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ちょとつ!@異世界にて  作者: 月蝕いくり
第五章~ロープ際の攻防~
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第9話 控室で聞くプレリュード1

2021/06/08追加

 まずは多くの暴徒を引きつけることに成功した。

 地の利はこちらにある。

 時間を稼げば稼ぐほど、騎士団にとって有利に働く。

 最もそれとは関係なく、ミズール嬢はこの様な無法を許すつもりは無い。


「わたしを捕らえるとは、いささか大言では?」


 深い蒼の瞳の奥、己を律することが出来ぬ愚かな貴族へ向けての炎が燃える。

 家紋こそ掲げて居ないが、彼らの動きには一種の芯が通っている。

 練度はお粗末だが、正規軍として訓練を受けてきた構えに足運び。

 フリルとレースで飾られた華奢な腕が持ち上がり、応じて大剣が持ち上がった。

 相方(ズーラ)の魔法により、広く刃の壁が展開されている。

 真正面から無傷で通り抜けるには、彼女を打破してゆくしか無い。


「たかが竜人のご令嬢一人で、この数をどうやって抑えきるつもりだ?」


 上手く側面、背面は守っているが複数同時相手は免れない。

 最初の一撃こそ度肝を抜かれたが、それと知って動くまでだ。

 男たちは波状的に仕掛け、疲弊してきた所で抑えつければいい。

 そうなればどんな目に合わされるかなど解っているだろう。

 括りもしていない長い髪は邪魔になる。

 軍服を思わせるドレスも飾りが多い。

 大体手にした大剣が華奢な身体に反して大きすぎる。

 弱みになりそうな部分は多いが、凛とした少女の美貌は崩れない。


「試してみなさい。」


「そうかい、それならお望み通りたっぷり可愛がってやるよ!」


 相変わらず名乗りもなく、五人がそれぞれ別角度から襲いかかる。

 そのすぐ後ろに五人が続き、七人がさらに続く。

 いずれも剣を手にしており、傷を負わせることに躊躇がない。

 あのお嬢様が異常なだけだ。

 どれだけ傷つこうが命さえ残っていれば回復、再生が可能だ。

 だから彼らは本気で細い腕や、足を落とそうとしていた。


「あなた方の攻撃は、非常に軽いのです。」


 ひゅご、と攻城投石が通り過ぎるような音。

 最初の五人が後続の十二人にぶつかり、まとめて最前列に戻される。

 ミズール嬢の返礼は、大剣のわずか一薙ぎだけだ。


「言ってやがれ! どんどん行け!」


 足元でうめき声を上げる仲間を意に介さず、続いて十人が一斉に向かった。

 振り抜いた後ならば隙だと判断したのだろう。

 ひゅいん、とミズール嬢の手の中で大剣が周り、刀身が下へ向く。

 どつりと地に突き立った時にようやくその異常さを認識できた。


「盾……?」


 呆けた声が上がる。

 改めて目にすれば、両手剣だとしてもその幅が広すぎた。

 華奢とは言え娘の身体一つが丸々隠れきる。

 きゅん、と手首の返しだけで振り抜かれる剣を防ぎきった。

 護拳部分も非常に大きい、剣と呼ぶには守りに重きをおいている。


「せめて手を変えなさい。」


 まるで授業の叱責だ。

 近くからは、ふわりと銀の髪が柔らかく舞う様子しか確認できなかった。

 気づいたときには彼らは綺麗に元いた場所まで弾き返されている。

 広すぎる剣の腹で、まとめて薙いだのだ。

 振り上げられた切っ先は、再びどつりと地面へ付く。

 最早理不尽という文字が小さな身体に凝縮されていることに気付いた。


「お父上の代では守りのみであったのだが……。」


「わたしもエルエルさんに随分と泣かされたものです。ですので、手を変えてみました。」


 ミズール嬢のやや後方では騎士団の司令塔を担うリュカン卿が控えている。

 防衛指令たる彼の声は、やや震えていた。

 眼前の暴徒たちはまだ気づいていないのだ。

 ここに至るまで、ミズール嬢は片手でしか大剣を奮っていない。


「矢と魔法だ! ありったけぶち込め!」


 ミズール嬢の指摘を受けてようやく別の手段で攻めることにしたらしい。

 遅すぎる、呆れたため息を吐くと同時に彼女の翼が再び展開された。

 銀白色の魔力が内包するのは渦巻く風。

 後方から飛んでくる無数の矢を絡め取り、体内魔力をまとわせ術式へと打ち返す。

 射出された後の大いなる魔力が矢に込められた魔力に従い、効果を霧散させた。

 お嬢様の扱うような大規模撹乱は扱えないが、対魔法戦闘など想定済み。


「声を出し、意識をそらすまでは良いとしましょう。」


 ついに彼女から一歩を踏み出した。

 飛び道具に意識を向けさせ、二名を接近させる。

 それに引っかかるようなミズール嬢ではない。

 接近してきた二名へ、突然動いた盾のような剣が叩きつけられる。

 それでもなお至近距離から魔法を放つのは頑張ったほうだ。

 二者共に炎の矢を放つ回路、流石に彼女だけでは避けられない。


「ズーラ。」


 空中から勢いよく降り注ぐ水刃が術式を蒸発させた。

 竜人は相方と揃って初めて一人前だ。

 ミズール嬢はさらに一歩踏み出す。

 騎士側の前線がただ一人の少女によって押し上げられる。


「外から入り込んだものも多いでしょう。こうして引きつけておくのも限界がありますので、リュカン卿は対応願います。」


 その際に現場指揮官へ言付けておいた。

 正面から渡り合うには分が悪い。

 そう悟った相手部隊のいくつかは、別ルートから街の中に入り込んでいる。

 最初に比べて随分数が減った、この人数なら自分一人で充分と判断した。


「各部隊、五人編成で町中を回れ。相手は何をしてくるかわからん、生け捕りに拘りすぎるな!」


 ようやく統率がその力を発揮する。

 指揮官の指令によって即時組を作り、騎士たちが町中へと展開を始める。

 リュカン卿は臨時の本陣である広場へ踵を返した。

 ミズール嬢対残り五十名程の構図が出来上がる。

 数名意識を失っているが、動けるものは即時回復魔道具で戦線に復帰している。

 彼らの一部はどうしてもミズール嬢を捉えたいらしい。

 早々に社交界に出ている彼女は、お嬢様のような新鮮味はない。

 それでも二人並べば黄金と白銀、甲乙つけがたい美姫として挙げられる。


「あなた方に懸想されても、嬉しくありません。投降の意志はありますか?」


 いずれも構成員は純人。

 彼らは他種族を上回る可能性を秘めている。

 だが、それはあくまでも本人たちの努力があってこそだ。

 見た所数の暴力と高い装備に頼り、自らの鍛錬はそこそこ止まり。

 その状況だけを見て、この場面を好機と捉えてしまった。

 先程簡単に蹴散らされたばかりだというのに。


「折角のお仲間を散らしちまった奴が吹くんじゃねぇ! 散々やってくれたお返しだ、降参してもただで済むと思うな!」


 こだわるだけあってまだ動ける部類だ、念の為もう一段階体内魔法(・・・・)を引き上げる。

 ミズール嬢にとっての竜の息(ドラゴンブレス)、お嬢様と違って固定化はされていない。

 規模も小さくまとめてあるため、外部からの解析は行えない。

 無音で構築される自己身体能力への超強化。

 ひどく燃費は悪いが使う瞬間だけ起動させれば長期戦にも耐えうる。


「あなた方がそこまで我を貫くというのでしたら、仕方有りません。ここは国境という要、ご退場願いましょう。」


「この人数相手にか? やってみろよ、今度は一斉にだ。その華奢な身体であとどれ……だけ……。」


 刀身が浮き、びゅおんと超重量の刃が振るわれる。

 一閃、二閃、三閃、四閃、何も余力を見せつけるための挙動ではない。

 振るう度に体内魔力が炉心(・・)へ流れ込み、内部の歯車が動き始める。

 遠心力が一定値に達した瞬間、がぢりと重い音がして、大剣の切っ先が飛び出した。

 空いた刀身を補強するように極太の鋲が蒸気と共に打ち込まれる。

 切っ先に重心が動いた分、がちがちと鳴りながら柄も伸びる。


「連邦国産、可変蒸気剣型魔道具の改良品。わたしのこれは少しばかり、規格外ではありますが――。」


 ぶおん、と振り回される音は刀剣ではなく鈍器と形容すべきだ。

 刀身の長さは最早娘の背丈の二倍以上、三メートルを軽く超す。

 蒸気機関という過剰を組み込んでいるのなら、重量は見た目を遥かに超える。

 小柄な竜人がそれを片手で振っていることに、ようやく彼らも気がついた。


「お覚悟を。わたしは怠慢に対して、あの子より甘くありません。」


 ローズベルト家は守ることこそ本懐だ。

 だが、守るためには時として攻勢に出なければならない。

 フェルベラント王国を、フロワ領を、シアンフローの住民を。

 そこに寄り添う人々を守るために。

 ミズール嬢が飛ぶように踏み込んだ。

 銀の髪が流れ、スカートが翻り、フリルが踊る。


「止めろ止めろ止めろぉ!! 大筒だ、大筒を使え!」


 彼らの背後、がごんと巨大な筒がミズール嬢に向けられた。

 本格的な火器など、魔法の発達しているこの国では見られぬ道具。

 ヴィオニカ連邦国の一部と手を組んでいる証を持ち出すとは愚かな行為。

 彼らは竜の切り札に晒されてようやく、彼女を捕らえる余裕はないと悟ったのだ。

 防音の結界が張られているシアンフロー内においてなお耳をつんざく砲声が響く。

 慌てるあまり彼らは考慮できなかった。

 彼女の家系が最も得手とすることは守りであることを。


「せッ!!!」


 白銀の竜が吠えた。

 巨剣を過度な体重移動により強引に振り上げ、飛んできた鉛玉を剣の腹で叩き潰す(・・・・)

 そのままかちあげることで、はるか後方へと飛んでいく。

 防御の次に行われるのはカウンター。

 ミズール嬢はここで初めて剣の柄を両手で握った。

 体重を真逆へ振り直し、振り上げていた鈍器が振り下ろされる。


「―――――!!!!」


 不埒者達からの悲鳴は、圧倒的質量の風切り音によってかき消された。

 初動と打点の瞬間、そして剣を止める三回にわけての強化。

 最前列の三名と二列目の七名、その後ろの十名がまとめて吹き飛ばされる。

 後方に広がっている面々へ叩きつけられても、その勢いはなお止まらない。

 魔法を編む暇も、矢をつがえる暇も、槍を突く暇も、逃げる時間すらあたえない。

 相方(ズーラ)が大筒を風と水の刃で切り刻み、入り口に居た一団の殲滅が終わる。

 ローズベルト家の両親は、お嬢様の両親に負けず劣らず子煩悩なのだ。

 その両親が、彼女一人で動くことを良しとした。

 その意味に至らなかったのが彼らにとって痛恨の失敗だろう。

 戦いの痕跡は彼女が剣を突き立てたときの穴くらいしか残っていない。


「領兵は動き方で所属が解るものです。エルエルさんが騒ぎを起こさせたとは聞いていましたが、なるほど。ベーラ領の兵がこちらに割かれていたからでしたか。」


 遠心力が無くなり、暫くして。

 煙と共に刀身から鋲が外れ、巨剣は再び盾のような大剣へと戻った。

 後方を仰げば、屋根伝いに軽やかに飛び回る黄金の竜が見て取れる。

 矢張り相当な数が街の中に入っていたらしい。




変形武器はロマン!ロマン!


……こほん、失礼しました。

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