められる者は居ない。
モルドモ氏は一礼の後工具を取り出した。
バシリス嬢の代わりに整備に回るらしい。
砲兵達は捕虜を飛行船へ詰め込みに掛かった。
こうなったら止まらない事を皆承知しているようだ。
「ピストン部分の効率を最適化するとして、素材の変更をしてみるのはどうかしら!」
「そこはいっそ羽根車式にして、圧縮率と回転数を調整したほうがお金をかけずに効率を上げられると思います。」
「そうすると、調整は多弁式ですわね? 配管を逃がすとしましても、振動による他箇所への影響が気になりますわ!」
「見たところ揚力を生む魔道具の回路を組み込むだけの空間がありますので、いっそ浮かせてみましょう。」
「ところで直列から並列へ移す際の蒸気圧の閉じ込めは――。」
「刻印を施したバルブを設けることで開閉を連動させて――。」
云々と顔を突き合わせて熱い設計議論が始まった。
作り手であるバシリス嬢の頭の中には試作機の設計図が入っているのだろう。
一方お嬢様は船影と操縦室、及びその配管配置から逆算で構造を把握した。
精度は相当高かった、バシリス嬢からの指摘は特に入らず会話が弾んでいる。
二人共地位はあるはずだが、間違っても貴族同士の会話ではない。
「エルシィの暴走についていける奴が現れちまった……。」
「すまん、頭が痛くなってきたのだが。」
「耳塞いでろ。」
『あ、でも終わったみたいだよ。』
がっし、と二人が堅い握手を交わしたところで相方が声を響かせた。
二人とも同類を発見して満足そうな表情を浮かべている。
様々な戦い方を継承したお嬢様だが、魂の記憶は決してそれだけではない。
研究職の知識もあるし、趣味にのめり込んだ経験も継いでいる。
物理的に無理なものでも、この世界では法則立てられた魔法がある。
それを加えることで生まれるロマンは留まるところを知らない。
今までは存分に語り合える変人、もとい相手が居なかっただけだ。
「ところでエルシィ、オレらマギク州方面に向かうんじゃなかったか?」
キリがついたところで、フォクシ嬢が合間を縫って言葉をねじ込んだ。
もはや列車は影すら見えない。
ここから荒野を線路沿いに歩いて、一体どれだけかかるだろう。
そもそもマギク州の偉い人がこの場に居るし、飛行船だってある。
乗せていって貰えれば、と言う考えをお嬢様が首を振って却下する。
「見た所当乗員数は十名ほど。既に六名は埋まっていますし、組織員を連行するとなると定員数ぎりぎりです。それに自害された方の死体を焼かねばなりません。」
事切れた器は停滞の苗床になりかねない。
いつかの賊と同じ用に、焼いておく必要がある。
陸路を良しとしなかったのは、話題に上がった飛行船の持ち主だった。
「恩人に荒野を歩かせるなんてありえませんわ。方向的にスキア州ですわよね? モルドモ、皆と共に使えそうな残骸を集めなさい。一刻で被牽引車を仕上げますわよ!」
「非合法部品は避けるよう通達しておきましょう。」
二人して厚手の手袋まで取り出した。
頭には縦ロールを崩してまでゴーグルを装着。
フォクシ嬢が奇っ怪なものを見るような目を向けている。
油仕事を嬉々として行うご令嬢など見たことも聞いたこともない。
「カイゼル、手伝ってあげてください。重いものもあるでしょうから。」
『楽に移動出来るのなら言うことなしだね。じゃあ適当に散乱したのを運んでくるよ。』
相方に乗せてもらうことを考えていたが、ここは彼女らの面子を立てよう。
何より作っているときの腕前を拝見したい。
碧の瞳が好奇心に輝いていた。
姉弟子の視線がバシリス嬢からお嬢様に移る。
そう言えば似たような常識外が側にいた。
「こういう領主は領主で、領民が苦労しそうだよなあ……。」
「……話は一段落したのだな。」
頭から煙を噴きかけていたゼルド氏は、とっくに考えることを放棄していた。
なんとなく癪に障ったのか、フォクシ嬢が大袖をぶつけだす。
下手に大盾で回避するものだから、双方が熱くなり始めた。
不運にも、今回ストッパーは居なかった。
* * *
時間は少しばかり遡る。
バシリス嬢が闇組織の面々と繰り広げるレースを見下ろす影があった。
相当な速度を出す飛行船に並んで、浮島の間を飛んで追いかける。
こんな高度で生身の者がそんな芸当をしているなど考えもつかない。
そのため、両者とも彼の存在には気づいていなかった。
勇者という例外は、世界の法則を味方につける。
「……連邦国へ入ったのは良いけれど、どちらが敵なんだろうね?」
自らの存在を燃焼させた残滓。
辛うじて形を止めている灰の言葉は誰に向けたものでもない。
ヴィオニカ連邦国に所属しているのならば無差別に撃ち落としても良かった。
それを良しとしないのは、きっと彼女が許してくれないからだ。
死んだ後、この魂がどこへ行くのか知ったことではない。
万が一もう一度会えたなら、これ以上の後ろめたさを感じたくなかった。
馬鹿な夢物語に、透明がかぶりを振る。
「天然を追いかけていれば、行き着いてくれるはずだけど……。」
ただの村人だった人工勇者、バレッタ氏には紋章の知識はない。
先頭の船が速度を落とさず浮岩の合間を縫い、船体の角度を変えた。
空を行く船ではなく、空を走る船と形容するほうがしっくりくる。
流れ弾が足場にしている浮岩を破壊したため、別の浮島へ飛び移る。
狩人をしていたおかげか、身体能力と共に動体視力が上がっていた。
「このままだと、追いかける邪魔になる。やっぱり全部落とそう。」
こんなところで道草を食うわけにはいかない。
渡された火槍は、既にバレッタ氏の手によって改造が施されていた。
狩人ならば、その場で装備の加工をするのは基本。
世界のバックアップを受けたそれは、今や大筒並の威力が出せる。
『見るからに紋章がある方がマギク州。何も記していないのが裏の組織だね。勝手に暴れられると困るな。』
その折暴風が吹き、困ったような呆れたような声が届いた。
全身の急所へナイフの切っ先を突きつけられたような錯覚。
とっくに死んでも良いと思っていたが、いざそれを前にすると一瞬でも身が竦む。
そのまま殺されても良かったのだが、動きを止めるのが彼の目的だったらしい。
『フェイル州についたら知らせてあげるよ。あの辺りは似たような紋章が多いから、口頭で伝えるのが難しい。』
一方的に情報を押しつけて、死の気配は離れていった。
あの様子では、邪魔になる空の魔物を撃ち落としたことも知られている。
肩を落としてため息を吐きながら、人工勇者は次の浮岩へと飛び移る。
「まるで彼女みたいに、あれこれと見透かしてくるんだね、あの魔王は。」
絶望の淵にあって、怯えの胸中を見抜いたように。
強がらせることで、彼から停滞を払いのけてくれたように。
そのおかげで彼女が変質してしまった、自分たちの願いは砕かれた。
だからせめて――。
「あいつらの願いを砕くまでは止まれない。それくらいは、望ませてくれるのか。」
打算もあれど、見逃されているのはそういうことだ。
空での状況が動く。
魔王が竜の力を行使し、天然の勇者が空へと昇る。
壊れない体だが、止まれば疲れが溜まっていたことに気づく。
状況が動くまでの間、少し休憩する時間ができた。




