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ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第六章~存在既知のケーフェイ~
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第4話 隠密行動ラプソティ1

2021/07/24追加

 朝食の作成担当は、相変わらずお嬢様だ。

 宿の主人に頼めば作ってもらえるが、折角なので昨晩に続いて厨房を借りた。

 早朝ならば気温もまだ我慢ができる。

 調理用魔道具をおろし金に変え、少し古くなったパンを削っておいた。

 葉物野菜を軽く洗い、豚肉に下味を付けて衣をつける。


「……日常って、こんなに大切だったんですね。」


 昨晩、地獄のような夢体験をしたお嬢様。

 自らの意識の下、きちんと体が動くことに改めてありがたさを思える。

 じゅわ、と油の中に肉をいれながら、体重を後ろへ傾けた。


「ええと、エル? 甘えてくれるのは嬉しいんだけれど。」


 後ろには相方が備えてくれている。

 揚げ物をしているため、前掛けはしているがケープは身につけていない。

 そのため、背中が相方の胸板へほんの少し触れた。

 相変わらずシャツを着崩しているせいだ。

 心は恥じらいを訴えるが、体温から伝わる安心感から離れられそうにない。

 身長差はほとんど変わっていない、やはりこれ以上伸びてくれなかった。


「一番に食べてもらいたくて。」


 相方の戸惑いを封じるために、後頭部を押し当てて顎を反らす。

 碧の瞳が青い瞳を真っ直ぐ見つめ、催促して相方を黙らせた。

 寝起きのおねだり通り、後ろから抱きしめてくれた。

 満足げに鼻を鳴らしてから視線を戻し、カツを仕込むパンの準備。

 薄くバターを塗り、水気を切った野菜を敷いておく。

 動かなくてもいいように、すべて腕が伸ばせる範囲に配置済みだ。


「……やっぱり、夢見の影響?」


「そのお陰です。」


 部屋に行った時に顛末は伝えてある。

 外観が成長した理由、その変化を起こすために見た夢の内容。

 心配されたが、ぐいぐい甘えているうちに考えることを諦められた。

 それでいい、悪夢のお陰で自分の気持ちを強く思い知らされただけだ。

 普段相方から向けられる感情の同等量を、今日はお嬢様から向けている。

 味わっているから知っている、絆を通したそれは大変熱かろう。


「あんまりこうしていると、フォクシさんから怒られそう、むぐ。」


 今度は相方が照れる番だ。

 話を逸らそうとするが、怒られたらその時。

 叱られることには慣れている。

 早速仕上がったカツを一切れ、相方の口に押し付けた。

 こんな事もあろうかと一口サイズを揚げてある。

 他のものはもう少し油を切ってから。


「ちゃんと節度はわきまえます。フェイル州の方にもお灸を据えねばなりませんから。」


 ずっと甘えていられるわけではない。

 だからこそ、機会があれば徹底的にくっつかねば損だ。

 むぐむぐと口を動かしながら、相方は決して屑を落とさない。

 彼だってお嬢様に甘えられるほうが嬉しいので、一緒に怒られる道を選ぶ。


『王国はともかく、連邦国はどうやって?』


 口が使えない分絆を通した疑問。

 王国ならば後ろ盾を得て、学友達の力も借り、一矢報いることはできよう。

 だが連邦国はお嬢様達にとって無関係の土地だ。

 もちろん算段はつけてある。


「王国のほうでも、私のことを面白おかしく書いてくださいましたから。……貧富の差が特に大きい連邦国では、それは良い燃料になると思うんです。」


 新聞という文化は王国のみのものではない。

 各国に出版社は存在するし、それぞれが得手とする記事がある。

 数紙読み比べれば傾向は読みとける。

 あとはより広げてくれそうなところへ情報提供すればいいだけだ。

 油の切れたカツを野菜の上に乗せ、パンを被せる。


「エルがあくどい。」


「こうでもしなければ、短期決戦は望めません。」


 勇者という存在を魔王が変質させてしまっただろうか。

 そんな憂慮が垣間見えたが、即座に打ち消した。

 彼も思い出したのだ、これが本来のお嬢様なのだと。

 春の雰囲気を纏うくせに、夏の嵐のように苛烈。

 お転婆で我儘で、その癖に甘えるところでは徹底的に甘える。

 異性としてのやり方は、流石に初めてだ。

 前世である男性の意識など、今のお嬢様は知ったことではない。


「いちゃついてるところ悪ぃな。その王国の新聞で、またおもしれー見出しが載ってんぜ。」


「面白いというか、この記事、王室は大丈夫なのか……?」


 貸し切り厨房にフォクシ嬢とゼルド氏が入ってきた。

 手にしているのは定期購読している王国新聞だ。

 ゼルド氏のほうは先に読んだのか、目元を抑えて感想を漏らした。


「今度はどんな言われようでしょう。」


 カツサンドは、あとは馴染むのを待つだけなので一段落。

 散々魔性やら愛の逃避行中やら囃し立ててくれたものだ。

 見出しに目を向けたお嬢様は、呆れてため息をついた。

 一面見出しはベーラ領の不祥事、呪われた森と銘打たれている。


「今更爵位や土地で縛ろうだなんて。身分剥奪の件はどう言い訳するのでしょうね?」


 副題として領主の更迭、及びその領地をお嬢様に下賜するというもの。

 すでに連邦国に居る身としては、遠方の領土を押し付けられても困る。

 墓荒らし(グレイヴン)としてはそれが目的なのだろう。

 前領主と同じ様に何もしないのであれば、王国民からの誹りは免れない。

 なにせ今回は墓荒らしが情報を隠匿する理由がないのだから。


「シアンフローの件も随分いきあたりばったりだったが、こっちはこっちで滅茶苦茶だよな。まるで動きに統率がとれてねぇ。呪いってぇのは厄介だな。」


「それが悩みの種です。頬を叩いて回った所で、千年かけて醸された魔法が解けるわけでもないですから。」


 墓荒らしの行動本質。

 すなわち己らの上に建てられた国に対する巨人の怨嗟だ。

 死に際の想いが強く作用し、呪いという魔法を作り上げた。

 即効性ではなく、代替わりを繰り返すうちに在り方を変えるという遅効性の猛毒。

 解析しようにも情報が存在しない。

 行使者である巨人の思考を読み解くことは不可能だ。


「領土にしたって、王室からの指示なら放置できないよね。エルの名前に傷がつく。」


「身分剥奪も貴族爵位の付与も、簡単に行うようなものじゃないのですけど。」


 呪いという奇跡の根は、常識を横に置かせるほど深い。

 だからこそ解析だけでは読み取れない部分が多いのだ。

 渦中に置かれている身からすれば、これほど面倒なことはない。

 領地の下賜に際して、王室からの慈悲がどうこうと言い訳がましく書かれていた。


「学が無い俺からみても、必死に言い訳をしているように読めるのだが……。」


「ああ、ついでにいうと目論見も見え見えすぎて鼻で笑われるな。」


 これで王国内に慌てて帰ってくるとでも思っているのだろう。

 王室側がお嬢様への沙汰は間違いだったと公言しているようなものだ。

 民からすれば度重なる決定変更に王室、貴族院双方に対する不信感が高まるばかり。

 だが実際問題として、何らかの対策をしなければその不信感の矛先が此方に向く。


「早めにお母様に連絡をとります。連絡を待っているでしょうから。人材の確保、現存する村の把握と、街道問題の指示だけで数ヶ月はかかるはずです。」


 それも連絡用の魔道具がある。

 魔法貨物と違い、顔を突き合わせてリアルタイムでやり取りができる。

 貴族に上げられて間もなければ、補佐役を立てても何ら不自然ではない。

 前の領主はあの体たらくだ、どうせまともな帳簿も作っていないだろう。

 その洗い直しから始めなければならないし、別にお嬢様がその場に居る必要はない。


「そうなると絶対、お袋が向かう案件だな。」


「セラさんはエルに甘いからね。それに適任だよ、伝手の広さなら王国随一だ。」


 朝食の作成後にすることは決まった。

 片手間で食べられるものを作っていて助かった。


 * * *


 通信用魔道具を起動すると、お母様は三コールの後に出る。

 のだが、この日は違った。

 過去最速、一コール音がなる直前に通話窓が開いた。


『成長したエルよ! エルが成長してるわ! 服もぴったり! ほらスフォル、女神と言っても過言ではないわ! ああ、セラがいれば映像保存の魔道具を借りていたのに!』


「おはようございます、お母様。瞬きをしてください、ちょっと怖いです。」


 初手からテンション最大。

 おまけにカッと見開かれた目は瞬きすら厭って娘の成長を焼き付けている。

 正直かなりホラーな光景だ。


『怖いと思われたくない、思われたくないけど、それは難しい!』


 お父様も待機していた。

 同じ様に成長したお嬢様をガン見である。

 その場に居たらもみくちゃにされていたことは想像に難くない。

 いつもならばブレーキ役として控えているセラだけが画面の中に居なかった。


「ベーラ領が視える様になったので、今はセラを送って下調べ中でしょうか。」


 点在する停滞の魔道具を破壊し、フォクシ嬢から連絡も受けた。

 更にシアンフローの騎士団、魔法団が向かったのだ。

 それぞれを統率している二人には、既に状況は伝わっているのだろう。

 この辺りは、お嬢様の新しい服を作るついでに行っていても不思議ではない。


『ええ、そうよ。今元領主邸で帳簿の類を整頓してくれているわ。さすがのセラでも難航しているみたい、領地内の状態確認のために映像保存の魔道具も持っていっちゃったわ。』


「お袋が、書類整理程度で? ……どんだけサボってたんだ、あの領主。」


「ううむ……、本当に王国は大丈夫なのだろうか。」


『心配されるのは最もだ。全く申し訳が立たないが、俺とフリグが存命のうちは、少なくとも外部から崩されることはないんだが。』


 目下一番厄介なのは、内側からの瓦解だ。

 今はお母様を始め良識ある貴族や、呪いの影響が薄い者が踏ん張っている。

 これに関して言えば、時間は明確な敵になってしまう。

 なにせ墓荒らしは根本を潰さない限り、どんどん増えていくからだ。


『数日もすれば領土内のあらかたは掴めるでしょうけれど、そこからはセラの人脈を頼るしかないわ。さて、ベーラ領新領主となったわたし達の愛娘、最初はどうしたいのかしら?』


「瞬きをしてください、お父様お母様。」


 相変わらずお嬢様の姿を一瞬たりとも見逃すまいとしている。

 おかげで画面端のカツサンドには気づかれていない。

 眉尻を下げてお願いすれば、流石に二人共目を慮ってくれた。

 一段落着いた所でやるべきことを伝える。


「まずは生きている村の確認、及び補給物資を運搬する算段です。そのための街道整備を同時に計画すれば数ヶ月は戻らずとも支障はありません。それに引き続いて、厄落としを兼ねた領名の変更申請も行うつもりです。後は叙勲式も無い急な爵位付与ですので、王室へ納税義務の免除期間を打診します。私は戻れませんから、代理人を立てる必要はありますが……。」


『よく覚えていたわね、その制度。ええ、申告の代理人については見繕っておくわ。』


 戦時中、急遽空いた領地を割り当てられた場合の制度だ。

 数ヶ月から数年の納税免除が認められる。

 王室側からの強制行為であるため、少しでも反発を抑えるために作られたものだ。

 平和な今はきちんとした交渉の後に領地を割り当てられるのが恒例になっている。


「加えて、前領主の私財継承の手続きを。補給物資と街道整備の費用はそこから賄ってもらいます。ただ、それでも資金不足が出てくると思います。」


『着工費用は大丈夫だ、シアンフローに攻め込んだのがベーラ領の兵だったからな! 場所が場所だけに全員重罪奴隷落ちになる、格安で働き手に回せるぞ!』


「お父様、頼りにしてますね。同じく有事における爵位付与の権利として、街道警備に近衛騎士の方を回してもらえますか。」


『ようし、ようやく俺にもエルを手助けできる機会が回ってきた!』


 奴隷落ちと聞いてゼルド氏は居心地が悪そうだが、我慢してもらおう。

 行動成約の魔法を駆使しておけば無茶なことはできまい。

 次に気になるのは逃げ出した人工勇者の件だ。

 彼が領主や、それに連なる者を憎んでいても不思議ではない。


『バレッタ、だったかしら? 王国内にはもう居ないわ。連邦側の事を聞いたのでしょうね。勇者とは折れてもまた立ち上がるものだから。』


「その理由が私怨だったとしても、か。人の手が加わると随分と変質するものだね。」


『あら、わたしに対する恨みかしら?』


 人の手により変質した魔王の言葉に、お母様が愉しげに目を細めた。

 画面越しでも生まれる圧に気圧される者は、この場には居なかった。

 相棒がお嬢様を後ろから抱きすくめる。

 厨房では甘えたりなかったらしい、思わずお嬢様からもすり寄った。


「とんでもない。フリグさんにもスフォルさんにも、最高の人に巡り合わせてもらえて感謝しているよ。」


「ルゼイア、お母様はともかくお父様の目がつり上がってますから。」


 流石に相思相愛のところへ口を出せば、娘にウザがられてしまう。

 そう判断したお父様は頑張って平静を装うが、お嬢様の目は誤魔化せなかった。

 最後の引き金を引いたのが自分であることは自覚している。

 愛しくて恋しくて抑えが利かなかったのだから仕方ない。


『さて、あとは人選ね。始まってもいないのだし、次々に問題は出てくると思うわ。これからは毎日連絡を頂戴ね!』


「あとは補佐官を、とお願いしたいですけれど……。」


『セラが立候補しているわ。』


「だよなー!」


 予想通りの展開にフォクシ嬢が声を上げた。

 ベーラ領のあれこれは、これで時間稼ぎになるだろう。

 あわよくば反撃の一手になればなお良しだ。

 となれば後は連邦国での身の振りだ、こちらでもすることがある。


「この先マギク州へ行こうと思っているのですけれど、鉄道は繋がっていないのですよね?」


 お母様が懇意にしている技術提供州の一つ。

 中でも独特な早馬技術を有するのがマギク州だ。

 連邦国の中でも、当時から土地を治めていた王族がそのまま州長に収まった。

 立地は浮遊岩の上のため、向かうためには空路が入用になる。


『そうねえ。一度樹海手前まで行ってから、航空便を探さないといけないわ。ただ、最近ちょっかいを受けてるみたいだから気をつけるのよ?』


『あそこの州長、頑固者だからな。おかげで腹芸の心配はしなくていいんだが。』


 フォクシ嬢への報酬の件もある。

 早いうちに早馬の構造を把握しておく必要があった。

 更に言うなら、力を貸してくれそうな州の一つでもある。


墓荒らし(グレイヴン)の方々でしょうか。」


『ええ、闇組織を動かし始めたようなの。』


 連邦国の中心、樹海下は貧しきものの巣窟となっているらしい。

 樹上都市や鉄道の走っている場所は富が集まる。

 一方それ以外の場所は煙害や飢えに襲われる。

 そういった土壌があるため、王国以上に暗部が広く深いとか。

 ただこの国には呪いは広まっていないはずだ。


「上手くいく気はしませんけど……。」


「問題なのは、エルシィ嬢が闇組織に目をつけられることではないだろうか。」


『そう。違う組織だから別の理由で狙う相手が増えるの。ただでさえエルってば魅力が増しちゃったのだもの!』


「瞬きをしてくださいね?」


『と、ところでカイゼル。いつまでエルにくっついているのかな?』


「……ありがとうございます、忙しくなるのでそろそろ切りますね。また明日連絡します。」


 これ以上は大変なことになる。

 急いでお礼と通信終了の挨拶を添えて中断することにした。

 やるべきことは伝えたし、気をつけなければならないことも確認できた。


「さて。次はフェイル州の行いを連邦国の新聞社へ送りましょう。」


 当然匿名で行う。

 流石に王国関係者が他国内で告発するわけにもいかない。

 それをするなら自国から、然るべき使者を立てろと言われるだけだ。

 名を明かさぬ以上、極力興味を引くような書き方で。

 悲劇はより悲劇に。

 所々で名称をぼかし、推測の余地をつくる。

 フォクシ嬢と紙面へ目を通して選んだ新聞社数ヶ所。

 細かい推敲は紙面作成者へ任せることにすれば、昼前までに終わった。

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