第1話 異国情緒のトラベリング
2021/07/05追加
国境門から出た最初の印象は、異世界の映像作品で見られる西部劇の世界。
大半の建物が木材でできており、他建材といえば赤茶の煉瓦くらい。
気温は高いが、一方で空気はやや乾燥気味。
これなら水分にさえ気をつければ、暑さにやられずにすむ。
案内所で聞いた宿へ向かう途中、市で食事を見繕った。
国境街で市が活発なのは、橋がかかっていないためだ。
ついでに連邦国の地図も数枚購入手しておく。
本来なら冒険者ギルドに寄るのだが、この州には支部もない。
連邦国は大小様々な地方が集まってできた国だ。
その中でもボルカン州は最も小さく、担っているのは玄関口としての役割だけだ。
「ちょいとドタバタした後だ、今日は様子見だな。それも、初めて使ったんだろ。」
「はい。流石お母様、予想以上の効率でした……。」
今はスカートを留めるサイドリボンに差している指揮棒。
その変換効率、使用効率は非常に優秀だった。
一度吸い込んだ魔力は回路を組み、放つまで無くならない。
内側の世界で循環をするため変質も起こさない。
この構造も使い方しだいで完全魔法に変わる。
あとは使い手のお嬢様がどれだけ効率的に回路を組むかに掛かっていた。
「魔法の算段がついたのは結構なことだ。さて、こっからオレらはどうするかねえ。」
現在四名は食事を挟んで宿の一室に集まっていた。
フォクシ嬢の依頼はこれにて完了。
あとは橋が掛かり次第戻ればいい。
にもかかわらずあえて独り言のように告げてきた。
「あの、それですがフォクシさん。もう暫く私が雇うことって、できませんか?」
お嬢様の提案にフォクシ嬢が楽しそうに目を細める。
相方とお嬢様は未だ一ツ葉だ。
ギルドから依頼を一件も受けていないため、当たり前だ。
その一ツ葉が、武者修行として他国で活動を始めたとなれば不審に思われる。
だが、ここに上級冒険者の助けがあるとなれば話は別だ。
ちょっと背伸びする新人を見守る善意の先輩冒険者、という構図が出来上がる。
「言っとくが、六ツ星は高ぇぜ? その気になりゃ、一日大金貨は稼げる。」
「仕事があればだよね。フォクシさんは大抵のことはできるけれど、常に最高効率を出せるわけじゃない。」
値段交渉へと会話は移る。
安い報酬で雇うことは、フォクシ嬢の経歴に泥を塗る。
ここに来るまではセラが報酬を支払ってくれていたが、これ以上は頼れない。
そもそも、いつまでも善意に頼っているわけにはいかない。
「お母様にいくつかの州を紹介してもらって、地力をつけていくつもりなんです。」
「そいつぁ大事なことだな。王国の馬鹿どもは無駄に権力がありやがる。」
「俺はそうでなくともついていくつもりだが――。」
「ゼルドは黙ってろ。手綱持ち探し直さにゃならんだろ。」
まずは牽制。
報酬を提示するためには順序立てた説明を行う必要がある。
そこに至るまでの説得力、付随する付加価値を提示するのだ。
続きを促されたため、お嬢様は言葉を続けた。
「王国が連邦国と技術提携を結んでいることはご存知かと。その上で、お母様はその最前線に居ます。」
周知の事実だ。
連邦国は蒸気技術と素材を、王国は膨大な魔法理論を提供している。
そのお陰で精密な操作が可能となる飛行船が作り出された。
多岐に渡る魔道具が考案され、開発された。
宮廷魔法団は刻印などの魔法回路を専門とする錬金団を内包している。
こちらの総括を兼任しているのもまたお母様。
つまり両方の最先端を知っている。
これが意味することはつまり――。
「早馬に関する、造詣が深い州を訪れることもあるはずです。」
情報、中でも技術体系に関するものは重要視されている。
そういった州とのつながりを、お母様が積極的に作っていないわけがない。
縁を結べば、それだけ連邦国側での立場も増す。
「いくら産地のものが安いっても、ラッティの持ってた資料みてーなやつにゃ手が出せねえからな、オレ。」
趣味が高じれば費用は莫大にかかることはよく知っている。
特に車、もとい早馬のカスタマイズとなれば想像に難くない。
だが一方でお嬢様は知っている。
中にはそういった採算度外視で動くような人種が居るということを。
「こちらの国には、技術職人の方も多くいらっしゃるとか――。」
「ああ、確かに居る。自分が気に入った仕事でなければしないらしいが。」
ゼルド氏が会話に加わった。
連邦国内の事情をある程度知っているような発言に、三者の視線が集中する。
こともなさげに彼は言葉を続けた。
「傭兵をしているとな、各国出身者から話を聞けたりするのだ。気に入った仕事ならば採算度外視でのめり込むらしい。」
「……と、言う方の伝手ができるかと。そうでなくとも、素材と設備さえあれば私も加工できるようになります。」
今までは魔力を片っ端から吸い上げるため、魔道具の加工ができなかった。
だが現在は指揮棒を用いて間接的に組むことができる。
できないことを可能にするのが魔法だ、加工の理論や術式は頭の中にできている。
異世界で物作りを趣味にしていたし、この体も何かを作るのは得意としている。
フォクシ嬢から、変人を見るような視線を向けられたが仕方あるまい。
「妹弟子ができることの範囲、おかしくないか。」
「ああ、エルだけでなく僕も手伝うからね。」
「勇者と魔王の手作りかよ。」
重いものを加工する事は華奢な体ではいささか難しい。
覚醒を用いるにしても一人の手では限界がある。
そもそも竜人は二つで一人なのだ。
「そのために蒸気機関を不審がられず見て回る必要がある、と。またでかい報酬だな。特性の早馬、と豪語しやがった。」
「日々の報酬も別途支払いますし、食事は変わらず私が担当しますけれど……。」
ラッティ氏の馬車で、フォクシ嬢はずっと早馬のカタログに目を通していた。
他の者が言い出した条件ならば一笑に付されただろう。
だが、今回言い出したのは異常の一言で表されるお嬢様だ。
お母様の力を借りることにはなるが、手持ちの札ではこれが最適だろう。
金銭支払いでは、お嬢様、相方のお小遣いだけでは早々に現界が来てしまう。
「その分少し値引け、か……ま、合格にしといてやるよ。少しくらい羽伸ばすのもいいからな。ただし任意契約にさせてもらうぜ。ダメだと思ったらそこで終いだ。」
「ありがとうございます! お母様から連絡が来たら、経路の確認をしますね!」
まずは第一段階が完了した。
ここからの旅はお嬢様が引っ張っていかなければならない。
進む経路と、そこで行う目的を決めるのもお嬢様だ。
姉弟子として、その腕を見定めるという意図もありそうだ。
「……俺も問題なくついていけそうだな。」
一行の中で、恐らく一番他国の一般常識に通じているであろうゼルド氏。
彼に関しては、憑いている聖獣を何とかする術を探しださねばなるまい。
これもまた、相談案件だ。
* * *
お母様の宣言通り、連邦国に渡った夕刻にはアンカー無視の魔法貨物が届いた。
最早お嬢様達にとっては当たり前になっている、慣れというものは恐ろしい。
包まれていたのはヴィオニカ連邦国の全景地図に細かく州が記されたもの。
別途路線図の記されたものまでつけてもらってある。
助力を願えそうな州は青で、敵対しそうな州は赤で色付けされている。
色付けされていないところは中立州だろう。
橋のかかる音を聞きながら、一同は地図を前に顔を合わせていた。
「さて、そんじゃあ明日からの動きだが、どうするんだい、依頼主。」
姉弟子からの言葉に、少し眉を寄せるお嬢様。
何せボルカン州の周囲は軒並み赤で色付けがされているのだ。
未だ王国との諍いを残しているという面もあるのだろう。
早急にこの辺りを抜ける必要がある。
幸いにも蒸気機関による鉄道が走っている、それを使うのが一番手っ取り早い。
「お金はかかりますが、この駅から一気にこちら……、東部のオロス州、ヴノ駅まで向かおうかと。」
ここからの路線が続く唯一の中立州がそこだ。
加えて冒険者ギルドがあるため、依頼を受けることができる。
わざわざ敵対しそうな場所にとどまる必要はない。
ただし、一部の州は別だ。
「その後、できるだけ仕事を受けながら、フェイル州近くまで向かいます。」
お嬢様達は一ツ葉でしかない。
各州、ひいては連邦国で名を上げるためにも少々無茶な仕事を受ける必要がある。
その受注のためにも、フォクシ嬢についていてもらう必要があった。
駆け出しが中堅以上の仕事を受けようとすれば窘められるか、却下されるからだ。
「お前、本気でぶん殴りにいくのか。」
「当然です。行った実験も許せませんが、私の相方は一人で充分です。」
碧の瞳が怒りに燃える。
甘い声が凍りつくように圧を増した。
ぽふ、と頭部に相方の手が乗せられてたちまち霧散する。
呆れた視線は甘んじて受け入れながら咳払い。
「そもそも、ことの告発をすればフェイル州も危うくなります。その動きに乗じて何処まで根が張られているのか見極めることが目的の一つです。」
表立っては王国と連邦国は友好国。
とは言えどちらも一枚岩でないことは解っている。
だが、現状の関係を揺らがせれば膨大な損失が出る。
双方ともそれは望んでいない。
となればどうなるか、目に見えて毒になる部分を切り捨てる。
王国ならば領土没収、または分割。
連邦国ならば州の解体、及び土地の分割だ。
幸いにもフェイル州の周囲は中立、または青いところが多い。
「いい意味でも悪い意味でも目立つが、賭け所か。……しかし鉄道か、初めて乗るなあ。」
「かなり時間に正確で、一日の本数も限られているとか。気は抜けんな……。」
「ええと、運賃表と時刻表も届いていますので、時間は逆算していきましょう。」
お母様からの報告に抜かりはなかった。
幸いにもお嬢様の認識阻害魔道具には、時刻表示の機能も付いている。
想定外だったのは、鉄道料金が思いの外高かったことだ。
ギルドで依頼を受けて、早く収入を得なければならない。
「ところでエル、追加で何着か新しい服が――。」
「待ってルゼイア! 自分で片付けますから!」
一段落ついたところで、相方から追加荷物に関して言及された。
流石に下着込みの一式を見られるつもりはない。
相方が荷物を開けきる前に、慌てて奪っておいた。
* * *
翌日、早速移動のために駅舎へ向かった。
王国側からも見えたが、随分と大きな建物だ。
改めて考えれば、そもそも相当な距離を視認できたこの体もおかしい。
その辺りは種族による能力、というよりお母様からの遺伝だろう。
ともあれ、場違いなほどかっちりと石煉瓦で組まれた駅の構内。
この世界で訪れたことはないが、雰囲気的に異世界のものに似ている。
「オロス州方面の切符を四枚お願いします。」
「オロス方面四枚、銀貨8枚になります。乗り場は二十七番線となります。現在車両整備をいたしておりますので、歩いても間に合うかと。」
自動発券機なんてものは存在しない。
受付で目的地を告げての購入になる。
この世界では、誰がどの駅で降りるにしても一律同じ値段だ。
購入駅の固有回路が刻まれた切符を四枚受け取った。
「それにしても、すげえ広いなあ……。」
フォクシ嬢がぐるんと周囲を見渡した。
切符購入場は沢山の窓口に分かれており、非常に広い空間となっている。
にもかかわらず随分人で混雑しているのは、国境駅であるためだ。
主に沢山の荷物を運ぶ商隊が列を為している。
認識阻害に加え、フードを被っておいて大正解だ。
天井は濁ったガラスが張られているため、薄暗さはほとんどない。
「さすが、各地に線路を伸ばしているだけはあります。二十七番線ですので、随分向こうですね。」
駅舎が大きいのは、ホームの数が非常に多いためでもある。
大量の荷物を運ぶ者や馬車まで乗り込めるため、設備の一つ一つが非常に大きい。
改札口は一種の検問になっており、通過する際に荷物の改めがされる。
違法となるものは一切持ち込んでいないため、四人とも難なく通過。
この後は駅構内地図を参考に目的のホームまで歩くことになる。
「……うわあ、すごく煙たい。」
「まだ換気窓があちこちにあるだけまし……なのでしょうね。」
相方が風を操り、漂う煙を退けた。
走っているのはいわゆる蒸気機関車だ。
そのため構内は少々煙が篭もる。
今も停車した列車から煙が上がった所だ。
「耳がいってぇ……!」
ここが始点であり、終点なのだ。
ホームを隔てる壁は無く、プレートを下げた看板が立てられている程度。
停車音、発車音が全部突き抜けてくる。
耳の良い姉弟子にとってはいささか辛いようだ、耳が伏せられている。
「なるほど、馬車の受け入れ車両もあるのか。一般は二階建てとは。」
ゼルド氏が驚愕の声を上げる。
それにはお嬢様も驚いた。
異世界で見てきた二階建て列車よりも高さ、幅ともに随分差があった。
馬車用車両に他車両の高さを合わせた結果、相当な人数が乗り込める。
外に面した廊下や、箱部屋間の内廊下もあり、幅も目いっぱい使われている。
屋上まで設置されているが、こちらは景観のためではない。
この世界は決して安全ではないのだ、魔獣もいれば賊もいる。
そのための迎撃箇所として簡易壁やバリスタが設置されていた。
「……ちょっとワクワクします。」
少年心というか、冒険心のようなものが。
実際は熱波と排煙の関係で、職務に就くものは地獄だろう。
車両整備と言っていたが、つまり屋上設備の点検だ。
昇ってみたい、整備中の列車の中を探検してみたい。
等と考えていたら、相方に手を握られた。
「迷子防止は、必要だよね。」
「な、なりませんよ?」
幼い頃からの付き合いだ、お見通しである。
先頭を行くお嬢様が迷子になってしまえば一行全員が迷う。
解ったから指を絡めないでほしい、頬が熱くなる。
ルゼイアの牽制は大変効果的だった。
お嬢様は大人しく目的の列車に向かい、箱部屋へ入ることができた。




