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ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第五章~ロープ際の攻防~
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第10話 控室で聞くプレリュード2

2021/06/10追加

 シアンフローのあちこちに張り巡らされた浅めの水路。

 初めてこの街を訪れた大抵のものは、うっかり足を踏み入れてしまうことも多い。

 そうして濡れた足で走り回ろうものなら、くっきりと地面に足跡が残ってしまう。

 この街に常駐して長い騎士たちが水路に足を取られることはない。


「なるほどね、こういう意図もあったわけだ。」


 地上を走るのは黒銀の竜。

 本格的に覚醒を行えば、化け物のような姿になってしまう。

 現在は相方に引きずられているだけだ。

 極力外見の変化は抑え込んでいる。

 濡れた足跡を追えば、入り込んできた不埒者を容易く見つけられた。


「何だ手前! 邪魔する――。」


「上を見ないでほしいな、エルの脚を覗こうだなんて許せない。」


 彼らは標的を追い込もうとしているだけで、決してそんな意図はないだろう。

 難癖をつけるように告げては二名の脚を払い、頭を地面に叩きつける。

 剣を作るまでもない、即時風を操っての束縛を施しておく。

 魔力の痕跡を残しておけば、騎士たちが彼らを連行してくれることだろう。

 それよりも心配なのはお嬢様の挙動だ。


「いくら下にペチコートを履いてるとは言え――。」


 スカートを身につけている自覚がないのではなかろうか。

 ペチコートをフリル付きの短パンと思っているのなら大きな勘違いだ。

 あれはあくまでも見られた時の防衛装備に過ぎない、見せないことが大前提。

 追いかけるルゼイアの頭上をまたお嬢様が飛び越えていく。


「エルは飛び回りすぎだよ……!」


 建物の僅かな出っ張りに着地し、あるいは指をかけ、身体を引き上げる。

 アクロバティック過ぎる動きの度にフィッシュテールがひらひらと舞う。

 黒いニーソックスとの合間、きゅっと締まった太ももが覗く。

 ふわっと広がったケープから大胆に開いた背中まで見える。

 絆を通して注意したいが、今行えば彼女の動きが鈍る。

 邪魔をすることは相方としても本意ではない。


「……彼女には追いつかせないよ。」


 壁を登り、追いすがろうとしていた男たちの元へと飛ぶ。

 ごづんと壁へ頭を叩きつけた後、頭を掴んだまま重力に従って真下へ降りる。

 束縛が済んだ頃にはお嬢様は次の高い建物へ飛んでいる。

 手槍を棒高跳びのように頻繁に使ったり、建物の間にかけて橋渡しにしたり。

 お転婆時代の面目躍如と言ったところか。

 付き従って動いているうちに、数十名の男たちに出くわした。

 仲間内に連絡を取られ、厄介な守護者の排除を優先的に行うつもりらしい。

 あまり時間を取られたくはない。


『数が多い。エル、停滞()めても――。』


『ダメです。』


 絆ごし、愛する少女の返答はブレること無く即断。

 その程度の相手なら、魔王の権能を使うまでもないという信頼。

 全くずるい言い方だ、自分の扱いを心得ている。

 そう言われてしまえば効率より対等であることを選んでしまう。


「てめえか、散々邪魔しやがったのは。どこの誰だかしらねぇが、アイツはこの国にとって害悪だ。素直に差し出すのが王国民の正しい在り方だろ。」


「……。」


 ルゼイアは無駄な会話をするつもりはない。

 ことの流れを知っている身からすれば、滅茶苦茶な理論の押し付けだ。

 着物袖から魔道具を取り出すと、即座に黒銀の刃を形成する。

 流石に竜の息(ドラゴンブレス)とするわけにはいかない。

 相方(カイゼル)としての体内魔力の物質化だ。


「手を引くつもりはねぇか、こいつも魔性に魅入られたタチだ! 魔法、射掛け始め!」


 屋根の上に登れた者も居たらしい。

 お嬢様を追いかけるのではなく、この場に相方を留める役を選んだ。

 となれば別途追手が居るだろう、少し急がねばならない。

 展開される魔法式へパレットナイフを走らせ、バックステップ。

 トト、と先程まで居た地面に矢が突き刺さると同時、地上に居る男たちが抜剣した。

 驚いた様子がない、お嬢様が居なくとも魔法が効かない事は想定していたのだろう。


「……持ち込んだものじゃないね、奪ってきたのか。」


 彼らが手にしているのは、いずれもルゼイアが持っているものと似た魔道具。

 最初に見た時、彼らが手にしていたのはごく普通の金属武具だけだった。

 なりふり構わないのは自棄にでもなっているのだろうか。


「任務に協力してもらったのさ。」


 国境の街なだけあって、店にはヴィオニカ連邦国の魔道具も並んでいる。

 彼らの略奪品は剣型、槍型、弓型と基本を揃えていた。

 これは面倒だ、相方だけでなく略奪者たちから物品を守らなければならない。

 騎士団も多く散らばっているが、全てを網羅するには範囲が広すぎる。


「じゃあ頼んだよ、(カイゼル)


『全く自分扱いが粗いね、(ルゼイア)


 ならばこちらも手を増やさなければならない。

 あたかも自身の相方のように分見を生み出した。

 流石に大きさは中型犬程度に押さえている。

 ついでにお嬢様の荷物を咥えてもらう、これで両手を使える。

 姿形は空帝竜だが、外見を見て即座にどの竜種であるか見抜けるものは居ない。


「こいつ、はぐれじゃねぇな! もっと魔道具かき集めてこい!」


 竜人によって建国に至った場所だと言うのに、随分と不勉強だ。

 二人揃って初めて一人前。

 側に相方が居る竜人の力は、街の入り口で見せつけている。

 対応として使える物を増やすというのは確かにありだろう。

 それでも戦闘中に見てから道具を並べるのは甘すぎる、遅すぎる。


『玩具を壊されたりするとエルが困る。奪わせないよ。』


「さっさと済ませてエルを追わなきゃね。」


 最初は旋風程度の変化だった。

 動きを縫い止めるようにルゼイアが踏み出したため、男たちは対応が遅れる。

 物質化された魔力の刃が拮抗し、左右の手をスイッチ。

 ぎゅんと刃の上を滑らせるように力の方向が変化する。


「くそ!」


 男は肩を切り飛ばされる前に魔道具を放棄し、刃が霧散する。

 旋風は更に渦を巻き、脚を取られ始めれば流石に違和感を覚えたようだ。

 だが、一瞬でも意識をそらした時点で彼らの負け。

 わざわざ路地へ集まってくれたことには感謝したい。


「ほら、吹き飛ばされるよ。」


 空いた手が男の胴へ触れた。

 ずぐん、と衝撃が後方まで突き抜け、宣言通り足が浮く。

 踏ん張る場所が無くなった瞬間、その体は暴風によって吹き上げられる。

 狼狽えている間に剣の間合いより更に踏み込み、身体を落として足を薙ぐ。

 払いぬいたところで重心を移動。

 魔道具を略奪に向かおうとしていた一団へ飛び込み、逆足でさらに薙ぎ払う。

 いずれも例外なく空へと吹き飛ばされていく。


『さあて、久方ぶりにきちんとした権能の行使だ。鈍ってなければ良いんだけど。』


 黒銀の小竜が翼を一度、二度と叩けばそれだけで自然現象が巻き起こる。

 空帝竜が自然災害と同一視されるのはこのためだ。

 自らの意志で起こした局所的な竜巻。

 建物を崩壊させないよう気を配られているが、人を吹き飛ばすことに容赦はない。


「畜生、竜人ってやつはこれだから! おいさっさと引いて――。」


「進めねえんだよ!」


 他の方角から来ていた男たちが口やかましく騒ぎ始める。

 丁度この場が竜巻の目だ。

 そこから外に出ようとすれば、風圧に寄って吹き飛ばされる。


「ほら、背中を見せていていいのかい?」


 当然そんな騒ぎを黙ってみているほど、ルゼイアは慈悲深くない。

 こちらに背を向けたことは好機、容赦なく踏み込んで突きを放った。

 再び金属音、一応警戒していた二名がかりで受け止められる。

 そのまま押してこようとするので再びスイッチ。

 鍔迫り合いは成立せず、剣閃は奇っ怪な軌跡を描く。

 体勢を崩した所で、がら空きの胴を薙いだ。


「ぎゃ!」


「ぐうっ!」


 大げさな悲鳴が上がる。

 どちらにも重症は負わせないよう、刀身を魔力へ変えていた。

 最後に向き直ろうとする男の顎を蹴り上げ、まとめて空へ吹き飛ばす。

 これでまた一団の無力化が完了だ。


「全く、随分と練度が低い。まだ前の所のほうが腕のいい奴が多かったよ。」


 学園の同級生たちは言わずものがな。

 騎士科の他クラスの者も、ここまで酷くはなかった。

 敵を前にあっさり包囲を解き、あまつさえ平然と背を向けるとは。

 夜襲をかけてきた賊たちだって、露骨に背を晒すことはなかった。

 訓練を受けた形跡はあれど、まるで身についてない。

 懲りずに魔法発動の気配がしたので、今度は剣を振り、斬撃で回路を破壊する。

 刃を魔力に変換し、完成する前に崩してしまえば式は成立しない。

 それが呪文を行使する魔法の限界だ。

 速度はあるが、より速く破壊行動を取れば回路と式の組み換えが行えない。


『これに関しては、カリストさんが努力家で、天才なんだろうね。』


「あれを見ちゃうと、どうしてもね。」


 即時展開の上、破壊しようとしても複数連動によって即座に補完される。

 生物として全力で阻害に掛かったとしても、最低でも五つは発動を許してしまう。

 ともあれ別の一団の眼前まで一息で移動したのだ。

 彼らは急に現れた少年に固まってしまった。

 体勢を軽く崩してやれば、一瞬で竜巻に飲み込まれる。


『さて、あとは……おっと。』


 上空に巻き上げた男たちの手足が唐突に水の縄で拘束された。

 当然ながらカイゼルの仕業ではない。

 ぱさりと暴風に逆らい、鳥のような羽毛が一枚落ちてきた。


『最初から拘束までしておきなさい、カイゼル。貸し一つよ。』


「やあ、助かったよズーラ。ミズールさんのほうは片付いたのかな。」


『竜巻のせいで砲声が聞こえなかったのね。とっくに終わったわ。』


 足が砕ければ動くことも無かろうと思っていたが、それでは駄目らしい。

 ミズール嬢から離れて飛んできたズーラが捕縛を行い、カイゼルが竜巻を消す。

 落下地点に水の柱を生み出し、着水させることでならず者たちの確保は完了。


「ところで、ミズールさん益々腕を上げていなかった?」


『訪ねながら相方のもとに駆け出そうとするのは相変わらずね。』


 会話の最中にも、少し離れた相方との絆頼りに駆け始める。

 道中略奪者を見つければ、カイゼルとズーラが拘束をかけて回った。

 地上のことは任されたのだ、完遂しなければ顔向けができない。


『そんなことより聞いているわよ、この乙女の敵。あの子に伝えなさい。地位を利用し、責務を放り投げた者の横っ面を張り倒してくること。』


「ぐうっ!」


 学友達の団結は堅いらしい。

 あれやこれやはしっかりと伝わっているようだ。

 学園でさっさと暴露していれば、レオン嬢の心を砕く必要は無かった。

 もっと前から伝えておけばお嬢様が羞恥に悶え苦しむことは無かった。

 恋は盲目過ぎた、お嬢様に嫌われなかったことは最早奇跡だ。

 幸いにもそれ以上の言及はされなかった。

 憎しみ以外を手に入れたため、負い目がダメージに変換される。


『……覚えたかしら。返事は?』


「つ、伝えておきます。」


 下手な弁明は己の傷口を広げるだけだ、何とか返事だけは返せた。

 このまま返答がなければ、ミズール嬢が大剣を担いで飛んでくる。

 魔王からの答えを確認し、ズーラは自身の相方の方へ引き返した。

 絆の通った相方から離れると、無性に心がざわつくものだ。

 ルゼイアも、高みを目指すお嬢様の足元を固めるために駆け出した。

 今度からもっと周りにも気を使おう、そう心に決めながら。

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