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ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第五章~ロープ際の攻防~
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第12話 異国入場のセオリー

2021/06/15追加

 特定箇所に魔力を纏った存在が触れることで、防衛装置は作動する。

 ならばそれを逆手に取ってしまおう。

 覚醒の段階を引き上げ、尾と翼を出現させると同時に思い切り広げる。

 同時に先程以上に深い位置まで防衛装置のスイッチを押し込んだ。


「ふっ……!」


 背中に叩きつけられる衝撃は一度目を遥かに凌駕する。

 衝撃を受けて息が抜けるが、目論見通りに運びそうだ。

 国境門向けて勢いがつけた所で、覚醒を引き下げる。

 小柄な体はその途中、数度風のクッションに受け止められた。

 流石にこの勢いで抱きとめるのは厳しいのだろう。

 それでも最終的には目論見通り、相方が腕の中へ収めてくれる。

 後は部分的に出現させた翼で空を打ち、地面までゆっくり下降。


「エル、頼むから心臓に悪いことは……。」


「ご、ごめんなさい。」


 ただし、たしなめる声をもらってしまった。

 自覚はあるため、お嬢様の耳が垂れ下がる。

 製粉区画から相当な距離があった。

 一瞬で吹き飛ばされたことを考えれば、風量の強さは推して知るべし。

 固定魔法で身体強化をしていなければ危なかったのは事実だ。

 心配させたぶんは、額へ口づけされることで手打ちにしてくれた。


「おいこら、いきなり降ってきてイチャつくなっての。」


 国境門となれば、先んじて防衛に回っていたフォクシ嬢達が居る。

 攻め込んできた相手も国境を超えさせたくは無かったのだろう。

 その場所を陥落させるべく、しっかりと包囲網は敷いている。

 騎士たちは各方位から踏み込んでくる所属不明の兵たちを押し留めていた。

 そこに混じり戦っていたフォクシ嬢が、お嬢様達の元へ合流する。


「若いのだし、あまり溜め込むものでもないとは思うのだが……。」


「ばっかお前、今の状況考えろ。こいつら逃亡中なんだぞ?」


 フォクシ嬢に続き、前線を騎士に任せてゼルド氏も近づいてくる。

 名残惜しいが相方の腕から降りて、状況を知らせなければならない。

 まずはサイドリボンから贈られたばかりの指揮棒を引き抜く。


「橋はかけられます。非常用の刻印が仕込まれていましたので、一部の浮遊岩を操って一気に向こう側へ行こうかと。」


「そいつぁ重畳だ。で、その操作は片手間にできるものかい?」


 フォクシ嬢が飛んできた矢を切り払いながら聞いてくる。

 騎士たちが最重要とされる場所へ狼藉者を近づけるわけがない。

 相手の手札は曲射を利用した射掛けがメイン。

 その状況で、矢を気にせず操作し続けるのは流石に難しい。

 相方には高速移動のため、風で結界を張って貰う必要がある。

 手が足りない、お嬢様は素直に頭を振った。


「なら、あっちの国境まではオレの仕事だ。なに、ちょいと遠出するくらい。クリムゾンクレイにゃ連邦国から魔法貨物で知らせるさ。」


「俺もついていこう。いくつか連邦国の武器も持っているようだが、その盾にはなれる。」


 フォクシ嬢が向かうなら、手綱を握られているゼルド氏も当然続く。

 加えて乱戦中、連邦国の火槍をいくつか見かけたらしい。

 あれは矢と違い、相当距離の直線で飛んでくる。

 二枚の盾を重ねることで、それに対する防御を固めることは可能だ。


「そんなわけだ! ちょいと門を通らせてもらうぜ!」


「うス。つっても起動中はこちらも門を閉じられないので、気ぃつけてくださいス。」


 この場からお嬢様が離れてしまえば、そもそも彼らの目的は破綻する。

 とっくにぶち壊しているが、彼らは知る由もない。

 そのため事件収束にはこれが最も手早い。

 ぎぎぎ、と重々しい音と共に歯車が回り、鉄の国境門が開かれる。

 その先にあるのは断崖絶壁と、無数の浮遊岩。

 少々拭き上げてくる風は強いため、スカートは抑えておく。

 何故か相方からため息が伝わってきたが、追求は後にしよう。


「――緊急起動術式へ向けて。鍵の作成から。」


 ここに来るまで散々覚醒を行った。

 内部にはしっかりとお嬢様の一部が蓄積されている。

 手綱を通して意志を伝え、黄金の体内魔力に指向性をもたせる。

 程なくしてお嬢様が指揮棒を振り始めた。

 文言魔術では世界との契約に逆らうことになる。

 故に行うのは断絶によって切り離された回路の構築(・・・・・)

 世界の色彩を絵画として捕らえるお嬢様が奏でる魔法の旋律。

 わずか三小節ほどあれば最初の鍵は事足りる。

 ただの壁にしか見えない鍵穴へ、指揮棒で作った回路を接続。


「接続完了しました、橋を立てます。三つ目の浮遊岩で止まってください。」


 宣言するや否や、瞬間的に覚醒段階を引き上げる。

 過剰に膨れ上がり、変換し切れなかった魔力が指揮棒へ吸い上げられた。

 内側へ通された回路を走り、イコールを通じて鍵の術式が黄金に染まる。

 がちりと術式が噛合い、両側から操作しなければ発動しない魔法が励起する。

 ご、ご、ごん、と重々しく浮遊岩が動きだし、作り上げられた道は岩五つ分。

 きちんと手すりまで整備された、橋の一部が出来上がる。


「……うわ、本当に起動するんスか!?」


「あっはっは、相変わらず無茶苦茶を可能にすんなあ! そんじゃ、そっちも頑張れよ!」


 フォクシ嬢は最早慣れたもの、回路を引き抜いたお嬢様の背を追いかける。

 次に必要となるのは緊急移動の鍵術式だ。

 駆け抜ける間に鍵穴から供給された黄金の魔力が刻印魔法を発動させる。

 次々に橋へかけられた強化術式、保護術式が起動してゆく。

 目の前の光景に気をとられる兵達と、それを隙とみて一気に捕縛にかかる騎士団。

 練度の差が数の暴力を上回る。


「フォクシさん、塀の上にも登られてる。」


 とは言え相手も、全員が無能というわけではなかったらしい。

 何処からか壁を登り、控えていた者達が頭を出す。

 橋は完全にかかりきっていない、最後の足止めだろう。


「おい馬鹿、盾を上に構えろ。」


 この先の展開を知っている相方が空帝竜の力を使う。

 気圧と風圧からの保護に全力を傾けるため、矢を阻む余力はない。

 空気を裂く音を聞いたフォクシ嬢がぬらりと太刀を踊らせる。

 ゼルド氏の行動を操り、とん、と盾の上に飛び乗った。

 両手で太刀を握りなおした刹那。

 ひゃん、と空気が甲高い悲鳴が上がった。


「おーおー、こんだけ開けてるとよく斬れるわー。」


「フォクシ、その技量、本当に六ツ葉なのか……? いや、それより足場の必要が無くなったら降りてもらえんだろうか。」


「なんでオレは呼び捨てなんだっての! あと誰が重いって!?」


 お嬢様の背後でごつごつと盾を蹴りつける音がする。 

 後ろは見えなかったが、今まで聞いたことのない攻撃的な風切り音。

 射掛けてきた矢をまとめて剣圧だけで斬り捨てたことは解る。

 魔力が起動した様子もないただの技術、明らかに常識外の技だ。


「いまのはゼルドが悪いね。」


「デリカシーという言葉を学ぶべきです。」


「そういう意味ではなく!」


 その技はさておき、ゼルド氏に向けての当たりが強かった。

 場所は丁度三つ目の岩の上。

 指揮棒を振り、終端から先端まで逆算して描いた鍵術式を地面に差し込む。


「大体お袋なら、この程度片手でできるっての。……なんだ、火槍の防御してぇならそう言え。」


「言う時間が無かったゆえな!」


 盾の代わりに蔓を必死に伸ばして防御するゼルド氏。

 発砲音に風切り音、共に距離があれば掴むことが難しい。

 改めて大盾二つを持って真正面からの火槍を防ぐ。

 騎士団達は随分な数を制圧している。

 それでも点在する兵たちが最後の足掻きと攻撃を加えてきた。

 だが、それもここまでだ。

 仕込まれた刻印に従い、四万以上の魔法が連動作用を開始する。


「一気に加速しますので、できるだけ踏ん張ってください。ルゼイア、保護をあと二重がけに。」


「それじゃあ、分見(カイゼル)にも手伝ってもらおうか。」


『そうそう、ミズールさんからの伝言だよ。地位を利用し、責務を放り投げた者の横っ面を張り倒してくるように、ってさ』


「言われずとも、果たしましょう。」


 お嬢様の口に笑みが浮かんだ。

 ここに来るまで学友たちに随分と助けられた。

 お母様の仕込みだろうが、動いてくれた皆の意志がありがたい。

 ハルト氏が忘れられているが、彼は平民姿になったお嬢様に対して耐性が絶無だ。

 三つ目の岩に仕込まれた緊急移動の偶然(・・)が作動し、橋から外れる。

 途端に竜巻に巻き込まれたように渦を巻いて浮き上がった。

 次の瞬間には暴風に弾かれたように連邦国側へ射出される。


「ぬ、お、お、おー!?」


 お嬢様は術式の調整と操作に意識の九割を裂いている。

 相方は皆が風圧で飛ばされたり、気圧で潰されないように気を配っている。

 フォクシ嬢は、しっかり体を地面にくっつけて安全体勢だがちょっと青ざめていた。

 ただ一人、立って飛び道具を警戒していたゼルド氏だけが悲鳴を上げる。

 人間大砲になったら、きっとこんな気持ちになるのだろう。

 素面状態では絶対に御免被りたい。

 全長五十キロにもなる巨大な橋の対岸につくまでに要した時間は、わずか十分少々。


 * * *


 この日、国境門を担当していたのは少年と青年の間辺りの純人だった。

 連邦国側も、向こう岸から弾丸の用に飛んでくる橋の一角を見て騒然となる。

 ぶつかると思われたそれは、急減速したかと思えば国境門の手前に接続された。

 乗っていたのは四人の異邦人。

 一人は金髪碧眼、息を飲む造形をした竜人の少女。

 もう一人は銀髪青目、同性から見ても妙な色香を漂わせる竜人の少年。

 そして帝国風の装束と大袖を身に着け、太刀を帯びた白銀の狐人の女性。

 一人だけぐったり焦燥しているのは、両腕に大盾を持った純人の青年。

 一行が国境門へ足を踏み入れると、飛んできた橋は元の場所へと返ってゆく。

 想像もしなかった光景に、門兵は唖然としていた。


「……あの、ヴィオニカ連邦国への入国審査をお願いしたいのですが。」


「え、あ。す、すぐに!」


 甘く澄んだ声が、若い門兵の耳朶を打った。

 そこでようやく彼は業務を思い出した。

 いかなる方法で超えてきたとしても、門を隔てる以上それは正式な来訪者だ。

 ならば然るべき手順がある。


「で、では身分証明書の提示をお願いします。」


 慌てて専用の読み取り器具を起動させる。

 国境越えの際に提示される身分証明証が確かなものか確認するための魔道具だ。

 大まかには冒険者ギルドなどに設置されているアンカー装置と変わらない。

 違いと言えば、冒険者証以外の証明書に対応しているという点。

 提示されたのはいずれも冒険者証。

 順に一ツ葉、一ツ葉、六ツ葉、四ツ葉。

 構成だけみれば、上位二名が一ツ葉の冒険者のフォロー役だ。


「エルシィ様、ルゼイア様、フォクシ様、ゼルド様ですね、ようこそヴィオニカ連邦国、ボルカン州へ。ご入国の目的は?」


「見識を広げるため、武者修行のためです。」


 チェックの後、各々の名を確認して反応を伺う。

 嘘を言っている様子はなく、何かを隠している様子もない。

 魔道具を通しても違和感も感じないため、業務自体はこれでお終いだ。

 エルシィという名の少女がルゼイアという名の少年に眼鏡を渡され、着用する。

 認識阻害の効果が働くらしい、賢明な判断だ。

 一ツ葉でこのたおやかさと美貌は仇になる。


「ところで、あの、先程のは……。」


 業務が終われば、ここから先は先程の現象の確認だ。

 巨橋がこちらから途切れさせていることは知っている。

 上からの命令とはいえ、商人たちを宥めすかせる日々には流石に辟易していた。

 何らかの動きがあったというのならば、この面倒事から抜け出せるのかもしれない。


「少し急ぎでしたので、緊急起動をして来ました。こちらも本日中に、橋をかけなおすよう言われると思いますのでご安心を。」


 認識阻害は働いている。

 にもかかわらず、少女が微笑んだ途端に周囲の空気が暖かくなった気がした。

 いや、真夏日なので暑くて仕方ないのだが、雰囲気というやつだ。

 すっとその視線を遮るように少年のほうが前に立つ。


「暫く忙しくなるだろうけど、頑張って。」


 落ち着いた声色ながら少々棘があった。

 少女を庇うような動きから、はぐれ同士補い合う関係と推測できる。

 雰囲気に飲まれ過ぎたのだろう、無為な警戒心を生じさせてしまった。

 己の態度を振り返った所で、少年は咳払いをして追加で言葉を続ける。


「王国側に連邦国からいざこざが持ち込まれてね。君たちはこれから、そのあおりを受けるよ。」


「ああくそ、コレだから上層の野郎は……。」


 矢張りと言うべきか、予想していたことだった。

 風が原因で橋を解けとは言われていたが、基準が古いにもほどが在る。

 そのお陰で毎日のように住民や商人から文句を投げられていたのだ。

 内容が内容なだけに、がりがりと乱暴に茶髪を引っ掻いた。

 ただの門番に国際問題のフォローはできない。


「貴国へ多大な迷惑をかけてしまい、申し訳ありません。ただの一兵卒の言葉ですが、連邦は様々な州で成り立っています。せめて良き出会いを。」


 連邦国の中でも、この辺りは辺境だ。

 周囲は荒れ地だし、はっきり言って見るべきものは何もない。

 とはいえ行商が通るルートなだけあり、賑わいだけはある。

 土地勘のなさは最悪行商に尋ねるのが一番か。


「この先に案内所がありますので、参考にしてください。」


 と思えばこの国境兵、きちんとフォローまでしてくれた。

 冒険者ならば情報の収拾箇所は冒険者ギルドだ。

 とは言えその場所さえ解らないのならばどうしようもない。

 事前に情報を得られる場所があるのはありがたかった。


「お、ありがとな。何せあんな登場の仕方だ、すんなり入れてよかったぜ。……にしても、アンタも大変だな。」


 竜人の少女が高嶺の花に対して、狐人の女性は比較的距離を詰めやすい。

 こちらの苦労をねぎらうように声をかけ、内心を読んだように言葉を重ねてくれる。

 恐らく内心の不平不満を察せられたのだろう、思わず苦笑を浮かべた。


「自分は今回入国処理を担当させて頂きました、デゼルトと言います。これが下っ端の仕事ですから。上が役に立たない分、下で支えなけりゃなりませんからね。」


「その心がけは立派だがなあ……。あんまり気張りすぎんなよ。」


 挨拶を最後に一行は連邦国側へと足を踏み入れた。

 ボルカン州はとても小さい。

 国境の街であると同時に、荒れ地と岩石の州。

 この街全体が州であるため、個別の街名は存在しない。

 随分手間取ったが、やっとヴィオニカ連邦国へ渡ることができた。

 王国側で最後に見た光景から、狼藉者達は牢に叩き込まれることだろう。

 こちらでも相方の宣言通り、本日中に橋を渡すためにドタバタが起こる。

 次の目的地を決めるためにも、お母様からの連絡を待つ必要があった。

次回閑話を1話はさみます

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