第13話 閑話未明時間のインストラクション
2021/06/22追加
地上が酷く騒がしい。
牢の警備兵も、入れ替わり立ち代わり変わっている。
順次新しく捉えられた罪人によって牢が埋まってゆく。
運び込まれる者が多すぎて、すぐに許容量を超えることになった。
押し込めきれなかった罪人は、外の広間にまとめて縛り上げておけと怒号が響く。
何処かの誰かが、街を落とそうとでもしたのだろうか。
存在感が酷く薄い青年は、その様子を無感動のまま眺めていた。
意識が戻ったのはつい先程。
本来なら情報を引き出すために尋問が行われているはずだった。
「ああ。」
溢れた声色は更に色あせてしまった。
ただひたすら透明に、空虚な声は誰の耳にも止まらない。
そもそもひしめき合う罪人達が喚いているため、耳にも残らない。
彼らと違い、バレッタ氏のいる牢は別格だ。
周囲は厳重に魔力阻害の式が編み込まれており、その材質も金剛鉱。
「僕は、また生き残ったのか……。」
怒り狂った金の少女が瞼に焼き付いている。
ほんの少し、彼女に似ていると思ってしまった。
その激情のまま、殺してくれると信じていた。
何せ自分は魔王を害したのだ。
二人の関係は側で見ていれば察しがついた。
それは己が求めども手に入らなかった未来の光景。
「自死できれば、この上ないのだけどね。」
そんな現実を突きつけられて、最後に残っていた感情が爆発した。
人工的に生み出されたとは言え勇者は勇者。
世界の助けは薬物を打ち消し、傷を癒やすという回復方向に特化した。
おかげで即死しようが、魂が残っている限り死ぬことができない。
その事を知ったため、無駄なことをするつもりはない。
あの程度の攻撃で、魔王として定着した存在を殺せるとは思っていなかった。
二人のうちのどちらかが、自分を殺してくれることを望んだのだ。
「存外冷静だったのか、これも世界の仕組みなのか……。」
独白を聞き咎める者は居ない。
空虚で消える声など、喧騒の中たちまちかき消される。
はらりと腕を、足を拘束している縄が落ちても気づくものは居なかった。
全く姿勢を変えていないため、意識が戻っていないと思われたのだ。
少し耳をそばだて、状況を探る。
どうやって死ぬ手段を見つけ出すべきか。
「……畜生、フェイル州の奴らめ! 折角領土を貸してやったと言うのに――。」
「何が勇者兵だ、所詮は下賤な血の――。」
「わざわざ実験対象のお膳立てまでしてやった恩を――。」
「大体金払いが悪い、こちらは一体どれだけ情報を捻じ曲げて――。」
牢に居られれた罪人達は、聞かれても居ないのに知りたいことを喚き散らしている。
意識が途切れる前、歯車の軋む音や煙の匂いがした。
魔獣払いと言われた魔道具を提供したのはヴィオニカ連邦国だとか。
つまりそこが彼から、彼女を奪ったのだ。
ベーラ領もまたそれに加担した。
大義など無く、金と力のために自分たちは犠牲にされたのだ。
「……こんな所で、そんな話を拾えるなんて。」
この世界というやつは、大変残酷で悪趣味らしい。
燃え尽きたはずの感情が、再びくすぶりだす。
停滞など、魔物など可愛いものだ。
魔物は世界に起きた矛盾のしわ寄せを一身に担った生贄だ。
一方喚き散らす彼らはどうだ。
欲望のまま他人の命を軽んじ、利用して。
一片の罪悪感も持たず、悪いのは違うやつだと責任を押し付ける。
「ヴィオニカ連邦国、フェイル州。向こう側か……。」
感情の消えた透明な瞳が瞼に隠れる。
浅かった呼吸を、充填するように吸い込んだ。
空っぽだった器に意志が灯る。
燃え尽きた残骸は、己の身を燃料に焚べる。
瞼が開いた後、瞳には自身を焼く炎が宿っていた。
「行こう。僕に彼女を、皆を殺させた罪を贖わせに。」
建前でしかないことは解っている。
彼女を殺してしまったのは間違いなく自分の意志だ。
あの時怒れなかった己が選んだ選択だ。
けれど、最早生きる意味を失った彼にとって復讐は大きな意味を持つ。
犠牲になった村の家族、友人、仲間たち。
その仇がのうのうと生きながらえている世界など認めない。
世界が味方をしてくれるなら、その権能を利用しつくす。
勇者とは理不尽を前にしてもなお立ち上がるものだ。
その特性が酷く恨めしかった。
――翌日、収監された暴徒たちは全員絶命した状態で発見された。
死因は例外なく額に開いた小さな穴。
いずれも恐怖の表情を貼り付け、必死に逃げようとした痕が残っていた。
下手人は疑うべくもない。
厳重に閉じ込めて居たはずの青年と、彼の持つ火槍がその場から消えていた。
広場へ縛り付けていた者達が生かされていたのは、不幸中の幸いだった。
第五章の基本改稿はここまでとなります。
六章からは現在休み休み改稿中です。




