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ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第六章~存在既知のケーフェイ~
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第3話 世界に弓引くプロフェッサー

2021/07/19大規模修正

 ギルドで受けた仕事は、周辺に出没する野獣の討伐。

 報酬は流石に二人で金貨1枚程度だが、初めての収入だ。

 駆け出しが戦えるような対象ではなかったが、お嬢様達なら問題はない。

 帰ってきた時には敵意の視線は随分棘を増していた。


「また絡まれたらどうしようかと思いました。」


 ギルドでの雑務は報告だけにとどまらなかった。

 ついでに昇級申請を行ったのだ。

 他の冒険者相手に大立ち回りをしたのは、そのための布石も兼ねている。

 その甲斐もあって簡単に二ツ葉昇級が認められた。


「フォクシさん達には宿で待ってもらったからね。……でも、流石に口を挟めないんじゃないかな。」


 現地の冒険者の心情はともかくとしてだ。

 冒険者ギルドは世界組織、土地柄に引きずられるわけにはいかない。

 仕事を受けたのは二人だけ。

 フォクシ嬢達には宿の確保を頼んでいた。

 お財布問題はあれど、当然男女別部屋とは強く希望しておいた。

 相方含めて昇格できたのだ、次からはもう少し収入の良い仕事が受けられる。

 お祝いは、厨房を借りて大ぶりのハンバーグステーキを作ってみた。

 内側にチーズを仕込んでおいたのは好評だった。

 寝る前の鍛錬も軽く終わらせ、身を清めてベッドに潜る。


 * * *


 騒がしくて意識が戻ってきた。

 悲鳴、怒声、剣戟の音。

 間違っても宿で聞けるようなものではない。

 風にのって濃い血の匂いが運ばれた。


「……え?」


 お嬢様が意識を取り戻したのは、戦場の只中。

 合戦の声が響き渡る広野では、敵味方入り混じり殺し合っている。

 眼前で振りかぶられる刀を、危なげなく刀で受け止める。

 刃が駄目になったと判断すれば即時に捨て、鎧武者を強引に投げ飛ばす。

 着地する角度を変えることで、自重によって首を折る。

 まるでこの場所に居ることを知っていたかのように体が動いた。

 次の相手をするため手近な槍を引き抜いて、戦って、戦って、戦って、戦って。


「あっ。」


 どんな強者であろうとも、死は等しく側にいる。

 息を吐いた瞬間に矢が目を貫き、頭蓋の後ろを叩いた。

 痛みは一瞬で、すぐに意識が暗転する。

 次に目を覚ましたときには、山中に居た。


「ここは……。」


 見覚えのある構えを取った達人が、目の前に居る。

 確か、どちらの腕が勝っているかの死合いの最中。

 肉体の練度はどちらも同じ、ならば後は精神の戦いだ。

 実力は拮抗しているため、焦れたほうが死ぬ。


「ふっ!」


 一秒だったのか、一分だったのか、一時間だったのか。

 相手の呼吸が止まった瞬間。

 刹那で距離を無くして、一手で打ち殺す。

 気づけば汗で全身が濡れている。

 返り血を拭い、緊張から息を吐いた瞬間。


「が……ひゅっ。」


 後ろから心臓を貫かれた。

 ああ、見届人で双方の弟子が居たのだった。

 臥せたお嬢様の体を何度も、何度も罵倒しながら刺す。

 その後は弟子同士の殺し合いだ。

 互いの意思を無視した望まぬ展開。

 激痛に声も出せず、意識が暗転した。


 ――次は船の上だった。


「これは、私の(なか)の……。」


 声を出したつもりだが、口から出たのは仲裁の言葉。

 大しけの最中、船上は安定しない。

 なのに船員たちは船をそっちのけで争っている。

 そうだ、確か食料が尽きそうなのだ。

 船を動かすために人員は居るが、減らさなければ餓死する。

 走り回って諍いをなだめ、心を削って争いに割って入った。

 それでもついに、大きな騒動に発展した結果がこれだ。


「あぐっ……!」


 肩を噛まれる。

 足を切りつけられる。

 倒れた所で、全員の視線が集まった。

 切り分けられながら悲鳴を上げた。

 生存本能に打ち勝てるだけの絆は作れなかった。

 徐々にか細くなり、声が途絶えた時に意識が途切れた。


「痛い、苦……しい。」


 魂に刻まれた傷跡が、じくじくと開き始める。

 ある時は、武力を利用して、望むものを手に入れた。

 富、名声、部下から伴侶を奪ったのも数え切れない。

 毒の盃と知らずに呷り、喉を掻きむしりながら意識が途切れた。

 驕りはいずれ復讐に繋がる。


「も……う……。」


 戦場に居た。

 全身を甲冑で包んだ一団が略奪を行っていた。

 お嬢様も加担し、食料を奪い、財宝を奪い、女を奪い、命を奪った。

 奪って、奪って、奪って、奪ったから。

 最後は断頭台の上で首を落とされた。

 最後に見たのは、辱しめられる自分の体だった。

 奪った者はいずれ奪われる。


「ふう、ふうっ……、うぶっ。」


 五回の断末魔を味わった。

 知識と経験は全くの別物だ。

 魂に紐付いていた根源を紐解いた瞬間に理解していた。

 だが、どうして今それを追体験しているのかが解らない。

 解らないまま、今回はいくつもの道場を破って回った。

 最後には鬼と呼ばれて槍衾にされた。

 大いだけの力は恐怖の対象でしかない。


「嘘、まだ……。」


 戦場ではなく、町工場で働いていた。

 少ない稼ぎながら日々を必死に生きていた。

 せめてもの慰みに武芸を嗜んでいた。

 反乱を疑われ、圧延機の中に叩き込まれた。

 疑いから生じた正義は人を追い詰める。


 腕の感覚が遠のいた。


「な、ん、で……。」


 随分と文明が発達した場所だった。

 沢山の書物を読み漁り、様々な知識を仕入れていた。

 技能や資格も修めたが、努力するほど幸せを見失った。

 報われなくて、報われなくて、報われなくて。

 自ら首を吊った。

 心が満たされなければ世界は色褪せる。


 自分の足がどんな形をしていたのか忘れた。


「なんで、私が……!」


 再経験してきた事柄。

 全ての記憶(かこ)お嬢様(いま)の姿をしていた。

 お嬢様(いま)記憶(かこ)に従って何度も殺し、何度も殺される。

 その度に魂が古傷を思い出し、その度に後悔を思い出す。

 どれだけ強く願っても、過去は変わらない。


 腰から下の輪郭が失われる。


「ち、違います……私じゃなくて……!」


 銃で撃ち殺された。

 失敗した。

 人は簡単に裏切り、他人を犠牲にする。


 胸にかけてごっそりと削ぎ落とされた。


「私は……。」


 友に裏切られ殺された。

 あの時話を聞いて入れば。

 誠意失くして信頼は得られない。


 肩が消えて、頭が曖昧になる。


「私は……?」


 守ろうとして殺された。

 ――名前は?


 庇って殺された。

 ――年齢は?


 犠牲にされた。

 ――出自は?


 死んだ。

 殺された。

 裏切られた。

 あの時、あの時、あの時――。

 繰り返されるたびに、存在が削り取られる。


「ちが……う……、ちがう……。」


 感情が揺さぶられる、感覚が研ぎ澄まされる。

 痛い、苦しい、もう死にたくない。

 何度後悔の声を聞けば開放されるのだろう。

 何回断末魔の叫びを上げれば許されるのだろう。


「わ、たし……は……。」


 様々な鍛錬を行い、死ぬ。

 様々な流派を修め、殺される。

 累積する死に、狂いそうになる。

 なのに、痛みと後悔が狂うことを許さない。


「あ、あ、あああぁ……。」


 削がれて、削がれて、削がれていって。

 形を失った後、変わらない芯の部分がむき出しになる。

 それを守ろうとしたのは本能か、執念なのか解らない。

 その形を強く、強く認識する。


「カイゼル……!」


 口にするなら、そんな音。

 それはお嬢様が(・・・・)初めてこの世界に定義した言葉だ。

 その叫びを文言に、魂に紐付けられた固定魔法が起動する。

 削り取られた体が、色彩が、存在が再構築される。

 そこはいつか見た、内なる世界。

 契約と成約によって枷の解かれた巨竜の心臓が眼前に在る。

 金の竜(エルエル)死者(かれら)ではない。

 紐付けられ、継ぎはしたが全く別の存在だ。


「……カイゼル。」


 もう一度、寄る辺を取り戻してくれた言霊を口にする。

 相方(カイゼル)をきっかけとして作りあげた魔法(きせき)

 それが己の存在を定義するもの。

 体内魔力がどくり流れ、隅々まで自らを認識する。

 自分は、フェルベラント王国で産まれたお転婆なご令嬢。

 授かった名前はエルエル・シル・フォールンベルト。

 相方に恋をしている、少しだけ変わった少女。

 この想いは、他の誰(ぜんせ)にも渡してなるものか。

 感情を確認した瞬間、内なる世界にびしりと亀裂が入る。

 金の竜は狭くなった空間を破るように翼を広げ――。


 * * *


「……っ?」


 ベッドの上で腕を伸ばしていた。

 外は薄ら明るくなりはじめている。

 この頃は日の出が早く、日の入りが遅い。

 どく、どくと早鐘を打つ胸を抑え、生ぬるい空気を肺一杯に吸い込んだ。

 生きている、悪夢から抜け出せたことは間違いがない。

 本当に現実だろうか、体に違和感がある。

 服装は寝る前のままだが、伸ばしている腕の間合いにずれがある。

 基本的に冒険者は、いつでも動けるよう寝間着に着替えることはない。

 常に下腹部の刻印を隠していたインナーが短くなっている。

 スカートの丈も、少し頼りない。


『エル?』


 絆越しに懐かしい声が聞こえた瞬間、泣き出しそうになった。

 一晩しか立っていないはずだが、体感的には何年も経過していた。

 けれどそんな事を伝えようものなら、彼は間違いなく駆けつけてしまう。


『少し、悪い夢を見ただけです。』


『……人の姿が駄目なら、カイゼルの姿になるよ。』


『大丈夫、大丈夫です。』


 声が聞けたから大丈夫だ。

 絆の存在を確かめることができたから、問題はない。

 自身に起きた現象の解析はあらかた済んだ、あとは答え合わせだ。

 そのため、今彼に来られては困る。


『でも、あとで抱きしめてください。』


『わ、かった。』


 そう言えば、お嬢様からねだることはほとんど無かった。

 驚いたような反応が返ってきたけれど、その約束があれば心強い。

 フォクシ嬢を起こさぬよう、確認が容易な冒険者証へと手を伸ばした。


 * * *


 目を覚ますと同時に、フォクシ嬢は息を呑む。

 安宿の中に、冬の色彩を深い青で隠した春が居たのだ。

 柔らかな雰囲気を裏切り、一挙手一投足は多数の武技を内包する。

 彼女は今、背中を隠す金糸を揺らしながら自身の体を確認している所だ。


「……おはようございます。」


 フォクシ嬢が起きたことを察し、底が見えぬほど深い碧の瞳が向いた。

 姉弟子の様子に眉が下がり、それに応じて竜人特有の耳も垂れ下がる。

 薄桜の唇から溢れるのは、以前と変わらず甘く澄んだ音色だ。


「私の見た目、そんなに変わっていますか?」


 見た目だけなら予想の範疇、根本的に変わったのは佇まいだ。

 女は化けると言うが、この場合は当てはまらない。

 ようやく現実に戻ったフォクシ嬢が、顔を覆って天井を仰ぐ。

 絞り出すように答えが返ってきた。


「羽化と開花、どっちの表現がいいかね?」


「せめて成長したと言ってください。」


「普通一晩でそこまで変わらねえだろ!?」


 至極もっともな突っ込みが飛ぶ。

 お嬢様としても諸手を上げて賛成だ、困った顔のまま口元を緩める。

 その表情一つとってもフォクシ嬢が居心地の悪そうな表情を強めた。

 お嬢様の仕草は、気を付けなければ劇物になりかねない。

 話を続けるため、認識阻害の魔道具を身につけた。


「……助かる。そんで、何でいきなりそうなった?」


 一息つくと、状況の説明を求められた。

 急激な変化の原因には思い至っている。

 経験と共に引き継いだ癖、娘の体に合わなかったそれらが馴染んだ。

 あの夢は焼き付いた動きを矯正する意味もあったのだろう。


「ベイル村の停滞が、ルゼイアに引き寄せられた影響かと。」


 魔王がその力を増した。

 彼は同時に竜人の相方でもある。

 ゆえに世界は整合性を求め、お嬢様にも成長を強いたのだ。

 全ては並び立つために。

 随分と滅茶苦茶な世界だが、法則を紐解けばそういう事だ。


「どうあれ、私は私です。」


 相方は、身体年齢がお嬢様に合わせた十八程と言っていた。

 妙な現実感を伴った悪夢の本質は年月の辻褄あわせ。

 冒険者証に表記される年齢が、十三から一気に十七に増していた。

 長寿種でなければ世界に文句を言っている。

 得た力で魔王を討てと強いるのなら、その法則を殴り飛ばしていた。


「ボルカン州で新しい服一式が届いたのは、これを見越してたってことか。」


 流石お母様、準備は万端だ。

 フリルやレースは相変わらず添えられていた。

 もちろん、外見年齢に合わせて多少は落ち着いている。

 フィンガーレスグローブだけは、手の甲に赤い薔薇の細工が増えていた。

 何時ぞやのイブニングドレスを思い出す。

 金属製のそれは、ソードブレイカー変わりだろう。

 サイズは測ったかのように寸分の狂いもない、お母様の情熱が伺える。

 ともあれ、見た目は変わったが目的が変わったわけではない。

 改めて拳を握り直す。


「……少しルゼイアと話をしてきます。朝食の準備はその後に。」


「うぇ。」


 奇っ怪な声が上がった。

 現実時間はともかく、体感時間で数年は経過している。

 恋しくて恋しくて、これ以上のお預けは耐えきれそうにない。

 姉弟子はそんな内心を読んでしまったのだろう。

 さっさと行ってこいと手で追い払われた。

 程なくして、男部屋からゼルド氏が逃げ出した。

 部屋中砂糖で埋め尽くされるほど甘えはしたが、きちんと自制している。

 互いに課したルールは、まだ生きているのだ。

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